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End of the Atonement  作者: 久野 龍
第三章 嘘偽と真実
16/22

 ■1■

 グレンは、渋い顔をしながら頷いた。

 ラルとキョウの、意味不明な説明をケセナはただ黙って聞いていたが、グレンが頷く理由が分からなかった。『ファルだから』『この女がファルを庇うから』をただ連呼してただけのように思うのだけれど。

 それでもグレンは頷いたのだ。若しかしたらこれ以上、理のない話を聞いていられなかっただけなのかもしれない。

「……キョウはケセナが“ファルイーア”だと思う根拠はなんだ?」

 鋭い目付きで睨まれたキョウは恐縮しながら、ぽつりと答える。

「それは……似ているし、なにより私が……」

「お前がそう感じたというのは、当てにはならない」

「……」

 グレンに言葉を遮られ、キョウは俯いてしまう。その様子を見てラルがクスリと笑い、それを見咎めたグレンはラルに釘を刺す。

「ラル。お前もだ」

 驚いて目をぱちくりさせるラルに対し、言葉を続ける。

「確信もないのに、なぜ襲った」

「確信なら、あります。宝刀、持ってたから」

「……宝刀か」

 溜息を吐きグレンがケセナに顔を向ける。右手に宝刀を握ったままのケセナは、自分の左側にぴったりと張り付き、グレンを「がるるるる」と声を上げながら威嚇するプラークルウの銀髪の頭に、ぽん、と左手を置く。それでもプラークルウはグレンへの威嚇を止めなかった。

「ケセナ、なぜお前が応龍皇帝宝刀・プラークルウを所持し、あまつさえ主となっているんだ?」

「……それは……」

「言えないのか」

「……えっと」

 返答に困る。気が付けば主だった、とは言えない。恐らく封印した記憶の中にはあるのだろうが、オウセイの元を……あの鬱蒼とした森を旅立ったあの日に、初めて「主だ」と言われたのだ。答えようがない。

「私が、選んだ。ただそれだけ」

 ケセナが言葉に詰まっていると、プラークルウが声を上げる。プラークルウの上に置いたままの左手をケセナが驚いて上げると同時に、プラークルウはケセナから離れ一歩前に出て、グレンを見据える。

「ケセナ様を主としたのは私だから、ケセナ様を責めるのはお門違いですよ、グレン・ラティア元騎士団長」

「ならば答えろ、プラークルウ。皇帝陛下を殺したのは、ファルイーアか?」

「存じ上げません」

 左右に首を振るプラークルウに、グレンは目を細めた。

「なぜ庇う」

「庇ってなんかいません。だって私、リュウショウ皇帝陛下がご存命の時に、ケセナ様を主としたんですもの」

「……なっ」

「陛下がお亡くなりになったのだって、今、知ったくらいで」

 完全にプラークルウはしらばっくれていた。彼女は知っている。彼女は、ケセナと再会……いや、初めて会った時にケセナをファルと呼んだのだ。

 ケセナは、そんなプラークルウを抱き寄せる。ぎゅっとケセナの服を掴み、プラークルウは口を尖らせた。

「それに貴方ならご存じでしょう? 私が大の“ファルイーア”嫌いなのを」

「……え?」

 ケセナは意外な言葉を聞き、驚いたが、グレンは「ああ」と納得したようだった。首を傾げていると、グレンが唸る。

「……そうだったな……」

 グレンは瞳を閉じ大きく深呼吸を行う。気持ちを落ち着かせ、そうしてそっと目を開く。不安な表情を浮かべるケセナと、目を吊り上げて仁王立ちになるプラークルウを見止めて、ゆっくりとラルとキョウに向き直った。

「という訳だ。ラルにキョウ。彼は“ファルイーア”ではない。いいな」

「先生! 私は!」

 グレンの言葉に反発しキョウが叫ぶが、グレンは落ち着いたまま言葉を紡ぐ。

「キョウ。お前がファルのことを想っているのは知っている。だが、ケセナは、ケセナだ」

「やめて。どうして先生もガイアと同じこと言うの……」

「キョウ」

「私は、ファルを間違えたりなんかしない!」

 キョウはそう言うと走り去ってしまう。然程遠くへは行かないだろうとグレンは思い後は追わなかった。確信はないが、彼女がファルイーアの傍を離れることはまずない、と踏んだからだ。それに、この地はキョウの地元でもある。今の彼女は武器を持ってはいないが、危険はない筈だ。

「……なんなの、あの人」

 ぽつりとラルの感想が聞こえる。もう一度、深呼吸をして、キョウが走り去った方向を向いたまま、グレンは言う。

「……あ―――――……思い込みが激しいんだよ、あいつは。それは、ラル。お前にも言えることだがな」

「……う」

「それよりラル、ケセナに謝れ」

「…………やだ」

 痛いところを突かれ、ラルは洞窟の中に入って行く。不貞腐れた横顔がグレンを落胆させ、愚痴を零させる。

「なんだって俺の弟子たちはこうも癖があるんだ」

「あの、謝罪とかそんなのは別に俺、いらないですから」

 フォローをするかのように、ケセナが声をかけてきた。しかしその声は何処か、弱々しくか細い。振り向けば俯いたケセナがいて、グレンはファルイーアとその姿を被らせた。

「ケセナ」

「はい……」

 きちんと返事を返すところは、グレンの知るファルイーアとは違うところであるけれど。

「実を言うと、俺もお前はファルイーアなんじゃないかと思っている」

「!」

 身体を揺らし、ケセナはグレンを見上げた。驚いた瞳が宙を泳ぎ戸惑いを隠せていなかった。

「お前は、性格はまったく正反対だが、容姿が似すぎているんだよ。金髪で紅い瞳にしたらそっくりだ」

「……」

「俺の想像だが、お前、記憶喪失か、何かか?」

「……そ、そんなこと……は……」

 言葉を詰まらせるケセナに、グレンは手を伸ばす。両頬に手を添え、その顔を上げさせ、しっかりと自分の顔を瞳に映させた。揺らぐ茶色の瞳にグレンが映る。

「俺にはお前が何者か、確かめる方法が一つだけある」

「……え?」

「見せてくれ。お前の、過去を」

 そう言って、グレンは添えた手に力を入れケセナの額に自分の額を乗せる。見開いたケセナの顔が恐怖に引き攣るのを確認したところで、プラークルウがグレンの手に噛み付いた。

「いッ」

「やめてください!」

 引き離そうと必死に小さな身体を揺らし、グレンの腕を引っ張るプラークルウに、グレンは眉を顰めた。

「ケセナ様、逃げてください!」

 けれど、ケセナは動けなかった。恐怖がケセナの身体を支配し声も発せないほど震えている。グレンはケセナから一旦手を放すと、プラークルウの頭を鷲掴みにする。

「ひっ」

 途端、プラークルウが小さな悲鳴を上げてその場に蹲ってしまう。

 ケセナは、崩れて行くプラークルウを見ているしかできなかった。小刻みに震える身体が動かない。助けたいのに、声も出ない。ケセナの息は荒くなっていく一方だ。 

「プラークルウ。忘れたか? 俺が、誰か」

「……ケセナ、さ……ま……」

 ケセナに手を伸ばし、プラークルウは最後の力を振り絞り、そうして消えた。わなわなと震えるケセナに視線を向け、グレンは溜息混じりに言う。

「眠って貰っただけだよ。俺は魔術は使えないが、呪術は使えるんだ。一応『玄武族』なんでね」

「げ……玄武……」

「さて」

「……い、や……だ」

 身体が拒否反応を示し、ケセナは懸命に後ずさるけれど、グレンに捕まえられ、先ほどと同じように両頬に手を添え、額を乗せられる。

「いや……だッ」

 それでも、グレンは行使する。

 己が使える最大の呪術。

 『心裸眼』と呼ばれ、他人の心の中に入り込み他人の過去を見ることのできる呪術。

 玄武族のみに伝わる呪術だ。玄武族にとって数多くある呪術は取得しなければならないものだった。子供の頃、グレンは数多ある呪術を必死に覚えた。魔術よりも難しいものばかり、と聞いてはいたが、魔術の使えないグレンにとっては比べようがなかったけれど、強いて言えば、武術よりも難しかった。

 しかし呪術は他人に使うことを基本的に禁止されていたこともあり、使ったことはない。

 役に立つものだな、とグレンは内心ごちり、呪術を続ける。

 呪術は、呪文などという面倒なものは一切必要がない。自分の心の在り方と、何をしたいか、だけで行使できる。ただし、他人に対して行うものであり、対象人物に触れていないといけないという制約がある。

 他人の生き方そのものを否定してしまう恐れもあり、玄武族は伝統として王族のみならず一族すべての者に習得させるものの、他人に使う事勿れという掟を作った。

 故にグレンは今日、初めて行使する。

 息を整え、ケセナの心に入り込む。普段は難しい筈なのだけれど、容易く入り込むことができ、グレンは少し面食らった。

 辺り一面は暗闇だ。

 人の心は、真っ白な世界から始まる、と呪術を教えてくれた祖母の言葉を思い出し、「全然違うじゃないか」と愚痴る。

 暫くすると、ぼんやりと鬱蒼とした森が、暗闇の中に楕円状に浮かぶ。

 グレンはそこに行こうと歩きだすが、ふと、ケセナ自身がいないことに気づく。心の中には、必ず本人がいる筈である。暗闇で見えないこともあるけれど、それにしても気配がない。グレンは周囲を見回した。

「ケセナ……?」

 声を発してみるけれど、返事はない。

 しかし――――……。

 グレンは見つけた。後方の、暗闇の中にぽつんと立つ小さな、人物。

 前方の楕円状から漏れる光に少しだけ照らされ、人であるということが漸く分かるぐらいではあったが、だがそれが、心の持ち主でありケセナであるという確信はある。

 グレンは踵を返し、人物へと向かう。

 徐々に見えてくる人物が、ゆらりと動き、歩き出したことを悟る。

 そして。

「……お前」

 近くまで来たときに、グレンは思わず声を上げた。

 グレンが見たその人物は、長い腰まである金髪を縛りもせずに、小さな身体を自分自身で抱きしめるようにし腕を回す。

 そうして、その虚ろな紅い瞳を、グレンに向けていたのだった。

貴重なお時間をいただきお読みくださいまして、ありがとうございました。

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