ブラウニーのブラウニー3
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。前世は伝説的ハンター。前々世は現世人。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。戦闘狂。
ツキノ / 統一王国外のトコヨの国の姫。「ですねぇ」みたいな感じで話す。銀色の髪。
ブラウニー / 家事妖精。基本的には幼い少女の姿で現れると言う。家主が家事できるようになると、他の家を求める。料理・洗濯・掃除……家事仕事を生きがいとする。
ブラウニーたちはもうすでに準備を始めておりましたわ。
手際よく、ブラウニーたちは料理を進めていきます。
「まずはバターとチョコレートをまぜるんですね。良い匂いです」
ツキノの言葉通り、部屋の中にはバターとチョコレートの濃厚な匂いが充満しております。
「……手伝いたくなっちゃうなー」
「ダメですよぉ。ブラウニーのお手伝いをしては失礼に当たります。お前たちの仕事は半端だ、と思われるのだそうです」
ブラウニーたちは小さく、妖精としてもそこまで人智を超えた能力を持っていません。
そのため、イスに乗ったり、台所に立ち上がったりして工夫しています。
「次はたまごと砂糖、そして塩も入れてまぜるのですわね」
「手際が良いですね」
しかし、そこは妖精。
無駄な動きがありません。
「仕事のプロですわ」
それを見て、ツキノは姫らしからぬ言葉を呟きます。
「洗い物が多くても自分たちで洗ってくれるなんて素晴らしいです」
まぜたチョコレートバター、たまごを混ぜ合わせます。
「そしてふたつをまぜると」
歌声が聞こえます。
ブラウニーたちは歌いながら料理をします。
このブラウニーの鼻歌は聞くと幸せになれるとすら言われている……いや、ブラウニーがいる時点で幸せですのに……ものです。
「……かわいい〜」
オルカは可愛いものに目がないのですね。
わたくしがペットを飼えば、喜ぶでしょうか。
「あれは、ハーブですの? わかりませんわ」
「オリジナル感が出てきましたね」
ブラウニーのブラウニーらしく、素材は彼女たちがすでに手に入れていた野草や実も使うらしいですわ。
「……何かの実を砕いたものと……薄力粉ですか」
「この状態でも美味しそうですわ!」
「……確かに」
ペーストになったブラウニーのブラウニーのもとを焼いていきます。
「そして、オーブンに入れてぇー」
「わ! 膨らんできましたわ!」
成形してきた熱々のブラウニーを取り出し、彼女たちは左右からふーふー息をかけています。
「冷やしてますね」
「……フーフーの意味!」
その愛らしい仕草は時間を忘れて見続けられるもので、いつの間にかブラウニーのブラウニーが完成しておりました。
「「「わー!」」」
思わず声を上げ、拍手するわたくしたち。
ブラウニーたちも誇らしげです。
「お風呂上がったよぉ」
「良い匂い〜!」
おばあちゃんとノアが歓声を上げます。
「「わー!!」」
1時間ほどで完成したでしょうか。
魔法を使っていないのに、魔法を使ったほど早いのは流石、妖精の料理といったところでしょうか。
時間の概念が関係していない神秘的なものを感じますの。
恐らく、普通のブラウニーなら、あら熱をとるまでこの数倍はかかるでしょう。
「懐かしいねぇ。あのまんまだねぇ」
おばあちゃんの感動は何十年もの時を超えたものです。
懐かしい思い出が去来したようで、おばあちゃんの目は少し潤んでいるように見えます。
「これが……ブラウニーのブラウニー」
ノアが呟きました。
「ノア、よく乾かすんだよ。じゃ、ミルクを準備して……」
ブラウニーたちは協力して最後の盛り付けや飾り付けをしています。
「あ、ブラウニーたちが仕上げをしてますの」
「……映え〜!」
可愛らしい動作、可愛いらしいブラウニーのブラウニー……全てが癒やしという感じでした。
「召しあがろうねぇ」
わたくしたちはブラウニーのブラウニーを目の前にして、垂涎の寸前で据え膳でございましたわ(韻を踏んでいますYO)
そしてフォークを入れてひと口……すると、ブラウニーのチョコレート味がとろっと口の中でとろけていきましたわ。
「これはチョコの宝箱ですわ〜!」
「……ほんとだ。こんな美味しいブラウニーはじめて」
「ふわふわで、深みのある不思議なお味ですねぇ」
わたくしたちはそれぞれ感動の声を上げます。
「ブラウニーのブラウニーなんて初めて食べたよー」
とノアも嬉しそうです。
おばあちゃんは頷きながら、何も言いません。
あまりの感動に、まさしく言葉を失ったという感じでしょうか。
無論、良い意味で、ですわ。
「何かの実の味がしますわ」
「これはリムーの実だね。この辺りの森でしかとれないみたい」
ノアが言います。恐らく、自分でも摘んで食べたことがあるのでしょう。
「つまり、ブラウニーのブラウニーは本当にこの辺りでしか食べられないのですね」
「……土地神に近いのかな、ブラウニーは」
「妖精が作ったブラウニー……美味しすぎますわ……」
ブラウニーが入れていたハーブやリムーの実がアクセントとなり、単に甘さのあるスイーツというわけではないのが素晴らしいですわ。
テリエルギア統一王国の宮廷料理で出てくるスイーツは基本的に雑味のない純粋な甘さばかりを追求しておりますから、食べていて飽きてしまう。
いっぽう、このブラウニーのブラウニーは食べるごとに違った感覚が現れ、飽きのこない甘さに仕上がっております。
「ゴーレムが淡白で美味しかったですけれど、このブラウニーは本格的なお菓子路線って感じですねぇ」
「……上質な菓子って砂糖の甘さだけ際立ってて全部同じって気がしますけど、ブラウニーのブラウニーはそれだけじゃない甘みがありますね」
ツキノとオルカの言う通り……わたくしも同じ感想を抱いておりましたわ。
そんでこれがミルクと合いますのよ!
奇跡的な組み合わせですわ。
「売れるに決まってますの」
ブラウニーのブラウニーは本当に美味しくて、本当に手が止まりません。
お店で売っていたブラウニーの方も気になります。
「おばあちゃんが作ったブラウニーのブラウニーも楽しみです。あれ? おばあちゃん?」
見ると、おばあちゃんの目からは涙が次々と溢れています。
「泣いてらっしゃいますわね」
ようやく、おばあちゃんは口を開きました。
「感動してしまってね……久しぶり……だったから……」
途切れ途切れに、バチャおばあちゃんは言葉を紡ぎます。
「ブラウニーたち……ありがとうね。また戻ってきてくれて。わたしはおばあちゃんになってしまったけれど……また会えて嬉しいよ……」
微笑みながら、おばあちゃんは言いましたわ。
「これからは家事をサボりまくるよ」
わたくしたちもそれを聞いて、笑みを漏らしました。
「嫌な発言なのに感動ですわ」
はは、と小さく笑い、おばあちゃんは続けます。
「ノアに狩りやブラウニーの作り方を教えなくてはならないからね。ブラウニーのブラウニーは……永遠だよ」
「おばあちゃん……わたし、頑張るよ……!」
「……良い子すぎて……!」
オルカもまた感動しております。
「さて、こうしちゃいられない。レシピを思い出そうねぇ。見てたんだろう、嬢ちゃんたち。教えておくれ」
「ええ! もちろんですわ。それがわたくしたちの恩返しですわ」
「恩返しなんて、感謝したいのはおばあちゃんたちだよ。またブラウニーたちが戻ってきてくれたし、孫も出来た……」
ありがとうねぇ、と言いながらおばあちゃんは涙をぬぐいます。
「おばあちゃんは幸せ者だよぅ」
そして、わたくしたちの方を見て言いましたの。
「お嬢ちゃんたちも、孫だと思っているからね。いつでも来るんだよ。辛くなったらおいでな」
「ありがとう。おばあちゃん」
元アルバとしてのわたくし。
アリシアとしてのわたくし。
おばあちゃんはその両方を快く受け入れてくださいました。
わたくしはもうひとつの家が出来た、そんな気がしました。
「……あ、なんだろう。デジャヴ?」
「ごちそうさまでした。これ以上いたら手伝ってしまいそうですわ」
それは本末転倒。
この家はいくらでも甘えて良い……ブラウニーがいるのですから。




