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コミックマーケットへ帰還せよ!  作者: 尾久出麒次郎
13/17

三日目その3

 翼は一二時ギリギリで集合場所であるタリーズコーヒー前に集合した。

「すいません遅くなりました!」

「遅いよ中島さん、こういうのは五分前に来なきゃ……救護室行きになったかと思って心配してたよ」

 那美子は安堵した様子で言うと翼は首を傾げると、早苗は抑揚のない口調で言う。

「報告は後で、それより早く食べましょう」

「中島さんが無事でよかった、いいところがある。ついて来てくれ」

 庄一についていかれるままエントランスホール片隅にあるエレベーターで一気に八階まで行くと、静かなイタリアンレストランで下では考えられないほど静かだった。


「それじゃあ、みんな。またここに集合だね」


 午前中の報告会と休憩を兼ねた昼食を食べ終えると、今度の集合時刻は一六時過ぎで下に降りると今度は庄一と行動することにした。庄一さんとコミケデート、えへへ……一緒に閉幕の放送を聞いて、一緒にご馳走食べて、一緒にカウントダウンイベントやってその後は――

「顔に出てるわよ中島さん」

「ふぅわっ!」

 ジト目で至近距離まで顔を近づけた早苗に気付いて思わず仰け反る。那美子もニヤけた表情で見つめると庄一に言う。

「それでは川西さん! 中島さんのことよろしくお願いします」

「任されました」

 庄一は幾多の視線を潜り抜けた戦士のような笑みで肯く、さあ後半戦スタート。

 さて買う物も買ったからエントランスプラザでコスプレを撮りながら見て回ろうと翼は庄一の後について行く、翼はアニメやゲーム、漫画を幅広く見てるので見つけたらガンガン撮るが庄一は見回すだけだ。

 やっぱり仕事が忙しいからなのかな? そう思ってると庄一はタブレットを取り出してコスプレイヤーに歩み寄る。

「すいません、撮影よろしいですか?」

「はーいどうぞ!」

 庄一さんが撮ろうとしてるのは名作ホラーアクションゲームに出てくるチェーンソー男やギロチンの大刃をくくりつけた斧男、背中に特大サイズの弾薬箱を背負ったガトリング男の三人だ。

「ポーズはお任せします!」

 庄一はそう言ってタブレットを構えて撮影し、一通り終えるとお礼を言う。

「ありがとうございます、すごく凝ってますね」

「いやぁこの斧軽量化に苦労しましたよ」

 斧男は自作の斧を見ながら言うとガトリング男も笑いながら苦労話をする。

「私なんかこのガトリングガンに苦労しましたよ。だってこの電動ガン、ネットで探しても見つからないからミリタリーショップで働いてる知人に頼んで取り寄せてもらったんですよ」

「俺なんかこのチェーンソーが上手く動くようにするのに苦労したよ、さすがに本物を持ち込むわけにはいかないからね」

 チェーンソー男は良くできたハリボテチェーンソーの電源をONにすると刃を回転させて思わず庄一と「おおーっ」と驚きの声を上げ、庄一は屈託のない笑みで冗談を言う。

「ということはその返り血は徹夜組のですね?」

「あははははは! そうですね!」

 斧男は笑いながら肯くと、庄一は訊いた。

「皆さんは昨夜、徹夜組何人ぐらい殺しに回ったんですか?」

「いやぁ撃っても撃っても弾が足りませんでしたよ。撃ち過ぎてコックオフ起こさないかヒヤヒヤしましたし連射速度を落として正解でした」

 ガトリング男は冗談に乗って朗らかに言うと、チェーンソー男も苦労自慢する。

「お前はいいよ、ただ撃つだけでいいからさ……こっちなんか人肉用の刃を三回くらいは交換したぜ。しかも柔らかいデブヲタの脂肪を切ったら切れ味が見違えるほど悪くなって大変だったよ」

「こっちは一晩中斧を振り回したからもう疲れる疲れる……運動不足だな、次来る時は体力つけておこう」

 斧男は重い斧の模型が体に応えたのか本当に疲れてるようだ。

「コスプレするにも体力がいるそうですね……冬はともかく夏場だと大変ですね」

 庄一はしばらくの間楽しそうにコスプレヤーさんたちと楽しそうに話していた。翼はさっき助けた少女――内田美羽うちだみわと話していた時の自分を思い出す。

「こうやって見知らぬ人と話すのも楽しいですね」

「ああ、つくづく不思議なイベントだよ……お互い顔も名前も知らないのに助け合ったり、一緒に楽しんだりする……僕もコミケには二年くらい通ってるが未だに不思議なことだと感じるよ」

「あたしも初参加なのに、こうやって庄一さんとお話ししてるのがとっても不思議だけど、素敵なことだと思います」

 なんだか運命の出会いみたいで、漫画みたいな素敵なことがあっていいのかな? って思うくらい。こういうのってその後試練がやってくるけど来ないで欲しいと思うのはわがままかな? 二次元と現実は良くも悪くも別物だけど。

「素敵なことか、庭園の方に言ってみる?」

 庄一の何気ない言葉だが翼は俯いて、内田美羽のことを思い出して首を横に振った。

「いいえ……あそこには行かない方がいいって」

「そうか、それなら屋上方面に行こう。何か……あったのかい?」

 庄一は歩きながら心配した表情で訊くと、翼は内田美羽を助けたことを話しそして彼女が庭園で怖い思いをしたということも話してくれた。何度か話題になったこともあったがコミケでコスプレイヤーさんを撮影するカメラマン――カメコも多く来るのだが、マナーの悪い人もいるという。

 その中には美羽のようにしつこく迫られたり、一日目は何も知らずに庭園に来たらカメコに取り囲まれて連絡先を執拗に聞かれたり、スカートの中を撮られたりして中にはホテルに誘われたこともあったという。

 幸い逃げることができて、もう帰ろうかと思ったけど褒めてくれる人もいたという。

「それでもう、来るのはやめようと思った時……あたしに助けられて、今度来る時は楽しい思い出にできるようにしようって、また会う約束をしたんです」

「そうか、君は……強い子なんだな」

「えへへ、庄一さんがそう言ってくれてあたし嬉しいです」

 好意を抱いてるということをアピールしたつもりだった。


 屋上展示場に上がって少し遠回りした所でコスプレエリアに入るとFPSゲーマーの人たちなのか、それともサバイバルゲームチームの人たちなのか、気合の入った現代戦の兵士のコスプレの人たちが銃を向け合っていた。

「野郎ども!! 今日こそたけのこ派の力を見せ付けてやるのだ!!」

「なにを!! 今日こそが貴様らきのこ派の命日だ!!」

 どうやら某お菓子会社のチョコレート菓子による争いを表現してるらしい。

「庄一さん、撮ってきますね!」

「ああ、いいよ」

 庄一は引き攣った様子だ、翼はスマートフォンを取り出して歩み寄る。

「すいません、あたしたちもいいですか?」

「いいですよ!! ガンガン撮ってください、銃なだけに!!」

 軍コスのレイヤーさんたちもノリノリで応じる。

「それにしても正気の沙汰じゃないな……例え弾の入ってないエアガンを使ったジョークとはいえお互いに銃口を向け合うなんて」

「庄一さんもしかして本物の銃を向けられたことがあるんですか?」

「ああ……紛争地帯でね」

「危険なお仕事をされてるんですか?」

「……そうだな、命の危機には何度も出くわしたね」

 翼は気になって訊きたくなったが庄一はあまり答えたくないという重い口調だった、もしかすると何度も怖い思いをしたのかもしれない。翼は何枚か撮り終えて「ありがとうございました」と礼を言ってその場を後にした。

「さて、僕も何か撮りたいな……ん? あれ……あの人一日目にもいたような」

「どの人ですか?」

「あの青いつなぎ人たち」

 庄一の視線の先には屋上展示場のトイレ前に集まってる人たちだった、ネットで伝説的なゲイ漫画のキャラクターたちでしかもかなり盛り上がっていて翼は苦笑する。

「キャラクターはともかく……楽しそうですね」

「ああ、彼らも残された時間を精一杯楽しもうとしてるんだ」

 時計を見るとあと二時間弱でこのコミケが終わる。翼は寂しさを感じながらも最後まで楽しもうと自分に言い聞かせた。



 一成の出した薄い本は結論から言うと完売とまでは行かなかったが七割方は売れた。まあ学生の頃からイラストや漫画を描いてたから経験もあるし画力も高い方だ、中身はともかくとしていい原作者と手を組んだら売れそうな気もする。

 直人は午前中ほどではないとは言え、少しずつ売れていったことに安堵しながらこのコミケ三日間を振り返っていた、なんだかかんだ言って楽しかったな。

 玲子の提案で最後まで残ると決めたが、結果は少し売り上げが伸びる程度だった。

「なぁ……一成、綾瀬、この後時間空いてるか?」

「ああ空いてるよ」

 一成は振り向いて言う間に買いに来た人を玲子が応対する、そして交替するかのように玲子も振り向いて言った。

「帰るのは明日だから大丈夫よ」

「終わったら俺の家で打ち上げとカウントダウンパーティーしないか? カミさんやみんなもきっと歓迎してくれる、上手い飯も頼んでおくよ」

 直人がそう言うと二人は嬉しそうな表情になって顔を輝かせる。

「マジで!? よーし一成君! ラストスパートをかけるわよ!」

「おっしゃあ! と言ってももう残り時間少ないがな!」

「何言ってるのよ、勝負はこれからよ!!」

 玲子も気合を入れる、直人はスマホを取り出して高校時代の友人が来ると言うメッセージを送るとすぐにOKの返事が出る。今年ももう終わりか……早いものだな、時が経つのも。

ついこの前高校を卒業したのにもう一〇年以上経っている。

 翔……お前は高三の頃あいつらと一緒に受験勉強放り出してこのコミケに行ったって噂、本当かどうかわからないがきっと楽しかったに違いない。直人は高校時代、水面下で大人たちに抵抗したあの四人の顔を思い浮かべながら残り少ない時間を楽しんでいた。



 もう残り時間は三〇分を切った。ネットの誰かが言ってた……まだだ、まだ終わってない! むしろまだまだこれからよ!! 翼は自分に言い聞かせながら大半以上が撤収した東1・2・3ホールを回る。この辺りは多くのサークルが残っていた。

「庄一さん! まだサークルが残ってます!」

「ああ、財布の中身は?」

「残り僅かです!」

「残り僅かを最大限に生かすのも、無駄に使い切るのも君次第だ! 迷うな!」

 最終決戦の最終局面だ、大丈夫まだ五〇〇円玉と一〇〇円玉は少し残ってるし時間もまだ二三分もある。でもどこを回ればいい? そう迷って足を止めようとすると庄一は静かに激励する。

「迷うくらいなら悔いのない方を選べ、今年のコミケは二度とない。どこへ行くかは君に委ねる! 最後まで一緒に行こう!」

「はい!」

 終わり前のハイテンション、それはまるで消える寸前の蝋燭の火が最後に一瞬の輝きを放つかのように翼はサークルを回り、これだと言う薄い本を買っていた。

 途中で閉幕前の一斉点検放送を聞きながら周囲を見回しながら回る。

 三日間、全身を酷使したせいか体中がズキズキしていて痛い。

 関節は悲鳴を上げ、喉は水分を欲してるのかカラカラ、両足はパンパンに腫れ上がってるんじゃないかと思うくらい鈍い痛みが翼の足を重くする、両肩は重いものをぶら下げ続けて痛い、冬コミ最大の脅威である寒暖差で全身からは汗が噴出し、これがコミケじゃなかったらもう嫌だと投げ出していただろう。


 でも、この三日間であたしは大切な物を沢山得た。


 見ず知らずの人でも助け合うことの大切さ、お互いを思いやる大切さ、みんなで作っていくことの楽しさ、大学の知人との距離を縮めて友達になれたこと、そして何より……何より庄一さん、森高さん、桑上さんと出会えたこと。

 ゆめみちゃん、本当にありがとう。ゆめみちゃんの言葉であたしは勇気という魔法を貰ったよ! 翼は次のサークルはどこにすると考えた時だった。

 アナウンスを告げる電子音が流れ、閉幕を告げるメロディが流れると翼はやり遂げたという達成感と終わったという寂しさを感じながら、庄一と一緒に拍手した。


『これにて、コミックマーケットXXを終了します、お疲れ様でした。また夏にお会いしましょう、良いお年を!』


 翼は庄一と達成感に満ちた微笑みを向けると庄一も返してくれた。

「お疲れ様、三日間よく頑張ったね」

「庄一さんも三日間ありがとうございました、こんなあたしのために三日間尽くしてくれて」

「なんてことはない、僕はただ……一人で参加するのも飽きてきただけなんだ。今まで参加した中で一番大変だったけど、一番楽しかった……中島さん、ありがとう」

 庄一も温かい笑顔でお礼を言う、よし! 今こそ思いを伝えなきゃ! そう思っていたが先手を打たれた。

「さぁ、みんなが待ってる。帰ろう!」

「……はい」

 翼は思わず頬を膨らませて文句言いたかったが仕方ない、堀越さんと糸川さんの所に行ってその後は見送りに行こう。合流場所であるタリーズコーヒー前で那美子と早苗と合流した。

 那美子は手を振りながら迎える。

「お二人さんお疲れ、楽しかったわねコミケ!」

「充実した三日間だったわ、名残惜しいけど……私たちは帰るべき場所へ帰らないといけない。またここに戻ってくるという意志を抱きながらね」

 早苗は沈み行く夕焼けを見つめながら言うと、最後の楽しみが待っていた。

「ねぇねぇあれ見て!」

 那美子の指差す先にはスケッチブックやボードに「現実→」と書いて、それを見せ付ける人たちがいて翼は思わず表情を引き攣らせた。

「話しには聞いてましたけど……実際に見るとうわぁ……って気がしますね」

「ふふふ、これもまた楽しみ方の一つ。帰り着くまでがコミケだ」

 庄一は苦笑しながらも最後の楽しみを撮っていき、国際展示場駅まで歩いて行った。

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