業
「じゃあ八木さんって寮ではどんな子?」と聞き方を変えてみる。
「普通の子よ。小さくて可愛らしい子かな。まぁ周りが屈強な分だけ余計にそう見えるのかも」と冗談交じりに教えてくれた。続けて
「タッ君の印象は?」と今度は質問を受ける番になった。
「ちょっと遠慮し過ぎというか言葉一つ一つを警戒し過ぎな様に感じるけど、話を聞いてたら仕方ないんかな? って感じには思うかな。とりあえず大人しい女の子かな? それ以外は情報不足で分からへん」彩花はなにか考えているように見えた。
「印象を聞いてそんな感じで答えるあたりがタッ君らしいと思うよ」とだけ言うと
「じゃあちょっとだけ栞里のこと教えてあげる。この前夕食が終わって部屋でダラダラしてたら、栞里が話しがあるって言って部屋に来たの。栞里とは普段からよく話す仲だから別に珍しいことじゃないんだけどね。」拓司は黙って彩花の話を聞いている。
「私が前に栞里と話した時、たまたまタッ君の話題になったことがあったのね。栞里はその時タッ君のこと知らなかったから名前は言わなかったんだけど。私、関西弁で喋る人ってことは言ってたみたいね。それで、この前私の友達で関西弁で喋る人と話したって言ってきたから名前を聞いたの。そしたらやっぱりタッ君だったみたいね。」そんな感じよ。と言って拓司から強請った……もとい、買ってもらったジュースにストローを刺して飲み始めた。
「俺はその前に俺の話題になった時の話も気になり始めたよ」と言う拓司に
「去年私が元彼と別れた時に話相手になってくれた時のことよ。ていうか保健室にサボりに行って女の子を引っかけて帰ってくるってどういうこと?」
あの時のことかとちょっと安心した。あの時のことなら変な伝わり方はしていないだろう。拓司は特になにも言うことなくひたすら聞き役に徹していたのだから。
「栞里はちょっとびっくりしてたわよ。意外だったみたいね。タッ君栞里になんて言ったの?」
栞里は彩花に会話の詳しい内容までは話していないようだった。
「なにが意外やねん!心外や!」と言ってから続けて「特に話はしてへんよ。なんや初めは警戒されとったけどだんだん話せるようになって、地元の話しから寮の話とかになってん。寮で友達できたかって話になった時に彩花の話が出たから俺も知ってるって言ったくらいやないか?」彩花はここまでの話はあまり興味がない様子で、それで? と言って続きを促してきた。
「そしたら急に私彩花と同い年やって言ってきてんや。体が弱いから一年入学を遅らせたって言うてた。浪人って言うんか分からんけどそんな状況やのに寮に入る方が大変やないんかな?って思っててん」
という拓司に「確かにタッ君と栞里の両方の言い分も分かるな」と彩花は言った。親元を離れているからこそ分かることなんだろう。拓司にはよく分からない境遇である。
「別にそんなん八木さんが悪いことしてる訳ちゃうやん?せやのになんか申し訳なさそうに話すから、この話周りから変な目で見られたりしたんやろなーって思った。その時はなんや堅い子やなーって印象やったかな?」彩花はなるほどね。という素振りで拓司の話を聞いていた。
それで?それで?と続きを要求してきた。
「彩花と同い年って言ってんのにずっと敬語やったから、別に敬語なんて使わんでもええよって言ってん。堅っ苦しいやん。って言ったらよく分からん表情しててん。用意してあった表情を忘れてしもたみたいな感じ?」
彩花は「なにそれ」と言って苦笑いだった。
「そしたら八木さん正体明かしてすぐにタメ口って変じゃないか聞いてきてん。俺そんなん言われる思わへんかったし、なんやねん。正体って! そんなん一線を引く理由になんかならへんやろ! って思わずつっこんでしもた」と話した拓司に彩花は「まあ確かに」と相槌を打っていた。
「八木さんの顏が引きつってたからマジ焦った。やっぱり関西弁って威圧してるように聞こえんねんな」という拓司に彩花は笑顔で「今さら?」と言った。ずっと拓司の話を聞いてた彩花が口を開いた。
「タッ君栞里の状況って理解できる?」と一言。
「分からへん」同じ境遇になったことがないので分かるわけがない。
「転校した時に教室で自分たちと違う奴がいるって目線を受けたことあるでしょ?」
なるほど、それなら分かる。
「栞里って今そんな感じなの。味方がいないの。孤独なの」だんだん彩花の声が小さく弱くなっていく。
「そんな時にタッ君と知り合って嬉しかったみたい。なんか受け入れられた気がしたって言ってたよ」
「酷いことを言うみたいやけど、自分が周りを受け入れてないのに周りから受け入れられへんってある意味当たり前よな……」彩花は少し驚いた表情で「なんでそう思うの?」と聞いてきた。
「周りが年下ばっかりやからって八木さんが一人だけしっかりしてなきゃいけないって思うから苦しくなんねん。自分が周りと違うからって特別でいる必要なんてないんよ」と答えた。
彩花は「栞里も同じようなこと言ってた。自分で傷つきにいっていたんじゃないかって」
「なんかそんな感じやな」と拓司が共感すると、彩花は「栞里と仲良くしてあげてね」と言った。心なしか少し嬉しそうだった。同時に1時間目が始まるチャイムが鳴った。ようやく訪れた睡眠の時間だった。