ベヒーモスの睾丸9
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。前世は伝説的ハンター。前々世は現世人。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。戦闘狂。
ツキノ / 統一王国外のトコヨの国の姫。「ですねぇ」みたいな感じで話す。銀色の髪。
エスティ / レイファ地区の翼を持つ種族シシリー族の少女。弱いが千里眼を持つ。ベヒーモスの感情を読み取ることができ、ベヒーモスのことを心配している。
「たらふく飲み食い! 寝て! 気付いたら昼過ぎ! ですわ!」
気付くと太陽は高くのぼり、真上を過ぎています。
「……もうベヒーモス見えてるじゃないですか」
「影が……ルビー……来てくれた……のかな」
「良かったですねぇ。まだギリギリ到着してなくて」
ツキノの言う通り、危うく計画失敗になるところでした。
「もう暴れに暴れ、帰っていきましたよ! とか言われたらどうしようかと思いましたわ」
「穏やかな朝を迎えられましたねぇ」
「昼ですわ!」
あたりではドレープの守護兵士たちがベヒーモス撃退の準備をしている。
慌ただしく、急いで、声をあげている。
「準備をしろ! バリスタ! 大弓! 落石!」
「魔法使いはいないようですわね。オルカ、今回は封印魔法は無しでお願いしますわ」
「……何故ですか?」
「睾丸の味が落ちるからですわ」
「…………」
わたくしたちの目的はベヒーモスを倒すことでも、撃退することでもありません。
睾丸を切り取ることですわ。
「ルビー、見えてきたわ」
ズシン、という音が近付いてくる。
その度に地面は大きく揺れた。
見えた……。
緑色の巨体、鼻先の紅色の角……。
「来たぞ! ベヒーモスだ!」
「皆さん! 睾丸だけは狙わないでくださいませ! 痛みが強すぎて暴れる可能性があります!」
わたくしの言葉に兵士たちは応えます。
「了解! ハンターからだ! 睾丸は狙うな!」
「睾丸ってなんだ!」
「金玉だ!」
「金玉了解!」
何かに気付いたのかオルカが言いました。
「……嘘ですね」
「味が落ちるからですわ」
ベヒーモスがゆっくりと砦の内部へと侵入してきました。
「落石準備!」
丸刈りの兵士が叫びます。
「いけ!」
人と同じほどの大きさな石……岩と言ったほうが良いかもしれない……がベヒーモスの体へと落ちていきます。
「ルビー、暴れないで……耐えて……」
とエスティは呟きます。
ベヒーモスに落石は全く効いておりません。
「攻撃しないで、とも言えませんしねぇ」
「ある程度、人間たちにも矜持は必要ですわ」
自分たちでベヒーモスの撃退に加担したという気持ちがないと、今後のとめに良くありません。
「バリスタ用意! てぇーーー!!」
次はバリスタが雨のように降り注ぎました。
「ブモーーーー!!!」
流石のベヒーモスも皮膚に直接矢が刺されば、声をあげます。
「耳栓用意!」
兵士たちは耳栓をして、咆哮をやり過ごします。
「ブモブモ!!!」
「足が早まっている! 続けて攻撃しろ!」
ベヒーモスはそろそろ砦の中程にさしかかりますわ。
わたくしたちも決戦に向けて、気持ちを高めます。
「準備します。降りますわ!」
「……お嬢様!」
「エスティを信じておりますわ!」
意を決して、わたくしはベヒーモスの下へと向かいます。
「ブモーーーーーーー」
ベヒーモスは声をあげ、砦の左右に体当たりをします。
破壊され、落下していくバリスタ。
「拙たちの出る幕はありませんわね」
「……興奮しすぎている……」
兵士たちは撃退させるために最後の猛攻撃を加えます。
「攻撃の手を緩めるな!」
「ブモモモモーーーーー!!!」
ベヒーモスは一層激しく暴れ、足元のわたくしはランダムに動く巨大な足に手間取っておりました。
「くっ! 睾丸にたどり着けない……!」
一瞬のミスでペラペラに潰されてしまいます。
このままでは、砦は破壊され、ドレープの町も蹂躙される……。
そしてその先のセントラルの商業区やグラン・バリテなども破壊され、統一王国は飢餓と貧困のうちに破壊される……。
「……落ち着かせる魔法を使います!」
味なんて関係ない。
オルカがそう考え、詠唱に入ろうとした時、砦の中に澄んだ声が響きました。
「ルビー!!」
「ブモ!?」
エスティとベヒーモスがお互いを見つめます。
ベヒーモスは動きを止めました。
わたくしは駆け出します。
そして……
「今ですわ!」
走りながら、大剣に力を入れます。
「咆哮せよ、バルディエル・ソルガ」
跳躍し、2つの巨大な睾丸へ狙いを定めます。
「天縫一閃」
「さよなら、ルビー……の睾丸」
エスティの声が聞こえました。
「クラウソラス!」
一閃。
睾丸は地面に落ちました。
「落ちた!」
わたくしは叫ぶと顔をあげ、エスティを見ます。
すでに彼女は詠唱を始めておりました。
「……地脈と時の神の名の元に。円環の終始に在るものよ、応えよ。全ての負傷に癒しを。全ての痛みに落涙を。魂の救済はそこに在らん」
ベヒーモスは切られたことに気付いておりません。
「エヴァ・アルレント」
祈跡が金色の魔力を帯びて発動し、ベヒーモスの体を包んでいきます。
神秘的なその光景に誰もが目を奪われました。
ベヒーモスの傷は全て……もちろん睾丸の跡も……癒えていきます。
「ルビー、思い出した? 私よ、エスティよ」
「ブモ……」
「これからは一緒に旅しよう」
「ブモモ……」
エスティは浮遊し、ベヒーモスの鼻先を抱きしめます。
「ブモゥ……」
ベヒーモスは後ろに下がり、砦の中程まで戻ります。
エスティは飛行しながら、手を振りました。
「待っててルビー! 私、あなたの睾丸を食べてくるから!」
「ブモ!?」
何かに気付いたベヒーモスですが、落ち着いています。
そしてゆっくり目を閉じると寝息を立て始めました。
「ブモモモ……」
ツキノとオルカも下に降り、一緒にその姿を見上げておりました。
「眠った……ですわ」
「本当に落ち着いてくれましたねぇ」
「……やった」
わたくしたちがふぅ……と息を吐くと、やや遅れて兵士たちから歓声があがりました。
「やった……やったぞーーーー!!!!」
「うおおおおおおおおお!!!!」
「ハンター! ハンター万歳!」
「ハンターじゃないですけれど、ありがとうですわ!」
わたくしたちは砦に集まった人々に手を振ります。
丸刈りの兵士が駆けてきて、睾丸に触れます。
「ありがとう! お目当てはこれだったのか……!」
「でっかい睾丸ですわねー!」
「1mぐらいでしょうかぁ?」
「2個綺麗に切れてる」
「すぐ最高の料理人に準備させるよ!」
そして、兵士はグッと親指を立てました。
「金玉のフルコースだぜ!」
「や、やりましたわー!」
「……長い戦いでしたね」
そこにエスティが降りてきて涙を流します。
「良かった……私、全てがうまくいくなんて……思ってなかった……」
「ルビーはなんて言ってましたの?」
「君に逢いたかったって……」
嗚咽を交えながら、彼女は続けます。
「そのためにここまで来たって……」
きっと、これは本当なのですわ。
わたくしたちはエスティとルビーが心を通わせるのを実際に見ましたから。
「大好きだって……」
愛……それゆえの行動だったのです。
「まず初めは村に行こうと思うわ。でもびっくりしちゃうかな」
「すべては、睾丸を食べてからですわね」
「ドレープで1番の料理店を貸切にしてくれるそうよ。町の人は祝いの祭りの準備だって」
昼までガッツリ寝たにも関わらず、わたくしたちはすっかり疲れてしまっていたのでした。
睾丸を食べて、英気を養うにはもってこいと言ったところですわ。




