一時間目
修学旅行明けの朝、学校の教室に登校すると教室は喧噪に包まれていた。
修学旅行の思い出話をする生徒の盛り上がる声で耳が痛い。
修学旅行中の写真を見せ合う生徒、修学旅行での奇行を暴露する生徒、中には修学旅行の気分が抜けずにトランプで遊んでる生徒もいるし、酷いのになると高速道路のパーキングで買ってきた木刀を持ち出して、奇声を上げながらチャンバラしているものまでいる。
これが進学校の生徒かと思うと呆れてものが言えない。
印刷してきた写真を見せあっているのか、所々で人だかりが出来ている。
僕が席に着くと目の前の女子の席でも人だかりが出来ている。
写真に目をやると、バスの中でだらしなくヨダレを垂らしながら寝た友達の「加藤」の写真や、バスの中でトランプをしている彼女の「美羽」の写真が目に入る。
僕の彼女の「美羽」はやっぱり可愛い。
笑顔が可愛い。
優しさと素直な心が写真からも滲み出てきてる。
僕のひいき目補正を抜いても、他のクラスメートの女子と比べ、ひとクラス上の可愛さなのは間違いない。
僕は修学旅行の栞を見ながら、横目で前の席の人だかりの写真をチラチラと見ていた。
──キーン コーン カーン コーン!
──キン コン カン コン!
生徒たちの歓声に負けないほどの音量で授業開始のチャイムが鳴る。
8時30分になるとホームルームの時間。
チャイムが鳴ると同時に大きな身体を揺らせながら担任の斎藤先生が入ってきた。
先生はきっかりした性格で、何時もベルが鳴り終わるまでには必ず教室に入って来ていた。
今まで遅刻したことは無い。
土曜日の一時間目は斎藤先生の国語の授業なので、ホームルームの後、そのまま国語の授業に入る。
斎藤先生は学生時代に男子柔道で学生チャンピオンに輝いたほどの体育会系の先生で、声が大きく少し怖い感じの先生。
いかにも中年て感じのもっさい見た目としゃべりだけど、無茶なことは言わないので生徒から信頼されている。
「お前ら自宅警備員に就職する気がないなら、ちゃんと勉強しろよ! 修学旅行はもう終わったんだからな。そろそろ受験に向けて本気出せ! 今からじゃ手遅れかもしれないが、死ぬ気で勉強すりゃまだまだ地方の国立大学なら間に合うぞ! ガハハハハハ!」
先生が床に目をやると、誰かが床に落とした写真を見つける。
「おいおい、誰だよ! こんなとこにベットシーンのエロい写真落としたのは……こういうヤバイ写真は先生に見つからないとこで見ろよな」
先生が手に持った写真を見た一人の生徒が大声を張り上げる。
「それ、俺じゃねーか!!」
先生が手に持った写真を見ると、加藤がバスの席でヨダレ垂らして寝てる写真だった。
クラスから笑いが起こる。
「さてと、高校生活最大にして最後の一大イベントの修学旅行が事故も無く、無事済んだことで、先生からは特に連絡らしい連絡は無いんだが、お前ら何かホームルームで言う事無いか?」
特に連絡することも無いので、皆が黙っていた。
「じゃ、無いなら授業始め……」
先生の言葉を遮るかの如く、スピーカーから突然校内放送が流れる。
──キーン コーン カーン コーン!
『二年四組は、テストに参加しました』
なんだか人間の声じゃなく調教前のボーカロイドの声みたいな、たどたどしく無機質な変な声だ。
放送はまだ続く。
『やる事はとても簡単です。このクラスから退場する人を選んでもらうだけです』
「おいおい、誰だよ。小学生でもないのに、朝っぱらからこんな悪戯する奴は……」
明らかに呆れ顔の斎藤先生。
無機質な声の放送はなおも続く。
『今回のテストは国語、「漢字 小テスト」です。
一番成績の悪かった人は、この教室から退場してもらいます。
テストは全員参加です。
なお、参加しなかったり、答案用紙を提出しなかった人は0点になります。
また教室から出た人も棄権とみなして0点です。
退場が終わったらこのテストは終了です』
「誰だよ朝っぱらからこんな悪戯するのは……。まぁいいや……そんじゃ、期待の小テスト始めるぞ~」
「いい歳していたずらかよ」と呆れつつ、クラスの一番前の席に小テストを配る先生。
「なんかTVのバラエティー番組みたいで面白そうだな。零点取ったら黒板の前で一発芸な!」
加藤がクラス全体に聞こえるほどの大きさの声で軽いギャグを飛ばすと、クラスの女子からクスクスと笑い声が上がった。
あんまりものを考えてなさそうな加藤だけど、顔も成績もまぁまぁで、陽気なせいかムードメーカーとして意外とクラスの女子に人気ある。
小テスト用紙を受け取った生徒は、自分のテスト用紙を取り後ろの席の生徒に廻す。
「みんな用紙は行きわたったか~。足りなかったら後ろで調整しろよ~。それじゃ時間は8時50分まで。始め!」
小テストが始まると先生は椅子の上に乗って天井近くにあるスピ-カーに何か細工されてないか調べ始めた。
「スピーカーの外部入力になんか繋いであるのかな? 特にないし……。となると、スピーカーの裏の配線自体だと思うんだけど、しっかり壁に固定されてるしな~」
教室の前方窓側の壁の上方に取り付けられてるスピーカーと格闘を始める先生。
「これと言って変な仕掛けないし……、どうなってるんだ?」
テストは簡単ですぐに終わった。
テストが終わった生徒は先生がスピーカーと必死に格闘してる姿を眺めていた。
先生を見ていると、まるでゴリラが芸をしているようでなんとなく微笑ましい。
時間が小テスト終了時刻の8時50分になって、先生の腕時計のアラームが「ピピピピ」っと鳴る。
テストの時間が終わったようだ。
先生はスピーカーとの格闘を諦め教卓に着く。
「はい、やめ! それじゃ、答え合わせするぞ~。隣の人と答案を交換しろ~」
先生はそう言い、黒板にテストの回答を書いていく。
僕は隣の席の、彼女の『美羽』とテスト用紙を交換した。
一 模範解答
二 素因数分解
三 国民投票
四 身分制度
僕は隣の席の美羽のテストを採点した。
全問正解だった。
「真二くん、全問正解ね」
美羽に褒められた。
ちょっと嬉しい。
「美羽は、残念。全問不正解」
「えっ!?」
真顔で驚く美羽。
「うそうそ、全問正解だって」
「いじわるっ!」
美羽に背中を「バチーン!」と勢いよく平手で叩かれた。
ちょっとよろける僕。
僕と美羽はこの二年四組のクラスの中で、上位の成績をキープしてる。
二人とも勉強が出来ることで、他の生徒達からガリ勉として扱われ、少し浮いている存在だった。
クラスの中で友達が居ないせいで休み時間も席に座っていたので、いつの間にか仲良くなっていた。
同じもの同士惹かれあう感じなのかもしれない。
気が付くと美羽とは彼氏彼女として付き合うようになっていた。
最初こそ友だち程度の付き合いだったが、付き合っているうちに僕は美羽の清らかな心に惹かれて更に好きになっていたのだ。
「採点したテスト用紙は後ろから前に渡せよ」
スピーカーと格闘して汗だくになった割には一切成果が出なかった斎藤先生が言う。
「テストの結果が気になるだろ? 上と下だけ発表するぞ。満点はいつもの小沢と矢部と遊佐。最下位は一問だけ正解の加藤だ」
満点の小沢はクラス委員長、矢部とは僕の事で、遊佐とは美羽の事。
「おい、加藤! お前、このクラスから退場して廊下に立ってるか?」
笑いながら先生がそういうと、つられて教室の中で笑いが起こる。
「先生~、そりゃないよ~」と困り顔で言うと、さらに教室の笑い声が高まる。
「それじゃ授業始めるぞ。教科書42ページからな」
斎藤先生がそう言うと、また無機質な声で校内放送が流れる。
──キーン コーン カーン コーン!
『今回のテスト結果が出ました』
スピーカーから無機質な声がそう告げる。
「おいおい、悪い冗談はいいかげんにしろよ。冗談も度が過ぎるとシャレにならないぞ!」
笑いつつも、あまりのしつこさに内心少し怒ってるような先生。
『今回のテストの最下位が決まりました。
テスト用紙を提出しなかった斎藤先生です。
点数は0点です。
お約束通り、このクラスから退場してもらいます』
先生は机を叩きながら怒り狂った。
「はぁ? 誰だ? こんな悪戯するのは?」
いつもと完全に口調が違う。
頭に血が上り、完全にキレている様だ。
机が割れるかと思うほど強く叩きつけたので、生徒が怯え教室が静まり返る。
「おい、こんな悪戯をした奴は! 出てこい!」
教卓を再び「バン!」と激しく左の手の平で叩きつける。
「いいかげんにしろ!」
「ズバン!」と、さらに左の手の拳で激しく叩きつける。
さらに激しく教卓を叩きつけた瞬間、先生の体はとてつもなく大きな力を受け凄まじい勢いで黒板に叩きつけられる。
「ベチョ!」
「バチ!」
凄い炸裂音と共に、一瞬で黒板に張り付いた鮮血の肉塊と化した。
教卓の上に握りしめた左手の拳と腕だけを残して。
教室内に響き渡る悲鳴!
絶叫!
修学旅行明けの楽しい雰囲気で満たされた教室が一変、教室は混沌に飲み込まれた。
その場で狂ったように悲鳴をあげる女生徒。
廊下に逃げようとドアに殺到する生徒。
ただ泣きじゃくる女生徒。
そして多くの生徒は今何が起こったのかわからず呆然と座ったままだ。
「先生が黒板に叩きつけられて肉塊に変貌する」というあまりにも非現実的なことが起こった。
なにが起こったか理解できた生徒はパニックを起こし教室から逃げ出そうとする。
「開かない! ドアが開かない!」
女生徒が喚く。
「どうなってるんだよ、これ」
男生徒も喚く。
教室から逃げようとした生徒がドア付近で騒いでいる。
鍵もついてない引き戸のドアは固く閉じられ開かない。
廊下側の窓も開けようとしてもびくりともしなかった。
「廊下の窓もあかね―!」
同じく、さっきまで開いていたはずの校庭側のガラス戸もピッチリ閉じられ開かなくなってる。
「窓からも出れねー」
「どうなってるんだよ、わけわかんねーよ」
「ちょっとそこをどいてくれ」
机を抱えあげた加藤が廊下側の窓の横に座ってる生徒に席を外す様に言う。
加藤は机を窓に投げ叩きつけた。
だが、ガラス窓は鉄板の如く机を弾き返す。
窓にはヒビ一つ入ることが無かった。
「嘘だろ……?」
普段からクールで通してるクラス委員長の小沢はスマホを弄り続けている。
僕の美羽と反対側の隣の席に座ってる生徒だ。
「電話が通じない。ネットもつながらないな」
小沢はスマホで電話を掛けているが圏外で不通でつながらないとのことだ。
僕も通話アプリを使って自宅に掛けてみたが、不通のアナウンスさえ聞こえずに繋がらなかった。
今、教室は完全に外界から隔離された密室になっていた。
二年四組 座席表
文字版座席表は後書きに
二年四組 座席表 死亡[---]
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