縁
野球というものは面白い。いやスポーツというものは面白いと言った方が良いのかもしれない。訛が強い拓司は中学の時に浮いていた。思春期の中学生は誰より上で誰より下というカースト制度が存在する。日本の社会でも同じだが、出る杭は打たれるのが実状である。
拓司はよそから来た外ものとして扱われることが多かった。微妙な精神状態では、グレて道を外れる同級生も少なくない。そんな拓司は野球を通して友達が多かった。野球をしていると団体行動を乱さない限り同じ目標を共有している仲間意識が強く、そこに生まれや訛など大して関係ないのである。実際、野球をしていないと悪友と共につるむことが多かったに違いない。
身体を壊しても野球は本当に好きだったし、チームメイトも好きだった。何としても野球は続けたいと思っていた拓司だった。しかしその思いと引き換えに、監督は次第に拓司の体を心配してハードワークはさせなくなった。チームメイトにも肩身が狭く、今のままでは監督やチームの足を引っ張ると思った拓司は自分からマネージャーに志願した。何より、自分は人のフォローに回る方が得意なのではないかと感じるようになっていたからだ。
しかし、マネージャーを始めた拓司は早々に後悔することになる。拓司がマネージャーを始めた当時、三年生が引退していたためマネージャーが不在だった。
拓司はチームの唯一のマネージャーとして重宝されていた。先輩たちの練習中に買い物を頼まれることが増えていき、だんだんエスカレートしていった。最終的にはパシリのような扱いを受けたりもした。しかし体育会系の野球部では先輩が引退するまでの我慢と言い聞かせ、ずっと耐えることしかできなかった。もっとも先輩たちからは「俺たちはこんなにきつい練習をしているのに、何でお前だけ楽をしているんだ?」という気持ちも含まれていたのかもしれない。
しかし、それが運動部であり、野球部なのである。運動部の暗黙の了解では先輩の言うことは断ることができない。そして生き残る為に理解のある先輩を味方に付ける能力も時として必要となる。特に拓司は別の学区から来ているため初めから理解してくれる先輩は当然いなかった。拓司はその環境で生活したからか、知らず知らずのうちに年上の人と関わるのが上手になっていった。
そんな環境で高校生活を送っている拓司は、とうとう同級生からもお使いという名のパシリのような立ち位置になっていった。時には心ない言葉も投げかけられたりもした。何度も野球を辞めようと考えたかは分からない。
そして、拓司は約一年ぶりにタバコに手を出してしまうのだった。もちろん部員には気付かれないように吸っていた。地元に帰れば関係者と出会うことがない状態な拓司にとって、それだけは有り難い環境だった。タバコに手を出したのはストレスも確かにあったのだが、それは自分が怪我で離脱しても戦力として何も左右しないことへの細やかなやさぐれだったのかもしれない。
そして二年生になった拓司は体の調子が悪いという言い訳を存分に利用して部活や授業をサボることが増えていった。自分の体に爆弾があることは周囲の人も理解していたので、案外簡単にサボることができた。
ある日、いつものように保健室でしばしの休息をとろうと思った拓司は、午後の授業を抜け出して保健室に向かった。保健室の先生とは顔を合わす回数が増えていったこともあってか、気楽に話せる先生の一人になっていた。
いつもの様に形式上の手続きを済ませて特等席に(拓司自身が勝手に決めていただけではあるが)横になろうとした。しかし、そこには先客がいたのだった。
ショートカットが良く似合う女の子と目が合った。女の子はベッドで横になっていた。まるで子猫のような華奢な体をした女の子だった。拓司は女の子の着替えを誤って覗いてしまったような罪悪感をいだいて、すぐにカーテンを閉めて謝った。四月13日の金曜日、午後の保健室でたまたま出会った女の子。それが栞里との初めての出会いだった。