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コミックマーケットへ帰還せよ!  作者: 尾久出麒次郎
3/17

前日その2

 787が着陸態勢に入って二〇分くらい、今東京湾辺りかと庄一は徐々に高度が下がってるのがわかった。

 787は徐々に降下し、時にはガクンとなったりして翼はちょっと怖いと感じてるのかもしれないが、飛行機慣れしてる庄一にはいつものこと、いよいよ羽田空港に着陸だ。

 主翼のフラップが動き、どんどん高度が下がっていく。

 窓側を見れば高速道路を走る車が見えて、目のいい人だったら地上にいる人も見えるかもしれない。下は海でそのまま着水しそうな程高度が下がると、空港敷地がなんの前触れもなく現れて滑走路に接地、衝撃で機体全体が揺れる。

 次の瞬間にはスポイラーと逆噴射装置スラストリバーサーが作動し、甲高いエンジン音が響かせながら減速すると、窓の外を見て言う。

「羽田A滑走路の34Lから着陸したな」

「わかるんですか?」

「ああ、国際線ターミナルが見えるだろう?」

「あっ、はい。詳しいんですね」

「仕事柄でね」

 庄一は微笑んで言う、窓の外にはFEAのライバル企業である敷島航空(SAL)の777-300ERとすれ違うと、機内アナウンスが流れる。


『皆様、ただいま羽田空港に着陸致しました。ベルト着用サインが消えるまでお座りのまま、お待ちください。物入れを開けた時に、手荷物が滑り出る恐れがありますのでお気をつけ下さい――』


 一時間半のフライトを終え、到着ロビーを出ると品川プリンスホテルのチェックインまでまだ時間がある、すると翼は一つ提案した。

「あの……チェックインまでまだ時間ありますよね?」

「どこか時間を潰せる場所を知ってるのかい?」

「はい、あの……夏にやってた『くうこうぐらし!』ってアニメ見ました?」

「ああ、知ってる」

 庄一は勿論と肯いた。

 日本に憧れて東ヨーロッパの小国、ソルアニア共和国からやってきた一七歳の少女、ルチア・ペトコヴィッチ・ヴォルコフは祖国がクーデターで消滅して羽田空港国際線ターミナルから出られなくなり、家族と連絡も取れず意気消沈する。

 迎えに来たホームステイ先の少女、風谷優奈かぜたにゆうなとその友達、津川真央つがわまお柴田好末しばたこずえと放課後、彼女の所へと通い国際線ターミナルを舞台にドタバタ騒ぎを起こす異色のハートフル国際交流日常コメディだ。

「ああ……ソルアニア共和国のモデルになった国……仕事で行ったことがあるんだ」

 庄一は頬を人差し指でかくと、翼は驚いた表情になる。

「凄いですね大丈夫でしたか?」

 当然だろう。ソルアニアのモデルになったベルドニア共和国は数年前に軍事クーデターが起こり、軍事政権派の政府軍と反政府軍との内戦が続いてたが数ヶ月前に反政府軍が勝利して軍事政権は排除された。

 庄一はそこで悲惨な状況を目の当たりにし、アニメで放映されたヒロインの女の子、ルチアの故郷が内戦で燃え盛るさまはよく再現した物だと感心した。

「ああ、僕はただ難民キャンプの支援に行ったんだ……それで、もしかして聖地巡礼というのに行きたいのかい?」

「はい、舞台が国際線ターミナルですので」

「それなら話しが早いな、行こう」

 早速、コインロッカーで荷物を預けるとシャトルバスで国際線ターミナルに向かって到着、横面ガラス張りの建物に入ると三階に上がり、開放的な出発ロビーはアニメで見た光景そのままなように見えた。

「うわぁ……優奈ちゃんが目を輝かせるわけね」

「第一話のラストか……印象的だったね。絶望に打ちひしがれ、ルチアを迎えに行って片言の英語で話しかける」

「はい。しかもルチア役の坂上寿美子さかがみすみこさん、訛りのある英語で喋ったんですよ」

「あれは僕も驚いたよ、完璧なベルドニア訛りの英語だった」

「凄い! わかるんですね!」

「ああ、それと……お腹空いてないかい? この先にある江戸小路って所に美味しいお店がいっぱいあるんだ。奢るよ、それから時間までに展望デッキに上がろう」

「ええっ、いいんですか! やったぁっ! あの、行きたいお店があるんです!」

 翼は小さな子どものようにはしゃいだ、つくづく危なっかしい子だ。知り合って間もない僕を疑うことなくもう信頼していると庄一は微笑む。

 行きたいと言ってたお店は予想通り、うどん屋さんだった。劇中でルチアと優奈が初めて一緒にご飯を食べ、日本語の「いただきます」「ごちそうさま」の意味を教えるエピソードだ。

 因みに最初に教えた日本語は「ともだち」だ。

 翼は両手を合わせた。

「いただきます! うん、美味しい」

 幸せそうに肉うどんを食べる様は天真爛漫な幼い少女そのものだ、庄一はあの日のことが微かに蘇る。


「みんな! また明日も遊ぼうね!」


 小学生の頃、そう言って別れた翌日に転校してしまった年下の少女……名前も顔も、もう思い出せない。呆然と俯くと、翼の手が止まった。

「どうしたんですか川西さん、冷めちゃいますよ」

「ああすまない、いただきます。あつつつっ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

 庄一はうどんを思い切り頬張った瞬間、口で吹いて冷ますのを忘れてしまった。



 設営作業を終えた直人は一成とビッグサイト近くのレストランで昼食を食べていた。

「一成……少しは遠慮しろよ……どんだけ食うつもりだ!」

「らはら、へんひょふるほほを――」

「食べるのか喋るのかどっちかにしろ!」

 直人が言ってやると、一成は思いっ切りゴクリと飲み込んで言った。

「だから、オイラは遠慮することを遠慮してるんだって! お前の奢りだろ?」

「いつもだろ、それにもう聞き飽きたぞ。で? コミケ前日の楽しみ方ってなんだ?」

「食い終わったらな!」

 一成が言うと、直人はやれやれと頭を抱えた。結局直人は一〇〇〇円弱に対して、一成は三〇〇〇円を消費して財布に痛恨の一撃を加えられた。

 店を出ると死ぬほど寒い。ビル街の真ん中にいるとはいえ、厚着してるのに東京湾から吹き付ける風はマジで死にそうな程だ。

 陸上自衛隊に行った同級生から聞いた話だが、雪山で遭難した時に一番怖いのは雪でも寒さでもなく、冷たく吹き付ける風だという。これが寒いを通り越して痛いのだ。

 明日本当にここ人が集まるのかと疑うくらいだった。

 寒い! 一成について行きながら寒さに震える直人は再び国際展示場内に入ると、コンビニ前で山積みにされてるダンボールに目が行った。

「ん!? あれまさか、全部商品なのか?」

「そうだよ、コンビニは重要な補給基地だからね」

「そんなに人が来るのか?」

「ああ、一日一五万から二〇万人ぐらいだ」

 きっぱり言ったが直人には想像もつかない話しで、驚くしかなかった。

「そんなに来るのか!? このイベントに!!」

 どんだけ物好きが集まるんだよ、このオタクのイベントに! オタクというものがすっかり定着した今日、未だに奇異の目で見る者はいる。直人もその中の一人だった。

「なぁ一成、明日から三日間お前みたいな奴が二〇万人も来るのか?」

「老若男女ってところだな、全部が全部オイラみたいな奴じゃないぞ。次、喫茶店に行こう」

 そう言って一成は来た道を戻ると、直人は素早くスマホを取り出して操作して先読みした。

「お前まさか全員店長の喫茶店に連れてってまた奢らせようと思ってないよな?」

「何故わかった!?」

 一成は少々オーバーな驚いた表情をしていた。これ以上こいつのために出費するのはたまったもんじゃない! まあ嘘を言うよりはマシだが。

「この時期各地にいる精鋭スタッフを集めてるってことか……そうか、一日二〇万人来るから周辺の店からすれば稼ぎ時という意味か」

「そういうこと、経済効果は一八〇~二〇〇億円とも言われてるんだ。帰りはりんかい線に乗って帰ろう」

 一成に言われるがまま東京臨海高速鉄道、通称:りんかい線の国際展示場駅の改札口を通……ん!? アニメのシールなんて貼られていたか? 直人はSuicaをタッチして顔を上げて戦慄した。

 何だ!? そこら中にアニメのポスターとか懸垂幕とかあるんですけど!? しかも一成、なにちゃっかり撮ってるんだよ! エスカレーターを降りるとアニメやゲーム、ライトノベル等の宣伝ポスターが貼られていた。

「なぁ一成、これさ……コミケ期間限定の奴だよな?」

「そうだよ、どこもかしこもお祭りムードさ。しかもコミケ開催中は秋葉原から人がいなくなるらしい、実際に行ったことないけどね」

 一成は自慢げに言うと、直人はふと思った。

「いろんな人たちが来るってことは、お正月の帰省そっちのけで来る人もいるとか?」

「まあそうだね、俺みたいに!」

「そりゃまあ……三〇手前にもなって定職に就かず、ロリコンエロ漫画を書きながらフラフラしてる奴が、実家に帰れば家族と親戚一同に後ろ指差されるからな」

 直人が嫌味を言うと、一成はムキになった。

「ほっとけ! ちゃんと実家に帰ってるよ元日に! 無職は無職でもYou Tubeとアフィブログと同人漫画で稼いでるからいいだろうが! だいたいさ、金稼ぐ=汗水垂らして働くって考え方自体が古いんだよ! 二〇世紀はもう終わったんだぞ、それにYou Tuberやらアフィブログで稼ぐのも大変なんだから十分働いてると言えるだろ!」

「はいはい……」

 直人は呆れて適当に聞き流してると、電車が入ってきた。一成の頓珍漢な話しは電車に乗っても続いた。

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