ワイバーンの翼膜1
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。
聖歴1892年 始の月
〈大陸の台所〉グラン・バリテは様々な民族、生き物、モノで溢れていました。
中央の旧統一王城から広がる10の市場通り。
その西南の大通りで……。
「さて! 行きますわよオルカ!」
「……はい」
盛り上がる気持ちのわたくし、そのいっぽうでオルカは遠くを見て呟きました。
「……本当は王国付き魔法使いとして、高位魔法ぶっ放す戦場とかが良かったなぁ」
「何か言いました?」
「……いえ……あ」
言いながらオルカは像を見上げます。
「……伝説のモンスターハンター・アルバの像」
「懐かしいですわぁ。若い頃ですわね」
「……懐かしい?」
「あ……いえ」
わたくしには前世とその前の人生の記憶があります。
前世はモンスターハンターで、アルバという名前でした。
だから心の中はアルバ……だったのですが、アリシアとしての人格が形成されていくにつれ、アルバとしての人格は薄れていきましたわ。
もちろん、言葉遣いも王国の高貴なしゃべり方に準拠して……。
しかし、知識は残っているのです。
例えば、ワイバーンは火球を放つ時に溜めが必要だとか、大剣を扱う時の体捌きをどうするかとか、です。
アルバの前の人生の知識もあります。
ほとんどもう夢で思い出すくらいですが、シブヤとか、ケイオウハチオウジとか、ランデンテンジンガワとかカッコいい言葉なんかは特に覚えています。
確か必殺技の名前でしょう?
そんなことを考えていると「ふー」とオルカが声を出しました。
黒服の少女はその服と同じ黒髪を手で触れながら、背伸びをしました。
そして、わたくしをのぞきこみながら、問いかけます。
「……あの場ではあえて聞きませんでしたが、目的はなんですか? 観光ではないでしょう」
「ふっふっふ」
「……いらない不敵な笑みだなぁ」
「統一王国内といえども様々なゲテモノを食べるのは容易ではありませんわ。市場に簡単に出回るなら給仕長が準備できますもの」
「……まぁ、捨てられてしまう部位や食に適さないもの、保存が効かないものがほとんどでしょうからね」
その通りですわ!
武具として加工されてしまうなど、その他本当に多くのモノに利用されてしまいます。
また、どんなモンスターがどこで食べられるか、そういったこともわかりません。
「良い着眼点ですわ。その通り!」
「食者が直接出向かないと、レアなゲテモノを食べることは難しいのです」
「……食者……?」
「わたくしも前世の記憶、げふんげふん! 色々なお話を聞いてでしか知らないですし、まとめた本などもありませんの」
アルバの頃に食べ歩いたモンスターの記憶はうっすらと残っています。
だがそれもほんの一部でしたわ。
今もう一度食べたいと思っても、なかなか難しいですが……。
「しかし、そのノドから手が出るほどの情報は……ある情報屋が持っているらしいのですわ!」
「……一部の人しかノドから手が出るほどじゃないけど」
「アンダーグラウンドマスター……〈裏〉ではそう呼ばれていますの」
「……かっこいい……」
「その情報屋を探すために! グラン・バリテに来たのですわ!」
「……はぁ」
「あれ?」
「……あ、まずい。温度差が……へぇ〜!! そうなんですね〜!!」
「よしよし。ではとりあえず行きますわよ」
そんなこんなで、わたくしたちは手探りで探しはじめました。
10ある市場通りのひとつだけでも、地元である城下の市場ぐらいはありました。
もともとグラン・バリテは2世代前の前々王の城下街でした。
もともとテリエルギア統一王国は様々な国家がひとつになった、いわゆる連邦・連合国家です。
1世代前から国王は持ち回りになり、今はわたくし、アリシアの父……ロアが統一王となっています。
しかし、平和な時代において、いや、戦乱の時代でも、統一王の仕事は……それぞれの国王にとって厄介モノですわ。
誰も名乗りをあげる風潮もない上、そんな余剰ある国力があるのはテメラリオ王国ぐらいなので、次代の王も何となくアリシアになるだろうと誰もが思っています。
「……グラン・バリテは大陸の台所の異名通り、すさまじい市場の規模ですね。端が見えませんよ」
「これがすごいのは曜日市ではなく毎日開催されているというところですね。商人もひっきりなし……そしてこの混雑でもまだ目抜き通りではないという」
市場には見慣れない生き物の肉、フルーツらしき果実、それにスライムや亜人種であるゴブリンの丸焼きなども、ぶら下がっています。
「……これでも、統一王国内の主要国はある程度行ったことがあるのですが……見たことのないものがたくさんあります」
「でも、これだけの量でも、わたくしの望むものは簡単には見つけられないのでしょうね……」
食べ物だけではなく、武具や生活用品、ペットや家畜なども売っていました。
そんな中、目に入ったのはふわふわの小さな白と灰色の生物。
「あっ! 見てくださいませ! ダイアウルフの仔犬ですわ!」
「……かっ、かわー」
言葉の途中でオルカは、舌を出した可愛い生き物とわたくしを交互に見ます。
「…………」
「食べませんわよ! いや、ダイアウルフは!」
と言った後で、小声で付け足しました。
「魔犬類は食べますけど」
生物と魔物……モンスターの違いは簡単で、魔法や魔法に似た力をもつものをモンスター、魔物と呼びます。
つまり、自分で魔力を扱う力があるものはモンスターなのですわ。
そういう意味では人もモンスターなのですが、基本的には骨格がヒトであるものは全部人間と呼ばれています。
ハーピーや人魚、ゴブリンはモンスター……ケモミー族やシシリー族など動物的特徴を持っていても骨格がヒトなら人間なのですわ。
「すべてのモンスターは食べ物ですわ〜」
「……徐々にお願いしますよ。徐々に」
「ええ、そうですわね。あっ! 見てくださいまし!」
「……嫌な予感」
「神の飲み物、ティヒャテですわ!」
「……わぁーバケツに入ってるぅ! 神の飲み物なのに!」
その青色に塗られた木のバケツには、沼をそのまま召喚したような色の飲み物? が入っていました。
「西南の小国メヒーカの神に捧げる飲み物ですの。本来はお祭りの時しか飲めないはずですのに! さすが大陸の台所ですわ!」
オルカが小さく「あっ」という前に、わたくしは市場の女性に声をかけました。
「買いましょう! おふたつお願いしますわ」
「あら、元気なお嬢ちゃん。よく知ってるね」
透明で薄く伸縮性のある袋状の実……ビニルの実にティヒャテを組み入れると、女性は2つの袋にストローをさして、こちらに渡しました。
「ずっと飲みたいと思ってましたの。ありがとうございますわ」
「……すごいな。泥のようなカラーリングだ」
「何か言いまして?」
「……いえ」
2人が同時にティヒャテを嚥下します。
「……む」
「美味しい。甘いですわ! カカオの花や豆類、マメイの種を使った飲み物ですのに、こんな甘いなんて!」
「……美味しいですね。なるほど神の飲み物というのも納得です。これはマジックポーションに近い効果があるようです」
オルカも好感触だったらしく、すぐさま飲み干していました。
あんなに、目を細めていたのに……。
屋台の女性と世間話をしながら、わたくしは問いかけましたわ。
「あの、すみません。わたくしね、簡単には食べられない料理の情報が欲しいのですわ。お母さん、知りませんかしら」
「……うーん」
「お嬢ちゃんたち、良い子だから言うけど……やめときな」
「……なぜでしょう」
「情報屋ってのはね、スラムや裏路地にいるもんさね。そんなとこに行くなんて……観光客じゃぁ、危ないってもんさ」
「わたくし、裏路地大好きですわ」
「……まぁ、そこら辺のごろつきなら秒ですね」
「面白いこと言うじゃないか。冗談はよしてくれよ」
ふふ、と言いながら女性は言葉を続けました。
「ワイバーンの翼膜を食べれるところを探してみな」
「ありがとうございます!」
「……探してみますか」