Special shop 2 クルヤ料理店
前回読んで下さった方、そして初めての方もありがとうございます!
暖かな光に包まれた、一件の店。新しいわけではなく、特別古いわけでもない。
特別なのは、その店は『特定の人にしか入れない』ということ。
ーようこそ、Special shopへ。
①クルヤ料理店
めんどくさい。全て。だって居場所がないから。学校へ行っても友達はいない。家に帰っても、親は仕事でいないし、妹は彼氏ときゃあきゃあ喋ってるし。うっとおしい。そう、全てが。
「…何だよ」
口をついて出た言葉。分かってんだ。私だって。多分何か求めてんだろうなって。愛とかそんなカッコいいもんじゃなくていい。人の役とか、たってみたい。
でもさぁ…ムリじゃん?
うだうだごろごろしてるだけで、時間は過ぎてく。せっかくの休みなのに…って、休みも学校もあんまり関係ないけどね。
「ねーちゃーん⁉︎ちょっと、留守にするからねー⁉︎」
一階から声が聞こえる。どうせ彼氏の家にでも移動するんだろ。見え見えで腹立つの、そーゆーの。
「はいはい、行ってらっしゃい」
行ってらっしゃい、の『ら』ぐらいで、もうドアが開く音がした。
…最後まで聞かないのかよ。
昔は、ちゃんとしてた。そこそこ勉強もできたし、ハンドボールやってた。何回も何回も大会で優勝して、私の部屋には賞状とかトロフィーとか飾ってある。
初めの頃は、親もすっごい褒めてくれて。嬉しかったから必死でやって。また褒めてくれて…って繰り返しだった。
でも、それ繰り返してたらどうなると思う?
慣れてくんだよね、そのラリーに。
ある時から、賞状もらってもトロフィーもらってもメダルもらっても、何も言われなくなった。
良かったね、また飾っておきなさいって。
逆に、取れなかったら怒られた。取れるのが当たり前じゃないの。私だって精一杯頑張ってんの!…って叫びも届かない。
いつの間にか、ハンドボールも遊びでしかなくなった。レギュラー外された時も、そんなに悔しくなかった。後輩に抜かれるのにも慣れた。めちゃくちゃ仲良かった同級生のお誘いも断るようになって。
ついにハンドボール辞めた。親には怒られた。でも説教の内容とか覚えてない。当たり前だけど。
ごろんとベッドに寝転がる。そしたら見える、額に入った賞状。
「…あの時は嬉しかったのにな…」
今じゃ、ホコリかぶってるし。トロフィーも、カップの中ホコリでふわふわになってるはず。メダルもホコリの塊に。
目に見える物なんていらない。そう思った。
自分の部屋にいるのにも嫌気が差して、外に出た。綺麗な家が立ち並ぶ、俗に言う高級住宅街。その一角に私の家はある。
目に見える物ばかり。家なんて、燃えちゃえばただの木くず。なのに、必死でお金を貯める。なっがいローン組んで。何が楽しいの。お金に縛られて。
なんて暗いこと考えながら歩いていると、私の足がふと止まった。この辺のきらきらした雰囲気に似合わない、ちょっと古い感じの建物。なんて説明したらいいんだろう。商店街の中ではちょっとオシャレ、みたいな…ごめん、上手く説明できない。とりあえず、看板を読んでみた。
「くるや…クルヤ料理…店?」
②夢の中。
かしゃ、とドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
奥から声が聞こえて、慌てる。
「あっ…えっと…」
「どうかなさいましたか?」
奥から出てきたのは…うっわ、すっごいイケメン。妹の彼氏もまぁまぁだけど、明らかに比べものにならない。
それより驚いたのは、年齢。多分、私と同じくらいか…ちょっと年上くらい。てか、学生でしょ、絶対。なんで仕事してんの⁉︎
「あの…僕の顔なんかおかしいですか?」
あわわ…。思わず見とれてた。あっいえそんな全然、なーんて、フォローになってない慌てぶり。自分でも面食いなの丸わかりで恥ずかしい。
「とりあえず、おかけ下さい」
丁寧に椅子をひかれる。
「あっ、その…私お金全く持ってなくて、」
「あぁ、そんなのはいいんです」
さらっと言われる。
「へ?」
今まで出たことないような、頭の斜め上から出たような声。それにクスクス笑われる。多分今、私ゆでダコ。
「ここは、特別な方しか入れないところ。このドアを開けることができたということは、あなたは特別な方だということです」
…なんかカッコいいこと言ってんだけど⁉︎さっぱり訳が分からない。あたふたして、頭の上にハテナマークいっぱい飛ばしてる私を見て、男の人は、とにかくどうぞ、と椅子を示した。言われるがままに、座る。そして、気付いた。
「あの…なんでテーブルとか椅子とか一つしかないんですか?」
そう。普通レストラン(といっていいのか不明だが)には、たくさんのテーブルが並んでいるはずだった。なのに…一組しかない。
「人が来ないからです」
またまたさらっと、お客来ない宣言?もぉ、本当に訳が分からないんですけどっ。
「メニューをお持ちしますので、少々お待ちください」
そして、スマイル。…ダメだ、意識飛ぶ。
てか、なんでもう食べる前提で話進んでんの?まだ食べるとは一言も………メニュー…来ちゃったね。
「ごゆっくりお選び下さい」
ちょっと待って、と言おうとした時だった。
ぐぅぅぅ〜。
…腹の虫め。
そういえば、と思い返す。今日は朝から何も食べてなかったんだっけ。
「お腹、すいてるんじゃないですか」
イケメン君(今決めた)は、苦笑した。
私はメニューをまじまじと見た後、恐る恐るイケメン君を見上げた。
「…何か?」
「…私、本当にお金持ってないですよ?」
「分かってます」
「あの…怖い人が取り立てとか…来ませんよね?」
「ドラマの見過ぎです」
「ツケとかでもないですよ?」
「もちろんです」
…怪しいわ。めちゃくちゃ怪しい。だって、おかしいもん。イケメンボーイが出てきて、食べ物無料のレストランとかおかしいじゃん。
「…そんなに信用ないですかね」
当たり前だ。
「とりあえず、食べていって下さい。お腹すいた人をそのまんま返す料理店がどこにあるんですか」
無理やりメニューが目の前に立てられる。私も、腹の虫がうるさく鳴いているのをどうにかしたいし。取り立て来たら、ここの店に文句言いに行きゃいいし。安いなら払えばいいし。うん。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
…負けたー…!
③消えるものでも、いいものを。
「えっと…じゃあ…」
私は、メニューの隅をつついた。そこに載っているのは、オムライス。私の数少ない好物の一つだ。
「お好きなんですか?」
イケメン君が聞く。
「好物です」
「おっと…じゃあかなりうるさいですね」
意地の悪い笑い。私もつられて笑った。
「あ…やっと笑った」
イケメン君が言った。
「え…?」
「あ、ほら、さっきからね。何か思いつめたような顔ばっかりして、全然笑ってくれなくて。何かあったんですか?」
ふわん、と尋ねられたら、答えなきゃいけない気がして。気付いたら、喋ってた。うわ、私ってこんな饒舌だった?
「…つまり、こういうことですね?」
イケメン君は、私の話をひとしきり聞いた後できちんとまとめ上げた。
「見える物に、嫌気が差したと」
…え、ちょっと待って。
私があんだけ長く喋ったのに、それまとめたら一言だけ?
間違っちゃいないけど…なんか、さぁ。
「いや、まぁそうなんですけど。」
イケメン君は、ふふっと笑うと、さて、と言った。
「じゃあ、行きましょっか」
「…どこへ?」
「厨房です。料理してる間って案外暇なんで。お喋りの相手していただけます?」
いやいや、暇って…とは思いながらも、イケメン君について行く私が悲しい。
「…確かにそうかもしれませんねー」
フライパンを出しながら、イケメン君が言う。
「人っていうのは、見える物が全てだって思い込んでるものなんですよ」
手際よく、玉ねぎの皮を剥いている。
「ですよね…」
トロフィーとか。メダルとか。
…頑張ったことなんて、十年経ったら誰も覚えてなんかいやしない。
「確かに見える物ってのは綺麗に見えるんですよね」
そう言ったイケメン君は、玉ねぎを半分に切った。包丁を繊維にそって繊細に細くきっていく。それをくるっと横向きにして、みじん切り。手際よすぎ。私なんか…輪切りもままならない。
「すごいですねー」
私は頬杖をついて、その包丁さばきを見る。
「小さい時からやってたらこうなりますよ」
…悲しくなる。
「あなたは何かないんですか?」
「え?」
「夢中で、やっていること」
夢中で、やっていること…。頭を回転させる。でも…出てこない。少し前なら、答えられた。胸張って、ハンドボール!って。でも、もうやってないし。面白そうだとも思わなくなってしまった。
「ない…かも」
人参の皮を剥いていたイケメン君が、さみしそうな顔をした。
「…そうですか」
何、その顔は!私はぷぅと膨れた。
いいでしょうね、あなたは。どうせ学校でも人気者だったでしょ。料理出来るし、いかにもスポーツ出来ますって顔だし。…まぁ二つ目は私の考えだけどさ。
でも、どうせそうじゃん。私とは月とスッポン。比べものにならないし。
「…そんな膨れっ面しないで下さいよ」
「膨れっ面にもなりますー!得意分野無いのがそんなに珍しいですか?」
つい嫌味口調になる。いつもの癖だ。しまった、と思った時には遅くて。イケメン君はますますさみしそうな顔になってしまった。
やっちゃった。いつもこれだ。友達がいなくなったのも、これが原因。
…分かってた。自分の悪い所なんて。言われなくても、自分が一番痛いほど分かってたのに。治せなかった。
「…すいません…」
私は頬杖を崩して、頭を下げた。イケメン君が笑う。
「そんなにしゅんとしないで下さい」
その優しさが、あまり自分には与えられ慣れていない優しさがぐさっと刺さった。
「…すいません、おトイレ借りていいですか?」
また、逃げた。厨房の隣の通路のドアの向こうに入って、はぁとため息。行きたかったわけじゃないから、白い椅子に座るわけでもなくドアにもたれかかった。
優しさを誰かに向けたのなんて、いつが最後だろう。それは無理な話。だって、されてないから。優しく、されてないから。優しくなりたい、なんてありふれた願いだ。でも、切実な願いだ。
そんなことより、まず先に。
「優しく、されたい」
自分でも知らず知らずのうちに涙目になってた。その時。
コンコン。
ドアがノックされる音。
「…はい?」
『すいません、失礼かと思ったんですが…』
イケメン君?
「えと…何か」
『オムライス、冷めますよ』
あぁ、出来たんだ。そうだよね。あったかいうちに食べなきゃ。
「ちょうど、終わったとこです。行きます」
私はそう言って、手を洗って外に出た。
④ふわふわで、あったかくて。
テーブルの上には、ランチョンマットが引かれていた。青い布の上に、白い皿。そのまた上に、赤と黄色のコントラスト。
「美味しそう…」
素直な感想だった。でも、チキンライスの上には、まだ卵がオムレツの状態で乗ってる。これ…もしかして。
そう思ったとき、イケメン君がナイフを持って厨房から出て来た。
そのときの、確信。
私の、憧れのやつだー。
「こういうの、食べたことあります?」
「ないです!私これすっごい憧れてっ…!」
「だったら良かった」
イケメン君の持ったナイフが、オムレツの真ん中を切った。
すぅっ、とか、ふわっ、とかいう音が似合いそうな切り方。
そのまま、ナイフがオムレツを左右に開く。
「わぁ…」
私は思わず歓声を上げた。とろっ…と開いた卵が、ゆっくりチキンライスを包んで。
赤色を包み込む、黄色。それに見とれてた私は、隣にスプーンが置かれる音にも気づかなかった。
「…楽しんでいただけました?」
気がつくと、笑いを押し殺したようなイケメン君が立っていた。
「もう…楽しいとかそんなんじゃないです!そんなんじゃなくて…っ」
…なんでもっと本を読んでおかなかったのだろうと、見当違いの後悔。
この綺麗な現象を、何て表現したらいいのか分からない。あなたの今の心情を答えなさいなんて、もっと分からない。
たった少しの、これだけのことなのに。あったかい何かがどっかで思いっきり弾ける気がして。
何も考えずに、スプーンを手に取ってた。今の今まで生きているように見えたオムライスを食べるのは、なんだか惜しい気もしたけど、ためらいなくスプーンを刺す。
もう、何て言ったらいいか本当に分からない。こんなオムライス、今まで食べたことなくて。
「…なかなか美味しそうに食べますね」
イケメン君が笑って呟いた。
「美味しそうじゃないんです、美味しいんです!」
なんで怒った声なんだろ。でも、イケメン君はもう悲しい顔をしなかった。むしろ嬉しそうだった。
「良かった。喜んでくれて」
笑った顔はふわっとしていて、まるでこの卵みたい…てのはちょっと失礼か。
私は夢中で食べ続けた。美味しい。何度そう言ったか分からない。半分までいった時、私は一旦スプーンを置いて、水を飲んだ。
「休憩ですか?」
「いや…何か一気に食べるのもったいなくて」
「休憩したら、お腹膨れちゃいますよ」
「いいんです。別腹です」
「スイーツじゃないのに?」
「好きなものはいくらでも入るんです!」
なんて話をして。ふと止まった。急に、涙が出て来た。
「あ…れ?」
私は慌てて手の甲で拭った。でも、イケメン君は驚くこともなく、私を見ていた。まるで、こうなることを知っていたような顔で。
「何…で…」
「どうぞ。お使い下さい」
白いハンカチ。私は受け取って、訳も分からずわんわん泣いた。
初めて知った。人って、こんなにあったかい。
「無理しすぎてたんじゃ、ないですか?」
ふいにイケメン君が言った。
「無理…ですか?」
「これは僕の想像でしかないですけど…友達なんていらないとか、無理に考えてませんでした?」
どすん、と頭に石が落ちてきたような衝撃。
友達なんて。家族なんて。目に見えるものなんて。全部消えちゃえばいい。…そんなのは、ただの言い訳で。本当は誰より、そんなものを必要としてるなんて気付かなくて。
「大事なもの、失くしちゃったりしてたんじゃないですか?」
友情とか、大好きだった部活とか…その他もろもろ。思い出してたらキリがない。
「自分でも知らないうちに、自分のこと嫌いになってませんでした?」
大っ嫌い。学校なんて。すぐ消える絆なんて。家族なんて。
…でも本当に嫌ってたのは、自分だった。そんなこと考えてる自分が、何より大っ嫌いだった。
「辛い時は、誰かを頼ればいい…なんてカッコつけすぎですかね?」
イケメン君が照れたように頭をかく。
違う。カッコつけすぎなんかじゃない。そんな考え、誰でも出来る訳じゃないから。
「…分かった気がする」
私は、やっとおさまってきた涙を拭いて、残ったオムライスを見つめた。
「私…色々間違った」
頼る場所も。道も。友達も。本当は助けてくれるはずの場所を、自分でぶち壊してた。自分で壊しておきながら、自分には居場所がないって思ってた。
「冷めますよ」
突然言われて、私は顔を上げた。イケメン君が、オムライスを指差している。
「…そうですね」
またスプーンを持った。口に入れたオムライスは、少し冷めていたけど、さっきより美味しい気がする。
「いいじゃないですか。間違ってたとしても」
イケメン君が言う。
「ちゃんと気付けたんですから」
泣きたい気持ちは、もうない。久しぶりに泣いたなと思いながら、残りのオムライスを食べる。
どんどんオムライスは減っていく。でも心の中では何か大きいものが見えた。
⑤「ごちそうさま」を聞けるように。
「ごちそうさまでした」
カラになった皿を片付けると、もう時間は遅くなっていた。
「うわ…もうこんな時間⁈」
「時間が経つのは早いですね」
それ、おじさんが言うセリフだから。言葉に似合わない顔を見て、私はぶっと吹き出した。
「…何かおかしかったですか?」
キョトンとするイケメン君。見てて飽きない。面白いから。
「だから、大切にしなきゃですね」
私は言った。今日、このイケメン君に教わったこと。一日一日、全部を大切にすること。
やっと気付いたの。優しくしてもらいたいのはみんなおんなじだって。私はそれだけだった。でも、待ってても何も始まんない。
こっちが、優しくしなきゃいけない。
「来た時より、顔が明るくなりましたね」
言われて、にこにこしてる自分が恥ずかしくなった。ぼんっ、と顔が火事になる。
「僕はこれが仕事ですからね。よかったです。笑顔になってくれて」
「こちらこそありがとうございました」
私はぺこんと頭を下げて、名残惜しかったけど店を出た。
何だろう。来る前は目に見えるものが憎くて仕方なかったのに。今は、全てが愛おしくて仕方ない。沈む夕日も、帰る小学生たちも。
明日。と私は思う。明日、ハンドボール部の友達をカラオケに誘ってみよう。どんな反応されるかは分かんないけど。
それから。いつか、家族にご飯を作ってあげよう。上手く出来なくてもいいから、とにかく何か作ってあげよう。
ごちそうさまって、言ってもらえるように。
長い影を見送る、イケメン君。ー否、田中雅也。
「…いい子だったな」
雅也は、さて、と店を見上げる。
「任務完了、ですね」
そろそろ店じまいをしよう。今度の任務はいつ来るだろうか。
あの子には、もう二度と会えないだろう。それでも、悔いはない。笑顔を見れただけで、十分だな。
雅也はぱんぱん、と腰に巻いたエプロンのシワを伸ばして、店の中へと戻っていった。
to be continued…
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
出て来たオムライスは、自身の憧れで出してみました。まだ未だに食べたことはないですが…
また次もよろしくお願いします!




