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過去のない男

「……ふむぅ……」

便器に座りながら、思考する。

周囲は白い壁に囲まれ……というか、早い話トイレの個室だ。

……オカシイ。

右手に置いてあるトイレットペーパーを見つつ、思う。

俺的な感じでは、昔見た感じのあるテレビ的な何かでトイレだったかなんだったかに行くといえばなんだったか知らんけどなんかドッキリ中止的なことになったような気がするのだ。

だけど、実際には……

=======================

「あ、トイレですか?それなら、この部屋を出て右に曲がって、突き当りを左に曲がったところがソコです。……つれていきましょうか?」

と、自信満々に答えられてしまったのだ。

……いったいどうしたものか。

結局自分は出された食事に手を付けることなく、「あぁ」だとか「大丈夫です」だとか曖昧な返事をしつつ、結局彼女に付き添われてトイレに来た始末だ。

途中、真っ白な廊下で、自分がいたのと同じような部屋をいくつも通り過ぎたが、結局何も起こらなかったので、

アレ?これもしかしてマジなんじゃね?と、思い直したが……

「いくらなんでも現実にあるはずないよな……」

右腕にはめてある……なんだったか腕輪を見つつ、思う。

まさか俺が寝ていた間に、こんなにも世界が変わるはずがない。……つまり、これはドッキリなはずなのだ。

「あ~……なんも思いだせねぇ……」

せめて、自分が最後何をしていたか思い出せればよいのだが……

……ぅん?

動いていない天井の換気扇を仰ぎながら、思う。

――そういえば俺、何してたんだっけ?

こうなる直前の事ではない。

それ以前。つまり、俺がこの施設に入った経歴ではなく……

――俺の人生そのものの事。

「……アッレ~……?」

何故か、一つたりとも思い出せない。

……いや、正確には、

「ぼやけてる……?」

目を細め、記憶にさらに深く、探りを入れる。

何かをしていたという記憶はある。ただ……

――細かく何をしていたかがわからない。誰と、何時、何を。

……おい……おい、待てよ……?待て、待て。

背中を丸め、頭を抱える。

「ちょっと待てよ……?これって……相当……」


――重症。


「……ウソだろ……?」

ウソだろ?ジョウダンだろ?なんかイベントごとに一つくらい覚えてるだろ?思い出せ。運動会の内容を。思い出せ。クラスメイトの顔を。思い出せ。会社の社員の顔を。

「ウソだろウソだろウソだろ、え?エ?ゑ?……?」

記憶が。人生(エピソード)が。ぼやけている。

「ABCDEFGHIJK……」

単語は、すべてわかる。

「てか何で英語から……あかさたな……」

全て、解る。

ただ……

「なんで思い出せないんだよ……!!?」

そうか、メンタリストか。メンタリストの所為か。

メンタリストのおかげで自分がいつ、どこで、何を、だれと、どうやって、なんで、やっていたかが。一切合財吹っ飛んでいる。

「ぇえええ????うそだろぉ……!!????」

頭を掻きながら、努力する。思い出すことを。

だけど……

「糞!!!!!」

記憶に、すべて靄がかかったように。

まるで遠い昔の、赤子のころの記憶のように。

全く、……解ったとしても断片的にしか。

思い出せない。

必死に掻く手を止め、頭を抱えたまま右を見やる。

見えるのは、先を綺麗に三角形に折りたたまれたトイレットペーパー。

「これはトイレットペーパー。主成分はパルプ。エンボス加工をされていて……」

ホルダーからだし、軽く握ってみる。

……うん。トイレットペーパーは、この感触だ。

……知識は覚えている。単語の意味も分かる……というか解らなかったら、さっきの彼女との会話が成立しない。

「ぅうん……?……そうか」

なるほど。合点がいった。

つまり、俺がここに収容された理由は……

「どこかで何か起こしたか巻き込まれたかで……」

思い出せないのは、

「そん時に記憶が消し飛んだから……」

……。

「なるほど……」

手を叩き、明るい表情になる。

それじゃぁ、自分がこの施設をイメージと違うと思うのは……

「俺が単に記憶をなくしたってだけ……だから……」

もともと病院とはこういうものなのだ。

つまり、日本という国はもともとこういうものなのだ。

そうと解れば、話は早い。

立ち上がり、トイレの水を手動で流すと、個室を出た。

興奮のあまり手を洗うのも忘れて、外に待つ彼女に問いかける。

「此処って日本ですよね!?」

勢い余って滑り出すように飛び出して、問いかける。

トイレ出口横に、背伸びをするようにしてもたれかけ、立っていた彼女は、目を丸くし、狼狽しながらこう返した。


「……日本って何です?」


畜生め。やはり、メンタリストか。

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