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End of the Atonement  作者: 久野 龍
第三章 嘘偽と真実
19/22

 ■4■

 一瞬。

 本当に一瞬、瞬きをしただけだった。

 グレンは目を開き、写る青年を顔を凝視した。

 茶髪の青年は、震えていた。それもお互いの額を押し付けあった格好で。

 それが“今の”彼の容姿。少々衣服は疲れている上に破れている箇所もあるけれど。

 青年の――――……ケセナの、瞳が泳ぐ。グレンは押し付けていた額を離し、頬に添えていた手もゆっくりと離した。するとケセナは一歩後退り、身体を引いた。

「ファル?」

 青年の本名を小さく呼べば、ケセナは相変わらずの否定を示す。小さく顔を左右に動かし口だけが「違う」と動くのをグレンは見届けると、こくりと頷き言葉を紡ぐ。

「そうだ。お前は、ファルイーアではない。ケセナだ」

 名を呼ばれたケセナは、瞬発的に顔を上げ、不思議そうにグレンを見上げ首を傾げた。

「え?」

「どうしてそんな顔をする? お前は、『ケセナ・レフィード』なんだろう?」

 分からない、と眉間に皺を寄せケセナはまた目を泳がせた。そんなケセナの頭にグレンは手を伸ばしぽんっ、と置いた。その手を見上げるケセナに、グレンは言う。

「お前はそのままでいい、というのが俺の結論」

 そうして、ふんわりと笑顔を浮かべ続ける。

「今のお前の方が昔のお前よりよっぽどいい顔をしている。それにな、お前は……リュウショウを――――……皇帝陛下を殺害してなかった。俺の思い過ごしの、盛大な勘違いだった。すまなかったな、ケセナ」

 がしがしとケセナの頭を撫でる。その力任せの動作にケセナは首を振られ迷惑そうにするけれど、安心が勝ってぽろり、ぽろりと涙を流す。

「……」

 ケセナの瞳から、止めどなく涙が溢れる。安堵の、涙が。

「お、おい、泣くな」

「泣いて、なんか!……う……うう」

 ムキになって反論するけれど、矢張り涙は止められず、ケセナは号泣と嗚咽を漏らし泣き始める。どうしたものかとグレンは考えて、ケセナをそっと抱きしめた。

 小さな彼の身体が小刻みに肩を揺らす。「泣きたいときは泣くべきだ」と以前、ファルイーアに言ったことがあるのを思い出しながら、グレンはケセナを抱く腕に力を込める。

 

「男同士が抱き合って。キモチワルイ」

 

 ケセナが泣き止むまでこうしていよう、そう決めたグレンの背後から、唐突に声が響く。甲高いが低音のその声に驚き、ケセナとグレンは瞬時に離れた。

「!!」

「プ、プラウ!?」

 声のした方向を見やり、二人はあんぐりと口を開ける。

 銀髪の少女、剣精プラークルウが、二人を見下ろし……実際には見上げてたのだが……冷たい、蔑む瞳で仁王立ちになっていた。

「気が付いて起き上がってみればなんです? 私の渾身の演技が無意味だったみたいなこの状況。というより、このバカ――――……もとい、グレン・ラティアにはお気を付けください、ケセナ様」

 口を尖らせケセナの腕を掴み、グレンから離れさせながら、プラークルウは告げる。

「おい、バカってなんだ」

 聞き捨てならない単語を耳にしグレンは反論するけれど、それを華麗にスルーしてプラークルウはケセナに“忠告”を続ける。

「今までケセナ様を犯人扱いしてたんですよ? 簡単に信じちゃダメです。オウセイ様もこの黒バカ男を警戒しておりました」

「……クロバカオトコ?」

 ケセナが初めて聞く単語だった。『真っ黒い衣装の、バカな黒髪の男』の意なのだろうことはすぐに分かる。ケセナは憐れに感じつつも納得する。それにしても酷い言様だけれど。

「あ、警戒じゃないです。心の底からバカにしてました」

「…………オウセイ……あいつ……」

 心の底から怒りが溢れるグレンは、拳を作った右手をプルプルと震わせる。グレンがオウセイと初めて顔を合わせたときから、何故か反りが合わない。何時如何なるときも対立してきた。終戦を迎えるその日まで、一度もオウセイと意見の合致を見たことはなく、何かと反発し合っていた。

 リュウショウは「それがいい刺激だった」とかなんとか言ってた気がするが。

 ケセナはそんな様子のグレンをくすり、と笑う。

 するとプラークルウが必死に左手を伸ばしケセナの前で大きく振る。

「プラウ?」

 怪訝にプラークルウに問うと、プラークルウは小声で言った。

「記憶封印、解けてません?」

「うん」

 その答えを聞いて、プラークルウはケセナに抱きついた。無言で抱きつき自分の衣服に顔を埋めるプラークルウの銀色のふわふわの髪を、ケセナは優しく撫でる。

「ありがとう。でも少しだけ、思い出しちゃったけど」

「!?」

「俺が――――……」

 ケセナは言葉を止めた。思い出したというよりも“見た”が正しかったからだ。本当に自分の記憶なのか、それともファルイーアという人物の記憶を見ていただけなのか、ケセナにはどうにも判断ができなかった。

 だが、知ってしまった。

 “嘘偽と真実”

 今の自分は、この事実を知ってしまった以上、黙っていることができそうにない。

「ケセナ様?」

 訝しがるプラークルウにケセナは覚悟を決める。

「俺は、評議会と、フィサルーア・ク・フェスカを、打倒する」

「え!? どういうことですか!? あの縮れアホはともかく、評議会を倒すって!?」

 驚いたプラークルウが叫ぶ。ケセナの衣服を何度も引っ張り「やめてください!」と懇願するけれど、ケセナは首を振り拒否を示す。そして、当然だがグレンも声を上げる。

「ケセナ、止めておけ。フィサルーアや評議会の件は、俺が……」

「いいえ。俺は、俺の為にこんなことを言ってるんじゃないんです。ファルイーアが俺であるというのは、いまいち分からないんですけど、兎に角、俺の所為で誰かが傷ついている……いや、傷ついているどころじゃない。沢山の犠牲がでてる。それを知っていながら、のほほんと旅を続けることなんて、何もせずに放っておくことなんて、俺には、できない!」

 真っ直ぐにグレンを射抜くケセナの茶色の瞳が、グレンには紅く見えた。応龍の紅い瞳。独特の光を放つあの色を、グレンはケセナの中に見た。

 矢張り、彼はファルイーアなのだ、と確信する。

「無謀なのは分かってます。戦うことに、剣を振るうことすら慣れてない俺に、何ができるのかなんて分かりません。でも、俺は!」

「……分かった」

 激高するケセナに、グレンは静かにそう言った。

「グレンさん……!」

「ちょっと、黒バカ男! 何を言っているの!?」

「剣は、俺が教えてやる。だがこれだけは約束しろ。無茶だけはするな。二度と、無茶だけはするな」

 グレンが念を押す。その理由はケセナには分からないけれど、力強い押しにケセナはこくりと頷いた。無茶をするなんて毛頭ない。だが、グレンの中では自分は『無茶をする認定』があることを察する。昔の自分はそんなに無茶をしてたのか、という疑問も浮かぶが、ケセナはそれを心に留めた。

「嫌ですぅ――――!」

 唐突にプラークルウが叫んだ。プラークルウはじたばたと手足を動かし、地団駄を踏む。

「剣精の許可は必要ないだろ」

「超・イ・ヤ・ナ・ン・デ・ス!」

 めげずにプラークルウは片言っぽく拒否をする。そこで、ケセナははた、と気付いた。

「ちょ、プラウ待って。あのグレンさん、そうなると、ラルさんも来るんですよね?」

「……そうなるかな」

「ラルさん、俺のこと壮絶に嫌ってますし、ご両親のことも……ありますし」

「あ!! ラルの両親のこと忘れてた!」

「忘れてた……?」

 呆気に取られてケセナが言う言葉に続き、プラークルウが呆れ声を出す。

「うわ――――……だからバカだって言うんですよ」

「仕方ないだろ!」

 グレンは顔を真っ赤にしケセナとプラークルウを見比べる。そして、こほん、と咳払いをして気持ちを整えた。

「ラルの両親のことは、お前と一緒にいれば何れ分かる……かもしれない……し、な……って……リーギスト・クレート……確か、リュウショウがリーギスト・クレートって言ってたよな?」

「……えっと……」

 すぐに思い出せずケセナは首を傾げる。言っていたような気もするが、他の事実の方がインパクトが大きすぎて、はっきりとしない。

 グレンは悩むケセナから、プラークルウへと視線を移し、問う。

「プラークルウ、覚えているか? リーギスト・クレートのこと」

「存じ上げてますよ。傀儡を作った張本人で麒麟族です」

 さらり、と答えたプラークルウの返答にケセナとグレンの時が止まった。

「……あ、あれ?」

 ぱちくりと目を瞬きさせ、停止してしまった二人に、プラークルウは戸惑う。なにか悪いことを言ってしまったのだろうか、と腕組みをして呻ってみるけれど、二人は動きそうにない。

「えーと、ケセナ様ぁ? グレン・ラティアぁ? え、どういうことですか?」

 何が起こったのか理解できずにいると、漸く二人が動き、身体を揺らした。

「き、キリン?」

「そうか、クレートに聞き覚えがあったのは、それだったのか!」

「え? グレンさん? あ」

 訳が分からないことを口走り、洞窟内に颯爽と突入して行くグレンに驚き、ケセナは唖然としてしまっていたが、プラークルウは逆に声を出して笑った。

「相変わらず忙しない黒バカ男ですねぇ」

 昔からですけど、とも付け加え笑い続けるプラークルウに、ケセナはじりじりと近付いて行く。そうして、プラークルウの耳元で、何故か小声で問う。

「ねぇ、プラウ。キリンって、オウセイが言ってたあの、麒麟?」

「……」

 どうやらケセナの“知りたい”という欲求に火を点けたようだった。

 少々後悔してプラークルウは、麒麟の説明をケセナに開始した。

貴重なお時間をいただきお読みくださいまして、ありがとうございました。

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