ワイバーンの翼膜3
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。
「……私もなんだか少しわかってきました」
「まだまだゲテモノ料理とは言えませんわ。レアな民族料理という感じですもの。本当に近づいているのでしょうか……」
「……割と落ち込んでる……」
実際のところ、そうですわ。
確かに大きな進歩をしています。
けれど、市場や裏路地で食べられる料理では、ゲテモノ料理とは言えません。
まだグラン・バリテに来てモンスター料理のひとつも食べていないのです。
「統一王国でも少数派の民族でもなかなか食べられない料理、または食べない料理がゲテモノですもの!」
「……食べない理由もあると思うな……」
だが、いっぽうで……まだその域に達してないのだ、という気もしてきましたわ。
実際モンスターと対峙するのです。
死ぬかもしれないという覚悟も必要なのですわ。
これは、モンスターハンターになるための狩猟免許試験と同じです。
自分の知恵、度胸、覚悟……それらがなければ、軟体竜〈スライムドラゴン〉はおろか、ホブゴブリンですら倒すことができません。
やめやめ!
今はスートリングホッパーです。
わたくしは落ち込みそうな心を無理矢理戻し、目先の問題のことで頭をいっぱいにしました。
「スートリングホッパー、またの名をディアンマ、は西国の島国リアッカの麺料理ですわ」
「……突然説明セリフが!」
「世界中に麺料理はたくさんありますが、たくさんありすぎて、わたくし、まだ1割も食べてないと思いますわ!」
「……確かに。あまり食べる機会はありませんね」
「ラーメンも給仕長が作ったものしか食べたことはありませんもの……。特にディアンマはカレーに似たスープにつけて食べる特殊な麺なのですわ!」
裏路地を深く、さまよい歩いていると……
「スートリングホッパー……スートリングホッパー……ん?」
前方にわかりやすいほどの子悪党の姿が見えました。
小さいのと太いのと……ゴブリンのハーフかと思うくらい悪そうな顔をしています。
絡まれているのはワンピース姿の茶色髪の少女でした。
「良いガキでやんすね。ゴンス! こいつを捕まえて売り飛ばすでやんす」
「ククク、ヤンスは天才でごんすな。こっちに来るでごんす!」
「やめて! 触らないで!」
無理矢理腕を掴んでいる……子悪党。
どうせ小さいのがヤンス、太いのがゴンスみたいな名前なのでしょう。
「お前が我々のサイフを先に奪ったんでやんすよ!」
「ガキが……舐めてると潰すでごんす!」
ゆっくり見ていると、いつのまにかオルカの姿が消えていました。
「……血が騒ぐ……!」
ヤンスとゴンスから少女を引き離し、にらみつけている黒いドレスの少女。
オルカは全力で魔力を蓄えています。
早い。
「何ものでやんすか!」
いや、ヤンスとゴンスが悪いやつかどうかはわからないですわ!
わたくしがその思考を言葉にして出そうとする前に、オルカは詠唱をはじめていました。
「……凍霜。冷結の絶望。その時を止め、穿ち、贖え。氷獄の縛鎖よ、嘆きを溶かせ」
「何を言ってるでごんす!」
そして両手を広げ……。
「……氷結せよ、テオ・グラキエス」
「うわなにをするやめ」
ヤンスとゴンスは最後までセリフを言わずに、全身が氷塊に包まれました。
「はぁ……ありがとう。助けてくれて」
「……いやまぁ助けたわけではないのですけれど……」
「助かったよ。アイツらのサイフペラッペラだったからさー。治療費かかったら赤字だよ。私の名前はルティアっていうの。そっちは?」
ルティアは足元の汚れを払いながら問いかけます。
「わたくしはアリシア、こちらはオルカですわ」
「あなたのようなお子さんがここで何をしてるのですの?」
「何言ってるの? あなたもお子さんじゃない」
「はうあ!」
まさか……身長が低いというだけで、こんなダメージをくらうとは。
アリシアとしての生活が長い分、大人になったと思っていましたが……。
加えて王族として、面と向かって悪口を言われたのは、15年の人生で初めてかもしれませんわ。
「……これはクリティカルヒットですね。まさにクリティカル」
「衝撃の一撃でしたわ」
「あなたたちはなにしてるの?」
ルティアは長い髪を整えながらこちらを見つめました。
「実はわたくしたちはスートリングホッパー……ディアンマを食べられるところを探しているのですわ」
「なるほどね!」
「教えてあげる! この、スーパースパイ・ルティアがね」
「……スパイが自分で名乗りをあげたァ」
「素晴らしい! 教えてくださいませ!」
その言葉に、自称スーパースパイは即座に答えます。
「そこよ!」
「ハッ……」
氷漬けのヤンスとゴンスの奥、少し見たらわかるところにディアンマのメニューがある店がありました。
「良い匂いですわー!」
「おじさん、久しぶりー」
「お、スーパースパイ」
店主はニヤリと笑みを浮かべて返します。
「……聞いてましたね」
「良いノリですわ」
ルティアは身を乗り出して楽しそうに言いましたわ。
「この人たちね、ディアンマを食べたいんだって」
「いくらでも食べさせてやるよ」
しかし、その瞬間、わたくしは目を輝かせました。
オルカも確かにそれを見たと思います。
そしてわたくしは店主の後ろを指さします。
「御主人、後ろにあるのはウミサソリの手ではありませんか」
「……!」
店主はこちらを見つめたまま、目を丸くしました。
不敵な笑みをたたえたままで。
「……嬢ちゃん、やるな」
呼吸を入れてから、注文を声に出しますの。
「ウミサソリのディアンマを」
「あいよ」
「……こと、食べ物に関しての洞察力は無敵の暗殺者並みですね」
「抜け目ないね!」
「私は普通のディアンマね。この2人はウミサソリ」
ルティアもいつも来ているようで、慣れた様子で注文しました。
「……初めての店で期間限定を頼むようなムーブを……」
「いや、ディアンマといえばウミサソリですわ」
ディアンマは島国リアッカの伝統料理です。
「ウミサソリは3メートルぐらいの巨大な海の生き物ですわ。魔力をつかえないので、モンスターではないのですけれど」
ウミサソリはリアッカ周辺の海鮮物としてはとてもメジャーですの。
ウミサソリ入りのいわゆるシーフードのディアンマが現地では当たり前らしいですわ。
「でも、サソリとついていますが、サソリではなく、サソリに似てる生き物ですわ」
「……あぁ、シーサーペントもシーサーの仲間ではないですもんね」
「は?」
「…………」
そこで、タイミングよく店主が料理を出しました。
「またせたな」
「素晴らしい……!」
まさしく理想のディアンマです。
濃厚そうなつけダレに、白く細い麺が並んでいます。
「……美味しい。これは、米粉ですか?」
「麺は米粉と全粒粉ですわね。麺はトコヨの国のソーメンに似てますけど、食感がもちもちしてますわ!」
「……つけダレも想像していたよりもかなり良いですよ。濃い海老のような風味で、粘り気がありますから麺とよく絡みます」
「麺自体が淡白な味ですから、そこまでしつこい味ではないのが素晴らしいですわね!」
「オルカ、こっちも食べてみて」とルティア。
この辺りでは一般的だとされているディアンマはつけダレがカレーに似ていました。
「……確かに見た目はカレーですが、風味が甘いですね。麺が……?」
咀嚼して、オルカは何かに気付きます。
「……なるほど。この麺にはココナッツが入っているんですね」
気付いたオルカに対して店主はグッドサインを見せました。
「そうだ。ココナッツミルクで加水してるんだよ。ウミサソリと違ってこっちの麺は全粒粉を使わずに、米粉だけだ」
「手間がかかっておりますわねー」
「ディアンマ、ホッパーとも呼ばれるけど、この辺の裏通りの人間には超人気だよ」
「ウミサソリって初めて食べましたけれど、美味しいですわ〜! 臭みがあるかと思ってましたが、そんなことないのですのね」
お嬢ちゃんたちは良く気付くな、と言いながら店主は楽しそうに笑いました。
「良い生徒たちだ。そう、味はな……育った場所だな。コイツらは西海の澄んだ海にいたやつらで、転移魔法ですぐこの辺の市場に運ばれるからな」
「それですわね。海鮮物のうまみ成分は時間経過によって微生物に分解されて別の物質に変わってしまいますけれど、その物質が生臭さのもとですからね」
「……ウミサソリなどの生き物は甲殻に魔法耐性がありますから、魔力臭さもありませんね」
「澄んだ海のウミサソリだからこそ出来る味でしたのね」
カレー風のディアンマを食べながら、ルティアはこちらを見つめた。
「ねぇねぇ、2人はワイバーンの翼膜が食べられるところを探してるんでしょ」
そして片目を微妙に閉じて……微妙なウインク(要練習)を作って得意げに言いました。
「助けてくれたお礼に連れてってあげようか」
「そうだったのか。お前ら、ワイバーンの翼膜を狙ってたんだなぁ。……なら、ルティアに連れてかれた店で、この言葉を言ってみな」
ゴホン、と店主はせき払いをして大きく口角をあげました。
「陸を通り、海を飲み、空を見る……だ」
「なるほどワイバーン……! ありがとうございますわ。素晴らしい麺料理、最高でしたわ!」
「……ご馳走様でした」
陸を通り、海を飲み、空を見る。
恐らくコレが探していたキーワードですわ。
ワイバーンはチョマを食べ、ウミサソリも飲みます。
狙ったエサのために広大な範囲を飛び回ります。
偶然にも、わたくしたちはそのキーワードに沿って探し歩いていた……つまり、嗅覚。
その探索力、嗅覚が重要だったのですわ。
近付いているのかわかりませんでしたが、結局のところたどり着いたのです。
ワイバーンの翼膜……楽しみですわ。
裏通りの隙間から見える空はいつのまにか赤く、夕暮れの色へと変わっていました。