三時間目
「お前らクズ同士で殺し合え!」
そう言った、小沢の言葉がずっと頭の中で鳴り響いていた。
たしかに、テストの形を取っているものの、今クラスメイト同士で互いに殺しあってる状態だ。
なんでこんな狂気に満ちた世界に取り込まれたのか解らないし、スピーカーの声の言いなりになってクラスメイト同士で殺し合いをしなければいけないのか訳が解らなかったし、僕らで殺しあってスピーカーの声の主にメリットが有るとは到底思えなかった。
おまけにこの教室から逃げだしたら、即、退場と言う名の処刑が待っている。
この教室で殺し合いを甘んじて受け入れなければならないんだろうか……。
昨日までの、楽しい修学旅行が思い出される。
バスの中から見た青い富士山。
そして、冬じゃないのに雪を冠した、アルプスの山々。
車窓を見ながら、美羽と「大学にいったら、あの山に一緒に登ろうね」と誓い合ったあの修学旅行。
バスの中での笑い声、トランプ、しりとり、皆で笑い楽しんだあの楽しい修学旅行。
笑いあって、楽しみを分かちあった仲間同士で、今殺しあっている。
なぜクラスメイト同士で、殺しあわないといけないのか……。
正直、何がなんだか解らなかった。
──キーン コーン カーン コーン!
「三時間目、次のテストは社会、『国民投票』をします。
やることは簡単です。
この部屋の中にいる人の中から要らない人を三人投票で選んでもらって、退場してもらうだけです。
退場が終わったらこのテストは終了です。
教卓の中を見てください。
カードが入っているはずです。
全員の『名前』を書いた名前カードと、『処刑』方法を書いた処刑カードの二組が入っています。
『名前』カードは全員分各1枚づつ、『処刑』カードは『銃殺』『ギロチン』『電気椅子』の三種が二枚ずつ用意されています。
この、全員の名前を書いたカードから三枚要らない人を選び、その退場方法を『銃殺』『ギロチン』『電気椅子』の三種類のカードの中から選んでもらうだけです。
ただ、それですと投票される側は一方的に退場となるので不公平ですね。
そこで弁明の機会を設けました。
要らないと指定された人は、自分の『名前』カードの上に『処刑』カードを重ねて所持し、処刑カードを見ずに言い当てれば処刑中止となり、このまま教室に残る事が出来ます。
制限時間は15分。
それでは、国民投票を始めます」
新聞部部長の渡邊冬也が、教卓の中からカードを取り出した。
二時間目と同じ裏面が竜のデザインのカードが二組、名前カードが各一枚づつと、処刑カードが各二枚づつ入っていた。
カードには既に死んだ人の名前も有った。
冬也が呟くように言う。
「どうするべきか……。被害者を出さないことを優先にするなら、やはり死んだ人の名前を選べばいいな」
「それはいいアイデアですね」
「さすが~」
冬也の出した、死者を出さない方法のアイデアに、皆感銘を受けている。
それに異論を挟むものが居た。
小沢だ。
「確かに、その方法は理想的な解決法だろう。ただ、あの放送を覚えているか? 『この部屋の中にいる人の中から』って言ってたことを。それを無視して、死んだ人を選ぶとなると、最悪全員が退場処分になる可能性もある」
「確かに……その可能性は高いな。それでは公平を期して、既に死んだ人の名前のカードを抜いた後、名前カードと処刑カード共どもシャッフルし、カードの上三枚から選ぶということでいいか?」
「まて、その方法では最悪三人が死んでしまうだろう。このテストは俺たちの信頼を図るテストだと思うんだ。退場者を選び、その人に処刑方法を伝え、それを退場者が答える。
それだけの至極単純な話だ」
小沢はそう言うとさらに力説する。
「そこでだ。まず退場者に俺を選べ」
小沢は自分を退場者に選べという。
その言葉に教室中の生徒が息を飲んだ。
自分で発案したアイデアは、自分で責任を持って引き受けるということか。
僕は、小沢に誰もが嫌がる役を率先して受ける姿に潔さを感じた。
「じゃぁ、俺も」
冬也が退場者に名乗り出る。
「三人目、誰か居ないか?」
だが、誰も答えられなかった。
万が一のことがあれば死んでしまう、危険な役目だ。
僕も黙りこくっていた。
しばらくの沈黙の後、女子から声が上がった。
「冬也君が出るなら、私も」
冬也の彼女の理瑠香が退場者に立候補した。
「理瑠香、お前はやめとけ。何か事故が起こるかもしれない。危険だ」
「さっきの話じゃ危険は無いって話じゃない……第一、冬也君! あなたも退場者になってるし」
「お願いだから、退場者に立候補するのはやめてくれ……たのむ」
「でも……みんな嫌がっているのに、他の人を犠牲にしてまで、私生きたくない」
「頼む……降りてくれ」
二人のやり取りを見ていると、僕は居ても立っても居られなくなりつい、言ってしまった。
「僕やります。退場者に立候補します」
「そうか、受けてくれるか。ありがとう」
冬也は涙を浮かべながら、理瑠香の辞退と俺の立候補を喜んだ。
小沢がいう。
「まずは俺が一人目で行く。
俺の処刑方法は銃殺だ。
そして2人目。
真二、お前がやれ。
処刑方法は同じく銃殺だ。
ここで銃殺のカードは使い切ることになる。
3人目は冬也だ。
処刑方法は、電気椅子でいいか?」
「ああ、電気椅子でいいぞ」
「よし! 始めるぞ」
「見てはいけないといっていたのは処刑カードだけなので、名前カードは見ても問題ないな」
そう言うと小沢は手馴れた手つきで名前カードの中から、3人分のカードを選び出し退場者に1枚づつ渡した。
小沢、矢部、渡辺のカードだ。
「次は処刑カードだ。これは先ほどの放送で、『処刑カードを見ずに言い当てれば』と言っていたので見ない方がいいだろう。俺たちは見ることは出来ないので、理瑠香、すまないが、俺と真二に『銃殺』カードを渡してくれ」
『真二』即ち僕と、小沢は、処刑カードを一枚ずつ伏せた状態で理瑠香さんから受け取る。
カードの絵柄を見れないので、理瑠香さんを信じるしかない。
小沢が理瑠香に指示を続ける。
「よし、次だ。今度は『電気椅子』のカードを1枚冬也に渡してくれ」
「はい」
理瑠香は冬也に震えた手でカードを渡す。
「だいじょうぶ。俺は死なないよ」
「うん。でも……」
理瑠香は俯きながら、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙を目にいっぱいためていた。
それを察してか、小沢がさらに理瑠香に指示を続ける。
「さっきの時間のことが有るので俺のことを信用できないだろうから、更なる対策を講じておこう。理瑠香、今ある処刑カードは何が残っている?」
「電気椅子が1枚と、ギロチンが2枚です」
「じゃ、そのギロチンのカードを2枚渡してくれ」
「はい」
理瑠香は小沢に2枚のカードを差し出す。
「冬也。お前には『ギロチン』のカードを2枚渡しておく。それなら、俺を信用できなくても問題ないな」
「いや、進んで自らの身を退場者に差し出したお前を信用するよ」
「お守り代わりだ。持っておけ。胸ポケットにでも入れておけ」
「解った。預かっておくさ」
冬也はにこやかな顔でカードを胸ポケットにしまった。
そこで、ちょうど時間切れになった。
教室にチャイムが鳴り響く。
──キーン コーン カーン コーン!
『時間になりました。
国民投票を始めます。
退場となる人は、自分の名前の書かれたカードの上に退場方法を書いたカードを重ねて所持し、退場法を宣言してください。
正解ならば、退場せずにこの教室に残れます。
ただし、退場方法を書いたカードを見た時点で違反行為とみなし、即刻退場となります』
「よし、俺から行く」
小沢はカードの処刑カードの書かれた面をスピーカーに見せ付ける感じで突きつけた。
「俺の処刑方法は『銃殺』!」
教室に沈黙が訪れた。
スピーカーから声がする。
『それでいいですか?』
「ああ」
『間違いないですか?』
「問題ない」
『ファイナルアンサー?』
「ああ」
そしてまた教室に沈黙が訪れた。
『正解!』
ガッツポーズを取る小沢。
『小沢さんは、処刑方法を言い当てたので、処刑は中止。生還しました』
教室から拍手が巻き起こる。
小沢から指示が飛ぶ。
「つぎ、真二が行け!」
少し足が震える。
僕は震える足でスピーカー前に行き、カードを掲げる。
「僕の処刑方法は『銃殺』です」
教室に沈黙が訪れた。
僕の喉仏がゴクリと鳴る。
スピーカーから声がする。
『間違いありませんか?』
「はい」
『間違いですと退場ですよ?』
「は、はい」
『ファイナルアンサー?』
「はい」
そしてまた教室に沈黙が訪れた。
僕のこめかみの辺りを汗が流れる。
僕の喉仏がまたゴクリと鳴る。
『正解!』
僕は両手を挙げて喜んだ。
『矢部さんは、処刑方法を言い当てたので、処刑は中止。生還しました』
教室からさらに大きな拍手が巻き起こる。
「最後は俺が行く」
冬也がスピーカーに向け歩き出す。
背筋が伸びて、かなり凛とした雰囲気だ。
「処刑方法は『電気椅子』です」
教室に沈黙が訪れた。
スピーカーから声がする。
『いいですか?』
「はい」
『変えるなら今のうちですよ?』
「このままで」
『ファイナルアンサー?』
「ファイナルアンサー」
そしてまた教室に沈黙が訪れた。
『不正解!』
「な、なぜだ??」
冬也は驚きの声をあげた。
冬也の顔から血の気が失せ、一瞬で真っ青になった。
『渡邊さんは、処刑方法を当てられなかったので、処刑になります』
教室からざわめきの声が巻き起こる。
「う、うわー! やめろ~!」
目に見えない何者かに怯えた冬也はそう言うと、鳴ってはいけない大きな音を立てた。
──ゴトッ!
冬也の首が床の上を転がった音だった。
あたりから悲鳴が上がる。
逃げ惑うもの、呆然と立ち尽くすもの、ただひたすら叫び声をあげる者。
狂気が教室を支配した。
「冬也君!!!」
理瑠香は駆け寄ると床の上に転がった冬也の首を抱きしめ、涙を流した。
僕には、何が起こったのか解らなかった。
絶対に安全な筈のこの作戦で死者が出た事が信じられなかった。
皆、遠巻きに悲しみに打ち沈む理瑠香を見ていた。
そんな中、美羽が声を発した。
「あのカード、おかしいかも……」
「どうした?」
「物凄く違和感感じる」
「カードがおかしいって、理瑠香が細工したって事?」
「わからない……」
僕は、首のなくなった冬也の握り締めている血だらけのカードを手に取った。既に血は乾き始め、2枚のカードがくっついていたのでそれを剥がす。カードには「渡辺」「電気椅子」と書いてあり電気椅子を書き換えてある様なおかしなことは無かった。
「特におかしい点は無いけど?」
「でも、処刑方法が『電気椅子』から『ギロチン』変わった時点でおかしいわよ」
「確かに……言われてみるとそうだな」
「何かおかしいのよ」
僕はカードに何か細工されているか再びチェックしてみるものの、シールが貼られているとかそれらしい細工は見つけられなかった。
「とくにおかしいとこは無いな。カード自体が偽物って事?」
「このゲームが始まってから、偽物を用意することは時間的に無理だと思う」
「んー。解らないな」
ただ、小沢が何かしたことだけは間違いなかった。
なぜか、あれほど雄弁だった小沢がこの議論に参加してこなかったからだ。
今まで泣いていた、理瑠香が言う。
「それ、たぶん冬也君のカードじゃない」
「でも、カードには『渡辺』と……」
「だから、違うの」
「でも、冬也の名前は渡辺だろ?」
そこまで言って僕はハタと気がついた。
冬也の胸ポケットを漁るとカードが出てきた。
『ギロチン』と書かれている2枚のカードだ。
そしてそのカードに、もう一枚のカードが添えられていた。
『渡邊』のカード。
冬也の苗字は『渡辺』ではなく『渡邊』だ。
つまり、彼の胸ポケットの中で『渡邊』『ギロチン』のカードの組が作られていた。
「小沢~~~!!! お前~!!」
俺は小沢に詰め寄った。
危うく殴りそうになったが、ギリギリのとこで怒りを抑えた。
「なぜ、冬也を殺したんだ? あの作戦なら死人を出す必要なんて無かっただろ?」
「このテストの終了条件を思い出してみろ!」
「3人の国民投票が終わったら終了だろ」
「いや違う。放送では『退場が終わったらこのテストは終了です』と言っていた。つまり、誰かが処刑されなければ終わらなかったんだよ。しかも、処刑がなければ、制限時間終了で俺たち全員死んでたかもしれないんだぞ!」
「でも、誰かを犠牲にする必要なんて無いだろ!」
「俺達が生き残るためなら何だってやる!」
「おまえ!」
僕は本気で小沢を殺したい衝動に駆られた。
必死でその感情を押さえつける。
「なにも、冬也を殺さないでも、僕を殺せばよかっただろう……」
「お前には生きてもらわないと困る! それに冬也は……死ぬ運命だったんだ」
「死ぬ運命なんて有るものか!」
「ところが有るんだよ! 死んだ者達には法則性が有るんだ。お前も目を覚ませ!」
僕の怒りは頂点に達した。
「なにが法則性だ! 目を覚ますのはお前の方だろう! 次の時間、必ず!お前、小沢を倒す!」
「いいだろう、俺と勝負しろ、真二」
次の時間、僕と小沢の対決が始まる。
二年四組 座席表
二年四組 座席表
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[---]
[佐 藤] [鈴 木]
[高 橋] [---] [山 田] [伊 藤]
[山 本] [---] [小 林] [---]
[吉 田] [渡 辺] [---] [---]
[松 本] [井 上] [---] [---]
[清 水] [山 崎] [---] [---]
[池 田] [橋 本] [山 下] [---]
[中 島] [前 田] [藤 田] [小 川]
[後 藤] [岡 田] [長谷川] [村 上]
[近 藤] [石 井] [橋 本] [遠 藤]
[遊 佐] [矢 部] [小 沢] [青 木] [山 口]
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座席表画像
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