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五士突撃ステューピット・ドール!  作者: 天丼侍
第二戦 ミステリアスは放課後と共に
13/15

ミステリアス・アタック!

 椿は本屋の新刊コーナーの前で止まっていた。何か良い本が無いかと探している訳ではない、それよりももっと大変な事態に陥っていたのだ。


「………………」


 椿は本の上に手を置いていた。その本はただのライトノベルなのだが、表紙の絵に彼の感性が反応したのだ。所謂表紙買いと言うやつである。だが、問題はそこではない。


 彼の手の上に、もう一つ手が。幽霊や心霊現象などではない、体温のしっかりと感じる人間の手だ。それも、きめ細やかな肌を見る限り女性のものだ。


 そう、彼はなんと都市伝説程度にしか思っていなかった『同じ本に手を伸ばす男女』と言う現象に巻き込まれていたのだ。


 この状況で、椿がハーレム系ライトノベルの主人公ばりに女たらしであったならば、運命を感じるだのと相手の女性を口説いていただろう。無自覚ハーレム系主人公ならば、ただただ笑顔で本を相手の女性に手渡していただろう。


 しかし彼は普通の高校一年生の男子なのだ。それどころか趣味はクロートザックのロボオタク(的なもの)で、母親以外の異性とまともに話した事すら無かったのだ。虎斑杏? アレは野生動物である。


 さてどうしたものかと思考を巡らせる椿。頭の回転は既にクロートザックでの戦闘中を超えていて、如何にこの状況(戦場)が凄まじいものかを否応無しに感じていた。


 だが、先に動いたのは相手だった。椿の手の上に置いていた手を、その手を包む様に握ったのだ。


「…………ッ!?」


 一体何が起きた、この一瞬で敵機()に上を取られたのか? いや違う、何考えてんだ俺。落ち着け落ち着けーー落ち着けない。


 椿の心臓は有り得ない程に早く動いていた。ただ手を握られただけ、たったそれだけの事でここまで動揺するとは思ってもみなかった。こうなると彼に取れる行動は一つ、『手をどかす』だけである。しかし、その行動は達成出来なかった。


「この手は、離せませんわ」

「えぅ……っ?」


 透き通った声による謎の告白。この一言で椿の頭の中は真っ白になった、口説かれるとはこんな感覚なのだろう。


「また会えるとは、やはり運命なのですわね」

「また? ……どこかで会いました、か?」


 もう完全にヒロインの境地である。主人公に心が傾いていくヒロインの気持ちが良く分かる、それにしても男を口説く女とは珍しいものである。


 恐る恐る椿は視線を相手の足元へ向ける。鮮やかな青色の長いスカートで足は見えないが、フリルが多めに付いている辺り良いところの服なのだろう。


 もう少し視線を上に。細い腰に大きな胸、かなりスタイルの良い女性である。それにしても良い胸だ、彼女が着ている童貞を殺せそうな服にとてもマッチしている。現に椿は色々な感情が渦巻いて死にそうである。


「もう、離しませんわ。ーーいえ」


 手を前よりも強く握られ、驚きつつも視線を更に上に。後ろで一本に纏められた輝く金髪、背は椿と同じ位だろうか。正にお嬢様である、金髪の中から覗く耳がエルフの様に長くない事に違和感をーーん?


 何だろうか、この既視感は。


 いや、既視感ーーそんな筈はない。椿はこの女性とは一度も……一度も、会って……いない、のか?


 心臓の鼓動が更に早くなる。この瞬間、椿は理解した。今抱いている感覚は恋ではないと。今感じているものは、紛れも無い『恐怖』だ。


「もう、逃がしませんわ。ツバキ」

「お……お前は……ッ!」


 視線が女性と合った。金髪巨乳の知り合いは居ないが、会いたくない相手なら居る。先日のイベントで戦ったミステリアスなお嬢様である。


 椿は手を引いてみるが、しっかりと握られているらしく彼女の手が離れる事は無かった。


「あらあら、離す訳なんてありませんわよ? 出来る事ならこのまま何処へでも……」

「俺は死んでも嫌だ、俺の第六感が叫んでるんだ! お前と関わったらロクな目に遭わないってな!」

「愛の逃避行ですわよ?」

「ここに愛は存在しないッ!」


 ぶんぶんと腕を振ってみるが、やはり手を離してはくれない様である。それにしても、イベント終わりに言っていた『幾度となく会う事になる』の二度目がこんなに早く来るとは思っていなかった。


 生憎クロートザック部三人組はまだフードコートだろうし、もし居たとしてもこの状況から助けてくれるかどうだかーー。


「これからデートでも致しません? 良いデートプランがありますのよ、きっと満足出来ますわ」

「お前は名前も知らない相手に手を引かれてデートに強制連行される様な現象を満足出来ると思うか?」

「泣いて喜ぶのではありませんの?」


 確かに泣くだろうが喜びはしないだろう。いや、彼女が何者かを何も知らない状態ならば嬉しかったかもしれない。こんな胸の大きな人とお近付きになれるのだから。


 椿としては、お離れになりたくて仕方ないが。


 しかし、手を握られている現状からして今すぐ逃げると言うのは不可能の様であった。ならばーータイミングを見計らうべきだろう。相手の要求を呑んで少しでも油断させ、逃げる。


「……仕方ない。今のはツンデレだ、倉掛椿と言う人間は正直に好意を表すのが苦手なんだ。許してくれ、デートと洒落込もうじゃないか」

「ふふふ、精一杯楽しませますわね。と言っても、大体何をしようとしているかは分かっていると思っていますけれど」

「お……おう?」


 そんな言葉を残してお嬢様は椿の手を引いて歩き出す。


 正直なところ何をしようとしているかは分からない。予想のつく辺りでは、何処かで睡眠薬を盛られ車に押し込まれて結果彼女の家で監禁されるくらいだろうか。そうなると色々辛い。


 一応対策としては彼女の付近に居る時は食べ物や飲み物は口にしない、人一人を突っ込めるサイズの車には警戒する、ぐらいだろう。


 そんな事を考えていると、不意にお嬢様から声を掛けられた。


「ところで、ツバキは何かクロートザックに関する部活やクラブチームには入っていますの?」

「何だってそんな事を、お前に関係のある事じゃないだろ」

「大有りですわ、もし想像通りならとても重要な話になりますもの」


 重要な話って何だよ、とは思いつつも言葉には出さない椿。


 今ここでその件を聞けば、この様な状況になった理由が分かるだろう。しかし彼女の機嫌を損ねれば何をされるか分からない、もしかしたらドラム缶にセメントと共に詰められて太平洋へ飛び込む事になるかもしれない。


 地雷の可能性が一ミリでもあるなら踏んではいけないのだ。そうこうしている内に、椿はお嬢様に引かれてエスカレーターで下階へと向かっていく。


「下……下に行ったら馬鹿人形の」

「何を言ってますの? わたくしとツバキがデートをするならここ以外に考えられないでしょう?」

「あー、まーそうですよねー」


 何だか考え過ぎていた様だ、イベントの時に勘付いていたではないか。彼女はクロートザックに魂を捧げていると。


 エスカレーターから離れて数秒、目的地である店へと辿り着いた。


 そこはスーパーの様な内装が施されていた。壁に展示されている物が野菜や肉ではなく、銃器である事を除けばだが。視線を巡らせれば近接格闘武器、盾などのコーナーも存在する様だ。


 そして店へ足を踏み入れた瞬間、彼女の足がピタリと止まった。椿は違和感を感じて彼女の前に回ってみると、変な表情を浮かべながら小刻みに震えていた。


「何、何なの」

「たっっっっっッまりませんわ!」

「うぉっ」


 椿は咄嗟に後退り。


「何も感じませんの!? これ程輝く空間で、際限無く胸が踊り、意思が暴れ回る感覚を!」

「わ……分からなくもない、うん」

「そうでしょうそうでしょう! さぁ、行きますわよ!」

「待て、バズーカのコーナーに行っても何の意味もねぇからまずは近接格闘武器コーナーにだなぁ!」

「何を言いますの分かっていませんわね、撃たれる可能性がある武器は全て見るんですのよ!」


 少し喧嘩になりながらも、結局足を運んだのはバズーカコーナー。


「バズーカとか……こんなノロい弾頭に当たる様な馬鹿は居ないだろ」

「バズーカユーザーは直撃するだなんて万が一にでも思っていませんわ、バズーカは爆風を当てる武器ですわ」


 次にミサイルコーナー。


「ミサイルランチャーとミサイルパックは分ける意味がありますの? 全部手持ち武器にしてしまえば良いものを」

「分かってねぇなぁお嬢様よぉ! パックはリロード度外視で弾詰め込んで、撃った後にはパージして機体が軽く出来るんだよ」


 白熱しつつも、次はライフルコーナー。


「ミドルレンジライフルとは狙撃する訳でもなく接近戦をする訳でもない銃なのかしら」

「さあ……? 何だか前に出たくて仕方ない狙撃屋たちのための銃じゃないか?」

「わたくし狙撃した事ありませんわ」

「俺もだよ、狙撃ってほぼ専門職だからな」


 少し息が合ってきたところで、次は近接戦闘武器コーナーへ。


「接近戦は槍ですわ! 剣刀類に負けないリーチ、長さによる振り回し攻撃、そして何より軽い!」

「いいやナイフだ! 幾ら接近戦とは言ってもゼロ距離まで踏み込んだら武器の短さが強さだ!」

「そもそもゼロ距離まで踏み込めませんでしょうに!」

「俺には出来るんだよ!」

「私パイルバンカーが好き! カッコいい!」

「「黙れ!!」」


 珍しい事にシンクロした椿とお嬢様。怒鳴られた声は少女のもので、このタイミングで空気を読まずに言いたくなる程にパイルバンカーが好きだったのだろう。


 確かパイルバンカーが好きな奴が身近に居たな……などと思いながら声の方向へ向くと。


「バカぁ……クラりんのバカぁ……」


 杏が泣いていた。その後ろには半目の楓と桂が、なんとも言えない表情で立ち尽くしていた。


 ああ、そう言えば。この店で落ち合うと言っていた気がする。全く失念していた。

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