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浪漫記  作者: 一・一
5/22

提題一:胡蝶の夢Ⅳ

 イデアーロピアの琴音は結論から言って、生前の琴音とほぼ一致すると言えた。

 些末な違いもあると言えばある。しかし、彼女の本質は確かに清次郎の知る琴音と同じそれであった。

 清次郎はリビングのソファで読書をする琴音を眺めながら、思考する。彼の考えるのは、イデアーロピアの琴音と、生前の琴音の相違点についてである。

 第一に、この世界の彼女がまだ生きていること。

 元の世界では、彼女が患った難病によって死に至ったが、彼の短い観察から得られた情報から推察するに、どうにもイデアーロピアの彼女はその病から回復したか、もしくはそもそも病に罹っていなかったようであった。


 ……並行世界でも、似てる所と違う所があるみたいだな。


 そう清次郎は感覚的に掴んでいた。

 第二に、彼女の様子がやや挙動不審気味であること。

 彼女は先からリビングで黙々と本を読んでいる様であったが、よくよく注意してみるとそのページは遅々として進んでいない。それどころか、何やらそわそわとした様子で清次郎をちらりちらりと盗み見ては、すぐさま本へ顔を引っ込めるという奇行を何度も繰り返していた。

 初めこそ清次郎は、まるで巣の外を警戒する小動物を愛でる気分でその様子を眺めていたが、その奇行が二十回を超えた辺りで何か妙であると勘付き、四十回を超えた時点で直感は確信へと至った。


 ……明らかにおかしい。


 しかし、清次郎の正体が見破られたという訳でもなさそうであった。もし彼の正体が露見しようものなら、彼女は疑いや不審、恐れなどを孕んだ視線を向けてくるだろう。

 しかし、彼がその視線から感じたものは、――喩えるなら、咆えるライオンに怯えながらも、物陰からその雄姿を覗き見る少年と言った感じの――好奇心の類だった。


 ……正体がバレていない。それはいい。だが、何が原因なんだ?


 結局のところ、それがわからなければ意味が無い。それについては沈黙した部屋を断ち割り、本人に問いただす他無いのだった。


「なあ、琴音。さっきからどうかしたのか?」

「ひゃい!? い、いえその……っ」


 清次郎が呼びかけると、琴音はびくりと反応して本から覗かせた目を彷徨わせる。


「その?」

「な、なんでもありませんっ。気にしないで下さい!」


 そう言ってまた顔をうずめるようにして本に隠してしまった。本の端から覗く彼女の額や耳は、熟れたリンゴのように赤く上気している。彼はその様子を見て、これ以上聞いても恐らく何も聞き出せまいと判断し、一旦この問題を棚上げした。

 再び部屋が沈黙する。


 ……まったく、なんなんだか。


 彼は頭を乱雑に掻いてソファに身を預けた。ちょうど太陽が雲に遮られたのか、明るかった部屋が暗くなる。


「琴音、ちょっと良いかしらー?」


 廊下に繋がる扉からひょいと顔を出したのは、智子だった。


「あ、はい。何でしょうか」

「ちょっと頼みたい用事があるから、こっちきて」

「え、ええ、わかりました」


 ぎこちなく立ち上がった琴音が、智子に連れて行かれる。


「それからセージロー。私この後買い物に行くから、あなた荷物持ち手伝って頂戴」

「ああ、わかった。準備ができたら言ってくれ」


 清次郎は片手を上げて了解の意思を伝える。それを認めると、彼女はひょいと自分の髪をひと回し弄ってから、琴音を連れてリビングから去っていった。

 三度目の沈黙を迎える部屋。部屋の明るさが揺らぐ。智子が来た時には雲も過ぎ去り、太陽が顔を覗かせていたのだが、どうやらまた雲が遮ってしまったらしい。

 晴天にしては暗い部屋の中、清次郎はまた思考に没頭することにした。

指摘された箇所を修正:2012/01/09

清十郎→清次郎

2012/01/25:幕間に引きずられてサブタイトルのナンバリングを変更

Ⅴ→Ⅳ

2012/02/13:微調整

2012/05/30:題名を「胡蝶の夢Ⅳ」に変更

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