ベヒーモスの睾丸3
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。前世は伝説的ハンター。前々世は現世人。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。戦闘狂。
ツキノ / 統一王国外のトコヨの国の姫。「ですねぇ」みたいな感じで話す。銀色の髪。
エスティ / レイファ地区の翼を持つ種族シシリー族の少女。弱いが千里眼を持つ。ベヒーモスの感情を読み取ることができ、ベヒーモスのことを心配している。
驚くエスティに対して、わたくしの代わりに、ツキノが言葉を続けます。
「ベヒーモスが暴れている原因は発情期によるものであるそうですね」
「え……ええ、そう。そうなの。あと……もうひとつ、私はあなたたちに隠していたことがある」
ひと呼吸置いて彼女は言いました。
「私は心が見えるときがある。それはモンスターも同じつまり……」
エスティはわたくしたちを見据えます。
「ベヒーモスの心が見える」
「……心が……?」
「私とベヒーモスは複雑な縁で結ばれてるの。だからわかる」
「では、襲撃のときのベヒーモスの気持ちもわかるんですの?」
エスティは頷いて答えます。
「わかる」
ひと呼吸置いてからエスティは続けました。
「そして……彼の暴れてる時の気持ちはこう」
彼女はやや上を向いて手を広げ、口を開きました。
「ピー! ピー! ピー! ピーーー!」
「……あぶない。自主規制の魔法が間に合って良かった」
「やりますわね。無詠唱ですの!」
「火事場の馬鹿力ですねぇ」
「でもピー! って交尾したいってことだから別に良いと思うけど」
「……ほぼわかる!」
どうやら、ベヒーモスの頭は言ってはいけない言葉でいっぱいになっており、それを発散させるために街や村を破壊しているようです。
「彼が暴れる理由は抑えきれぬリビドーの暴走なの」
「青少年って感じですわね」
「モンスターの心がわかるってのも中々に考えものですねぇ」
「だから睾丸を切り取るってのも合ってる。ベヒーモスのメスはもう大陸にはいないから」
ベヒーモスは現在、大陸に1頭しかいません。
貴重であるとか無いとかよりも、単純にベヒーモスは脅威ですから、このままではハンターギルドによって討伐命令が出てもおかしくありません。
現在ベヒーモスを狩ることができるハンターがいるかどうかも……難しいところです。
そのため、要塞都市などによりバリスタでの攻撃や波状攻撃など、かなり手痛いやり方になる可能性が高いです。
何より、準備よりも早く、全てが崩壊する可能性も高いですの。
「あなたたちがルビー……ベヒーモスの睾丸を……そして、私がヒーラー、回復術師であるのも巡り合わせなのかも」
「それは素晴らしいですね」
「痛みさえないほどの斬撃なら、即座に癒しの魔法で切られたことにすら気付かない回復ができる」
言い終えて、エスティは遠くを見つめました。
「そう……じゃ、運命なのね……」
ふう、と深い息を吐くエスティ。
「彼も苦しんでいた……長い間……これで解放される」
「でも、ベヒーモスの行動を予測することなんて出来ますの?」
「ある程度は。恐らく1日後にここから北東のアーヴァリの街で」
「では、そちらに転移魔法を使って待ちましょう!」
こうしてわたくしたちはトントン拍子にことが進み、アーヴァリへ向かうことになったのです。
アーヴァリは砦があるわけではなく、ベヒーモスに襲われたらひとたまりも無さそうです。
人々はベヒーモスが迫っていることなどつゆ知らず、平穏な、いつもと変わらない日々を送っているようです。
到着すると、エスティが指さします。
「この辺の有名なゲテモノ……地方料理としたらこれだね。一世紀卵」
「……一世紀……!?」
オルカの驚きに小さな笑みを漏らすエスティ。
「100年ものはほとんどないわ。大体が20年だから、ほんとは四半世紀卵なの。カラドリウスの卵とかどう? 大きいよ」
「本当ですわ! これにしましょう!」
「シシリー族は制空権の戦いが長かったから。他では霊鳥や神鳥とされる鳥型モンスターも食べちゃうわ。本当はカラドリウス自体も食べられるらしいんだけど、乱獲でほとんど姿を見ることがないから……まぁベヒーモスに比べればレアじゃないけどね」
シシリーは飛ぶことができるので、空を仕事場にすることも多いのでしょう。
自然、飛行するモンスターは天敵となり、つまりは危険が増えることになります。
恐らく文化の発展の過程で、通常とは異なるモンスターとの戦いが起こったのでしょう。
霊鳥カラドリウスもかなり数を減らしましたが、確かにベヒーモスに比べればレアではありません。
ツキノが答えました。
「ベヒーモスは大陸に1体だけですからねぇ」
早速わたくしは人数分の世紀卵を屋台で購入しました。
「……卵がゼリー状になってる……! でも美味しい……」
「塩味があってご飯が進む感じよね」
「アンモニア臭が多少ありますけれど、すっきりとしていて卵の黄身の味もありますね」
「カラドリウスの世紀卵という名称が素晴らしいですわ! わたくしたち、ここまで来たのですわね……」
もはや、ワイバーンの素材を探してさまよったことが懐かしいぐらいですわ。
カラドリウスの卵も本来は簡単に食べることができません。
「なんだかんだいってベヒーモスの睾丸も大陸にひとつ……いえ、ふたつしかありませんものね。レア度的にはいきなり大出世ですわ」
「……ゲテモノ愛好家としてある程度認められたってことか……」
オルカとわたくしの会話を聞いて、エスティが驚きの声を上げました。
「あなたたち、まさかベヒーモスの睾丸を食べるつもり!?」
「えっ……逆に何のために切り取ると……?」
「あっ、てっきり彼の暴走を止めるために雇われたハンターかと……」
「わたくしたちはただのゲテモノハンターですわ! 切り落とすだけなんてもったいないではありませんの! まさか防具にできるわけで無しに……!」
「……ベヒーモスの睾丸装備……」
「もちろん、ベヒーモスの暴走を止めるためにやって来たというのもありますけれど……」
ツキノの言葉をさえぎるように、アーヴァリの通りに声が響きました。
「大変だー! ハニズの村がベヒーモスに襲われた!」
「なんですって……!?」
わたくしは思わず呟きます。
「ルビー……まっすぐ進まなかった……? そっちに進めば……」
エスティが遠いどこかを見て言います。
わたくしは落ち着いて、急ぎベヒーモスのもとへと向かいます。
「行きましょう。オルカさん、転移魔法を」
「……開闢。存在よ、転移せよ。此岸と彼岸の間に相違無し。ルビコンを渡せよ。飛来せよ、パスアイル」
詠唱が終わり、開いた魔法の扉へとわたくしたちは急いで駆けました。




