クロートザック部
ここまで三人の機体に好き勝手言ってきた椿だが、遂にと言うかようやくと言うべきか、とある言葉が投げ掛けられた。
「しかし倉掛椿よ、君がそこまで意見の言える実力者かもしれないと言うのは分かった。だが、君は一体何に乗っているんだ」
「キリー先輩、クラりんはイベントでゲルブ乗ってたんですよ! すっごい速くてよく見えなかったですもん!」
「まあゲルブ乗りですけど……ところで何だクラりんって」
確かに椿はゲルブ乗りである。前のイベントで乗った物はチューンが一切されていないので、本来椿が乗っている本気のゲルブの速度を見たら杏は気絶するかもしれない。
ちなみにクラりんに関しては、楓による「虎斑さんはアレが普通なんです」との耳打ちで理解した。多分、いや普通にアホの子なんだろう。
しかし、この会話を仕掛けた桂は何かを考えるかの様に顎に手を当てていた。そして、首を横に振って椿へと向き直った。
「いやはや、ゲルブに乗るのだから何が深い訳があるかと思ったが……考え過ぎの様であるな」
「それはまあ……そう言われるのは慣れてますから、ゲルブですし」
「ハハハ、ではこれからは同じイロモノ機体を駆る同志として仲良くしようではないか」
そう言いながら桂は手を差し出してくる。
「それは勿論」
言葉を返し、椿はその手を取って握った。
「ふむ、これで部員は四人か」
「え?」
謎の言葉。桂はまだ続ける。
「いやここまで来たのだ、我がクロートザック部に入るのだろう? もう入ったろう」
「ありがとう倉掛さん!」
「サンキュークーにゃん!」
桂の言葉に続けて楓と杏も乗っていく。
「待って誰も部活に入るとは言ってないし虎斑さん貴女は何故呼び方が変わる!」
「考え過ぎるとハゲるよツバキん」
「貴女は考えなさ過ぎるッ!」
さて大変な問題に直面してしまった、椿はそう考え唇を噛んだ。不用心に足を踏み入れたここは部員勧誘蟻地獄、真面目人間と自信たっぷり我様先輩、そしてアホの三人に囲まれてしまった。
今現在椿は部活に入っていない、いわゆる帰宅部だ。しかしそれは特に理由のあるものではない。部活に興味が無かったから入っていないだけだ。
おや、それなら別に入ってもいいのではないのだろうか。クロートザックならば元より興味も技術もある、それに競技用具と言う名の機体もだ。
……最大の問題は『アレ』だろうか。隠し通せる気がしない、絶対絡まれて何か凄まじい事に巻き込まれるに違いない。だが部活で家に居る時間が減るなら、『アレ』に家で絡まれる時間も減るだろう。
「改めて考えてみると入っても良い様な……やっぱり入ろうか」
「そうだよ倉掛さん、一緒にクロートザックをやりましょう!」
「君なら即戦力、いや即主力だ。何せ我が認めているのだからな」
「クラ助入ろうか、部活入ろうか」
椿は一つ溜め息を吐くと、にっこりと笑って見せた。悪い話ではない、それに部活ならば大会に出る事も出来るだろう。
それはあの時に決めた夢のためにもなる。
「では……皆さん、こちらからもよろしくお願いします」
「部活入ってくれるの! うにゃー、クラりん大好きー!」
「うぉっ!?」
唐突に飛び掛かる杏を避けられなかった椿は、そのまま受け止めーーられずに背中から倒れてしまう。嬉しいと飛び掛かるなど、野生動物か何かなのだろうか。
しかし倒れて体の上で抱き着かれるとなると話は別である。いくら野生動物の様な存在であったとしても外身は女子高校生なのだ、膨らんでいる所は膨らんでいる。それを押し付けられているのだから……ねぇ?
「うへへー、大好きだぞクラりーん」
「止めろっ、離れろバカ!」
「ハハハ、そうだろうそうだろう。虎斑杏はこれでも女だからな、ある所はあるぞ」
だから止めて欲しいのだが、桂にそれを頼むのは不可能そうだった。そうなると頼みの綱は楓なのだが、彼は部員が増えた喜びからか泣いてしまっている。
誰も、止めてくれない。
そう悟った椿は何とも言えない様な表情で、この後二十分は抱き着かれる事になったのであった。
さて、部活を早めに切り上げた四人は学校近くの大型ショッピングモール『メルルーサ』へとやって来た。地元民にはメルやメルサなどと呼ばれて親しまれている。ちなみに椿は後者だ。
ここには食料品や雑貨、洋服と言ったショッピングモールらしい商品は勿論、なんと地下には馬鹿人形やそれに関する武装や機具の販売、それにクロートザックの競技場まで存在する。
一般人には普通のショッピングモール、馬鹿には競技場と多様な客層をガッシリ掴んだこのメルルーサは、平日の夕方であっても学生よりも一般客の方が多いのである。
そして、メルルーサ二階のフードコートに四人は居た。
「入部届とか書かなくて良いのか……?」
「後だよアトアト、そんな事よりお祝いだっ! 部員が増えた、仲間が増えた、それは何事よりも大切なお祝いなんだよっ!」
そんな言葉と共にテーブルに並べられていくジャンクフードたち。ハンバーガーにラーメン、アイスやクレープなどなどーー。
待て、これ全部食べるのか? 明らかに主食が二つある様な気がするんだが。
「待て虎斑杏よ。ハンバーガーとラーメンは両立出来る食べ物ではないだろう」
「そんなこと言わないー! 出てきた食べ物は文句言わずに食べるっ!」
「誰もここまで出せとは頼んでいないだろうて!」
流石の桂もここまで増えるとは思っていなかったのだろう、その顔には明らかな焦りが浮かんでいた。視線を逸らせば楓が携帯を操作して、何か文章を打っている様だった。
「城羽仁は何をしてるんだ?」
「この量を食べるとなると夜が食べられそうにないからね……ちょっと妹に連絡をしてるんだ。それと、城羽仁じゃなくて楓で良いよ、同級生なんだから」
「あぁ、分かった。……俺も親に連絡しとくか」
でもどうせ聞きはしないだろうな、と思いながらも椿は携帯を操作して我が家の王者である母へとメールを送った。内容は『夕飯は要らない』と言うものだ。
連絡を送り、さて食べ出すかと手始めにポテトへと手を伸ばした時。ポケットに入れていた携帯が震える、恐らくーーいや確実に母だろう。
携帯の液晶を見ると、やはり母。それも件名は『殺すぞ』だった。
今すぐにでも泣き出したい衝動を抑え、恐る恐るメールを開くと本文には『美味しいの用意してまってるね❤︎』との言葉、そして添付されている包丁の写真。
「あぁ……俺死ぬんだ」
「ほらクラりぃぃん! 手が進んでないぞぉぉ!」
人の気持ちを理解しようとすらしない杏は、ラーメンをすすりながらチキンナゲットに箸を伸ばしていた。彼女に食べ合わせと言う概念は存在しないのだろうか。
一応椿も帰宅後に夕飯が食べられる程度には手を付けるつもりだが、杏がこのままの勢いで食べ続けてくれるなら後はアイスでも舐めながら『食べてる感』を出しておけば良いだろう。
「虎斑さん、よく食べるな……あんなに食ってそのーーアレだ、こう、重さが」
「虎斑杏は太らんぞ? クロートザックで常人の三倍近くはテンション最高潮を保たせるからな、その分のエネルギー消費で均衡が上手く取れているのだろう」
「スタイル良いですからねー、街を歩いてるとナンパとかされるらしいですよ?」
「しかし彼奴はパイルバンカーの話が出来る男かパイルバンカーにしか興味が無い、世の中の虎斑杏を口説く男は無理難題を押し付けられたものだ」
無理難題を通り越してクリア不可能だろう、誰が女を口説くためにパイルバンカーを持ち出すと言うのだ。そんな当の杏は、ラーメンを食べ終えてハンバーガーに齧り付いていた。
人が食べているのを見ると腹が減るとは聞くが、ここまで凄まじい勢いで食べられると食欲が引いていく。アイスをちびちびと口に運びながら、この光景からの逃避のため先の事を考える事にした。
「……次はどうしましょうか、何か新しい武器でもあるか見に行きます?」
「元よりそのつもりだ、我らは高校生であると同時にクロートザックのプレイヤーなのだからな」
「虎斑さんが食べ終わったら行きましょうか、でも何か他に用事があったら行っても良いですよ? 僕が適度に誤魔化しておきますから」
「そうか、じゃあ本屋行って……誤魔化さずに店で合流ってのはダメなのか?」
「なら、そうしてみます」
椿は楓に連絡を頼み、フードコートを後にした。何か新刊でも出ていただろうかと思いながら、歩みを進める。
まさかこの行動が、彼のこれからを左右する事になろうとはーー今の彼ではそんな事、想像も出来ないだろう。