「地味でつまらない」と振られた私、なぜか元カレが憧れのハイスペ社長に惚れられ全力で甘やかされています
「今日割り勘でいいよな? 給料日前でさ」
都内の一等地、夜景が見えるフレンチレストラン。
目の前でメニューを閉じながら、真吾は当然のように言った。
今日は私の二十五歳の誕生日。
「とっておきの店を予約したから、相応しい格好で来いよ」
真吾からそう言われて、期待しなかったと言えば嘘になる。
なけなしの貯金を叩いて新調した淡いベージュのワンピース。プロポーズされるかも、なんて浮かれていた自分が惨めで、胃の奥がキュッと縮んだ。
「……うん、いいよ。真吾、最近仕事忙しくて大変そうだもんね」
私は精一杯の笑顔で答える。
この三年間私は真吾を支えてきた。
激務で体調を崩しがちな彼のために栄養バランスを考えたお弁当を作ったり、彼の散らかった部屋を掃除したり、彼が「資格の勉強がしたい」と言えば参考書代やデート代も全て私が工面したこともあった。
全ては二人の幸せな未来のためだと思っていたのに。
「つむぎさ。……やっぱり今日で終わりにしよう」
冷たい声がフォークの音を遮った。
耳を疑った。
「え……? 終わりって、何が……?」
「別れようって言ってるんだよ。察しろよ、お前鈍いうえに本当に地味でつまらないよな」
真吾はワインを一口煽ると心底退屈そうに私を眺めた。
「三年間も一緒にいたけどドキドキしなくなった。お前といると自分がどんどん老けていく気がするんだよな。もっとこう、隣に連れて歩いて自慢できるような、キラキラした女と俺は付き合いたいんだよ。お前みたいな『尽くすことしか能がない女』は、もうお腹いっぱい」
あまりの言い草に言葉が出ない。
私が彼のために注いできた時間と努力。
それを彼は今、「つまらない」の一言で切り捨てた。
「あ、この店の支払いだけど、メインディッシュ高いの頼んじゃったから多めに出しとけよ。今まで散々飯食わせてやったろ?」
そう言って真吾は席を立つ。
そして一度も振り返ることなく、彼は新しい「キラキラした人生」へと歩き出していった。
誕生日の夜。
一人取り残されたテーブルには冷めきったスープと、支払わなければならない高額な伝票だけが残されていた。
店を出ると予報にもなかった雨が降り始めていた。
新調したばかりのワンピースが濡れて色を変えていくけれど、傘を差す気力すら湧かない。
(三年間……、何だったんだろうな)
真吾の代わりに支払った食事代のせいで財布の中は空っぽ。心はそれ以上に空っぽだ。
雨に打たれながら歩く私の姿は、きっと真吾の言う通り「地味で惨めな女」そのものだろう。
視界が涙で滲んだその時、ふっと雨が止んだ。
「……こんなところで何をしているんですか?」
頭上に差された黒い傘。
驚いて顔を上げると、そこには街灯の光を背負った驚くほど整った容姿の男性が立っていた。
仕立ての良いスリーピースのスーツ。知的な眼鏡の奥にある瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「あ……、えっと……」
「つむぎさん、ですよね? N社企画開発部の」
「えっ? なぜ私の名前を……」
困惑する私に彼は微かに目を細めて微笑んだ。
「覚えていませんか。半年前、S社のシステムトラブルで大混乱していたロビーでパニックになっていた私を助けてくれたのはあなたです。的確な指示と、何より『大丈夫ですよ』と笑って差し出してくれた温かいお茶に、どれほど救われたか」
彼――一輝さんはそのまま私の濡れた肩をそっと抱き寄せた。
「実はあの時からずっとあなたのことが気にかかっていました。誰よりも懸命に、誠実に仕事に向き合うあなたの美しさを僕は知っています。……それなのに」
一輝さんは私の頬を伝う涙を、熱を持つ指先で優しく拭った。
「そんなに綺麗な瞳を曇らせるなんて、よほど見る目のない男といたんですね」
その言葉が凍りついていた私の心を溶かしていく。
一輝さんは私の目を見つめたまま、逃げ場を塞ぐように真剣な声で告げた。
「もうそんな男のために泣く必要はありません。僕があなたを、世界一幸せにしてもいいですか?」
雨の音を遠くに聞きながら私は彼の腕の中で、生まれて初めて「自分を見てくれる人」に出会ったのだと確信した。
一輝さんとの出会いは、私の人生を劇的に変えた。
「つむぎ、君はもともと素材がいいんだ。ただ、他人のために自分を削りすぎていただけだよ」
彼はそう言って私を最高のサロンへ連れて行き、私の肌に馴染む繊細なドレスを選んでくれた。けれど彼が一番私に与えてくれたのは、物ではなく「肯定」だった。
私の丁寧な仕事ぶりを褒め、私の作る料理を「世界一だ」と笑って食べ、毎日欠かさず「綺麗だね」と囁いてくれる。
彼に愛されるうちに、私は鏡を見るのが怖くなくなった。
そして数ヶ月後。
私は国内屈指のホテルで開催されるビジネス交流パーティーの会場にいた。
「緊張してる? つむぎ」
エスコートしてくれる一輝さんの手が、私の腰を優しく抱き寄せる。
「いいえ。一輝さんの隣にいても恥ずかしくない自分でいようって決めたから」
私は背筋を伸ばし、一輝さんを見上げて微笑んだ。
今の私はあの日の「地味な私」じゃない。
淡いサファイアブルーのシルクドレスに身を包み、一輝さんから贈られた婚約指輪が左手で誇らしげに輝いている。
会場に足を踏み入れると、一瞬、周囲の視線が私たちに集中した。
憧憬、羨望、そして感嘆。
かつては他人の目を恐れて下を向いていたけれど、今はその視線さえ心地よく感じる。
「今日の君は会場の誰よりも輝いているよ」
一輝さんが私の耳元で甘く囁く。
彼の深い愛情によって磨き上げられた私は、もう誰の言葉にも傷つかない、本物の「宝石」になれたのだと実感していた。
(あんなに執着していた過去が、今はもう思い出せないくらい幸せ……)
そんな穏やかな充足感に包まれていた、その時だった。
「……え、嘘だろ。つむぎ、なのか?」
聞き覚えのある、けれど今では不快感しか呼び起こさない声が会場の喧騒を突き抜けて響いた。
「……つむぎ!? なんでお前がここに……、あ、わかった。ストーカーだろ!」
声を荒らげたのは安物のスーツを必死に着飾った真吾だった。
彼は一輝さんの取引先企業の末端社員として、この場に紛れ込んでいたらしい。
「お前みたいな地味女がこんな一流のパーティーに来られるわけないもんな。俺に未練があるからって不法侵入してまで追いかけてくるなんて……、警察呼ぶぞ!」
周囲の視線が集まり、真吾は勝ち誇ったように私を指差す。
けれど、私の腰を抱く一輝さんの腕に力がこもった瞬間会場の空気が凍りついた。
「――私の婚約者に無礼な口を利くのはやめていただけますか?」
一輝さんの氷点下の声が響く。真吾は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
「こ、婚約者? 一輝社長、冗談ですよね……? そいつはただの地味でつまらない女で……」
「黙りなさい。彼女の価値も分からず、あの日、雨の中につむぎを放り出した愚かな男が」
一輝さんは冷徹な瞳で手元にあるタブレットを軽く操作した。
「あなたの素行不良――勤務中の不適切な交友関係に社内での横領まがいの経費利用。全て把握しています。当然、あなたのような人間がいる企業との取引は本日を以て白紙にさせていただきます」
「え……、あ、あの……」
真吾の顔から血の気が引いていく。
一輝さんの会社との契約が切れれば彼の会社は傾き、原因を作った彼は確実にクビだろう。
一瞬で立場を失った真吾は、あろうことか私に縋り付こうとしてきた。
「つ、つむぎ! 悪かった、俺が間違ってたんだ! やっぱりお前が一番だよ、地味だなんて嘘だ。なあ、やり直そう? なあ!」
伸ばされたその手を私は一歩引いて避ける。
そして、かつて自分に向けられた冷酷な言葉を最高の笑顔と共に返してあげた。
「あら……、どなたでしたっけ?」
「えっ……」
「――あぁ、思い出しました。私を『地味でつまらない』と捨ててくださった方ですね。あの日、あなたが私を捨ててくれたおかげで、私は最高のパートナーに出会えました。今の幸せがあるのはあなたのおかげ……、本当に心から感謝しています。さようなら」
「そんなっ、つむぎ……!」
警備員に取り押さえられ、惨めに叫びながら連れ出されていく真吾。
その背中には彼が求めていた「キラキラした人生」など、もうどこにも残っていなかった。
騒がしい部外者が消えた会場に、再び穏やかな音楽が流れ始める。
「怖くなかった?」
一輝さんが心配そうに私の顔を覗き込む。私は小さく首を振って彼の胸に身を預けた。
彼のジャケットから香る、清潔なシトラスの香りが心を落ち着かせてくれる。
「いいえ。一輝さんがいてくれたから。……それに、あの人のことは、もう私の中で終わったことですから」
「……強いね。でも、僕は少し嫉妬してしまったな」
「えっ?」
驚いて顔を上げると一輝さんは私の腰を抱く腕にぐっと力を込め、逃げられないように密着させた。
大勢の視線があるパーティー会場だというのに、彼の瞳は熱く、私だけを射抜いている。
「あんな男でも君の時間を三年間も独占していたんだと思うと気が狂いそうになる。これからは一分一秒、君の視界に入るもの全てを僕で埋め尽くしたい」
「一輝、さん……」
「つむぎ、愛してるよ。君の指先から髪の毛一本まで全部僕だけのものだ」
一輝さんは私の額に、そしてまぶたに、慈しむように何度も唇を落とす。最後に私の左手を取り、薬指で誇らしく輝く指輪に、誓いを立てるような深いキスをした。
「……さて、これ以上君の美しさを他の男たちに見せびらかすのは限界です」
一輝さんは悪戯っぽく微笑むと、私の耳元で低く甘い声を響かせた。
「意地悪な部外者はいなくなりましたね。……続きは二人だけで、誰にも邪魔されない場所で。ゆっくりたっぷりお祝いしましょうか」
熱のこもった眼差しに私の顔が真っ赤に染まる。
彼にエスコートされて会場を後にする私の心は、あの日流した雨の涙など、もうひとかけらも残っていないほど幸せで満たされていた。
【END】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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今回は「失ってから気づいても遅いんだよ!」というカタルシスをぎゅっと凝縮してみました。
「尽くす女」を卒業して、「愛される女性」へと変わっていくシンデレラストーリーを楽しんでいただけていれば幸いです。




