二時間目
教室は外界と完全に隔離されていた。
この世ならざる存在に支配されているといった感じだろうか?
修学旅行で悪魔にでも取りつかれてしまったんだろう。
二時間目の始業のチャイムが鳴り終わるとともに、校内放送が流れ始める。
──キーン コーン カーン コーン!
『それでは二時間目のテストを始めます。
二時間目は数学のテスト「素因数分解」を始めます。
ルールは簡単、クラスメイトを分けて、クラスでA~Fになる六つの班を作ってもらいます。
一番人数の多い班の人にはこのクラスから退場してもらいます。
退場が終わったらこのテストは終了です。
制限時間は30分。
時間までに皆さんのお手元にお渡ししたカードのいずれかの一枚を持ち班に所属してください。
なお、テストに参加しなかったり、暴力を振るったり、教室から出た場合は即退場なのでご注意ください』
「そんなカード配られてないぞ!」と騒ぐ加藤。
加藤が自分の机の中を調べると2枚のカードが入っていた。
新たな殺人ゲームが始まった…………。
二枚のカードか……。
僕の手持ちのカードを見るとFのカード2枚。
美羽のカードもFのカード2枚だった。
カードはトランプサイズで裏面に西洋風の金の竜をデザインしたような図案、表はゴシック体で大きく英字が書いてあった。
周りの人のカードを見てみると同じカードを2枚持ってる人もいれば人によっては違うカードを2枚持ってたりする場合もあるようだ。
小沢に聞いてみるとAとFのカードの2枚、加藤はCとDのカードであった。
完全にランダムっぽい感じで配られてる。
確率的にきっと同じカード2枚を持ってる方がレアなケースなんだろう。
小沢は「僕はキミたちと同じF班になろうかな~」なんてのんきなことを言ってる。
このゲームは最多人数の班のカードを選んだ場合「退場=死」を意味する。
人数が増えれば増えるほど好ましくない状況に陥る。
教室からは
「わたしA班になる~」
「俺C班!」
「お前、絶対B班にくんなよ~」
なんて声が至るとこから聞こえる。
小沢は僕に声をかけてきた。
「このゲーム、矢部君はどう思います?」
「このゲーム?」
「どうすれば勝てるかなと」
「均等に班カードが配られてるとすると……、クラスは43人なんで班に分けるとするとわざわざ人数の多い班は作らないと思うから……、7人の班がと5つと8人のハズレの班が一つかな? きっと一班だけハズレの班が有って、そこだけ8人になるんだと思う」
「でしょうね~。じゃ、質問を変えます。7人の班に入るにはどうすればいいでしょう?」
不安そうに隣にいて見ていた美羽が話に割って入る。
「全てのカードを手に入れてればそれ以上班に人が来ないよね」
「正解です」
「おっしゃーっっ!!」
加藤の叫び声。
「C班7人確定! カード14枚手に入れたぜ!」
C班のメンバーから拍手がわきあがる。
どうやら14枚のカードをカード交換で手に入れて7人班が確定したようだ。
「俺は『樹里を絶対守る!』」
にやけて小柄な彼女の樹里に肩に手を掛け擦り寄る加藤。
その声を期に、クラス中で一気にカード交換が進む。
クラスの仲良しグループと言った感じで殆どの班は集まる感じになった。
小沢が「まずいですね」とつぶやき、カード交換しに他の生徒に声掛けをしにいった。
俺と美羽は元々Fのカードを2枚ずつ持ってたのでカード交換せずにF班に入ることにした。
F班は教室の校庭側前方ちょうど校内放送のスピーカー近くに集まっていた。
「やった~! 7人班になった~」
「よっしゃー! これで生き残れる!」
「よかった~!」
なんて声が教室の所々で聞こえる。
しばらくするとカード交換に出ていた小沢が普段は見せない様なニコニコした顔で戻ってきた。
「僕もFのカードを手に入れてきたんでF班です」と僕らに告げる。
F班がハズレ班じゃないかと恐れて小さく小刻みに震える美羽の肩を抱いて励ます。
「きっと大丈夫さ」
「ありがとう」
小さな声で言う美羽。
カード交換を5分もすると、班の人数が決まった。
各班の人数を数える。
A班 - 7人
B班 - 7人
C班 - 7人
D班 - 7人
E班 - 7人
そして、
F班 - 8人
残り時間15分前に、僕らに死の宣告が降りた瞬間であった。
F班8人確定。
全員がFのカードしか持っておらず班のメンバーを変えようがない。
8人分の16枚のFのカード。
Fを持っている時点で負けは確定していたのだ。
僕の視界が真っ暗になり、何も見えなくなった。
「俺たち、死ぬんだな……」
隣に居る美羽の震えが止まらなくなっている。
F班のメンバーは死神に取り憑かれたかのごとく、絶望的な表情をしている。
それを知ってか知らぬか、教室に安堵の空気が流れる。
7人班が確定し、ほっと胸をなでおろす生徒、彼女と彼氏で抱き合う生徒。
そんな中で教室前方窓側のF班のメンバーが集まった場所では事実上の死刑宣告を受けて葬式ムードが漂っていた。
泣きじゃくる女子、机に突っ伏して机を殴りまくる男子、呆然とする者、俺は震えが更に大きくなった美羽の震えが止まるように抱きしめていた。
そんなF班の中で一人だけ余裕を見せる男がいた。
クラス委員長の小沢だった。
そいつは1枚のカードを右手で高く掲げる。
背に金竜の図案の入ったカード。
そして表面に返すと、ジョーカーであった。
教室が静まる。
小沢は通る声で辺りに響く様に言う。
「どのカードの代わりにもなるジョーカー。俺がこのカードを使えばF班から一人、人数が減りF班が助かり、そして使われた他の班は確実に負けて死が訪れる」
教室にざわめきが起きる。
小沢の一言で勝ち抜けと思っていた勝負が、ひっくり返される。
「そこで提案が有ります。カードの枚数を減らして一人一枚にしてもう一度配りなおさないか?
このままなら俺がA班からE班までのいずれかにジョーカーを使う事で1/5の確率で死が訪れるが、ここで配りなおせば1/6の確率に下がる」
安堵の表情だった7人班の生徒の表情が突如曇る。
クラスはこの提案に乗るしかなかった。
小沢の提案通り、カードの枚数を減らしてA~E班まで各7枚、F班8枚として小沢が皆に配りなおすことにした。
全員の生徒に配り終えた時点で、制限時間30分の時間切れとなった。
この手のデスゲームでありがちな心理的な駆け引きをする時間なんてものは、30分と言う短い時間の中では一切作れない。
カードを表にすると、俺も美羽も小沢もAであった。
「やった~ A」
「やり~ C」
「うっしゃ~ D」
「B」
「たすかった~」
クラスの所々から、安堵の声が聞こえる。
そんな中、暗い表情をした生徒がどころどころに現れた。
「F」を引いた生徒だ。
カードの班名にしたがって自然とメンバーが集まる。
窓際に集まったF班のメンバーの中には加藤の彼女の樹里もいて泣いていた。
加藤の彼女の樹里に死神が降りたった。
新しいF班のメンバーは、先ほどのメンバーと違い誰も騒ぐことが無く、ただ泣いてるだけだった。
加藤は樹里に「なにも起こるはずがない」との慰めの言葉を送る事しか出来ない。
──キーン コーン カーン コーン!
校内放送が流れる。
「今回のテストの結果が出ました」
F班のメンバーの嗚咽がさらに大きくなる。
「今回一番人数の多かった班はF班です。
F班のメンバーの皆様には退場していただきます。退場!」
突然の大きな音と共に、F班の頭上の天井が崩落!
8人のF班メンバーは崩れ落ちた天井の瓦礫に潰される。
一瞬の出来事だった。
F班のメンバーは大きな血だまりを残して消えた。
8人も同時に死ぬことで、教室には錆びた鉄の様な血の匂いが充満する。
加藤は目の前で樹里を机に突っ伏して静かに泣いていた。
加藤の隣の机を見ると、先ほど枚数を減らすために皆から回収した竜絵柄のカードに交じって1枚おかしなカードが混じっていることに気がついた。
赤い背のカード。
裏返すとジョーカーであった。
僕は一瞬で悟った。
ジョーカーは始業前に生徒が遊んでいたトランプであると。
「おい小沢! このカードは何だ?」
僕は小沢に問い詰めた。
「トランプのジョーカーさ」
「お前まさか……ハッタリをかませたのか?」
「そうさ、竜のカードを背にして、トランプのジョーカーを上に重ねて置いた。皆に裏面の竜のマークから見せてカードが配られたものだと言う事を錯覚させてから、トランプのジョーカーを見せたのさ」
「騙したのか?」
「ああ、俺もお前もこんなとこで死ぬわけにはいかないし、第一騙される方が悪い。それになF班を屠殺場に連れて行かれる豚のように見る、他のクラスメイトの目が気にくわなかった」
近くでその言葉が耳に入った加藤が突然立ち上がり
「ぐぉぉぉぉぉぉ!」
と、なにやら獣のような声を発したと思ったら
「ゆるせねぇぇ! お、お前のせいで! 樹里が死んだんだ! ぶっ殺してやる!」
大声で叫び小沢に飛びかかった。
加藤が右拳で小沢の左頬を殴ったと思えた瞬間、巨大な力が加藤を叩きつけるように働き、加藤は凄まじい速度で3階のガラス窓を突き破り校庭の真ん中に叩きつけられ、潰れひしゃげ肉塊と化した。
「お前らクズ同士で殺し合え!」そう小沢は肉塊と化した加藤に吐くように言う。
「よく見て見ろ」
小沢は2枚のカードを僕に投げ出した。
「俺がカード交換してきたときのカードだ」
僕に投げつけられたカードはFのカードとCのカード。
既に14枚確保されて存在しないはずのCのカードがそこにあった。
小沢は言う。
「これを見るに俺が導き出した答えは、こうだ!」
[仮説1]
もともとカードが各枚数均等に揃って配られてるって前提自体が誤り。
10x2枚になるカードや5x2枚しか存在しないカードが有ったのかもしれない。
[仮説2]
もともと加藤が14枚のCのカードを確保してなかった。
7人で班作成宣言した時点で、Cカード14枚を確保していなかった。
だが、それ以上メンバーが加わったら確実に8人班になって死ぬのが見えていたので、あえて他のカード持ちが移動しなかった。
「その、どちらかだろうと俺はCのカードを手に入れた時点で結論ずけた。そこにあるカードの山の絵柄を見てみるとカードの絵柄は均等に用意されていたようで、[仮説2]が正解だったようだな。始めに騙したのは俺じゃなく、加藤の方さ」
あの短時間で、ここまで考えていたとは小沢と言う奴は恐ろしい奴だ。
短時間で心理的な駆け引きが出来ないとぼやいてた僕と違って、やってる奴もいた。
小沢も、死んだ加藤も。
小沢は続ける。
「実際にCを14枚確保してない嘘がばれるのを恐れて、加藤もカード枚数を減らす提案に載ってきたんだろ。奴にも責任はある」
「だが、お前のせいで樹里は死んだようなもんなんだぞ! そして加藤も」
僕は一発、小沢の面を殴ってやりたかったが出来なかった。
今のルールでは暴力をふるった時点で殺される。
僕は殴りたい気持ちを押さえつける。
小沢はそんな僕の気分を知らずに、熱弁を続ける。
「あそこで俺が機転を利かせなければ、お前も俺も、そして美羽も死んでた。俺はどんな汚い手段を使ってでも美羽と矢部を救いたい。お前は美羽を助けたくは無いのか? お前らだけは俺がこのゲームから救い出してやる!」
それを言われると何も言えなくなった。
僕は知っていた。
カードを配り直したときのFの確率は1/6でないし、
僕と美羽に配られたAのカードには、配るときに解るように角に折り目で目印が付けらていたことを。
二年四組 座席表
二年四組 座席表
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[---]
[佐 藤] [鈴 木]
[高 橋] [---] [山 田] [伊 藤]
[山 本] [---] [小 林] [---]
[吉 田] [渡 辺] [---] [渡 邊]
[松 本] [井 上] [---] [---]
[清 水] [山 崎] [---] [---]
[池 田] [橋 本] [山 下] [---]
[中 島] [前 田] [藤 田] [小 川]
[後 藤] [岡 田] [長谷川] [村 上]
[近 藤] [石 井] [橋 本] [遠 藤]
[遊 佐] [矢 部] [小 沢] [青 木] [山 口]
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座席表画像
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