ゴーレムを食べよう6
【主な登場人物】
アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。前世は伝説的ハンター。前々世は現世人。
オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。戦闘狂。
ツキノ / 統一王国外のトコヨの国の姫。「ですねぇ」みたいな感じで話す。銀色の髪。
ロロロ / カーレ地方ナビア族。青い肌で海棲生物に似た頭。ギシキの先導者。背が高い。
ジャングルのなかを歩いて1時間ほど。
もうすでに日は変わったであろう時分に、わたくしたちは小屋に到着しました。
「ここですの……!?」
そこは小屋というよりは廃屋でした。
二階建てなのですが、明かりもなく、緑色のコケに覆われた丸太を適当に組み合わせたような感じでしたわ。
「はい。このへんはマブーカだけでなく、ラーヴァンもでるから、みれるといいね」
「ラーヴァンとはなんですか?」
「ラーヴァンはカーレちほうの、とくにナビアのすむところにいる、にくしょくのいきもの」
ロロロの言葉にツキノがつけたします。
「毛のない体に波模様、形は虎に似てますが、触角とかがありますね。昼間は発光しています。来る前に調べました。要注意だそうなので」
「ラーヴァンにおそわれたらきほんしぬ」
「基本……」
わたくしは一瞬絶句し……。
「はわわわ」
となりましたわ。
前世がハンターだったとは言え、素手で猛獣と渡り合える気はしません。
「……ま、なんとかなると思うけど」
戦闘狂は基本的に血を求めています。
動物観察小屋の1階は居住スペースがありません。
ベンチと椅子だけです。
ハシゴを使って動物観察小屋の2階に登ると、そこは思ったよりも広く、汚く、雑然としていました。
「じゃ、ベッドをつくるよ。ここにわらがはいってるから。ひとりひとつかみね」
「これは……」
「まくらです」
「…………!」
ロロロの言葉に対してオルカは目を見開きました。
わたくしは続けて質問します。
「この……木のベッド? に寝ますの?」
「はい」
「……はい……」
「さ、おりて」
あまりにも簡素すぎる宿紹介。
ひえっ……。
こんなもの当たり前だ、と言われないレベルに当たり前なのかもしれませんわ。
「じゃ、まわりのたいまつにひをいれるよ。このイタにナビアのこのもじをかいて……」
「こうですの?」
「そう。そしてふるいナビアごでえいしょうをする」
「アーキ・ロア。ルーア・ヴァリ、ブロ」
「火がつきましたー!」
「つけてまわります」
「……ちょっと野盗のアジトっぽくなった」
「野盗って……でも言っちゃ悪いのですけれど、確かに……」
ダンジョンの周りを根城にしている盗賊の住処は確かに、こんな感じの丸太で出来ていますわね。
「それじゃ、よるはマブーカをとります」
「マブーカは確か、ラーヴァンと似た見た目の、シカに近い生き物ですよね」とツキノ。
「そう。はやめにケリをつけなくちゃいけない。じゃないと徹夜になる」
別に食べなくても良いんですけど〜!?
でも言っても多分、ギシキの過程だから、といって一蹴されるのがオチですわ。
「……さっきゴールデンヘラクレスが全然見つからなかったのに、今度はシカを……」
ギシキの疲労がピークに達しているオルカが呟きます。
「そもそもオルカが探索魔法を使えばそれで終わりではなくて?」
「ナビアいがいのまほうをつかったら、ポインツさがるけどいいの?」
「……いいけど……」
「テンションもさがるけど」
「だめですわ! やはりギシキはナビアの皆さんと同じ条件でないと!」
わたくしの言葉を聞いて、ロロロは「すばらしいね」と応えます。
しかし、これはわたくしの本心でした。
素晴らしいものを得るためには、相応の大変さが必要なのですわ。
「じゃ、このユミとヤをつかって」
「弓ですか。それなら多少心得があります」
「なら大丈夫ですわね!」
「じゃ、かえるね」
「……なっ!?」
「これはギシキのシレン。つかれたからかえるわけじゃないよ」
「…………」
「つかれたからかえるわけじゃないよ」
「……はい」
「あしたのひをおがめるか、さもなくばシだ」
そう言ってロロロは闇の中に消えていきました。
「……なんか盗賊みたいなこといって去っていった」
「でもそういう状況ですわね」
それから1時間後……幾度となく全員がスヤァという声をもらした時、やっとマブーカが姿を現したのです。
「……いた……」
「やりますわ」
「……お嬢様は弓矢の心得があるのですか?」
「小さい頃に老ストリエラに習いましたわ」
そう。わたくしも忘れていましたけど前世は伝説的なハンター。
アルバの感覚を思い出し、わたくしは集中しました。
「参ります」
スパァン!
風を切る矢がマブーカの背後1メートルほどの木を貫きました。
おかげでマブーカには気付かれずに済みましたの。
外れました。
「まぁこんなものですわ」
「……ツキノー!」
わたくしが言うのとオルカが声を出すのはほぼ同時でしたわ。
「はい」
すでに構えていたツキノから放たれた矢は、正確にマブーカの頭蓋を貫きました。
「よし。作戦通りですわね」
わたくしたちは3人でマブーカを小屋の下まで運びました。
「さて。ロロロさんが帰ってしまったので、わたくしたちだけでマブーカを料理しなくてはなりませんのね」
「……解体は私も出来ますが……」
「ではわたくしが指示しますので、動いてください」
「……お嬢様は何を?」
「わたくしは応援しますわ」
コホン、と咳払いをしてわたくしは続けます。
あんまり冗談を言うと、このストレス下では怒られる可能性がありますから。
「ちょっとアレな感じかもしれませんので、オルカは閲覧注意の魔法……モザイクの魔法をかけてくださいませ」
解体は早かったですの。
わたくしも知識としてはワイバーンなどのモンスターの解体知識は持っています。
けれど、アリシアとしての細腕ではマブーカの解体は難しいかもしれません。
オルカより立派な腕周りをしているのは、秘密ですわ。
「出来ましたわ〜!」
マブーカの皮はしっかりとしていて美しく、それでいて弾力性のあるものでした。
「シカというよりも魚類の皮に近いですわね。これはロロロさんに差し上げましょう」
「調理はぁ、拙が行ってよろしいですか?」
「ええ! トコヨ風も良いですわね!」
「ではハンバーグにしましょう」
「……トコヨ風……?」
「わーい! ハンバーグ! ハンバーグ!」
「トコヨではシカのハンバーグも食べられていますから」
ツキノの料理は慣れたもので「シカがマブーカに変わっただけですから」と涼しげな顔をしていました。
本人だって早く寝たいでしょうに……。
「どうぞぉ」
出てきた料理はまさしくハンバーグでしたわ。
多少、色が白いですけれど。
「すごい! 本当にハンバーグですわね! 良い匂い〜」
「ツナギの調味料は持っていましたし、マブーカは魚肉にも似ているのでツミレに近いかもしれませんね」
食べてみると、その味はとても面白いものでしたわ。
「……本当だ! 味はシカよりも魚肉に近いですよ」
オルカはかなり好感触だったようで、フォークを進める早さもかなりのものでした。
「でも肉汁もしっかりありますわね! 面白いですわ」
「……舌触りも素晴らしいです」
「無心で食べてしまいますねぇ」
「そして、すっかり深夜ですわね」
辺りでは聞いたこともない生き物の鳴き声が聞こえ、それも最大音量で響いています。
「……洗い物は朝に行うとして、食べなかった頭部はここに置いておきましょう」
オルカは言いましたが、ひとつ、次の言葉を言いよどみました。
「……万が一、肉食動物……ラーヴァンに襲われないように」
「そうですわね。では、動物観察小屋に戻りましょう!」




