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「終わった、か……?」

 土と草の間に転がるバラバラ死体。返り血で真っ赤に染まった剣。

 周囲に広がった火薬と鮮血の混じった臭いが、止まない頭痛を引き起こす。疲労も相まって眩暈と吐き気が止まらない。

 げえげえと嗚咽を繰り返しながら、膝に手をついて何とか立っている。


「終わりですか?もう、終わりですよね?」

「多分?いや、終わっているだろ。ああもういい、話しかけるな、こっちは呼吸するのも辛いんだ。」

「そりゃこっちだってそうですよ。」

 一方、ウサギの方も地べたに大の字になって寝転んでいる。

 恐怖と疲労で本能がおかしくなっているのか、先ほどからずっと身体がブルブルと震えっぱなしだ。ヒィヒィと変な鳴き声も漏れている。



 頼まれた依頼はこなさなければならない。それが勇者の務めであるから。

 そんな勇者に出された今回の依頼は、端的に言って地獄であった。

 素早い動きで獲物を翻弄する影狼50匹。警戒心が強く、逃げ足だけは速い角兎100匹。もしあの領主が一度でも魔物狩りに出かけたことがあるなら、こんな無茶で無理解な依頼は出さなかっただろう。

 そして当然ながら、勇者に捕まった哀れなウサギもこの地獄に付き合わされる羽目になった。


「勇者さん、流石にあの作戦はやめてくださると思っていたのに……」

「仕方ない、結局はあれが一番早くて楽だったんだ。」

 影狼討伐は比較的早かった。当初の作戦通り、ウサギをその辺の木に括り付け、おびき出した群れを丸ごと落とし穴に落としてやるだけ。実にシンプルだ。

 掘る穴の範囲を増やせば落ちる頻度も多くなったし、落とし穴の中に槍を立ててやれば、大抵の影狼は落下した直後に槍に身体を貫かれて死んだ。


 当然勇者は穴を掘るのが面倒だったし、ウサギは狼たちが来る度に死の恐怖に耐えねばならなかった。決して楽ではなかった。

 だが、後から考えてみればこの程度大したことない。

 本当に地獄だったのは、角兎討伐の方だ。


『角兎であるウサギ自身なら、角兎たちがどこに潜んでいるのか分かるのではないか?』

 そんな勇者のアイデアから始まった作戦は、実に理にかなったものであった。

 勇者の連れているこのウサギだって、元はこの森に棲んでいた角兎だ。つまり、他の角兎たちがどんな場所に普段住んでおり、外敵に襲われた際にどこに逃げ込むのかを熟知しているはず。

 それを逆手に取って、先回りしたり利用してやる。そういう作戦だ。

 しかし問題は、その後であった。


「いやはやまさか、角兎の巣穴に爆弾をぶち込んで群れ丸ごと爆発四散させるとは……勇者の名に合わない非人道っぷりでした。」

「剣で断ち切るか爆弾で吹き飛ばすかに、人道の違いなんてあるもんか。しかし、まさかこれだけの数がこんな狭い巣穴に潜り込んでいるとは思わなかったんだ……」

 角兎の巣穴は思ったよりも小さく、到底剣なんて振れる隙間は無かった。当然だ、天敵の影狼や野生動物のキツネや猫から身を守るための場所だから、角兎だけがギリギリ通れるくらいの大きさしかない。

 剣を差し込んだところで、巣穴の先がどこまで続いているかもわからない。勇者の連れているウサギを潜入させようとしたが、人の匂いが付いたウサギを他の角兎たちは仲間から拒絶されてしまった。


 場所が分かっても討伐が出来れば意味がない。そう思った勇者は、人類の発明した武器を用いることにしたのだ。

 爆弾。乱暴で卑劣極まりない武器である。


「爆弾なんていつの間に持っていたんですか。しかも想定していたよりも爆発が酷くて、巣穴ごと角兎たちの死体がバラバラになって辺り一面にばらまかれるなんて!石や土の入り混じった爆風に巻き込まれて身体は痛いし、骨や血肉が飛び散ったせいで討伐数のカウントもしにくいし、見た目も臭いもグロテスク!」

「王城で持たされたのを思い出したんだ。王宮魔導士の奴め、軽く魔物を威嚇する程度の爆発しか起こさないって言いながら、とんだ特大危険物を持たせやがって。あいつ等自分が作った兵器がどれだけ使えるかにしか興味ないんだ。」

「じゃあなんでそんなあからさまに危険な奴から危険な物貰ったんですか!捨ててくださいよ!なんで使ったんですか!」

「うるせえ、捨てるにも捨てられないし、使えるなら使うに越したことないだろ!それに、思いの外早く依頼が終わったからいいじゃないか……」


 影狼討伐のように疲れる訳でもなく、時間がかかる訳でもない。ただ、逃れられない爆発からの身体的ダメージと大量のバラバラ死体を目撃する精神的ダメージが大き過ぎた。

 当然一発で依頼が終わるはずもなく、他の巣穴も同様に爆破する羽目になり、討伐数が100に届く頃にはすっかり気が滅入ってしまっていた。


「……この方法、領主には内緒だ。流石に領地でこんなやり方したと知れば怒るだろうし。」

「私だって、同胞をこんなやり方で痛めつけたって他の角兎達にバレたらタダじゃ済まないですよ……これは2人の内緒にしましょうね。」

 2人は珍しく意見が合い、力なく頷いた。


 ---


「影狼50匹、角兎100匹、討伐完了しました。」

「うむ、ご苦労であった。」

 領主はニコニコと微笑み報酬を自ら手渡そうとしたが、勇者のあまりの生気の無さに、思わず身体を引っ込めてしまった。


「お、お疲れのようだな。」

「はい、その通りです。」

 かしこまった返事をするのも面倒くさい、と全身で訴えている。そんな姿を不敬だと注意する事すら憚られた。


「そ、そうか。それでは早く宿に戻り、ゆっくり体を休めるといい。王宮にもこちらから連絡を入れておこう。」

「助かります。」


 ああ疲れた、言われなくともとっとと帰って寝てやる。

 勇者はそう思いながら痛む首を回し、何気なく辺りを見渡すと見慣れないものに目が留まった。


 真っ黒なシルクの布に覆われた、直方体の物体。

 大きさは領主の両手に収まる程度。あんなもの、前回この部屋に来た時は存在しなかったはず。

 しかも時々中から小さくガサガサ音がする。その音に、膝上のウサギがブルりと身震いをした。

 貴族の豪華な部屋に見合わない()()は、明らかに異質に見えて仕方が無く、勇者は思わずジロジロと見つめてしまった。


「……ん?ああ、()()か。勇者殿、これが気になるかね。」

「ああ、ええ、まあ。以前来た時は無かったもので。」

 ぶっちゃけ早く帰りたい。が、何だか領主の目がキラキラしている気がする。

 これはあれだ、貴族が自分の所有物を自慢したい時の目だ。そう思った勇者は、大人しく自慢話を聞いてから帰ることに決めた。


 ニヤニヤ笑う領主が合図すると、傍に控えていた執事がさっと黒い布に手を掛けた。

「これはだな……どうだ、美しいだろう。」


 黒い覆い布の下から現れたのは、太く立派な鉄格子が嵌められたケージであった。

 しかも、ケージの中には何かいる。

 黒くてそこそこ大きくて、その視線は勇者の腕の中のウサギに向けられて――その()()は舌なめずりをした。


「これは――『魔猫』?」

「そうだ、この間購入したんだ。」


 魔猫とは、文字通り魔物の猫全般を指す言葉だ。とは言っても、大抵の場合は猫とあまり変わらない。

 見た目は尻尾が二股であったり額に魔石があるくらいで、能力も多少魔法の心得がある位だ。

 角兎と同じく、たまにペットとして飼う貴族が居るとは聞いたことがあるが……


「しかし、どうしてまた魔猫なんて。新しいペットですか?」

「いいや、この魔猫こそがあの山を守る為のキーだったのだ!」

 領主はどうだ、と言わんばかりに髭を撫でた。

 勇者は意味が分からないと首を傾げ、ウサギも思わず耳を傍立てた。


「どういうことです?」

「いいか、この魔猫は元々野生に居た種でな、その原産地では小動物を狩っていたらしいんだ。動きは素早く、狩りの達人として言われていたらしいぞ。」

 勇者とウサギは、同時に嫌なものを察した。


「……まさか、それをあの山に放って、人の代わりに角兎を駆除しようと?」

「察しがいいじゃないか。」

 領主は大満足気に頷いた。

「最近商人が大量に魔猫を仕入れたそうでな、こちらに売りに来たのだ。そこで我々はこの魔猫が角兎を狩ることを聞き、大量購入した。これを山に放せば、自然と角兎の数は減り、影狼の問題も無くなるだろう。」


 勇者は眩暈がした。

 既にあれだけ崩れた生態系に、更に外来種を加えるだと?

「その魔猫を山に放ったとして、本当に角兎を駆除できるのでしょうか?いやそれより、駆除した後はあの山から排除できるのか?また角兎みたいに勝手に増殖して自然に影響が出たら……」

 混乱し早口になる勇者の肩を、領主はポンポンと軽く叩いた。

「ハッハッハ、勇者殿は心配性であるな。大丈夫だ、万一魔猫が増えたとしても、影狼や角兎のようにはならない。角兎とは違って森の植物を枯らすことはしないし、影狼のように人を襲うこともしない。……いや寧ろ、町に降りてきてもらった方が良いのではないか?こんなにも可愛い生き物が町に溢れたらさぞ幸せだろうなぁ。」


 領主はケージの中の猫を見てうっとりとしている。

 確かに、魔猫の見た目は可愛い。普通の猫の可愛さに加え、額に埋め込まれた魔石がミステリアスさを醸し出している。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「見た目が良ければ良いというものではありません。角兎だって元は見た目がいいから沢山飼われて……結果的に破滅的な被害をもたらしたでしょう。魔猫だって町中に降りてきたら被害が出るのでは?そう、例えば……糞とか。」

「魔猫の繁殖力はそれ程高くない。爆発的に増えることは無いだろうし、何よりコストを掛けずに角兎を駆除できる利点が大きい。糞くらい皆我慢するだろう。」

 明らかに当事者になる気のない、他人事の目線でしかない。成程、これでは狩人が呆れる訳だ。

 いや、突っ込みどころはまだまだある。


「仮に、仮にその作戦が効果的だとして、普通の猫ではダメなのでしょうか?魔猫、わざわざ魔物の猫を自然に放つ理由は?魔物の中では比較的無害と言えど、魔物ですよ?魔物は動物とは違います、危険です。」

「普通の猫だと角兎は大き過ぎる。その点魔猫は普通の猫よりも大柄で角兎を獲物と認識しやすいし、魔法を使って角兎を狩ることもできる。それでも自分より大きな存在――人に対して危害を加えることは無い……と、商人が言っていた。勇者殿の気持ちは分かるが、勇者殿が討伐するような危険な種ではないのだよ。」


 ああ、なるほど。この男は、商人に上手く言いくるめられたのだ。

 勇者は唇を噛んだ。


「それでも、やはり危険です。魔物は魔物で、いくら見た目が可愛くとも人の住む場所にやってくる可能性は排除しなければなりません。それに角兎以外の生態系が崩れる可能性も……」

「勇者殿、これ以上貴殿が気に掛けることはない。」

 勇者がハッと我に返り領主の顔を見ると、彼は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 マズい、貴族の機嫌を損ねてはならない。王宮で培った勘がうずく。

 こういう時の貴族は頑固だ。その意志は鉄よりダイヤモンドより、オリハルコンよりも固い。


「……分かりました。男爵様がそう仰るのであれば。」

「うむ、報酬は多めに出しておく。勇者殿のお陰で影狼の真の問題も見え、こうして解決策を講じることもできたのだから。」


 この男はこれ以上自分が何を言っても無駄だろう。元より、今はそんな気力も無い。

 何だかもやもやした気持ちが晴れないが、どうしようもない。

 無駄な事をした。そんな思いが、勇者の頭をぐるぐると回った。


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