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POTOFU  作者: ニキ
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「もしかして野球部?」

 拓司の頭を見てそう言ったのだろう。平成の世の中になっても野球部の部員は坊主頭がスタンダードである。

「せやで。この頭見たらそら分かるか」

「よく練習しているの見かける」

 野球部の練習場は校庭のグランドなので、買い物に行く時はグランドの脇を通る必要がある。しかも女子寮の真横には庭とフェンスを挟んで野球部の室内練習場があった。室内練習場があるのは私立の学校ならでわの施設である。室内練習場があるため雨の日でも練習は夜の八時まである。それでも一時間早く練習が終わるのは貴重で、野球部員たちは雨が降るとテンションが上がる。

「みんな同じ格好で、みんな同じ髪型だから誰が誰って認識できないんですよね。みんな同じ顏に見えてくるんです。この前も同じクラスの子に声をかけられたのに最初全然分からなかった」

他の人から見たらそんな風に映っているのかと面白くなった。

「じゃあ俺は大丈夫やな」

「なんで?」

「俺はマネージャーをしてんねん。せやからジャージでうろちょろしてる奴がいたら、それは俺だと思って良いよ。こんながたいをした女子マネージャーはまだ入部してへんし、先生たちは坊主やない」

 栞里はクスクスと笑っている。とても控えめで笑い顔を見せたくないようにも見える。少し恥ずかしいのだろうことは今の拓司には分かっている。

「でも、なんでマネージャーを?」

「去年の年末に病気になってもうてん。なんや、肺に膿が溜まってエライ目にあってもうた」

「辛そう……」

 身体が強くない栞里にとっては他人ごとではないのか、栞里の顔は真剣に気遣うまなざしをしていた。

「辛いってもんやなかったで。薄味の病院食で量は目茶苦茶少なかったし、夜の九時には消灯。普段練習が終わる時間に寝ろって言われても寝れるわけないやんな。入院だけは二度としたくないって実感したよ」

 拓司の話に栞里は「分かる!」とか「うんうん」などと相槌を打っていた。

 彼女と話していると、時間が驚くほど早く過ぎていった。気が付くと午後の授業が終わって今から掃除の時間であった。クラスの女子が拓司を呼びに来たので拓司は保健室を後にした。授業はサボらせてくれるが、掃除だけはサボらせてもらえないのだから、いつの時代も女性は強いものなのだと実感させられる。

 午後のホームルームはいつも通り迅速に行われた。皆それぞれ部活や、遊びに行く予定があるのだ。一分一秒を惜しむかのように削れる所は皆で協力して削りにかかる。周りにとって削るべき時間はホームルームだったのだろう。授業中は携帯を隠れ隠れ使用するにもかかわらず、ホームルームでは、誰一人として使う奴はいない。恐らく携帯の向こうの相手も同じ考えなのだろう。あと少しの時間をお互い辛抱すれば放課後になり、嫌というほどいじれるのだから。授業中も同じくらい聞き訳が良いと先生たちも感心するのだろう。しかし、拓司自身も寝るか携帯をいじっているので人のことは言えない。

 その日は午後から雨が降り始め、グランドで練習はせずに室内練習場で軽い流し練習という連絡が入っていた。降水量が少ない拓司の住む県では、雨の日の練習は珍しく、なぜか得した気分になる。しかしやるのと見るのとでは退屈さは歴然の差があった。部活に出る気分ではなかったので部活は休むことにした。幸い、午後から保健室に行っていたと情報が入っていたのだろう。監督はあっさりと休むことを許可してくれた。

 野球部は上級生が休みの日に新入生が練習したりする不規則な練習周期をとっていたため、こういう日は後輩のマネージャーに任せて拓司が休みを取るのは監督や選手にも理解してもらっていた。練習中に必要なドリンクは朝と昼休みに準備してあったので、拓司が一日中いる必要もないのだ。

 職員室を後にして教室に荷物を取りに行く途中、先ほど保健室でお喋りした栞里を見かけた。彼女は華奢な体には不似合いな大きなカバンを下げていた。彼女の家(学校の寮)は学校の敷地内にあるのだが、少し歩く必要がある。拓司は教室からカバンと傘を持って彼女を追いかけた。

 彼女に追いつくと、拓司は栞里に話しかけた。

「傘は持ってないの?」

 もっと気の効いた言葉があっただろうと心の中で後悔していた拓司に対して、彼女は突然話しかけられたため少し驚いていたが、すぐに拓司だと認識して

「すぐそこだし要らないと思った」

と伝えた。

一方の拓司は

「保健室で休んでいた女の子が雨に濡れて帰るのはおかしいでしょ。余計悪くなっちゃうじゃん」

 と言って半ば強引に傘を彼女の頭の上で広げた。彼女は申し訳なさそうな顔をしていたが、何かを思い出したかのように

「あなただって保健室で休んでいたでしょ? あの時私が話していたのは別の誰かさん?」

 と澄ました顔で言った栞里に、拓司は一瞬ドキッとした。本当はサボっていたのだと正直に打ち明けた。すると彼女の顔は笑顔に変わり、実は自分も同じだと打ち明けた。

 拓司は彼女のあの仕草が演技だったことに強く驚きを覚えた。あれが演技なら主演女優賞だって十分に狙えるのではないかとすら思った。二人はイタズラがバレた子供の様に微笑みあった。その瞬間拓司は栞里のことをもっと知りたいと思った。

「帰った後いつもなにしてんの?」

「雑誌を読んだり地元の友達とメールしたり、勉強したり……」

最後の宿題の部分だけ明らかに声が小さい。あまり勉強はしていないのだろう。拓司は少し面白くなって

「もしこの後暇やったらどっか行かへんか?」と尋ねた。

すると栞は「この後買い物行くから一緒に行く?」

 と言った。拓司はもちろん行くと返事をして、学校の外で合流させて欲しいと言った。野球部の練習が始まって、部員に女の子と一緒に歩いている姿を見られるのはとても都合が悪いのだ。

二十分後に学校の近くにある駄菓子屋の前で待ち合わせの約束をして栞は寮に帰って行った。

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