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鐘つき聖堂の魔女  作者: 神谷りん
◆起章―謎の男―
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一人と一匹の家


翌日の朝、リーシャはカタンという金属音で目が覚めた。

女ひとり暮らしの習慣からか、物音には特に敏感で、ごく小さい音にも反応して目を覚ます。

リーシャはソファーに預けていた体を起こし、音の出どころを見て、そういえばひとり暮らしではなかったと心の中で訂正する。


「おはようレット」

リーシャがそう声をかけると、足元からニャァという声が返ってきた。

レットと呼ばれたそれは、赤い毛並みをした成猫で、銀色の皿を床に置いてリーシャを見上げている。

猫のくせに頭が良く、朝になると皿を持ってきてお腹がすいたと訴えているのだ。

レットはリーシャが十三歳の時に拾ってきた猫で、もう十年来の家族になる。

最初にレットに会った時は燃えるような赤い毛並みをしていたので“スカーレット”と名付けたのだが、女の子につけるような名だと分かったのか、呼びかけに全然反応してくれなかった。

考え抜いた挙句、スカーレットを短縮させた“レット”にし、やっと振り向いてもらえたことを今でも覚えている。


前足で銀皿をつついていたレットは私がソファーから動く気配がないと思うや否や、ぶすっとふてくされたような顔をして踵を返す。

すらりと長い四本足で優雅に歩きながら向かった先はベッドだった。

レットは背丈よりも高いベッドに難なく上がり、ベッドに横たわっている塊に乗り上げて「これは何だ」とばかりに前足でつつきながらリーシャを見る。


「レット、だめ。起きちゃうでしょう」

リーシャは慌ててベッドに駆け寄り、男を踏みつけるレットを持ち上げた。

一瞬、男が起きたのではないかと思ったが、男は未だ夢の中だった。

男が起きないのも無理ないのかもしれない。

昨夜、家に帰って男の容体を診たところ、体中の血が沸騰しているのではないかというほど体温が高かったのだ。

風邪か熱中症か定かではなかったが、あれほど疲弊していては暫く起き上がることはできないだろう。


リーシャはレットを床に置き男の額に置いた生温い布を取り換える。

ベッドに寝かせる時にローブと腰に携えていた剣を取らせてもらった。

その時、頭に巻いてあった布も取ったのだが、改めて見ても男の顔は整っていた。

金色の髪は絵本に出てくる王子様のようで、精悍な顔つきは眠っていても色っぽい。

瞳の色は何色なのだろうか、と久々に持ち合わせた人への関心に浸っていると、衣服の端を引っ張られる感覚で我に返った。

リーシャは衣服を引っ張った犯人を見て、クスッと笑う。

「はいはい。分かったから」

リーシャはレットを宥めながら銀皿を持って台所へ向かった。

男が起きたら何か食べさせないといけないな、などと思いながら生活感のない台所に立つ。

この家の台所は、猫の食事を作る分には事足りるが、人様の食事を作ろうとするなら色々と足りないのだ。


どうしたものかと考えを巡らせている最中、リーシャはふとあることを思い出す。

出来上がったレットのご飯を床に置き、ベッドの反対側にある壁に近づいた。

木でできた壁には無数の彫があり、それは壁一面に広がっている。

リーシャはその壁の前まで来ると、壁にあるものと同じようにナイフで彫を刻んだ。

「まだまだだな……」

ぽつりと呟いた声はどこか寂しそうで、消え入りそうだった。

リーシャが壁を見つめ、肩を落とした時―――




「何が“まだ”?」

突如後ろからかけられた声にリーシャは驚いて振り返ると、先ほどまで寝ていたはずの男が起き上がってこちらを見ていた。


リーシャは咄嗟に自分の髪を確認する。

視界に映ったのは男の色には劣るがそれなりの手入れがされた金色の髪があり、心底安堵した。

というのも、魔女は皆一様に黒い瞳、黒い髪を持って生まれてくる。

皆と違う稀なものが好奇な目で見られるのは珍しいことではなく、また、虐げられることも少なくない。

そのため、魔女たちは自らの髪と瞳の色を隠して人に溶け込んでいることが多い。

リーシャもまた指輪の力で金色の髪と琥珀色のごく一般的な色合いに変えていた。

ただこれは指輪に蓄えた魔力が切れるまでがタイムリミットであり、いつもは家にいる時は魔法を解いているだけに残り時間が気になるところだった。

自分の家にもかかわらず挙動不審なリーシャに男は目を丸くした後、ふっと柔らかく微笑んだ。


「おはよう」

男は慌てる様子もなく、実に落ち着いた声でそう言った。

対するリーシャはナイフを持って振り返ったまま固まり、その場に立ち尽くす。

「大丈夫?そんなに驚かなくてもいいだろう。君が拾ってくれたんだから」

「い、つから?」

やっと出た言葉は不自然なくらいにたどたどしかった。

「少し前から。壁をひっかくような音で起きた。とりあえず、そのナイフを降ろしてほしいんだが」

「あ、すみません」

「いいや、俺の方こそ驚かせてしまってすまなかった。君は命の恩人だ。次目を覚ましたときは土まみれだと覚悟していたんだけど、助かったよ」

リーシャはナイフを置きながら笑顔を絶やさない男を警戒する。

過去の経験上、こういう柔らかい笑みを浮かべる男は信用ならないと分かっていたので一定の距離を保つ。

「けどどうやって俺をここに?見たところこの家には君とこの子だけみたいだけど」

「ま、街の人に手伝ってもらったの」

家を見渡してリーシャとレットだけしかいないのを訝った男に焦るが、男は「そうか」と特に気にした様子はなかった。

リーシャはほっと安堵しながら、話題を逸らそうと思い出したように口を開く。



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