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コミックマーケットへ帰還せよ!  作者: 尾久出麒次郎
12/17

三日目その2

 どれくらい寝てたんだろう、今日は比較的暖かいからウトウトして寝てしまった。スマホを見ると一〇分以上は経過していた、よかったそんなに経過していないと翼はベンチで足を伸ばして立ち上がろうとした時、ふとさっきのレイヤーさんがまだいた。

 あれ……あの人、まだ撮ってる。確か一〇分前にも撮っていたはずだと思いながら近づいて見ると彼女の表情は引き攣っていた。後ろに並んでる人を見ると、まだかまだかと苛立ちの表情を見せて並んでいて、中には諦めて列から離れる人もいた。

 しかも際どいポーズをさせたりローアングルで撮ったりしている、ちょっとあんな撮り方したら見えちゃうわよ! レイヤーさんも怯えてるじゃない。

 翼はそう思いながらも体が躊躇うが同時にコミケ前日のことを思い出す。

 庄一さんが助けてくれたようにあたしはスマートにはできないけど! 翼は勇気を振り絞って歩み寄り、カメラマンに声をかけた。

「あの……そろそろいいと思いますよ、レイヤーさん疲れてるみたいですので」

「ええまだ撮ってないポーズがあるんだから、待っててくれない?」

「あたしはもう一〇分以上待ってます」

 翼は凛とした声で言うと、カメラマンはうざったそうに振り向いたかと思うと一瞬だけ固まって見つめると、微妙に態度を変えた。

「そ、そういうなら仕方ないな」

 誤魔化してるのが見え見えよ。そう思いながらもルチアのコスプレイヤーと目を合わせる。それはまるで第一話で、風谷優奈にすがるかのように見つめるシーンそのものの表情をしていた。

 翼はスマホを取り出し、カメラ撮影する素振りを見せながら彼女の後ろを見渡す。大丈夫行ける、ゆめみちゃんが言ってたように自分を信じて。

「ルチアちゃん……あたしと、一緒に逃げよう!!」

「えっ!?」

 翼はレイヤーさんの手を握って引っ張り、早歩きですぐ後ろの入り口を目指すとすぐ後ろにあのカメラマンが一瞬遅れて追ってくる。

「あっ、おいコラ待てえぇっ!」

「はい、そこのカメコさん走らないでください!!」

 振り向く暇もなかった。スタッフの力強い注意で止められたのか捕まることはなかったが、追ってくる可能性もある。翼はルチアを引っ張りながら人混みの中を突き抜け、東6ホール館内にある飲食物販売スペースにまで早歩きで辿り着いた。

 翼はそこでスポーツドリンクを一本買い、レイヤーさんに渡す。

「はいこれ、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……あの助けてくれてありがとうございました」

「気にしないで、変な人もいるんだね」

「はい、一日目にもちょっと変なブロガーの人に絡まれましたし、庭園で怖いと思ったこともあって……二日目は大丈夫だったんですけど、三日目はさっきの人に……コミケ初めて参加して楽しいですけど、なんか怖いですね」

 レイヤーさんは安堵と同時に来たことに後悔してるようにも見える。

「あの、あたしね! コミケ初めて来て不安もあったけど……楽しいこと、沢山あったわ……だから! 嫌いにならないで! あたしこのコミケが好きになったように、君も好きになってくれると……いいな……なんて」

「えっ? お姉さんも初めてだったんですか?」

 レイヤーさんも少し驚いた表情で見つめながら言うと、翼は恥かしそうに肯く。

「うん、本当は一人で参加するはずだったんだけど……成り行きで一緒に行く人ができたり、同じ大学の人ともバッタリ会っちゃったの」

「いいですね私、今高校一年で……バイトを初めてコスプレしたらとても楽しくて、でも周りには同じような趣味の友達はいなくて……それでツィッターやSNSで仲間を探してたんです、でもお互いの顔が見えないから怖くて……」

 年下のレイヤーさんは不安な気持ちを口にする、翼は思わずゆめみの台詞をそのまま言ってしまった。

「あたしに……できることはない?」

「あっ、それ『ゆめみ☆テイクオフ!』の羽田ゆめみちゃんですね!」

「うん、あたしこれが凄く好きなの!」

 翼は胸を張って言うとレイヤーさんはスマホを取り出して見せる。

「私もコスプレしたことあるんですよ、これ」

「ああっみつぎくん! 凄い可愛いというより綺麗!」

「あたしみつぎくんみたいな子がタイプで、昨日FEAの企業ブースでコスプレして来たら……」

「桑上紀子さんが出たんでしょ?」

「はい! すっごくかっこよくて綺麗な人でした!」

 翼はしばらくの間時間を忘れて名前も知らないレイヤーさんとの会話を楽しんだ。



 会場内西一ブロックを散策してるといつの間にか財布の中身が減って戦利品を入れる布袋の中身が増えていた。この辺りはオリジナル雑貨で妻と息子のお土産にとついつい買い漁ってしまった。

 それは玲子も同じようだが上機嫌だった、。

「やっべ、中身増えちゃった……まあいいか御幸と桜のお土産にしよう!」

「すまねぇな綾瀬、一成の手伝いをさせてしまって」

「いいのよ、一成君が常識を超越したド変態でドMのロリコンだということは高校の頃から知ってたから」

 玲子は苦笑しながら言うと会場内を見回して、あの時と変わらない笑みを浮かべる。

「いいわねここって……コスプレしてる人たちもみんな楽しそうで……私が私でいられる場所っていうのかな? 自分が自分でいられるって感じで、佐久間はこのコミケをどう思う?」

「さぁな、少なくとも楽しいと思うしこんなに沢山人が集まる理由も少しわかった気がするよ」

 直人はなんだかんだ言ってこのコミケを楽しんでる自分がいることに気付く、息子が大きくなったらここに連れてこようかなと考えるくらいだった。

「ありがとうございました、また夏の新作楽しみにしてます」

 聞き覚えのある声だと振り向くと、そこには三つ編みお下げに丸眼鏡の地味な風貌だが顔立ちは昔と全くと言っていいほど変わってなかった。

「は……長谷川? 長谷川萌葱はせがわもえぎだよな?」

「えっ? あ、あれ……ええっと……どちら様でしょうか?」

「覚えてないか? 佐久間だよ。佐久間直人……一年の頃同じクラスだった」

「ああ……いつもオタクの加藤君と一緒だった子ね」

 長谷川は思い出したかのように言うと、玲子はもっと驚いた様子だ。

「は……長谷川さん!? 長谷川さんなの!? 変わってないわね! 元気にしてた?」

「ええ、勿論元気にしてたわ……お久し振りね綾瀬さん」

 長谷川は物怖じする様子もなくそれどころか自信に満ちた笑みを浮かべていた。長谷川は高校の頃は確かオドオドしていて気が弱い性格だったはずだ、こんな表情を玲子に向けられるわけがない、と直人は静かに戦慄する。

「お腹大きいわねもしかして赤ちゃん? 名字……長谷川のままなの?」

「ええ、そうよ。いろいろ苦労したわ」

「そうか……シングルマザーじゃ大変ね。変な男に引っ掛かったの?」

 玲子は昔と変わらない腹の底では何を考えてるのかわからない笑みで言うと、左手の薬指に光る物を見せるかのように三つ編みの髪をかき上げる。

「あら、そんなことないわ。高校時代から付き合ってる彼、婿養子になったのよ。お腹の子は二人目で今は湘南の藤沢に住んでるわ、江ノ島が見えるいい所よ。綾瀬さんたちはどうしてるの?」

「母校で数学の教員をやってるわ。恋に、仕事に、バリバリやってて充実してるわ」

「へぇその割には毎年、クリスマスとかハロウィンとか何かのイベントがあるたびにSNSで塚本さんや本島さんと、来年こそは彼氏&独身脱出とか書いてたけど……見間違いだったかしら?」

「み……見てたのね、あなたはクリスマスどうしてたの?」

「えっ? 夫や私の友達に仕事仲間とクリスマスパーティーしてたわよ。これがその時の写真、隣にいるのが夫と私の娘よ」

 長谷川はスマホを取り出して見せる。広いリビングで撮った集合写真で、見ると真ん中に子どもを抱いた夫は三白眼のツンデレ系みたいなイケメンと長谷川、その周りには幅広い年齢の男女一六人くらいはいた。見るからに水準より高い生活してるのは明らかで直人は感心する。

「おお、長谷川なかなかいい生活してるみたいだな」

「クリスマス前は大変だったのよ。今回のコミケに出す本の脱稿が終わったからそれの打ち上げも兼ねてやったの、でもすぐにまた仕事だったから」

「長谷川さん今はどんな仕事をしてるの?」

 玲子は引き攣った表情を必死で隠してるのか、終始笑顔で誤魔化してる。

「魔法少女アニメのコミカライズよ。コミックスも結構売れてるから気合入っちゃうのよね。描き終ったら次回作も描いて欲しいって言われたの、勿論産休が終わったら子育てしながら描くわ」

「へぇ……その旦那さん忙しくて夜遅いんじゃない?」

 余裕がなくなってきたのか玲子は少し引き攣った笑顔で言うと、長谷川は微笑みながら首を横に振る。

「忙しい時もあるけど、在宅プログラマーだから献身的に子育てを手伝ってくれるわ……今は確か、トライポッド社と契約して……大陸間なんとかかんとかミサイルを宇宙まで飛ばすソフトウェアだとかなんだとか言ってたわね」

 トライポッド社って言えば宇宙航空開発・コンピューター・民間軍事会社のそれぞれの部門でトップレベルの世界的に有名な企業じゃねぇか! 旦那さん優秀過ぎ! 玲子は明らかに動揺していた。

 勝負ありだと、直人は苦笑してポンと玲子の肩に手を乗せた。

「勝負ありだな綾瀬、今のお前じゃ勝てねぇよ」

「そ、そんなことないわよ!! それにあたしだって手伝いとはいえサークル参加してて同人誌も売れてるから!!」

 動揺する玲子。最初は乗る気じゃなかった癖に、出会い厨だと言ってやろうかと直人は思ったが長谷川は驚いた表情で言う。

「あら、綾瀬さんもサークル入場したのね。あたしも『ローテート』ってサークルを主催してるんだけどさっき完売しちゃったから……あとはゆっくりのんびり回ろうかと思ってたのよ」

 直人はカタログを取り出して探してみるとすぐに見つかった。しかも同じホールの壁サークルでスマホで検索すると既に完売の情報も出ていて、長谷川には気の毒だがその同人誌も既にネットオークションで出回っていてかなり高騰していた。

 適当な所で話しを切り上げ、玲子は苦虫噛み潰した表情で西1ホールを出て来た道を戻ると不快感を露にした。

「何よあいつ!! 高校の頃ちょっとあたしたちにいじられたくらいで転校して逃げたくせに!! 何自分だけイケメンで性格のいい旦那さんと結婚して、いい生活して、おまけに可愛い子どももいて、仕事も生活も充実して楽しい人生送ってるのよ!!」

「綾瀬、お前や塚本、本島は悪気はなかったと言いたいのはわかるが、お前が高校の頃にやってたの……明らかにいじめだったぜ」

 直人はあの時を思い出しながらハッキリ言う、玲子たち三人は否定してたがあれはどう見てもいじめだった。いつの頃だったか、二学期が始まった時に長谷川に彼氏ができたことでイメチェンして、それを境に顔色が悪くなって憔悴していった。

 なにをやってたかわからないが、ちょっとやそっとでは気付かない陰湿な手段でいじめたのだろう、玲子たちはそれが特技だった。

 玲子は裏切られたとでも言いたいような目で直人に言う。

「はぁっ!? 佐久間、あんたも言うの!? 今更!?」

「ああ今だから言うんだよ、あの時は周りがお前の味方にならざるを得ない状況を作り出していたからな。お前に逆らえば、高校生活はずっと虐げられて怯える日々が来ると」

 直人は高校時代を思い出しながら言う、あいつらに逆らえる奴らなんていなかった。ただ……あの四人を除いてだが、今はもう二人しかこの世にいないしもう一人は行方不明のままだった。

 そしてサークルに戻るや否や玲子は一成に強く言った。

「一成君! 状況はどう!?」

「そこそこかな? まあ、いつも完売とまではいかないしあと一時間くらいしたら引き揚げようと思う」

 時計を見ると一二時で一成はいつも一三時くらいには帰ってるらしい。

「最後までやるわよ!!」

 玲子は机を思いっ切り叩いて有無を言わさぬ目で見る。

「ええっ? どうしたの玲子ちゃん?」

「一成君、あたしも手伝うわ!! そして……いつかこの『ブラックボックス』を壁サークルにするわよ!!」

「おっ、おおぅ……まあ玲子ちゃんが言うなら、最後までやるか」

 一成は肯いた、直人は玲子の意図が見えてきた。このピコ手サークルを成長させて長谷川を見返して勝とうとするつもりらしい、どこまで追いつき追い抜けるかは見ものだが一成は乗ってくれるのだろうか?

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