何でもできる男
「まぁ、料理は覚えれば誰でも出来るようになるよ」というライルのフォローが耳に痛い。
「こう見えても掃除、洗濯、料理、一通りのことはできるから、きっと役に立つと思う」
「一応掃除と洗濯は自分でしてます」
リーシャは慌てて弁明した。
初対面のライルにでさえ、料理だけでなく掃除や洗濯までしてないただの怠け者だとは思われたくなかったという想いが少なからずあったのだろう。
「分かった。じゃあ掃除と洗濯以外は任せてくれ」
「ま、待って!まだ貴方が泊まること許可した訳じゃないんだから!」
ライルは流れに任せてリーシャが同意することを少なからず期待していたが、そう上手くはいかない。
ライルも無理を言っていることを自覚していただけに強引には進めなかった。
「俺が君に手を出さなかったということが証明にならないだろうか?」
「でも……」
出逢って二日目、話した時間約五分で決断するには難しい問題だった。
リーシャが答えに迷っているのを察したライルは諦めたように笑う。
「困らせてすまなかった。確かに昨日の今日で信用することなんて出来ないよな。支度が出来たら出ていくよ」
「…これからどうするの?」
言うが否や早速支度を始めるライルの背中に向かってリーシャは小さく問いかけた。
「まずは宿探しだな。仕事は何とかなるとして、宿はどうにもならないからね。無一文の男を泊めてくれる宿なんてそうそう見つからないだろうが、粘ってみるよ」
リーシャは自覚していなかったが、久しぶりの客人が帰って行く寂しさを感じていた。
「そう…」と呟いたリーシャの声にライルはローブを羽織ろうとした手を止めて振り返る。
そして、何とも心配げに見上げるリーシャにライルはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「看病から宿まで本当に世話になった。このお礼は必ず返しにくるよ」
「お、お礼なんていいから」
思いがけない再会の約束にリーシャはパッと表情が明るくなるも、すぐに我に返ってそう答えた。
「じゃぁ期待せずに待っていて」
「本当に気にしないで。別に貴方のために何かしてあげたわけじゃないし、お礼なら今の言葉だけで十分」
「ありがとう」
ライルはそれ以上何も言わず、厚手のローブを羽織って扉に向かう。
その後をリーシャも追いかけ、ライルがドアノブに手をかける。
「街までは北に三キロほど歩いたら着くわ。森には魔獣はいないけど、野犬や狼がいるから気をつけて。それと、ドルネイはいくら皇帝のお膝元でも夜は治安が良くないから夜道には気をつけて下さい」
「分かった。リーシャも男には気をつけるんだよ」
「わ、分かってる。こんなこときっと二度とはないわ」
「それを聞いて安心した。では今度こそ出ていくよ」
ドアノブがキーっと軋む音を上げて開く。
差し込んだ光から落とされた影がリーシャに過去を思い出させ、今度は紛れもない寂しさを感じた。
「さようなら」
逆光で眩しいその大きな背に向かってリーシャは無意識に小さく呟く。
ライルは聞き逃しそうなほど小さく呟かれたその言葉に反応し、リーシャを振り返った。
目を丸くして振り返ったライルに、リーシャもまた目を丸くする。
「さようなら?しばらくはドルネイに滞在するんだ。もしかしたらまた街で会うかもしれないだろ?だから、"また"だ」
笑いながらそう言ったライルの言葉にリーシャは胸の真ん中からじわじわと浸透するような心地よい温かさを感じていた。
投げかけられた言葉を噛みしめていたリーシャにライルは繰り返す。
「またどこかで、リーシャ」
「はい…」
リーシャは喉の奥から振り絞ってそう答え、ライルを見送った。
その背が見えなくなるまで――――