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陽が傾き周辺を紅く染め上げた頃。ケセナは、フェルナリアの入口である門を遠くに見つけ安堵した。計算通りの到着まで半日、ではあったが、道中は、青々とした緑は殆どなく、枯れた木々や剥き出しの土ばかりが続く荒野だった。
時折吹く強風が乾燥した土を舞い上げ、その土煙に巻かれる。何度目かの強風で、プラークルウが埃に対してヒステリーを起こすと、刀の中へと逃げ込んでしまった。ケセナは話し相手を失い、黙々と歩くことを余儀なくされ、さらにその後の道中は、土埃でべたつく身体と、荒廃した景色の所為で、疲弊感を増幅させていくしかなかった。
一人、安全な場所に逃げ込んだプラークルウを嫉みながら、なんとか歩き続け、門が見えてきたのである。自分を褒めてやりたいと、ケセナは思う。辿り着いた門は、かなり朽ちかけていた。少なからずの不安を覚え見上げれば、所々がパラパラと落ちていて、今にも崩れそうだった。思わず足早に門を通り越す。
「酷いな……」
視線を街へ向け、ケセナは素直な感想を漏らす。本当に、酷いものだった。建物の殆どは廃墟と化し、人一人見えない。かつての城下町だったであろう面影は何一つなく、夕陽で紅く染まっていることも相俟って、まさにゴーストタウンの様相だった。
「人、いるのかな……」
そんな不安にも駆られ、ケセナは立ち止まった。この廃墟に一人、と思うと恐怖さえ感じ、ケセナは右のポケットの中から球体の物体を取り出すと、右手の平でくるり、と転がしながらぽつりと呟く。
「プラウ、出ておいで」
その瞬間、球体から魔方陣が出現し、その上に銀髪のプラークルウが姿を現した。しっかりと閉じられていた瞼が、ゆっくりと開かれる。ケセナが球体を乗せた右手を引くと、プラークルウは地に足を付けた。平然と見つめ、しっかりとケセナを見上げるプラークルウに微笑む。
「ずるいじゃないか。自分だけ退避して」
「あんな土煙、耐えられませんもん」
口を尖らせぴょこぴょこと飛び跳ねながら、プラークルウは周囲を見回し、怪訝な表情を浮かべ、唖然とする。
「うわぁ、ここもしかしてフェルナリアですか? また随分と変わりましたねぇ……」
廃墟となる前のフェルナリアを知っているのか、プラークルウは悲哀を漂わせて言う。そんなプラークルウの隣まで行き、ケセナは球体をポケットに仕舞いながら、自分の不安を口にする。
「人、いると思う?」
プラークルウは無言で俯く。瞳を閉じて、暫くそのままの姿勢でいると、深呼吸をする。そうして、顔を上げた。
「います」
言い切ると一歩前に出て、振り返る。
「少ないですが、確かに、人の生命を感じます」
プラークルウは曲がりなりにも精霊、それも精霊の中でも上位の“剣精”だ。彼女の言葉は、信じていいだろう。ケセナはこくり、と頷いて前を見据える。夕暮れの紅に染まる廃墟は、先ほどと何も変わらないけれど、人がいるのなら、食事とベッドは確保される筈、と淡い期待を抱く。兎にも角にも、ベッドで熟睡したいだけなのだが。
「取りあえず人をさが――――……」
「おめぇ、どこのもんだ?」
ケセナが言いかけたところで、突然、声を掛けられる。それも、あまり関わりたくない台詞でだ。眉を顰め、対応するべきか悩むけれど、どう考えても自分以外に声を掛けていると言えない状況で、無視する訳にもいかず、ケセナは声がした方角に顔を向ける。
視線の先で、短髪の夕陽と同じ赤い髪をした青年が、壊れた塀の上で仁王立ちになっていた。逆光になっていて顔は見えないが、自分と同じくらいの年齢だろう。ケセナは、短く、率直に答える。
「ただの旅人です」
「旅人が、なんだってこんな酔狂な場所に来るんだ? 普通はこねぇだろうが」
「そう、ですよね……」
まさか分かれ道で小枝を投げて決めて来たとも言えず、目を泳がせる。ふと、気がつけばプラークルウが姿を消していた。不思議に思いながらケセナは、身体ごと青年に向ける。
「分かってはいたんですが、引き返すよりこちらの方が近かったので」
ケセナの答えを聞いた青年は、身体の力を抜き塀から降りると、物珍しそうにケセナを一瞥する。たじろぎ明後日の方向を見るケセナに、青年は歩み寄りながら言った。
「ふぅん? おめぇ、変わってんなぁ。こんなとこ、おめぇみたいな善良そうな奴が来る場所じゃねぇよ?」
「そうでしょうね……反省はしてますよ……」
「ははははは、おめぇ、マジで面白い奴だな?」
ケセナが心の底からの本心を打ち明けると、青年は大声で笑った。笑われても仕方がなく、ケセナは項垂れる。なにせ本当のことだ。できることなら三日前の西方地区の村に戻りたいくらいだ。
「帰れと言いたいところだが、おせぇから追い返すのも酷だなぁ。ここでの野宿は危険過ぎるから、俺ん家、来るか?」
ぱっ、と顔を上げ、意外にも青年はいい人だ、とケセナは思う。青年はケセナの目前まで来ていて、逆光で見えなかった表情が分かる。背は当然ながら、ケセナよりも高い。標準よりもかなり背の低いケセナは、青年を見上げる形になっていた。そして、ケセナの本来の紅い瞳とはまた違った色合いの、燃えるような赤い瞳を悪戯っ子のように爛々とさせたその表情は、彼にとても似合っていた。
「あの……いいんですか?」
おずおずと問えば、青年は、にかっと笑う。
「おう」
青年は軽く返事を返してきたが、眉を寄せている。何か聞きたそうな仕草に、ケセナは首を傾げた。
「……? あの……?」
「おめぇ、荷物とかねぇのかよ?」
素朴な青年の疑問に、ケセナは戸惑う。旅人が荷物なしなんて普通は有り得ない。これは、なんと言えばいいのだろうか、と困惑する。
旅立つ際にキリエが用意してくれた背丈の半分ほどある大きく重い荷物と、プラークルウの本体である刀は、プラークルウの力を借りて、小さな球体になっている。先ほどプラークルウを呼ぶためにポケットから出した球体がそれだ。「軽い方がいいです!」と言ったのはプラークルウで、ケセナもかなり助かっており有難かった。
けれど、そんな話を一般人にしたところで、信じてもらえるとは思えない。悶々と考えていると、青年が声を上げる。
「さっきの、あのちっせぇガキがちっさくしてんだろ? あいつ、便利だよな」
ピシャリと言い当ててきて、ケセナは驚いて目を見張る。どうして知ってるのか。無言で青年を見つめると、青年は「ああ」と嘆息し言葉を続けた。
「悪い。昔な、あのちっせぇの連れてた人を知ってたから」
「……え?」
「応龍の皇帝サマが連れてたんだけどな? あのガキ、皇帝の剣精だろ? あれ、ってことは、おめぇは、応龍族となんか関係あんのか?」
応龍族、と聞き、ケセナは身体を強張らせる。この一年、旅をして来て実感している。評議会が誘導したと言われる『皇帝直系応龍族』の汚名は、人々に浸透し過ぎていた。今や『皇帝直系』以外の応龍族も、憎しみの対象として扱われている。彼らは関係ないと大声で否定しても、誰も耳を傾けないだろう。そこまで応龍族は悪者にされていた。
多少ではあるが、ケセナは応龍狩りも見てきた。初めて応龍狩りを見たときは、震えが止まらなかった程だ。キリエに髪と瞳の色を変えて貰わなければ、自分自身が捕らえられていたであろうことは容易に想像でき、恐怖を覚えた。あそこまで人を人とも思わない行為を、なぜ人々はできるのか――――……その答えに、ケセナはまだ辿り着いてないけれど。
ケセナは、手に汗を握りながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「……いいえ。あれは、人伝に預かっただけ、です」
「ふぅん? まぁ、いいや。行こうぜ、俺ん家、こっちだから」
全身で警戒心を露わにしていたケセナに対し、青年はあっけらかんとして自宅へ歩き出した。一体、この青年は何者なのだろうか。ケセナに疑問が湧くけれど、それはどうしても質問できなかった。青年の後姿をぼんやり眺めていると、青年がくるりと振り返る。
「何してんだ、行くぞ!」
「え、ああ、はい」
動かないケセナを呼ぶ。慌てて駆け寄ると、青年は頷きそして言った。
「俺は、ガイア。ガイア・ゾルディクス。……どうせバレるから言っとくが、一応、朱雀の長だ」
「……え?」
疑問が解決する。
けれど、青年の……ガイアの素性を聞き、驚愕した。朱雀の長と言ったのだ、この口が悪い髪と瞳の赤い青年は。ケセナは俄かに信じられず首を傾げた。
「……嘘でしょう?」
「嘘じゃねぇよ!」
全力で否定してくるガイアに、ケセナは驚きを隠せない。しかし途端に、失礼なことをしているような気がして、平謝りを開始する。
「も、申し訳ありません! 朱雀族長だなんて、その、知らなかったとは言え、数々の無礼をお許しください!」
直角に身体を折り、謝る姿勢を取り、ケセナは必死に許しを請う。族長と言えば、評議会の一人だ。迂闊なことは言えないし、機嫌を損ねる訳にはいかない。けれど、ガイアは不快だと言わんばかりの表情で、そんなケセナを止める。
「待て待て待て。俺、そういうの嫌い。自然体でいいんだぜ? それに俺、形だけの族長だし」
「形だけって……でも、評議会の……」
「ここに居たら評議会なんて関係ねぇよ。むしろ俺、戦後しゃしゃり出て来ていけしゃあしゃあと我が物顔のあいつら大嫌いだし? あの戦争を内部で知ってる評議会の一員って、俺含めて2、3人でごく僅かだから、仕方ねぇのかもしれねぇけど……つーか、統治する地がこんなんで、人も疎ら。日々犯罪行為が蔓延るってんのに、族長も評議会の一人も、なんもねぇだろうがよ」
大嫌い宣言をしながらガイアは顔を顰める。うっかり評議会の内部事情を聴くことになったケセナは、いけないものを聞いた気がして、視線を逸らし固まってしまう。
「俺は、復興させるために戻って来て、族長やってんだ。ま、上手くいかねぇことばっかりだけどよ。……おい、硬くなんなよ、お客人」
お客人――――……と呼ばれて、ケセナは名乗っていないという事実に気が付き、慌てて自己紹介をする。
「あ、あの、俺は、ケセナ・レフィードと言います。見ての通り、物好きな旅人です」
「そっか。よろしく、ケセナ」
ガイアが右手を差し出し握手を求めてきたので、ケセナも右手を差し出した。ガイアの手は大きく、沢山の血豆があり固い。苦労をしている手だった。復興させるため、と言っていたことを思い出しながら、ケセナはしっかりとガイアの手を握る。
「よろしく、お願いします、ガイア族長」
「なんもねぇし、こんな街だけど、歓迎するぜ。ようこそ、朱雀族の地、主都・フェルナリアへ」
ガイアはそう言うと、手を離し歩き出す。ケセナも、その後ろについて歩き出した。ふと、夕陽を見れば、夕陽は少しだけ残っていて、あと少しで完全に沈み、辺りを暗闇に変えて行く直前だった。ケセナの足が止まる。沈み行く太陽に、憂愁の色を濃くする。
歩き続けていたガイアが、立ち止まったケセナに気づき、振り返る。
「すぐ着くから安心しろ。この街で唯一、人が居る生活区域ってとこだ。明かりもあるし、こっちの廃墟よりは、全然マシだぜ?」
心を読まれたような感覚を覚え、ケセナは苦笑いを浮かべる。そうして、どんどん歩いていくガイアに追いつこうと小走りに後を追った。
貴重なお時間をいただきお読みくださいまして、ありがとうございました。




