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鐘つき聖堂の魔女  作者: 神谷りん
◆起章―謎の男―
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建国祭での拾いもの

しかし、リーシャにとって建国祭は人が多くて煩わしいものでしかなく、嫌な思い出しかなかったため一刻も早く郊外へ抜けたかった。

裏路地をぬって郊外へ行くには何度か大通りを横断する必要があり、人の目にさらされることは目に見えている。

これ以上人が多くなる前にここを抜けなければならない。

そんなことを考えながらリーシャはある決断を下して、すぐさま右手中指にはめた指輪に触れる。

そして、裏路地からさらに逸れた細い道に入った瞬間。


「きゃ!」

何かに足を取られて前のめりに転げた。

「もう…何でこんな道の真ん中に物を置いている…の…」

両手をついて上半身を起こし、振り返ったリーシャは自分が躓いた物を見て言葉を失う。

暗がりで良く見えないが、上から僅かに差し込む夕焼けに照らされた金色の髪を見て、体半分預けていたそれから体を起こす。

そして、自分の影がなくなると嫌な予感が確信へと変わった。

裏路地に置かれていた荷物か何かだと思っていたそれは、人だった。

厚手のローブを纏い、ターバンの様な布で覆って顔は見えないが、体格から男だということは明らか。

ローブの下に着ている服は所々鋭利なもので切り付けられたような裂け目があり、血が滲んでいる。

右腕の服は上腕部分まで焼けただれ、自分で応急処置をしたのか、ローブの切れ端がきつく巻かれていた。


「あの…大丈夫?私の声聞こえますか?」

恐々と声をかけるが、男から返事はない。

不安になったリーシャは「ごめんなさい」と心の中で詫びて頭を覆っていた布に手をかける。

布に隠された顔はとても整っており、褐色まではいかないが健康的な肌をした素顔が露わになった。

目に見えて指通りの良さそうな金色の髪は女性が羨むほど艶やかで、きめ細かな肌は化粧を施したように綺麗だが、角ばった顎のラインや喉仏を見るとやはり男だ。

整った顔に目を奪われて本来の目的を忘れかけていたリーシャは我に返り、男の首に手を伸ばす。

すると、触れた指先から小さな躍動が感じられた。

最悪な状態でないことにひとまずは安堵し、その場にへたり込むように座り込む。


「どうしよう…」

このままの状態でこの場を離れるには気が引けるし、何より男の様子が何かおかしい。

額には汗が滲み、苦しそうに眉を寄せているのだ。

酒に酔って寝ているだけなら放って行くこともできたが、このままの状態で裏路地に置いて行くのはまずい気がした。

(連れて行こう…)

そう決めるや否や、リーシャは周りを念入りに見渡し、人の気配がないか探る。

最後に耳で足音を探った後、誰もいないことを確認して男に向き直る。

そして右手中指の透明な石がはめ込まれた指輪を口元に寄せ、小声で何かを呟く。

すると透明だった石はエメラルドとなり、光彩を放つ指輪を男の頭から爪の先までを撫でる様に宙を滑らせると、数秒後男の体が地面から僅かに浮かんだ。

すかさず地面と男の背の間に手を滑らせ、肩を担ぐようにして一緒に立ち上がる。

男の背丈は高く、屈んだ状態でやっと頭が並ぶくらいだ。


男に使ったのは魔法の一種で、リーシャはこの世界に数百人いるかいないかと言われている魔女の一人だった。

指輪には魔法の源泉であるマナを凝縮させており、男の体を持ち上げたのは風の魔法を利用した。

魔法を使えば男の体を軽々と持ち上げることも可能で、一気に家まで飛ぶことも出来るのだが、まだ陽も落ちていないうちは人々の目に触れる危険性があるため裏路地を渡り歩いて帰ることにしたのだ。

それにしても、この美丈夫な男は一体どこからやってきて、何故あんなところに行き倒れていたのだろうか。

厚手のローブの下には質の良い服を着込み、腰には剣も見える。

この街の住人ではない事は確かだが、男が倒れていた付近には荷もなかった。

連れて帰ると決めたはいいものの、こんな身元も不明かつ怪しそうな男をこのまま家に入れても大丈夫なのだろうかと思いながら路地の角を曲がった時だった。


「おや?裏路地に人とは珍しい」

片手に酒瓶を抱えたおじさんがふらふらとした足取りでこちらへ向かってくる。

咄嗟に男の足を地面に着け、さも歩いているように見せた。


「こ、こんにちは」

見られていなかっただろうかと肝を冷やしながらおじさんに声をかける。

「おにーさん大丈夫かい?」

「えぇ、大丈夫。お祭りにかこつけてお酒をかき込んじゃったみたい。お酒弱いくせに困っちゃうわ」

「そうかいそうかい。まぁ今日は年に一度の祭りだ。許してやってくれや」

陽気なおじさんの様子から、ばれてはいないと安堵し、ほっと息をついた。

「にしてもお嬢ちゃん力持ちだな。そんな細腕で大男抱えれるとは…」

「そんな!私がそんなに力があると思います?この人酔っ払いだけど意識はちゃんとあるんですよ。意外と足下もしっかりしてるんです」

確かにリーシャの様な小柄な女が大の男を抱えて歩くのは無理がある。

焦ったリーシャは心の中で謝りながら、男の横腹を小突いて呻き声を引き出す。

無理があるだろうとは思いながら「ほ、ほらね?」と押し切る。

「立ってくれさえすえば私でも何とか引きずって帰れるんでご心配は無用ですよ」

やや引きつり気味の笑顔でそう言うと、おじさんは目をパチパチと瞬かせた後、豪快に笑った。


「それは良かった。俺はてっきりお嬢ちゃんが魔なる力の申し子かと思った。酔っ払いの戯れと思って許してくれ」

「そんな…」

おじさんの言葉にドクンと心臓が嫌な音を立て、返す言葉に詰まる。

しかし、おじさんは動揺したリーシャに気づくことなく陽気に続けた。

「そうだよなぁ魔女は黒い瞳と髪だしな。お嬢ちゃんは金色の綺麗な髪だし、目も琥珀色、うん、美人だ。こんな美人のお嬢さんが魔女のはずない!」

「ありがとうございます」

お酒を飲んで絡んでくる人は苦手だし、飲むことも好きではないが、今日ばかりはお酒の力に感謝した。


「帰りは気をつけて帰るんだぞ。おにーさんが目を覚ましたらたんと礼をしてもらえ」

「はい。おじさんも建国祭を楽しんでください」

「おう!じゃあきーつけてな」

リーシャは手を振りながら大通りへと戻って行く男を見送った後、男を抱えなおして再び歩き始める。




この時、リーシャは気づかなかった。

路地裏にいたのは酔っぱらった男ひとりだけではなかったことに―――



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