Special shop 1 写真屋R
ファンタジーなのか恋愛なのか、よく分かりません…
不思議な物語を書きたくて。
一応一話完結にはしていますが、連載です。
暖かな光に包まれた、一件の店。新しいわけではなく、特別古いわけでもない。
特別なのは、その店は『特定の人しか入れない』ということ。
ーようこそ、Special shopへ。
①写真屋R
寒い。マフラーを巻いて、口まで隠す。愁は手袋をはめた手をポケットに突っ込んだ。午後十時。仕事が終わったのは、丁度その時間だった。十時ならまだ早い方である。時には日が変わることも考えれば、十時くらい簡単に我慢できた。携帯を開く。驚いた。着信とメールが一件ずつ。
[風宮明日香]
表示された名前を見て、胸が痛くなった。
愁の彼女は明日香だった。だが、つい昨日、愁は明日香に別れを告げた。目の前で写真を破り、追い出した。嫌いになったわけではなかった。むしろ好きだった。だが、これからのことを考えると、明日香と付き合うのは無理だと、愁自身判断したのだ。
メールを開く。短くこう書かれていた。
[ねぇ、私の何がダメだったの?それだけでいいから教えてよ。私は今でも愁が好きだよ。返信待ってるね。]
愁はため息混じりに、そのメールを眺め、しばらくためらったが、削除した。
「…これで、いいんだ」
愁は言い聞かせ、携帯の電源を切った。
もう少しで、家に着く。愁はいつもの路地裏に入った。
そこで、足を止めた。
「…こんな店…あったか?」
見たことのない店が建っている。しかし、決して新しそうではない。もっと不思議なことに、その店の周りが明るい。街灯の硬い光とは違う、柔らかくて穏やかな光である。愁は店に近寄った。
看板を読んでみた。
「…写真屋…R?」
②優しい写真はいかがでしょう
愁はドアを開けた。からんからん、と、昔懐かしい鐘のような音が鳴った。
店内は十時だというのに電気が点いており、カウンターには十代前半くらいの少女がたった一人。
「いらっしゃいませ」
にっこりと微笑んだ少女は、読んでいた本から目を上げた。
「…どうも」
愁は会釈した。肩くらいまでの髪の毛を一まとめにしている少女は、愁をまじまじと見つめた。
「あの…こんな店あったっけ」
愁は少女に聞いた。すると、少女はふふっ、と笑った。
「ありましたよ。気づかなかっただけです」
「…気づかなかった?」
「はい。大事なものは、意外と気づかないものですから」
自分より年下であろう少女に言われ、愁はむっとした。何も知らないくせに、と怒鳴りたくなる気持ちを抑えて、話をそらす。
「ここは…何の店なの?」
「簡単に言うと、写真館です」
「…はぁ」
愁は周囲を見渡す。壁一面に飾られた、写真。風景の写真が多い。まぁこれを見れば、大体写真館であることは想像がつく。が。
「写真屋ってことは…売ってるのか?写真を」
「販売もしますよ。でも、そっちは収入源としちゃ少ない方です」
「他に収入源があるのか?」
「ご覧になりますか?」
質問を質問で返されて、愁は言葉を詰まらせた。…見ないよりは暇つぶしになるだろう。
「…あぁ」
少女はにこっと笑って、カウンターの奥のカーテンを開いた。
「一つ聞きたいことがあるんだけど」
愁は、カーテンの奥へと足を進めながら言った。
「何でしょう?」
「Rってのは、君のことかな?」
写真屋Rの、R。それが彼女のことなら、この店にはこの少女一人しかいないことになる。こんな少女が店を経営するなんて無理だろうと思ったからだ。
「いえ。Rは私ではありません」
少女は言った。
「Rは、この先にいます。本名は、留衣といいます」
「男の子かい」
「はい。私と同じ歳の男の子です」
少女は、この留衣という男の子の話をしたくてたまらなかったというようにキラキラ笑った。
「仲がいいのか?」
「仲はいいですけど、あまり話しません」
「…それは仲がいいに入るのか?」
「少なくとも私は、仲がいいと自負しています」
「…なるほど」
…ポジティブとしか言いようがない。
「ここですよ」
少女が開けたドアの奥は、また一段と輝いていた。
③破れた時、修理致します
ドアの奥には、少年がいた。机に向かって、黙々と何かをしている。
「留衣、お客さん」
…答えない。本当にあまり話さないようだ。
「お仕事を見せたいの。いいでしょ?」
少女が言った。少年ーこれが留衣だろうーは、ちらりとこちらに目を向けた。
驚いた。
愁は少しの間、その目を見ていた。綺麗だった。頑なに閉じた口のイメージとは反対に、まるで面白いものを見つけた子供のように光っていた。鋭いわけでもなく、光がないわけでもない。優しい目をしていた。
「…勝手にしろ」
留衣の言葉で我に返った。意識がきちんと自分に返ってきた時には、もう留衣の目はこちらを向いていなかった。
「どうぞ」
知らぬ間に、少女が留衣の傍らに立って手招きしていた。
「…いいのか?真剣に仕事やってるみたいだけど…」
「減るもんじゃないし、大丈夫です」
「どういう意味だ」
愁は苦笑して机に寄った。
留衣は、何やら顕微鏡に似たものを覗き込んでいた。そして、手には針のようなものが握られており、小刻みに動いている。
「えっと…これは…」
「修理だよ」
何をしているのか全く分からなかった愁の耳に、留衣の声が入ってきた。
「修理?」
あぁ、と、まるで説明のする気がない返事が返ってきた。思わず苦笑する。
「写真を、修理してるんです」
もう一度少女が言ってくれる。
「ほら、写真って薄っぺらいから、すぐ破れちゃうでしょう?それを、ナノ単位で直してるんです」
…さっぱり訳が分からない。頭をフル回転させていると、急に留衣が顔を上げた。
「…見るか?」
「え…いいの?」
舌打ちと共に、さっさと見ろ、こっちは仕事中なんだ…とぶつぶつ言いながら留衣が立ち上がってくれた。愁は顕微鏡を覗き込む。
そこには、まるで壁のようなものが映っていた。
「えっと、これはどういう…」
「CMとかで見たことないですかね。髪の毛が拡大されて、柱みたいに映ってるの」
ある、と愁は答えた。
「それと、ほとんど同じです」
少女が言った。
「写真って紙ですけど、ぐんって拡大すると、ちょっと薄い厚紙みたいに見えるんです。それをさらに拡大していくと、そこに見えるみたいに、壁みたいに映るんですよ」
なるほど、と愁は言った。確かに、下の土台を見てみると、写真が縦向きにセットされていた。横から見ると、それは破れた家族写真だった。
「今から、そこにある筆でのり付けしていくんです」
へ?と、愁は間抜けな声を出した。愁はもう一度よく見たが、そこには、さっきまで留衣が握っていた針しか見当たらない。
「それです」
少女が言って、顕微鏡に針を近づけた。愁はまた覗き込む。
「おぉ…」
針の先に、とても小さなハケがついていた。
「これで、のりを塗って、破れた部分を貼り付けるんです」
それから、と言って、少女は近くの大きな棚に手招きした。
「これは?」
愁は取っ手を引っ張る。中には、十センチ程度しかない瓶が無造作に陳列していた。
「これは、絵の具です」
愁はまた驚かされた。
「絵の具?」
少女は、二つの瓶を手にとって言った。
「破れたところって、いくら頑張っても型が残るんです。だから、なるべくそれが目立たないように、この絵の具で破れたところを塗るんです」
そう言って、少女は瓶を二種類開けた。
「何色に見えますか?」
…どちらも赤色に見える。
「赤…だな」
「おんなじ赤でも、ちょっと違うんです」
目を凝らしてよく見る。確かに、片方はもう一方より暗い色をしていた。
「私たちの仕事は、写真を、撮った当時のものに少しでも近づけることです」
愁は言葉が出なかった。そんな小さな世界で仕事をしているのかと思うと、驚きが隠せなかった。
「あなたの写真も、修理致しますよ」
愁は思わず、えっと声を上げた。
「破れた時、修理致します」
④写真は嘘はつきません
次の日になっても、少女の言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。
「破れた時、修理致します」
まるで、自分が、破れた写真を持っていることを確信している言い方だった。
机の引き出しを開ける。破かれた写真が入っている。ー明日香だ。
破ったはいいものの、捨てられなかった。なぜかは分からない。でも、ゴミ箱に投げ入れることは出来なかった。破れた破片を取り出して見た。明日香は、笑っている。無邪気に、ピースサインを作って。
「…可愛いな」
つい口をついて出た言葉だった。本音だった。惚気かもしれないが、明日香を可愛くないと思ったことは一度もなかった。
『直します。必ず』
突然、少女の声が聞こえた。思わず振り向く。…もちろん、誰もいない。
『あなたの、失った時、必ず直します』
手が震える。愁は上着だけをひっつかんで、走り出した。
「…おいっ!」
自分でも驚くくらいの大きな声が出た。もちろん、カウンターの向こうの少女も驚いている。慌てて、取り落としそうになった本を持ち直しているところだった。
「おっ…驚かさないで下さい!」
カーテンの向こうでも、かちゃーんと何かを落とした音がして、
『黙って入って来い!仕事中だっつーの!』
という怒鳴り声がしている。
「写真を、直して欲しい。至急だ」
まぁまぁ落ち着いて、と、どこから出してきたのかコップが置かれている。少女が水を注いだのを見て、一気に飲み干した。
「直して欲しい写真がある。かなりの枚数があるけど、全部とは言わない。とにかく一枚でもいい。きちんと直して欲しい」
少女はくすくす笑ったあと、カーテンの奥に向かって、
「聞いてたー?」
と叫んだ。しばらくして返事があった。
『…とっとと終わらせる。早く持ってこい』
「…だ、そうです」
愁は、袋に入れた写真をカウンターに置いた。
「ありがとう」
すると、カーテンの奥からまた声がした。
『礼を言うのはまだ早いぞ』
愁はキョトンとした。それを見た少女が、言葉を繋げた。
「本当の奇跡は、これからですから。写真は嘘をつきません」
留衣が顕微鏡を覗いている。微かな腕の動きは、ミリ単位で繊細に動かされている。小さな針が、のりの入った容器と土台の上を何度も行き来していた。
写真修理を見ていたい、と言ったのは愁だった。少女もあまり驚かず、黙って椅子を用意してくれた。そして、耳元で呟く。
「大きい声出すと、留衣が怒るんで。そこのとこはよろしくお願いしますね。留衣が怒ったら、手が付けられなくなるし」
了解した、と言うと、少女は笑って部屋から出て行った。静かな部屋に、針が容器に触れる細い音が聞こえる。
「…彼女か」
急に留衣が口を開いた。
「ほぇ?」
「…何間抜けな声出してんだ」
愁は慌てて首を縦に振る。
「…あそ」
「何だよ、そっちから聞いといて」
「別に興味なかったし」
愁が苦笑すると、留衣は休憩、と言って椅子に体を預けた。
「あの少女とはどういう関係だ?」
「…少女?…あぁ、真由のことか」
真由。それが少女の名前らしい。
「幼馴染だよ。気付いたら一緒にいた」
「物心ついた時から…ってやつか」
留衣は鼻を鳴らした。
「可愛い子だな」
ちょっといじめたくなって、愁はそう言った。
「…彼女いる奴のセリフじゃねぇぞ」
「いないよ」
留衣が驚いたようにこちらを見た。
「元カノだ。一昨日別れた」
しばらく沈黙が続く。
…まぁそうだろうな、と愁は思う。なぜ破った元カノの写真を修理してもらっているのかなんて、自分でも分からない。
「…ふっ」
小さな声が聞こえた。目を上げて、目を疑った。
留衣の口元が緩んでいた。もっと分かりやすく言うならば、笑っていた。口角が上がっている。綺麗だ、と思った。多分少女ー真由も、この顔が見たくて一緒にいるのだろう。
「…なるほど」
留衣の口から出た言葉に、愁は首を傾げた。
「…?」
「…直すしかねぇじゃん、そんなの…」
そう言って、笑っている。
「…何の話だ?」
「こっちの話だよ」
留衣はそれだけ言うと、首を回して針を手に取った。
「そんじゃ、いっちょやりますか」
そう言う留衣は、明らかに楽しいことを見つけた少年の顔をしていた。
⑤お代は元気な顔を
写真が出来上がったと連絡が入ったのは、それから三日後だった。
「お待ちしてました。こちらが写真になります」
真由が丁寧にビニールに包まれた写真を手渡してくれた。愁はビニールから一枚写真を出す。
「ウソ…だろ?」
一枚の写真。それは、破れた痕跡が全く無く、振ってみてもきちんとくっつけられていた。目を凝らしてみても、どこが破れていたか分からない。
「留衣が言ってました。本気でやったから疲れたと」
これが彼の本気か。素晴らしいとしか言いようがなかった。
「…彼は?」
「奥で爆睡してます。怒り爆発させてもいいなら、起こしてきますけど?」
「…遠慮しとこう」
何度も何度も眺める。破れた写真が、戻ってきた。綺麗になって。
その時だった。
ドキリと心臓が跳ねた。
…何だ、この感じ…?
ゆっくり目を閉じて、分かった。
目を閉じてもまだ焼きついて離れない笑顔がある。
「…明日香…」
それは、別れたはずの、諦めたはずの彼女の姿。
そういえば…一緒に映画に行ったっけ…。
遊園地も行った、夜景を見に行ったことも、ご飯を食べに行ったことも…
何で…?
次から次に、忘れていたはずの明日香との思い出が思いだされる。
どこへ行っても笑ってた。その笑顔が好きで…
胸が痛い。心臓が潰されるような感覚だ。
初めて見せた泣き顔が…六日前だ。別れようと言った、あの時だ。
苦しい。忘れていたはずなのに。どうして今更思い出すんだ?
「…俺はいつ間違った…?」
誰に問うでもなく、自然と口から言葉が出た。真由は、本から目をそらさない。
「…どこで…間違った?」
写真から目が離れない。今思うことは…
「…会いたいんじゃないですか?」
気付くと、本を閉じた真由が立っていた。
「その綺麗な笑った顔に、会いたいんじゃないですか?」
真由は笑う。
「写真は嘘はつきません。そう言ったでしょう?」
楽しかったから、笑っている。俺といて…楽しかったから。
「一回間違ったかもしれません。でも、ちゃんとそれは直せます」
『破れた時、修理致します』
それは、初めてこの店に入った時に聞いた言葉。今なら、その意味が分かる。
愁は写真をビニールに戻した。そして、深く深く頭を下げた。
「あ、お金…」
「いりません」
「え?」
「いりませんよ。誰も、収入がお金なんて言ってないでしょう」
真由はもう一度微笑んだ。
「私たちは、その顔が見れたら十分です」
笑っている、愁がいる。その隣に、写真の『元カノ』がいる。彼女も笑っている。それを影から見る、留衣。
「…何もこんなスパイみたいなことしなくてもさ」
「しょうがねぇだろ。一応俺たちの仕事は終わったから、その人の前に姿表しちゃダメなんだし」
分かってるけど、と真由が口を尖らす。
「…ま、幸せそうだから、任務完了ってことだろ」
留衣は踵を返して、来た道を戻る。
「え⁉︎ちょ、置いてかないでよ!」
真由が走り出した後、幸せそうに笑っていた二つの影が、ゆっくりと重なった。
to be continued…
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます!
ありえない設定ではありますが、できるだけ現実っぽく書こうと努力しました。
…出来てるでしょうか?
続きも読んで下さったら嬉しいです!




