ワイバーンの翼膜4
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。
「いよいよ、やってきましたわ」
「……って、あの探偵事務所の下じゃないですか」
「まぁ、灯台下暗しって言うし? それに君たちには今までなかったものがあるじゃん」
ルティアの言葉に対し、オルカはこちらを見ながら微笑みました。
「……思い出」
「いや、キーワードだね」
「……恥ずかしい」
いや、思い出もそうですわ!
「ルパさん」
「おう、ルティアじゃねーか」
探偵事務所の下にはいつの間にか飲食店がオープンしている。
たしか、前回来た時はシャッターが閉まっていたはずですわ。
「この人たちね、ワイバーンの翼膜を探してるんだって」
「なんだって……」
店主は目を細めてこちらを見ます。
値踏みしているようです。
「じゃ、言ってみようか」
「待ってくださいまし」
店主の右横にはウサギかネズミのような(ものだったであろう)肉の串焼きがありました。
わたくしの鋭い目つき……。
暗殺者並みの観察眼で見つけた……中々食べられない料理……。
「御主人、あれは……クイではありませんの」
「おう、そうだ」
「クイの……しかもペチャマンカではありません?」
「……また知らない言葉が出た」
「そうだぞ。身綺麗なのによく知ってるな」
「2つ……頂きますわ」
オルカは目的の前に始まったやり取りに首を傾げ
「……ワイバーンは良いんですか?」
「その前に腹ごしらえですわ」
「……いや、充分したでしょ」
「待ってな嬢ちゃん」
店主は串焼きを再度、炎石の近くに置いて焼きすぎないように加熱しはじめました。
「ペチャマンカというのはね。東方の高山地帯、それも海抜3000メートル級の地域で用いられていた調理法なのですわ」
高山地帯ではとにかく食材が手に入りにくいですの。
好んで住んでいるのは、天敵から逃げるために高所を選んだ生物ですわ。
無論、人間もそうですが。
「腕が埋まるくらいの深さに掘った地面の穴に高温で焼けた石を敷き詰めて、植物の葉などで包んだ食材をいれるのです」
高山地帯では火がつきにくく、ついたとしても火力が弱いため、この方法がとられたのですわ。
「そしてさらに焼け石を置いて、土をかぶせます。そのまま2時間ぐらい置いておくのですわ」
「……石窯に似ていますね」
「こういった調理法はアースオーブンといって、世界中で見られる原初的な調理法なのですの」
ペチャマンカは焼石を使いますが、アースオーブンは太陽光を使うものもあります。
「……さっきクイって言ってましたけど」
「はい」
「……クイってあのクイですか?」
「そうですわ。ふわふわで抱っこするとあったかくて、つぶらな瞳の小動物ですわ。うさぎの耳がなくなったような、ネズミのような……」
クイはハムスターを大きくしたような、チンチラにも似た生き物ですわ。
「……私、昔飼ってました」
「はいよ」
店主から渡されたのはとても良い感じに熱し直されたクイの串焼き。
わざわざペチャマンカで作られたところにこだわりを感じますわね。
匂いは燻製のような、不思議な匂いがしました。
「……焼けて干からびた……クイ……」
「その時、オルカの脳裏に浮かび上がった〈存在しない記憶〉……思い出のクイ、祖父・老ストリエラが買ってきた愛らしい小動物。抱きついてキューキュー言うことから、名前はキュー」
「……いや、存在してる記憶なんですよね」
「ごめんなさいですわ」
「……これを、食べるんですか……」
あらためて見た串焼きを見て、わたくしたち2人は躊躇しました。
「わたくしも抵抗感はありますわ」
「……〈元〉が想像できてしまって……」
「でもね、オルカ。物を食べるというのはそういうことなのですわ。我々は生命を食べているのです。愛着がある、ないに関わらず全ての食べ物は元々生きていた」
生きていたものを食べるということ。
愛着の関係なしに食べるということ。
食べるという行為は、倫理観では測れませんの。
「可愛い、可愛くない、人間に似ている、似ていない……様々ありますけれど、人はね、生きるためにそれを食べてきた」
生きるために生を食べる。
生のために生きる。
さらにそれを食べる。
「食べるということはある種ね、他の生命と自分がひとつになるということ。世界とひとつになること。それは食べるという行為以外では決して得ることの出来ない……世界との繋がりなのですわ。それは真の愛ではありませんの」
「……言い訳でしょ」
「はい……」
何も言い返せなくなり、わたくしはわたくしは……ッ!
「わたくしは生きますわッ!!!」
勢いよく、クイに食らいつきました。
「!!」
その味は……。
「美味しいですわ〜!」
美味しかったですわ。
「ちょっと土臭いとか、獣臭いとか想像してましたけれどそんなことはないですわ。淡白で鶏肉に似てますけれど、それでいてしっかり肉の味わいがありますわ」
ペチャマンカのゆっくりとした加熱によって肉汁が閉じ込められたままになっております。
燻製のように匂いがあるわけではなく、ようするに低温長時間加熱や遠赤外線加熱のような、柔らかさとジューシーさを組み合わせた味が完成しているのです。
「……ごくり」
オルカもまた、緊張しながら……。
「……頂きます」
かぶりつきました。
「……本当だ。美味しい。そりゃそうか。草食獣ですもんね」
調理法もさながら、クイ自体もとても美味しいです。
ジビエのスパイシーさはありません。
むしろ、甘みを感じますわ。
量こそ少ないが、肉の手に入らない高山地帯ではホーンヴォンに変わる肉として重宝されていたことも頷けます。
「……これは色はちょっと不思議ですけど、本当にいくらでも食べられますね」
確かに黒茶色の肉の見た目は確かに、美味しそうとは言い辛いです。
「ペチャマンカって初めて食べますけれど、燻製みたいな食感になるのですわね〜! でも焼きと違って肉汁が出ないので、ジューシーさが失われないのですわ」
「……クイをペットとして見れなくなっちゃうかも……」
「2人は良い生活してたんだねー。クイなんて私は食べ物としか思ってないよ」とルティア。
「文化の違いですわね。でもそういった違いも学びですわ」
食べ終えて、手を合わせながら、わたくしは呟きました。
「まぁ水族館にいったらお腹が減りますものね。それと同じですわ」
「……いや、私は減りませんけど……」
「じゃ、ルパさんにキーワード言ってみようか!」
ルティアの言葉に応え、店主に向かってキーワードを伝えました。
「御主人……陸を通り、海を飲み、空を見る……ですわ!」
「よし、こっちに来な」
店主に言われ、通されたのは店の奥の隠し階段……つまりその階段の先は……。