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プロローグ1

【主な登場人物】

アリシア・テメラリオ / テリエルギア統一王国の王女。〜ですわで話す。探訪記の書き手。金髪。


オルカ・ストリエラ / 王国付き魔法使い見習い兼付き人。「……」をつけて話す。黒髪黒ドレス服。


聖暦1892年 始の月


 この日は記念すべき日でした。


 わたくしの門出の前日ですわ。


 思い出しながら、旅行記として書きはじめることにしますの。


 わたくしは父と母、付き人たちに囲まれて夕食をしていました。


 目の前には豪華な料理……テリエルギア統一王国が誇る宮廷料理、その様々な食材を使った品々がきらびやかに並んでいます。


「美味しいですわ。お父様」


 わたくしはひとつ息をついて、優雅に答えます。


 付き人さんたちが作ってくれた金色の髪を撫でると、光が流れていくようにツヤが輝きます。


「そうだろう? 統一王国指折りのシェフじゃ。他の国の料理ももちろん、一流の食材を一流に料理出来る」


 父である統一王ロア・テメラリオは満足そうに大きな腹を抱えて、満面の笑みを浮かべています。


 わたくしと同じ、金色の髪の壮年の男性。


 その様子を見て、なんか金髪のエビス様みたいだなぁと思いました。


「えぇ。ボン・ジョ・ジョンは素晴らしい料理人です」


 優雅なオーケストラが聞こえるような、そんな夜のひと時。


「口に入れた瞬間にふわり、ととろける肉……絶妙な焼き加減で作られたまさに肉のトロ……」


 わたくしは思わず表情をゆるめ、恍惚そうな表情を浮かべましたわ。


「このホーンヴォンのお肉は……いくら食べても飽きませんね」


 ホーンヴォンは前々世でいう牛に似た生物です。


 っていうかほぼ牛ですの。


 味も牛に似ています。


 牛ですわ。


「この野菜のテリーヌや、バーニャカウダもよく出来ていますわ。野菜とアンチョビの舞踏会さながら、完璧な両者の調和です。毎回の料理にこれだけの手際、素晴らしいですわ」


「そうじゃ。素晴らしい。ボンくんにありがとうと伝えてくれ。老ストリエラよ」


 アリシアの隣に控えるのは王国付き魔法使いにして、執事の老爺だ。


「かしこまりました」


 黒の燕尾服姿の老ストリエラは、短く言って下がりました。





「昨日も牛! 今日も牛! 全部やわらか! 飽きましたわー!!!」


 夕食後、わたくしは枕に顔をうずめて叫びます。


「魚のなんちゃらも飽きましたわー!!」


 それに。


「完全に調和の取れた栄養を考えたサラダも毎日毎食出てきますわー!!」


 くわえて。


「ホルモンとか食いてえなぁー! ですわー!」


 わたくしは耐えかねて、枕に大きく叫びました。

 

「もう我慢できませんわ!」


 数分後。


 わたくしは自室で最高のひとときを過ごしていました。


 付き人から貰った魔法のガスコンロ(オーバーテクノロジー)を使って、わたくしは料理していました。


 王女の自室……にはまったくもって不似合いなほどの、謎の匂いが満ちています。


 匂いが漏れていたら、なんらかの事件を疑われるレベルですわ。


 そして、わたくし……アリシア・テメラリオは怪しげな笑みを浮かべて呟きました。


「えへへ、やっぱりこれですわ」


 先ほどの宮廷料理とは比較にならない謎の料理の数々。


 わたくしはよだれを垂らしながら(比喩表現ですわ。え……? 多分……)テーブルのそれを見つめましたの。


「……姫様。何していらっしゃるんですか」


 音もなく、黒系のゴシックドレスの少女が現れました。


 メイド服と言われれば、そのようにも見える服装です。


「げっ! オルカ!?」


 わたくしの付き人……オルカ・ストリエラでした。


 彼女は王国付き魔法使い兼執事の老ストリエラの孫にして、王国付き魔法使い見習いです。


 幼馴染にして、わたくしの相談役、付き人でもあります。


 他の女中や付き人と異なり、わたくしの政務や買い物、小間使いも……嫌々……成し遂げてくれます。


「オルカ! 姫様はやめてくださいませ。恥ずかしいですわ!」


「……そうでした。申し訳ありません。お嬢様」


 慇懃に礼をすると、オルカは肩でそろえられた黒髪を揺らして、顔を上げました。


「……あ! 私のあげた誕生日プレゼント! こんなことに……」


 誕生日プレゼントとは魔法のガスコンロ(オーバーテクノロジー)のことですわ。


「オルカ、あのね……これには理由があって……」


「……しかし、すごい匂い……」


 そして、ため息まじりにわたくし、アリシアの奇行を見つめ、一呼吸置いて言ったのです。


「……それで、何しているのかな」


「限界ですわ。素晴らしい宮廷料理を食べ過ぎて……もう限界ですわ」


 わたくしは指で料理をさしながら、説明を始めます。


 対してオルカはコメントを述べました。


 まずは真っ赤なスープ。


 トマトスープかな? とオルカは思っていたそうですが……。


「これはケンタウロスの血を吸った吸血コウモリの血のスープ」


「……血の重複がすごい」


 次は何かで煮込まれた巨大な目玉。


「オオメダマの目玉」


「……シンプルにグロい」


 最後は脳のように見えますが……。


「巨大魚ヨトゥングルーパーの脳」


「……ちっちゃ」


 オルカは理解できない状況に目を細めながら


「……あの、お嬢様。先ほどディナーを食べたはずですが……」


 と、わたくしを覗きこむようにして言いました。


「むぇ!? 別腹ですわ! というか宮廷料理は限界ですわ! もう飽きましたわ!」


 オルカの目の前には、彼女的には言いようのない謎の料理が勢揃いしていましたわ。


 ちなみに具材は秘密裏に様々な付き人に買っていただいたのです。


「……というか、なんてものを……食べているのですか。ゲテモノすぎる……!」


 これに対し、わたくしは立ち上がって答えました。


「オルカ! これはまったくゲテモノではありませんことよ!」


 そうなのです。


 目の前に広がっている料理たちはまったくゲテモノではありません。


「市場でも出回っている……いや……出回ってはいませんけど……」


 わたくしは歩きながら呟きましたわ。


「城下でも給仕長が入手できるレベルではありますわ。ゲテモノランクはFぐらいでしょうか!」


 意気揚々とオルカを指さすと、彼女は温度差のある表情を浮かべました。


「……なんですか。その知りたくないランクは」


「わたくしが独自に作っているランクですわ。もちろん知識や経験、入手難易度での変動性ですけれど」


 深く息を吸って、手は祈りのポーズを作りながら、わたくしは天を仰ぎました。


「もうね、美味しい料理は本当は食べたくないのですわ!」


「……贅沢!」


 頭をかかえ、恐怖の表情になるわたくし。


「美味しい料理は、実はつきつめると同じようなものになってしまうことに気付いたのですわ。とろけるような〜とか、肉汁が〜とか、シャキッとした〜とか!」


「……わかりませんが……」


「一方でね、このゲテモノ料理はですね、ひとつひとつ全然違うのですのよ」


「……はぁ」


 そう。


 王国宮廷料理との違い……いわゆるゲテモノ料理はすべてがまったく異なる……〈刺激〉なのです。


「カッチカチだったり、ぐっにょぐっにょだったり、嗅いだことのない匂いがしたり、しょっぱそうなのに甘かったり……」


「それって……まずいってやつでは?」


 なんか言っていますので、オルカにもおみまいしてあげましょう。


「さ、オルカも、では……こちらをどうぞ。アルミラージのハラミですわ」


 わたくしは赤身のレバーのような焼き肉を差し出しました。


「……なっ」


 オルカは珍しく狼狽の表情を見せます。


「角はちょっとハードルが高いですので」


 わたくしは角の前のほんのジャブ程度におみまいしました。


 ひとつ呼吸を置いて、オルカは自分の記憶をふり返りました。


「……私はこの魔物と森の中で対峙したことがあります。体長は1.3mほどの巨大なウサギに似た魔物ですが……」


 アルミラージはオルカの言う通り、巨大なウサギです。


 ツノのある大きなウサギですわ。


 ほぼウサギです。


 モンスターだけど。


「……えー……」


 走る緊張感。


 オルカはその肉が乗った皿を見つめて、ひとつ息を呑み


「……ごくり」


 一気に放り込みましたわ。


「……!!」


 するとオルカには全身に電気が走ったかのような震えが見えました。


 かわいいなー、とわたくしは思いました。


「……美味しい」


 オルカの表情が突然優しくなります。


「……なめらかな舌触りで、程よい脂身がとけていきます。臭みはなくどことなく香草のような、スパイスのような匂いが特徴的ですが、味を邪魔するわけでなく……」


「そうそう。それがモンスターだけが出せる味わいなのですわ。では角もいってみましょうか?」


 わたくしの差し出した〈角〉に対して、オルカは再び不思議そうな顔をしました。


「……!?」


 角はフルーツと共に煮込まれています。


 ですが、どうみても角です。


 オルカは恐る恐る口に運び、噛みつきました。


 けれど、それは案外、比較的やわらかな食感だったのですわ。


「……アルミラージの角……これは、例えるなら、軟骨のような……美味しいです」


 コリコリという音が室内で反響します。


「1本角のアルミラージはナワバリを守る必要もなく、天敵に会えば電気の魔法を使って撃退しますの」


 アルミラージは軟骨質の角で電気魔法を生成します。


 発動時に魔力を溜めて電気を作り出すため、使用していない場合は魔力を帯びていません。


 まぁ、アルミラージの電気まとい角のように、帯電した瞬間に切断されたものは非常に高価で取引されているのですが……。


「ユニコーンと違って、角でオス同士の優劣を決めたり、天敵と戦ったりしませんのよ。だから軟骨とやわらかめの角質で出来ているのです」


「……コンソメのような味付けで、コショウと合いますね。甘みのあるマンゴーが入っているのもアクセントになっています」


「アルミラージの角は特に季節のフルーツと相性がいいですわね。角は確かにはじめは勇気がいりますけど、食べてしまえばなんということは無い……癖のないお味ですわ」


 間髪入れず、わたくしは言葉を続けましたわ。


「アルミラージは双角種のものは戦闘するタイプなのでまた異なるお味がしますし、電気魔法を使ったあとのアルミラージの電気まとい角はさらにゲテモノの味がしますわ。魔力を帯びると味が落ちたり、変化したりするものですから」


「……めっちゃ早口」


「でも、わたくしはまだそれらを味わったことがないのです」


 はぁ、とひとつため息をついてわたくし……アリシアは腰を下ろしました。


 喜怒哀楽がコロコロ変わる……こんな楽しそうなお嬢様を見るのは久しぶりだ……とオルカは思いました。


「……少し……あなどっていました。食べるようなものではない、と」


「そうなのです。この世にはあまり知られていない、けれど美味しい……いえ、美味しくはないかもしれないですけど、食べられる食材がたくさんありますわ」


「……最後の言葉が気になりますが」


「でも! 知らずに死ぬのはもったいないと思いません!?」


「……まぁ……確かに……」


「オルカ、あなたには黙っていようと思いましたが……」


 わたくしは一呼吸置いて、天を指さしました。


「わたくし、決意しましたわ! わたくしね、ゲテモノ制覇の旅に出ます!」


「……ダメでしょ」


「出るといったら出ます!」


「……出来るかなぁ……」


 オルカの不安の言葉をよそに、わたくしは奮起して、よりいっそう元気になっていました。

 

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