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今日の練習はラッキーなことに今日は早く終わった。そのためいつもより早い電車に乗ることができた拓司は上機嫌で帰宅した。家に着いた拓司は風呂に入り晩御飯を食べ始めた。今日の晩御飯は拓司の好きな豚カツである。それを食べている間に携帯が震えはじめる。驚くことに今日のメールは彩花からだった。拓司は食事を早々に済ませると自分の部屋に上がりメールを確認する。
「遅くにゴメンね。今忙しい?」
「別に構へんで。どうした?」
「今栞里といるの」
「そうなんや。仲ええな」
「そうなのー。仲良しなのー」
素面とは思えない反応である。
「酔っぱらってんのか」
「酔っぱらってるー」
「じゃあ退学やな。短い付き合いやったけど楽しかったよ」
「なにそれー。冷たくない?」
「アホ! のってやってるだけ優しいわ!」
「アホ? 女の子に言うセリフー?」
「じゃあバカ?」
「どっちもレディーに使う言葉じゃないでしょ」
自分の口からレディーと言うレディーはいない。淑女とは名ばかりである。
「いつから日本のレディーの解釈は口の悪い女に変わったんや?」
「ムカつくー。もう知らない」
「悪かった。悪かった。で、なんの用や?」
「栞里とタッ君の悪口大会開いてたの」
どこがレディーが悪口大会を開くんだ。拓司は携帯に向かって一人でツッコミを入れた。
「さっきの俺の謝罪を返せ。よくそれを本人に伝えれたな」
「絶対に返さない!(笑) 私と栞里に対する態度全然違うみたいじゃん」
栞里は彩花と違い悪口を言ったりしない。悪口を言ったりしないのは間違いにしても、相手に対して悪口を言ったりはしない。
「そら違うよ。栞里ちゃんはどっかの誰かさんと違って口が悪くないからな!(笑)」
「ひどい! 私だって傷つくんだからね!」
「俺だって悪口言われたら傷つくって知ってるか?(笑)」
「じゃあ両成敗ってことで」
「お前何歳やねん!」
「あなたと同じ十七歳ですー。職業はJK!」
いつもテンションが高い彩花だが、今日のテンションは少し違和感を感じる。
「ホンマに酔ってんのか?」
「酔ってないって言ってるでしょ!」
「じゃあなんで今日はそんな無理にテンション高してんねん」
「そんなにおかしい?」
「隣に栞里ちゃんがおるにしても、今日は変すぎる。なんか嫌なことあったんか」
それから急に彩花からの返信が途絶えた。二十分経っても返信が来ない。なんか間違ったこと言ったかと心配をし始めた拓司の携帯が震えはじめる。しかし画面に表示されている名前は彩花ではなく栞里だった。
「拓司君こんばんは」
「こんばんは!」
「疲れてるとこゴメンね」
「構へんで。彩花どうした?」
「拓司君よく彩花の様子が変だって分かったね」
「そら分かるよ!」
「彩花と話をしてて、拓司君がどれだけ敏感なのか試そうってことになったの」
「そうやったんや。でもあれじゃバレバレやん。鈍感のテストならまだしも」
「そんなのメールで気がつく人そんなにいないと思うよ。さすがだと思った」
「そんなに凄いことやないで。で、彩花はなにに悩んでんの?」
次は彩花からメールが送られてきた。もはや誰とメールをしているのか分からなくなってきそうである。電話ならどれだけ助かるか…… と思い始める。
「なにも悩みごとなんてありませーん」
「ほんまか?」
「本当だよ! もしかして心配してくれてんの?」
「本当なんやったらええねん。バカみたいに話したないことまで聞き出そうとは思わへん」
「もう優しすぎー。惚れるわー。あのね、今日部活で先生に怒られた」
惚れるなどと冗談でも言ってもらいたくはないのが本音である。特に今の彩花の状況で惚れるというのは冗談にとるのが難しい。聞き出すつもりがないのも本当である。
「結局話すんかい! で、なんて叱られたんや」
「お前には粘りがない! 必死さがない! やって叱られた。必死にやってるのにさ」
「俺はテニスのこと、よぉ知らんからそこに関してはなんも言ってやれへん。けど必死さが足りないってことはなんか思わせることがあったんちゃうか?」
「思わせることって?」
「たとえば諦めが早かったとか」
「まぁそんなところで怒られたんだけどさ。機嫌が良い時と悪い時で叱り方が変わるのってどうかと思う。気分で叱られるって最悪」
「そら指導者としてはよろしくないな」
「でしょ? で、そんなことを栞里に聞いてもらってたの」
「そんで、一通り話が終わったから暇つぶしに俺をからかって遊ぼうってなったんか?」
「さすが察しが良いね。今度タッ君がドリンクバーを奢ってくれるって話もしたよ!」
「そんなん話したら無かったことにできひんやん!」
「ひどー無かったことにするつもりだったのー?」
「そうや!」
「自信満々に肯定しないでよ! 栞里がすごい笑ってんだけど!」
「なんか同レベルに見られてるようで恥ずかしいねんけど」
「栞里が良いコンビだねーって言ってるよ」
「うわ! 屈辱!」
「それこっちのセリフだしー」
「てか、さっきから話が全然前に進まへんねんけど!」
「そうだね。話を戻そう」
「そうしてくれ。で、叱られて珍しく凹んでんのか?」
「別に珍しい訳じゃないよ。でも凹んでるのも確か」
「じゃあ今度ドリンクバーでも飲みながら聞いたるわ」
「その頃に忘れてたらどうすんのよー」
「その頃に忘れてるようならその程度の悩みやったってことや」
「なるほど。じゃあ私スタバに行きたい」
「スタバ行ってなにすんねん」
「今の新作美味しいらしいよ」
スタバは一年を通して期間限定のドリンクが出る。高校生にはいい値段だが足繁く通う高校生も多いと聞く。
「スタバかー。別に構へんで」
「ご馳走になります(笑)」
「ドリンクバーよりよっぽど高いやんけ!」
「細かいこと言わない! 私スタバ行ける。タッ君私とデートできる。WIN-WINじゃん!」
「強引すぎんねん」
「そんなに私と行くの嫌なの?」
「別に構へんって言ってるやん!」
「じゃあ決まりね! いつ暇なの?」
「休みが合えば行きゃええやん」
「じゃあ休みが決まったら教えてね」
「分かった」
次の休みなんて俺が知りたいわ。ひとり言が零れる。
「栞里が優先で良いからね」
「そうか。まあ先約やからそうさせて貰おうかな」
「もし私が先に約束していたら私を優先させてた?」
「そらそうやろ。先約ってそういう意味やんか」
「なら楽しみにしてる」
最近の彩花の様子が少し変なのが気になる。まさかとは思うが気にしないようにする。そんなことはあり得ない。
「そろそろ寝るわ」
「そうだね。お休み」
「お休み」
時計は今日も十二時を回って日付が変わってからの就寝になった。