表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
End of the Atonement  作者: 久野 龍
第二章 遭逢の果て
10/22

 ■4■

 家の中に入り、ケセナは落ち着かずそわそわしながら、テーブル席に一人、座っていた。テーブル席は丸いテーブルの四人掛けで、周囲のテーブル席と同じ、木で作られたものだ。他のテーブル席には、数人の客らしき人たちが、先ほどの騒動などなかったかのように、談笑をしながら食事をしている。楽しそう、と思いつつ、目を動かし奥を見ると、そこには、カウンターがあり、ペン立てが置いてあった。立てられたペンが存在感を主張している。それらは、ここが宿屋であり食堂であると物語っていて、族長の家という雰囲気は全く無かった。さらに視線を横に動かせば、キッチンが見える。

 ガイアとキョウが、そのキッチンの中で会話をしているようだった。

 一人、ぽつんと座るケセナは、肩を竦め困惑する。なにしろ、気まずかった。

 記憶を封印し、過去を覚えていないとしても、ケセナは“ファルイーア”であることに変わりはない。しかし、違う、と宣言してしまった。記憶がないのだから確かに違うのだろうけれど、本当にそれで良かったのか、ケセナは分からなかった。ただ、自分が“ファルイーア”である、と言えば、応龍狩りに合う危険性が高まるのも確かだった。それだけは、どうしても避けたい。あの悲惨な光景が目に浮かび、ケセナは頭を振った。

 応龍狩り。

 戦争後、評議会の決定により戦犯とされた『皇帝直系応龍族』が罰せられることになり、捕らえられた。評議会が、戦争勃発から終了まで起こった事件や事故の責任の全てを、『皇帝直系応龍族』に擦り付けたのだ。そして全世界の人々が『皇帝直系応龍族』を追うようになった。けれど、評議会で全ての『皇帝直系応龍族』は捕らえられ裁判に掛けられ、処罰されており存在しなかった。だからか、人々は『一般応龍族』も戦犯と騒ぎ、捕らえはじめた。評議会は、それらを全て裁判に掛けた。事実上、『一般応龍族』も戦犯である、と認めたのである。そんなこともあり、今では『応龍族』は姿を消しつつある。『応龍族』人口は、爆発的に減り、今では見つけることも難しい。それ故、今度は『応龍族』と疑われた人が捕らえられている。今現在『応龍狩り』と言えば、『一般応龍族』の炙り出しと『疑いのある者』を捕らえることを指し、見るに堪えない悲惨な方法で捕らえられていくのだ。

 評議会は、各地方の代表が集まる集合体であり、そこで定められたことは絶対的な決定事項となる。人々は、評議会の決定を信じ切っていた。なぜなら、評議会は戦争が終了してすぐに発足され、僅か二年で政治の正常化のみならず、各地の後退した地域経済を復興……いや、戦争前以上に成長させた功績を持つからだ。平和に向かう世界は評議会が作ってくれた、その事実だけで人々は評議会を受け入れ盲信した。

 苦虫を噛み潰したような顔をしていたケセナの前に、こつん、と水の入ったコップが置かれる。ケセナは驚いてコップを運んできた人物を見上げた。

「あ……」

「なに考えてんだ?」

 ガイアが立っていた。赤い髪と瞳で、ケセナを見下ろしている。ケセナは視線を外し返答に困るが、ガイアは構わず隣の椅子に座った。

「……」

 黙るケセナを横目に、ガイアは短い溜息を吐いた。持って来ていた自分の分の水を飲み干し、コップをテーブルに置くと、静かに話し出した。

「……おめぇ、あの刀」 

「あれは、人伝に預かって……」

 ケセナは咄嗟に答えていたけれど、どうやらガイアの言いたいことは違うようで、ガイアは首を左右に振る。両肘をテーブルに付き、指を顔の前で組みながら、ガイアは続けた。

「違う、俺が言いたいのは、出さねぇ方がいいってことだ。おめぇの身のためだ」

「……え?」

「あれは、皇帝宝刀。知ってる奴が見れば、おめぇまで疑われる。金輪際、出さねぇ方がいい」

「『応龍族』に、ってことですか?」

 ケセナが恐る恐る問えば、ガイアは頷く。ケセナを真っ直ぐに見つめるガイアの赤い瞳が、真剣に訴えていることを悟らせる。

「でもま、」

 そこで、ガイアは少しだけ声色を変えて言葉を切った。そうして体制を変え、組んでいた指を外し今度は、テーブルに両腕を置くと、また再度、指を絡ませる。ぎゅっと手を握り、身体を少しだけ前のめりにしてケセナに近付くと小声で話し出す。

「ここだから言う。いや、むしろ、ここじゃなきゃ言えねぇ。俺は『応龍族』が戦犯だなんて、これっぽっちも思っちゃいねぇ。むしろ戦争を終結させた英雄として、扱われても良いと思ってる」

 ケセナは驚いた。

 曲がりなりにもガイアは評議会の一員だ。それなのに、戦犯だと思っていない、と言う。ケセナは眉を寄せ疑いの眼差しをガイアに向ける。

「……どういうことですか」

「言っただろ、評議会には“あの戦争を内部で知っている人間は、俺を含め少数だ”ってな」

 確かに、そんなことを聞いた気がした。それもつい先ほど。だが、評議会が『応龍族』を戦犯としたことに変わりはない。戦争を終わらせたのが『応龍族』なのなら、なぜ戦犯にされたのか。

 ケセナは、素直に疑問を口にする。

「ではなぜ、評議会は『応龍族』を戦犯だと?」

「戦後の混乱の中で、バラバラの人種を纏め上げるには必要だったんだろう。俺は違う方法があるんじゃねぇかって散々提議したけど、通らなかった。そして決定され、今に至る」

「止めようとは思わなかったんですか?」

「したよ。最初はな。けど……分かるだろ? 今じゃ、応龍を庇えばお前も応龍か! ってなる。『応龍族』には申し訳ねぇけど、俺は自分の身や俺周辺の奴らまで、あんな応龍狩りに巻き込みたくねぇ」

「……そう、ですよね」

 応龍狩り、という単語を聞き、ケセナは顔を顰める。そして、「だからか」と胸中でごちる。人々は傍観するか加担するかのどちらかだ。助けようとする者は誰もいない。自分の身と、自分の大事な人の身の安全を第一にするから、あの悲惨な光景が生まれるのだ。ガイアの言葉を聞いて、ケセナはそう理解した。

「だろ? あの戦争は『応龍族』には何の罪もない。そもそも終わらせたのは『応龍族』の一人だ。評議会がどうして『応龍族』を標的としたのかは分からねぇ。戦犯なら『玄武族』と『ベラリティル家』の筈なんだ」

 ケセナは、無言で頷いた。ガイアの言うことが正しいと思う。世界が……いや、『評議会』が、間違っている気がして、目を細めた。

「戦争の火種となったのは、『玄武族』と『ベラリティル家』なのに、この両家は実質、お咎めなしなんだぜ? 変だと思わねぇか?」

「どうしてそんなことが?」

「俺にも分からん。裏でなんかやってるとしか思えねぇけど、尻尾が掴めねぇ」

「……」

 考え込むケセナを見ながら、ガイアは姿勢を変えた。椅子の背に背中をつけて、肩で息をし、暫くの沈黙の後、ケセナに問う。

「おめぇはどう思う?」

「え?」

 唐突に質問され、ケセナは目を丸くした。何を問われているのか、分からない。困惑しながら、ガイアを見れば、ガイアは、矢張り真剣な赤い瞳をケセナに向けていた。

「おめぇの意見を聞きたい。戦争や『応龍族』のこと、どう思う?」

 そうして、ケセナに意見を求めてくる。

 どう思うと言われても、記憶のないケセナには、まともな意見が言えそうになかった。ありきたりな、平凡な意見なら言えるかもしれない、と考えながらケセナは、ガイアが求める答えを言うため、口を開いた。

「……えっと……俺は……」

 もしかしたら、ガイアが本当に求める答えじゃないかもしれない、と一瞬、脳裏を過ぎるけれど、ケセナは、それでも続ける。

「俺は、戦争のこと、よく知りません。だから、戦争のことと言われても、正直、分からないです。だから、意見と言われても困るんですけど……ただ『応龍族』が戦犯として罪に問われるのは、間違っていると思います。終結させたのが『応龍族』なら尚更で。けれど、この状況では、『応龍族』がどんなに『否定』しても、それは無意味なんだろう、という気はします」

「『否定』は無意味?」

 ガイアがぴくりと眉を上げるけれど、ケセナの言葉に耳を傾け、続く言葉を待っていた。ケセナは、唾を飲み込んで、ごくり、と音をたてる。冷や汗が流れ、手を握った。どうしてか次の言葉を言うのに、時間がかかる。言ってはいけないような気さえするが、その言葉しか思い足らず、口を噤んで眉を寄せ、深呼吸してから言い始めた。

「違う、と声を上げても罰せられることに変わりはない、から」

「……へぇ、なるほどな」

 途端、ガイアが笑った気がして、ケセナは瞬きをする。けれど、真剣な表情を浮かべたままのガイアが、笑う筈がないと思い直し、応龍狩りのことを切り出す。

「それと、あんな――――……非人道的な応龍狩りなんて……」

「見たのか、応龍狩りを」

「はい、遠目で、ですけど、何度か」

 ケセナは目を伏せる。情景は思い出したくないが、目に焼き付いていた。頭を振ってそれらを払い出そうとするけれど、ずっと脳裏にあって拭えない。どうしようもなくなってガイアをちらりと見る。ガイアは、腕を組みをし何かを考えていた。

 ガイアもまた、何度か応龍狩りの悲惨な光景を見ているし、評議会の一員であることも相まって、彼ら『応龍族』の裁判に出席している。彼らは、一様に喋ることもままならないほど衰弱し、言葉を発しないまま刑に処されている。あれを裁判と呼んでいいのか、甚だ疑問を感じてはいるが、出席は続けている。助けてやることができない彼ら『応龍族』を、ガイアは見ていられず、欠席も考えたこともあるが、出席し続けていた。

 ガイアには、探している人物がいたから、である。いつか、来るだろう。そう思う。なにしろ探している人物は、『応龍族』だからだ。

「その中に、金髪の男はいなかったか?」

「……?」

 ガイアの質問に対し、ケセナから返ってきた返事は、疑問符のみだった。「知らなければそれでいい」と続けて、ガイアは溜息を吐き、瞼を閉じた。そして、ケセナが言葉を始める前に、口を開く。

「ありがとよ。それだけ聞ければ十分だ。それと、ケセナ、頼みがある」

 しっかりと瞳を開けて、ガイアはケセナを見た。ケセナは戸惑いながらもガイアを見ている。ガイアは胸中で「あいつも、こんなに真っ直ぐ人を見れたら良かったのに」と呟く。

 なぜそう思ったのか考えて、ケセナが少しだけ顔があいつに……ファルイーアに……似ているからだ、と結論付けた。ふと、見ればケセナが首を盛大に傾ける。茶色の瞳を大きく開く仕草は、ファルイーアと似ても似つかず、苦笑を漏らす。

 ケセナは、ガイアの苦笑の意味が分からなかった。

「……なんですか?」

 少しだけ不機嫌な声色で言う。すると、ガイアは立ち上がった。そうして、腰を曲げ、ケセナに顔を寄せる。ケセナは、驚き身体を逸らすけれど、ガイアはその姿勢のまま言った。

「もし、また応龍狩りの現場に出くわして、その中に金髪でほそっこい奴がいたら、助けてやって欲しい」

「え?」

 ガイアは腰を立たせた。怪訝な表情のケセナが見上げてくるのを視界の端に映しながら、ゆっくりと瞬きを行い、キッチンから料理を持って歩いてくるキョウを見て、声を出した。

「そいつが戦争を終わらせた英雄だ。名を―――……」

 そこで切ると、ケセナとガイアの居るテーブルに近付いてきたキョウが、ケセナの前に料理を置く。置き終わり、キョウが手を引いたその時、ガイアは、言葉を続けた。

「ファルイーア・ク・フェスカ」

 ケセナは、身体を強張らせた。下唇を噛む。彼らが探しているのは、間違いなく自分だろう。記憶はないけれど、“ファルイーア”はケセナ自身なのだ。

 ケセナは、震える身体をなんとか誤魔化そうと、目を泳がせ顔を下げて、大袈裟に頷いた。

貴重なお時間をいただきお読みくださいまして、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ