ワイバーンの翼膜2
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。
ティヒャテ売りの女性から教えてもらった情報……つまり、情報屋は裏路地にいる……ということをヒントに、グラン・バリテで最も治安が悪いとされる裏路地に来たわたくしたち。
「……明らかに治安が悪いですね」
「みなさん、わたくしたちを商品を見る目で見てますわね」
服装からして明らかに2人は異質。
彼らからしたら、その服1着で1ヶ月くらいはゆうに生活できるでしょう。
そんな中、モヒカンにドクロのような顔面の男性(ご丁寧に服は袖なしのトゲトゲがついたレザージャケットです)を見つけました。
これだ! とわたくしは思いましたわ!
「あの、ワイバーンの翼膜を食べられるところをご存知ですか?」
「……うわー、よく話かけたな」
「あぁ? あー……こっちだ……」
「大変! オルカ! 1発ですわ!」
「……絶対嘘だと思うけど……」
「何か言いまして?」
「……いえ……」
2人でゆっくり話して歩くと、裏路地のさらに裏路地には同じようなドクロ顔の男たちが4、5人集まっていました。
事務所……いや、仲間内で寝泊まりできる、かろうじて建物と呼べるバラック小屋に通されましたわ。
「おい、こっちだよ」
「あら、いかにもな場所ですわね。素晴らしい。ここで食べられるのですの?」
すると男たちはナイフや牛刀を取り出し、にやりと笑った。
「あら?」
「残念だったな。お前らが食い物になるんだよ」
「……残念でしたね。あなたたちが食い物になるんですよ」
言うが早いか、オルカは男たちの頭上に飛び上がり、天井に足をつけました。
逆さまになって腕を振り下ろし、呟きます。
「……〈雷花連天〉」
刹那、連鎖的で強力な電流が男たちの間に走り、
「ごァァァァア!!!」
という声と共に、同時に倒れました。
全員がプスプスと煙をあげています。
多少ギャグっぽい表情で気を失っている男たち。
死ん……でないはずですわ。
オルカは誓って殺しだけはやったことがないのです。
はずですわ。
多分。
いや。
少しだけあるかも。
「ちょっ! オルカ! せっかく軽く痛めつけて情報を引き出そうと思いましたのに!」
「……あー、すみません」
「オルカの戦闘狂〈バトルマニア〉ー!」
「……へへへ」
「しかし、ここは……むっ!」
すると、汚れた小屋の机の端……やはり、汚れ色落ちした名刺が置かれていました。
「カルミール探偵事務所……」
その文字を見て、2人は同時に叫びましたわ。
「「……探偵事務所!」」
裏寂れてはいますが、しっかりとした2階建ての建物……その2階に探偵事務所はありました。
「たのもー!」
「……どこの道場破りですか」
カルミール探偵事務所。
そのドアを開けると、ダブルスーツ姿の男装の麗人が現れました。
「いらっしゃいませ。ご依頼かな」
「あなたがカルミールさんですの?」
「いえ、私は秘書のノーマンだ」
「わたくし、アリシアと申します。こっちはオルカ」
ノーマンと名乗った秘書に対して、紹介されたオルカは頭を下げます。
「……こんにちは」
わたくしは乗り出すようにして……または気勢をあげて……声を出した。
「わたくしね、カルミールさんにご依頼があって……ワイバーンの翼膜を探してるのですわ」
その言葉に答えたのはノーマンではなく、奥にいる人物でした。
澄んでいて、それでいて物怖じしない……そんな声。
「ごめんね。ここはそういうお店じゃないわ」
目をやると、ソファにもたれかかっている赤髪の妙齢の女性が見えました。
「私がカルミール。探偵よ。でもね、お嬢さんたち、食べ物を探してるのなら新聞屋か雑誌屋を訪ねてはどうかしら?」
上から言うようなその言葉に対して、素早く返します。
「なぜ食べ物とわかったのでしょう? わたくしは食べたいなんてひとことも言ってませんわ」
「…………」
カルミールは微笑んでこちらを見つめました。
いっぽう、ノーマンの方は睨みつけるようにこちらを見ています。
「出直しますわ。何か条件があるのですわね」
恐らく今のままではラチが明かない。
素直に辞退すると、それ以上、声は聞こえませんでした。
階段を降りて、振り返ります。
いまだに探偵事務所から目線があるような、そんな油断できない気配を感じましたわ。
「……あの、秘書? 結構殺気出てましたね」
オルカはあくびをしながらそう呟きます。
「わたくし、簡単に考えてましたわ。ゲテモノ料理の奥は深いですわね」
並の覚悟ではたどり着けない……ある種の危険に近付く奇行や、限度を超えた思考、あきらめない自身の嗜好がないと情報にすらたどりつかないのです。
「……いるのかなぁ、この行程」
「壁が高いほど燃えますわ!」
「……たかが裏料理の情報を……」
「情報を手に入れてもゲテモノ料理自体は、生半には手に入らないのですもの。これでダメならゲテモノ料理を食べる資格無しということですわ!」
「……まぁ、人生修行にはなりますね」
あらためて、イチから探しなおしですわ。
しかし、〈あの反応〉なら、ここの近くが情報に近付くための場所だとわかりました。
知っているからこそ、あんな反応……知らなかったならもう少し対応しよう様子があるものです。
実は彼女たちは十分すぎるほどのヒントを与えてくれていたのでした。
「とりあえずこの怪しい路地に入りましょう」
「……うわぁ毒々しい古い看板が……」
「蛇の道は蛇、サソリを食うならクモからと言いますわ」
「……言いません」
ピンク色や紫色の看板がその路地にはあふれていましたが、1軒だけ飲食店が存在していましたの。
擦り切れて読めない店名……黄色い看板に黒い文字で、民族的な文字。
「っしゃい」
店主はケモミー族……それも、ウサギのような耳がある長耳族です。
年老いているのか長い耳は顔の輪郭を隠すように垂れ、目元も伸びた白髪で見えません。
「あ、チョマのレバーフライですわ」
「……チョマってあのふわふわな……羊とラクダを合わせたような生き物ですよね」
「そうですわ。チョマの肉は硬いですけれど、レバーペーストは良いですわ。なかなか食べられませんわ! やはり、足が早いですの」
深く息を吸ってから、耳長族の老人に向かって注文します。
「では、チョマのレバーフライとパトピー・レッパをお願いします」
「あいよー」
表情は読み取れないが、店主は愛想の良い声で応えましたわ。
いっぽうで「ぱとぴーれっぱ?」という文字がオルカの頭上に浮かんでいます。
聞き慣れない言葉に対して、オルカは問いかけました。
「……パトピーって?」
「レッパのスープ」
「……レッパって?」
「パトピーに入ってるやつ」
「…………」
「トゥクマのファリンジャから作るレッパのパトピーですわ!」
「……は?」
オルカは思ったそうです。
聞き慣れない言葉に対して疑問を持ったら、100倍になって聞き慣れない言葉が返ってきた。
なにいってんだこいつ……。
オルカはその言葉を飲み込みました。
「獣人であるケモミー族の一種、南方の耳長族オーパの料理ですわ。トゥクマという実のしぼり粉であるファリンジャ。そのファリンジャから作るレッパという餅みたいなものが入っているスープ、つまりそれがパトピーですわ」
「……なるほど? 美味しいのですか?」
「美味しくは、ねえよ」と店主。
「えぇ、いや! 独特の風味と食感がありますわよね。特にレッパは中々無いですのよ」
わたくしの言葉に店主は口角をあげて、口を開きました。
「良いこと言うな。まぁオーパには懐かしの味でな。中々統一王国の都市では食えないからな」
「店主さんはオーパなのですか?」
「おう」
「なるほど! お仲間から食材を集めているのですわね。オーパ料理が食べられるなんて、新鮮な食材が集まるグラン・バリテならではですわ」
「そうなんだよ。わかるじゃねえか姉ちゃん。じゃ、レバーフライとパトピーだ」
熱々のレバーフライとパトピーが出されます。
レバーフライを噛むと、流れる洪水のような味の流れ。
「まぁ、これは!」
わたくしは感動の声をあげました。
いっぽう、オルカもうんうん頷いています。
「……レバーフライ……あなどっておりました。美味しいですね。……臭みも少なく、ペースト状の肉が美味しいです」
「レバーはペーストにすると甘みが感じられますわね。あん肝にしろ、フォアグラにしろ結局良いレバーは美味いのですわ」
続いてオルカはパトピーにも口をつけます。
「……パトピーのレッパ……モチみたいなのもスープの味を吸い込んで美味しいです。この葉っぱは……不思議な味がしますね。……辛いというか……」
「ブージャンですわね。すりつぶして香辛料にもされます。トゥクマの実の甘さにブージャンの葉の辛さがアクセントになっていて、甘辛くて美味しいですわ」
店主もまた満足そうに頷いて返します。
「やるなぁ嬢ちゃん。オーパの料理を知ってるとはな」
「えぇ。ゆくゆくはオーパのコカトリス料理も食べてみたいですわ」
「英雄のコースか。中々難しいな。あれはオーパの集落じゃないと解毒できないからな」
オーパのコカトリス料理……英雄のコース。
前世のモンスターハンター時代でも味わうことのできなかった料理ですわ。
理由は単純。
コカトリス毒を解毒する方法がなかったから。
恐らく、オーパの文化的な何か……祭りか儀式か……の中でコカトリス毒の解毒が行われるのでしょう。
常に食べられる……というものではなかったのです。
「あの、店主さん……わたくしたち、ワイバーンの翼膜を食べられるところを探しているのですけれど……」
「なるほどな。うーん」
隠れた目の奥がこちらを見ている気がします。
少し考えて、店主は言葉を続けました。
「嬢ちゃんたちは面白かった。ヒントをやろう。スートリングホッパーを辿りな」
「……スートリングホッパー……」
「ありがとうございますわ。美味しかったですの!」
「おう、頑張れや」
まだレバーフライの味やレッパの食感が残る中、わたくしたち2人は次の店のために歩き始めました。