待
七時半に最後の練習メニューに移る。最後のメニューはABチーム合同でノックを行うのが慣例である。拓司はノッカーへの球渡しをして、その間に女子マネージャーは飲み物の寸胴を片づけたり使い終わったバットを倉庫に仕舞うと自分の荷物を整理して帰宅することになっている。
ノックが終わり八時半を回ると今日も部活が終わろうとしていた。ノックが終わると片づけをする人とグランド整備を行う人に別れ、グランド整備が終わるとミーティングが行われる。以上の流れで練習が終わるのがいつもの流れである。拓司は女子マネージャーが残して帰った片づけをしてミーティングに参加する。九時の電車に乗ることができるのは一ヶ月で二回あれば良い方で、殆どの場合は九時半の電車に乗ることになる。
今日も結局は九時半の電車に乗り込んだ拓司は、同級生の部員と共にコンビニで買ったお菓子を頬張りながら話しに花を咲かせて電車に揺られている。二十分ほど電車に揺られれば乗り換え駅である岡山駅に到着する。ここからは友達と別れて一人別のホームに移動する。乗り換えのホームに到着すると十分ほどの待ち時間がある。ホームで電車を待っている間に携帯を開くと栞里にメールを打ち始めた。
「今日はありがとね」
なにに対してありがとうなんだか・・・・・・ メールを送った後に自分自身に呟く。電車がホームに入ってきたと同時に栞里からの返信を受信した。
「私今日なにかした?」
画面を見てそりゃそうかと頭を掻く。
「いや、練習の時に話し相手になってくれたこと」
「私なんもしてないよ。ただお喋りしてただけじゃん」栞里の返事が今日は早い。
「なんだかつまらへんなーって思ってた所やったから助かったよ」
「野球が好きなのか嫌いなのかよく分からない人だよね(笑)」
「野球をするのが好きなだけで、見てるだけなのはあんまり好きやないねんな」
「なるほどそんなもんか」
「試合に出んと練習する意味がないからね」
送った後に溜め息が出てくる。送ったことでは無く、送った内容にである。チームに貢献はしているつもりでいるが、本当にチームに必要とされているのかが分からない。そんな精神的不安定な状態がここ数週間続いている。気がついたら間もなく最寄りの駅に着こうとしていた。
電車が駅に着いて階段を昇る。周りを歩いているのはスーツを着たサラリーマンが多い。その中で目立つ色のブレザーに坊主頭の拓司はどこか浮いている。改札を抜けて公園を背にして歩いていると、栞里から返信が届いた。
「なんで野球部に残ろうと思ったの?」
拓司の足が止まる。何度も自分に問いかけた質問だった。
「分からへん……」
「分かんないの?」
「分からへん。何回も辞めたいと思ったし、辞めたくないとも思った」
「そうなんだ」
拓司の歩く速度がだんだん遅くなる。
「俺がチームの役にたってんのか分からへん。実感がない状態で続けてるのはしょうみ辛い。」
栞里からの返信が少しずつ遅くなる。言葉を選びながら返信しているのだろう。
「自分がどの立場にいるか気にする必要はないと思うんだけど」
「どういうこと?」栞里の言わんとしていることが理解できない。
「拓司君はマネージャーだけど野球部に所属してる立派な部員でしょ? なら野球部の役に立つ存在でいる必要ないと思う」
このタイミングで家に到着した。普段なら十分以上前に到着している時間である。玄関のドアを開ける前に栞里にメールを返信する。家の中までこんな気持ちを持って帰りたくなかった。時刻は十一時を回っていた。
「マネージャーってサポートするのが仕事やんか? それってチームの為にいる訳やん? チームの役になってんのかどうかって重要やないか? 少なくとも俺にとっては重要やねん」
「何も分からない私がこんなこと言って腹が立つのも分かる。でも野球部の皆はきっと役に立つ拓司君を必要とされている訳じゃなくて、野球部に拓司君がいることを必要としているんだと思うの」
だんだん語気が強くなっていっていることに気がつき反省する。
「ごめん。別に怒ってる訳やないねん。そやったら良いなとは思ってんねんけど、やっぱり言葉で聞かへんと自信持たれへんねんな」
「分かってる。そうだよね。でもそれを自覚していないととっくに辞めてると思うよ」
「そんなもんなんかな。自分が必要とされてるのか、されていないのかばっかり考えてた」
「本当に自覚ないんだね。 でも今の仕事嫌じゃないんでしょ?」
栞里の問いにすぐ
「嫌じゃないし、やりがいは感じてる」と返す。
「拓司君って意外と尽くすタイプなんだね(笑)」
ようやくピリピリした話が流れたタイミングで
「意外とってなんやねん!(笑) さっきはゴメンね。怒ってた訳やないねんけど、責めるような口調になってたなら謝るよ」と謝罪した。
「うんん。それだけ拓司君が必死に野球部のこと考えてるってことだと思うよ」
「しょうみ野球部に居続けてる理由を考えたことなかったから。今になって考えてみても辞める理由見つからへんねん」
「辞める理由が見つからないから野球部に居続けてるんじゃない?」
「理由薄ない?(笑)」
「理由が無いんだから厚いも薄いもないでしょ(笑)」
「ごもっともです(笑)」
栞里からのメールを見て笑いがこみ上がる。確かに理由がないなら厚いも薄いもない。モヤモヤした気持ちからスッと晴れ間が覗いたような気分である。
リビングのソファーでは夕飯を食べ終わった父親と長女がテレビを見ていて、キッチンで拓司の夕飯を準備する母親がいる。母親に急かされながら汗を流すために風呂場に向かった。
いつもよりスッキリした気分で風呂から上がると、携帯には栞里からメールが来ているのかLEDが点滅している。携帯を使いながら食事するのを禁止されているため、拓司は夕飯を胃に流し込むようにして食べた。母親からもっとよく噛んで味わって食べろと注意を受ける。
拓司は注意を聞き流しながら早々に食事を終えると流しに食器を持って行き、すぐに自分の部屋に駆け込んだ。
ベッドに横になると早速栞里からのメールを開いた。栞里からのメールが気になって宿題や明日の予習などする暇などない。拓司にとって勉強など優先順位では後から数えてすぐに見つかるものなのである。