ワイバーンの翼膜5
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。
通されたのはカルミール探偵事務所の室内で、やはり、最初の場所に戻ってきたわけですわ。
「……ですよねー!」
オルカが声を上げました。
しかし、最初に来た時とは通ってきた道が違います。
ある種非日常な経験を通し、ある種非日常な料理にチャレンジしました。
「カルミール、お客さんだ」
男装の麗人が言います。
「おっ、早かったわね」
じゃ、オレは仕事に戻る。といった階下の店の店主に対して、赤髪の女性は手を振ります。
「カルミールさん!」
「ルティアー、遅いと思ったのよ」
「この人たちに助けてもらったの。大丈夫! 仕事は終わったよ」
仕事とは……なんだったのでしょう。
サイフを盗む……のは本業ではなく、ルティアはスーパースパイだったということでしょうか?
ん? スーパースパイ? なんに対しての?
とわたくしは思いましたが、流すことにしました。
「ルティアを助けてくれたか……我々がむしろ助けられたところだな」
男装の麗人、ノーマンの殺気はいまや感じられません。
「これで正式に! ゲテモノ料理の情報を教えて貰えますわね」
「えぇ。本気だったようね。まぁゆっくりワイバーンの翼膜を食べて話そうじゃない」
「……隠語じゃなかったんだ」
確かに「ワイバーンの翼膜を食べたい」という言葉が、情報が欲しいという意味かと思いましたが……実際にワイバーンの翼膜を食べることができるようです。
「これがワイバーンの翼膜よ」
「……へぇ。干物ですか?」
「そう。ワイバーンの翼膜はハンターの武具に使われてしまうため、なかなか市場に出回らないの。これは私たちがワイバーンを狩った時に個人的にもらって干物にしたの」
ワイバーンは実際なかなか簡単に狩れるものではありません。
複数いればベヒーモスとすらナワバリ争いをするとされる、地域の頂点捕食者になり得るモンスターですわ。
それを狩れるということは……。
「探偵というのは自分たちでモンスターを狩ったりするのですわね?」
「まぁカルミールは何でも屋のようなものだからな。狩りは基本的には素人だが」
「ちょっとノーマン。私が暇みたいな言い方になってるわ」
「正しいだろう」とノーマン。
カルミールは探偵業の他にも情報屋……それに、何でも屋と様々な仕事を請け負っているようです。
彼女はまた自慢げにあるものを取り出しました。
「コホン。そしてこれが干物じゃないワイバーンの翼膜よ」
「すごい! ワイバーンの翼膜は日が経つとすぐ縮んでしまうから、燻製か干物が基本ですのに」
「ラッキーね。昨日ルパさんが仕入れたのよ。私の酒のサカナにしようと思ったけど……特別に、ね」
「これは煮物にするわ。ノーマン!」
「わかっている」
食材を投げられた瞬間、ノーマンはどこからか包丁やナイフを取り出し、それらを寸断しました。
「おおー」「……おおー」
わたくしたち2人は思わず声をあげます。
ちょうど良いサイズに綺麗に切断されたワイバーンの翼膜と干物はスタンスタンという音とともに皿の上にのせられましたわ。
ノーマンは干物のほうだけをカルミールに渡します。
妙齢の女性のほうは、いつのまにかキャンプグッズのような調理具……肉焼き道具を取り出しました。
「干物はあぶってー」
ワイバーンの翼膜の干物を軽く火に近づけます。
ある程度色がついた……じゅるり……ころ、それらを皿にのせて出しました。
「はい、どうぞ。マヨネーズはいらないかもね。ごはんもどうぞ」
「はぁ……素晴らしい。このツヤ……大空を駆けていた、あのワイバーンが……風を受けていた……」
「本当は、北部を超えて、統一王国よりも北に生息するアイスワイバーンの翼膜とかが絶品だけど……まぁ後々紹介するわ」
アイスワイバーン……絶対美味しいですわ!
しかし目の前のワイバーンの翼膜……これほどに食欲をそそるものがあったでしょうか。
匂いだけで、ご飯を食べられます。
が、一気に口に入れます。
「美味しいですわ〜! すごい深い味ですわね! 噛むほどに独特の甘みのある味が広がって……あぶりの焦げ感が塩味を深めておりますし、ごはん食べたくなりますわ!」
「……確かに。これは……口の中で翼膜自体の味が戻るというか……本当に噛めば噛むほど深みが染み込みますね」
「そうそう。これで一杯やるのが良いのよー。あなたたちにはまだ早いけど」
前世であるモンスターハンターアルバのころでも、ワイバーンの翼膜は食べたことがありませんの。
しかし、確かにこれは酒が呑みたくなる……という気持ちもわかりますわ。
甘みと塩味……複雑な味。
特に炙りにしたことで、食感も複雑なものになっています。
コリコリした翼膜は噛めば噛むほど、深い味を堪能できるのです。
「テリエルギア統一王ロア・テメラリオの娘、アリシア・テメラリオがゲテモノ料理とはねぇ……」
「バレてましたのね」
「そっちは王国付き魔法使い、老ストリエラの孫オルカね」
「……はい」
「ええー! 2人ともお城の人だったの!?」
バレていたようです。
探偵というのは伊達ではないらしいですわ。
彼女はどうやら一目見た瞬間から気づいたようでしたから、その観察眼たるや並のものではありません。
わたくしはまだ政務もはじまっていませんし、皆さまの前に姿を現したことも数回。
城下ぐらいしか顔が出ていません。
それでも知っている、ということは情報はどこかですでに伝わっていたのかもしれませんわね。
「ふふふ、やはりあふれ出るエレガンスでわかってしまいますわね」
「……翼膜噛みながら言わないでください」
「まぁ、陸海空の地域料理を美味しく食べることが出来るなんて、王族にするには勿体無いところね」
「クイも美味しく食べてたしね」
「こっちの顔は私、アンダーグラウンドマスターと呼ばれてるの。ゲテモノ料理だけじゃなく、裏の情報屋ね。もちろん依頼もあるけど、情報も渡してるわ。あなたたちはお金は必要なさそうだから、情報ね」
依頼は特に必要ありません。
が、欲しいのは情報です。
裏の情報……やはり、危険なのでしょう。
確かにゲテモノ料理は食べること自体危険なのですから、そう簡単に教えることは出来ないのだと思いますわ。
実際カルミールにアングラマスター……裏の顔として接触するのはやはり、簡単ではないのでしょう。
「欲しいのは情報……そうなのです。わたくしね、高級料理に飽きてしまって」
「最悪なセリフねー」
「もう見ただけで味がわかるのですわ」
高級料理への思いと異なり、わたくしはゲテモノ料理に対しては熱を持って応えました。
「でも、ゲテモノ料理は見た目で味がわからない。素晴らしいですわ。それで、国内外のゲテモノ料理を通して、様々な文化を知りたいなと思いまして」
「それは殊勝な考え方ね」
「統一王国とはいえ……他の小国王はもう統一王国全体を治めようなんて思っていないでしょうしね。まぁあなたが次代の国王になる、のは何となく見えているわね」
一般的にみてもその考え方なのですね……。
やはり、市井からみても統一王は一人娘であるわたくしになる、と見なされているのですわ。
「どうなるかはわかりませんけれど、小王国やそれぞれの民族文化も知らないわたくしには、その資格はないですわ」
わたくしはひとつ呼吸をおき、力を入れて話を続けました。
「だから、知りたいのです。大好きなゲテモノ料理を通してね」