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End of the Atonement  作者: 久野 龍
第二章 遭逢の果て
9/22

 ■3■

 生活区域には、すぐに到着した。多くはないが家が立ち並び、所々に街灯が灯る。ケセナはそれらを見回しながら歩いた。家の形はどれも歪だ。街の廃材で使えそうなものだけを選び、使用したためだと推測される。

 そんな中に、一際大きな家があった。周囲の家とは趣が違い、ケセナは思わず足を止めた。ガイアは、その家に向かって歩いている。脇見もせずに行くということは、この大きな家がガイアの家なのだろう。門塀の傍まで進んだガイアが振り返り、家に指差し告げる。

「これ、俺ん家。まぁ、兼宿屋で食堂だけどな」

「……? 族長の家なのに、宿屋で食堂なんですか?」

 ケセナが理解できずに首を捻ると、ガイアは首を竦め「仕方ないだろ」とぼやく。

「食糧が圧倒的に足りねぇから、基本、ここにいる奴らは俺ん家で飯を食うんだ。超節約料理を作る奴がいっからな。宿屋なのは……家が崩れたとかそういったときの緊急避難場所で使ってるってんのが殆ど。ここで俺ん家だけは、まともに設計して建てたから丈夫だしな」

「なるほど……」

 奇妙な心境になりながら、この家以外が歪な建て方をされていた理由に納得する。そうして歩き出し始めたときだった。

「ふっざけんじゃない!!」

 突如、女性の大声が家の中から聞こえ、男性二人が転がるように飛び出してきた。

「!?」

 驚いて見ていると、今度は肩までのブロンズの髪を乱して女性が飛び出してきて、先に出てきた男性たちに食って掛かる。

「出てけ出てけ! あんたたちにやるものなんて何一つないんだから!」

「このくそアマぁ! 俺らは玄武だぞ、飯くらい食わせろ!」

「だから、ふざけんじゃないって言ってんの! なんで玄武にタダ飯させなきゃならないの!? そもそも玄武は敗者でしょうが!」

「違う! 玄武は勝者だ! 俺たちが、この朱雀の小汚ねぇ南方地区を粛清したんだ!」

「はぁ!? 壊滅させたの間違いでしょ!?」

 無一文で食事をしようとしたのか、とケセナは勝手に想像しつつ、その攻防を見つめる。若干論点がずれてきている気もするが、売り言葉に買い言葉の言い合いにはよくあることだ。

 男二人は、民族衣装を身に纏っていた。随分と古い形式の衣装であるが、亀の甲羅と蛇をモチーフにしたその独特な図柄の衣装は、彼らが玄武族であることの証明だった。戦争時に玄武族がこの南方地区を壊滅させ荒廃させたことから、この二人が勝者であると言い切る所以なのだろう。だが、戦争で玄武族は敗者となり、それ故、見下された一族になった。それでも応龍族より扱いが良いのは、正直なところ、気に食わないけれど。

 ケセナは男二人を見比べる。一人は痩せ形で見るからにひ弱そうであり、もう一人は巨漢だ。所謂、凸凹コンビで定番な二人組だ。事の顛末を傍観しようと決め、溜息をつく。すると、巨漢の男が、持っていたサーベルを、すらりと鞘から抜いた。街灯の明かりで刃が煌めく。

「わからねぇ女だな、思い知らせてやる!!」

 巨漢の男は、サーベルを振り上げた。

「ちょっと……! 何をする気なの……!?」

 サーベルを見て、女性が怯む。ガイアが顔色を変え、飛び込もうとしているが、なにしろ丸腰だ。サーベルに対抗できる武器は持っていない。振り下ろされれば切られるだけだ。

「……プラウ」

 ケセナは素早くポケットから球体を出し小声で呼びかけると、手の上に魔方陣が出現し、漆塗りの鞘に収まる刀が姿を現した。左手で鞘の部分を握り、球体を仕舞う。

「覚悟しろ!!」

 ケセナがそうしている間に、巨漢の男の声が響き女性へとサーベルを振り下ろす。

「ひっ!」

「キョウ!!」

 女性は悲鳴を上げる。ガイアは女性を助けるため、巨漢の男を止めようと地を蹴ったが、誰かに肩を掴まれ後ろに身体ごと吹き飛ばされ尻餅をつく。慌てて顔を上げれば、ケセナが横をすり抜けて行った。

「ケセナ……!?」

 ケセナは抜刀する。それと同時に鞘を放り投げ、振り下ろされるサーベルと女性の間に身体を滑り込ませた。刀を横にし峰を自分に向け左手を添え、衝撃に耐える姿勢を作る。キィン、と鉄と鉄が弾ける音が響き、ケセナは全身に力を込めながら顔を歪ませた。押される力に膝を折り倒れそうになるのを、なんとか踏み止まって立ち続ける。

 ガイアは、その様子を呆然と見ていた。そうして、ふと我に返り、ケセナの背後に居る女性が、顔を引き攣らせながら身体を震わせているのを見つけ、立ち上がって駆け寄る。

「キョウ、大丈夫か!?」

「……う、うん……だい、じょうぶ」

 恐怖からか、彼女―――……キョウは、小さく返事を返す。視線はケセナの背中のままだけれど。

「そこまでにしたらどうです?」

 キィン、とまた鉄が弾ける音と殺気の籠る声が響く。ケセナがサーベルを弾き返し言ったのだ。その声に、巨漢の男が二歩ほど後ろに下がるとケセナの姿を確認する。ケセナは刀を持ち直し姿勢を正すと、真っ直ぐに立ち、冷徹な表情で殺気を放つ。

「命が惜しいなら、消えてくれませんかね」

 刀を構える。それがとても様になっていて。

「……お、おお、覚えてやがれ!」

 男二人は力量の差を悟り、ご丁寧に捨て台詞を吐いて、ひぃひぃと言いながら逃げて行った。その姿を見て、ぽつりとケセナはぼやく。

「うわぁ、テンプレートな捨て台詞……」

 彼らの後ろ姿が暗闇に消えて行くのを眺めながら、放り投げた鞘を拾い、刀を鞘に戻す。そうして、球体を取り出し、刀を球体の中へと仕舞う。すると、ガイアが戸惑いながら声を掛けてきた。

「おい、おめぇ……」

 くるりと振り向き、ケセナは自分の左手で後頭部を叩く。

「あ。ごめんなさい。俺、ああいうヤツって許せなくて、ついハッタリを……」

「ハッタリ!? マジか!? あれがハッタリだったのか!?」

 驚愕しガイアは声を荒げた。ケセナの気迫は真に迫るものだったし、殺気はハッタリとは思えなかったのだけれど、本人がそう言うのであれば、とガイアは、頭を振って自分を落ち着かせる。

「いや、それはいいや、ありがとな。おかげでこいつ……って、おい? キョウ?」

 放心しているキョウは、ケセナから視線を外すことがなかった。先ほどの恐怖の震えとは違う感情で、身体を震わせる。

「……?」

 ケセナは首を傾げ、怪訝にキョウを見つめる。すると、キョウは、口を開いた。震える唇で、言葉を紡ぐ。

「……ファル……?」

「え……?」

 あまりにも小声で、ケセナは聞き取れずに聞き返す。その途端、キョウは何かが吹き飛んだようにケセナに迫り、ケセナの細い両肩を掴む。

「ファル、なの!?」

 間近で見るキョウの瞳は、ガイアと同じ燃えるような赤い瞳だった。年齢はケセナと同じくらいか、もしくはその上か。考えたかったが、今はそれどころではなかった。ケセナは、力いっぱい身体を揺さぶられる。

「え、あの、そのっ」

 ガクガクと頭を振られ、喋りたくても喋れない状況に狼狽えながら、キョウの言葉を聞く。

「ファルなんでしょう!? ね、そうよね!? 私が間違える訳ない! ね、ファルイーア!!」

「ひ、人違いだと、思います、けど」

 なんとかそう言って否定する。本当はその“ファルイーア”なのだろうけれど、如何せん、ケセナは記憶を封印している身。覚えがない。

「どうして?」

 ケセナの身体を揺さぶるのを止めたキョウが、きょとんと首を傾げた。

「ど、どうしてって……」

 くらくらする頭でケセナは、必死に理由を考える。記憶がないから違う、とも言えず、口籠ると、ガイアが口を開いた。

「おい、キョウ。違うって言ってんだ。いい加減にしろ」

「だってガイア!」

「おめぇの目は節穴か!? こいつの髪と目、茶色だろが!」

「そんなの、変えれば!」

「どうやって変えんだ、この馬鹿!! 髪はともかく、瞳の色なんざ、おいそれと変えれねぇだろが!」

「あの、喧嘩は……」

「ケセナ、おめぇは黙ってろ」

「……え――――……」

 今度は、ガイアとキョウの言い合いだった。仲裁に入ろうとするも足蹴にされ、ケセナは肩を落とす。とりあえず、待とう、そう決めて二人を交互に見やる。

「そんなのファルなら遣って退けるかもしれないじゃない! ファルは史上最強の魔力の持ち主なんだから!」

「あんな如何様が最強だ!? 分け与えられた力が最強なんて滑稽だな、おい!?」

「ファルはそれを上手く使いこなしていた! もうファルの力だったよ!!」

「ファルの魔力の源は“オウセイ”の力だ! 如何様なんだよ!」

 ケセナは身体を揺らし、目を丸くした。なんと言ったのだろう? ファルイーアの魔力の源がオウセイ…? ケセナは混乱する思考を、ゆっくりと整理する。そして、ここからすぐに立ち去りたい衝動に駆られた。この二人は、記憶を封印する前の自分を、知っているのかもしれない。だとしたら―――――……危険だ。応龍狩りの情景を思い出し、身体が竦む。

「ファルを悪く言わないで。ファルは、何も悪くない。ただ必死だっただけだよ? 私は知ってるの。ファルはただみんなに認めて貰いたかっただけ……ねぇ、ファル? お願い、ファルなんでしょう?」

 キョウがケセナを切ない表情で見つめ尋ねてくるけれど、ケセナは首を横に振った。寂しそうにキョウは溜息をつく。ケセナはどうしようもできない自分が歯痒かった。けれど、それは仕方がないことで、ファルイーアの記憶は残っていないし、言えば応龍族として捕らえられる恐怖もある。だから。

「ごめんなさい。俺は、その、ファル、ではありません」

 そう言葉にする。言葉にして、否定する。

 そうして、この状況はなんなのだろうと、ケセナは潜考する。

 記憶を封印する前の自分のことを言われるのは初めてではないが、ここまで深く知っているであろう人と出会ったのは、今回が初めてだった。しかも自分のことで、言い合いを繰り広げられている。自分のことと言っても覚えていないので、半分以上、他人事のように聞いてはいたのだけれど。

 ガイアは族長だ。皇帝に会ったこともあり、戦争を内部で知っている、との発言から戦争に参加していたのだろうと思われ、ならば、かつての自分と面識があっても不思議ではない。髪と瞳の色が変わっただけで、顔形は変わっていないのだから、自分をファルイーアだという人が現れても、可笑しいことはないのだと、至極冷静になって漸く気づく。

「あ――も――、めんどくせぇなぁ。いいか、よく聞け? こいつの顔は……俺はそうは思わねぇが、少し似てるかもしれねぇ。でも、こいつは別人だ。本人も否定してんだから、信じろよ。そもそもファルは、宝刀を扱えねぇ。こいつは今、ファルが扱えない宝刀を抜刀したんだぜ?」

 あれこれケセナが思案している間に、ガイアとキョウの言い合いは収束に近付いていた。宝刀を扱えないなどというとても気になる言葉があったけれど、ケセナは敢えて気にしないように努める。

「……それは……そうだけど。そうなんだけど……私は……会いたいの、ファルに……」

 ガイアの説得に、漸く納得しだしたキョウは俯き、上目使いでケセナを見ると口を尖らせる。

「本当にファルイーアじゃないのね?」

「はい。ごめんなさい。違います。俺は、ケセナ・レフィードって言います」

 キョウは伏せ目がちに寂しそうにしていた。居た堪れなくなり、ケセナは視線を泳がせる。

「……そう。ごめん。勘違いだったね。私はね、キョウ・チャーシングって言うの。この家で料理人と宿屋の女将と……ガイアの世話をしてる。よろしくね、ケセナさん。それから、助けてくれてありがと」

 キョウはそう言うと、ケセナを見ようともせず、背を丸めて家の中に入って行ってしまった。それを見送り、ケセナは呆然と立つ。目を瞬きさせてガイアを見れば、ガイアは大きな溜息を吐いていた。

「悪いな。あいつ、ファルイーアって奴に惚れてんだ。けど、滅多に会えねぇから……つーか、今、何処に居るかもわかんねぇから、少しナーバスになってんだ」

 ケセナは驚いた。惚れている? 信じられない言葉だった。茶色の瞳を見開いて、ガイアを見つめていると、ガイアは肩を竦める。

「とにかく、入れよ。ここの夜は冷えすぎる」

 ガイアに促され、家に入るために歩き出すけれど、足がとても重かった。

 家の中にはキョウがいる。彼女に、どんな顔を向ければいいのか、ケセナは分からなくなっていた。

貴重なお時間をいただきお読みくださいまして、ありがとうございました。

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