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「いや、そんなの出来たら苦労しないだろ。」

 極めて冷静な声で勇者は反論した。


「そうですか?別にそんな難しい話ではないと思いますが。」

「継続的な兎狩りが俺にできると思うか?俺はすぐにでもこの町を発ちたいんだ。」

「いや、別に勇者様がやる必要はないんですよ。この町の住人がやるべきことですから。」

「住人になんて言うんだ?森の角兎が風狼出没の原因だから、角兎狩りをしに行けとお願いするのか?」

 勇者は半分馬鹿にしたような言い方だったが、ウサギはバカ真面目に頷いた。


「そうです。勇者様、先ほどお話した狩人覚えていますか?どのような印象を受けましたか?」

「どんな印象って……偏屈で気の難しい爺だったが。」

「そうですね、狩人といえば森の中で野生動物を狩るのが仕事です。山をあちこち歩き回って罠を仕掛け、たまには魔物とやり合うことだってあるんですから、あんな年老いた人間がやることじゃないんですよ。ある程度年老いたら若手の教育に回り、現役を降りるはずです。」

「しかし、彼は現役そうだったな。ここ最近の森の様子もしっかり見知っていたが、その割には一人暮らしで実子や弟子が居る様子もなかった。」

「そう、それに彼の様な狩人が他にもいたならば、風狼増加の原因が角兎だということも知れ渡っているはずです。しかし、この町の人がそれを知っている素振りは見せませんでした。」


 もし彼らが角兎の事を知っていたのなら、きっと勇者の腕に抱かれたウサギにすら鋭い視線を浴びせてきただろうし、農家の老婆だってその話に触れただろう。

 しかし、誰もそんなことを知らぬように振る舞っていた。本当に誰も知らなかったのだ。

「狩人があの爺以外にいないのか?」

「いたとしても、全員高齢で狭いコミュニティに引き籠っているのでしょう。所謂『高齢化』です。狩人というのは収入が不安定で危険の伴う()()()仕事です。安全な仕事が町中に沢山ある中、誰がわざわざ狩人になろうとするのでしょうか。」


 世間の一般的な職業に疎い勇者でも、この時ばかりは容易に想像できた。どんな形であれ、魔物と向き合う仕事というのは辛いもの。

 なんたって生きていくためには、常に自分を死の危険に晒さねばならないのだから。

「この町において狩人が高齢化し、数が居ないことは理解した。だが、それとこれと何の関係があるんだ?」


「言ったでしょう、この山の問題の解決方法は継続的な兎狩りだと。そもそもの元凶は角兎だったとしても、ここまで事が大きくなった要因の一つとして狩人の高齢化・減少が関わっていることが確実です。実際に、問題の発見が遅れたのも、その真の元凶を皆知らないのも、解決方法を出せなかったのも全て山と町の調和を保つ狩人の存在が薄れてしまったせいだと言えます。」

「山と町の調和を保つ、か。狩人ってそんな大事な役目があったんだな。俺としては人間の為に魔物を狩る勇者と同類みたいなものかと思っていたんだが……」

「同類ではあるかもしれないし、基本的には人間側ですがね。しかし、山にとっても狩人の存在は有難い時があるんです。」

 ウサギは何もない宿部屋の壁をずっと眺めている。勇者がその方向にかの山があると気づいたのは、暫く経ってからだった。


「人間は自分達の領域と自然の領域を分けて考えることが多く、自然に手を付ける事を良く思わない人も多いでしょう。しかし実際は、自然も人間も互いに関わり合って生きているのですよ。人間もまた食物連鎖の中に存在する生き物であり、森の生態系は人間の手――狩人込みで成り立っているのです。狩人が魔物や動物を増えすぎないように狩ってくれるお陰で、森の資源が食いつくされずに済むこともあるのです。」


 このウサギはどこまでも公平だ。

 人にも角兎にも風狼にも、決して肩入れすることなく事実とそれに論理付けられた意見だけを語っている。


「……しかし、この森はこの町にとっての財産だ。逆にたくさんの人々が森に立ち入れば、山の環境を破壊することになるだろう。また、森は肉食魔物も多くて危険だ。不用意に住民を扇動すれば、ただいたずらに怪我人を増やすだけだ。」

「だからこそ、狩人という職に就く人間を増やすのです。狩人は訓練された森のエキスパート、いわば技術者です。角兎は比較的狩りやすく危険性も低いですから、狩人の入門編としては丁度いい獲物です。森に角兎という格好の獲物がいるうちに狩人を育てておくべきだと思いますよ。」


 勇者はようやくウサギにずっと抱いていた違和感の元を理解した。

 このウサギは、自分の同種が狩られることについて何の疑問も持っていない。山の環境の為に仲間が殺されるのは仕方ないとすら考えている。

 その考えが、勇者にとっては妙に受け入れ難く感じられた。勇者は、人――勇者にとっての同種の為に存在するから。


「要点は理解した。具体的にはどうする?今なら兎狩りで大儲け!とか言いながら町を歩くか。」

「それでもいいと思います、人は金に弱いので。後は角兎の肉の調理法を広めるとか、角に宝石の様な利用価値を見出すか。実際角兎が野生に見られる地域では、食料にしたり角の彫刻を工芸品として売ったりしていたそうですよ。或いは狩人に対して領主が補助金を出すのも良いでしょう。山の維持は領主にとっても都合がいいので、出し渋る理由もないはず。」

「よし、それでいいな。これで具体的な解決策まで領主に提示できる。」


「ま、直ぐに良くなる訳ではありませんがね。あの山が元の姿を取り戻すには、この先何十年もかかるでしょう。その労力は計り知れないでしょうね。」

「山が無くなるよりはマシだろう、どっちにせよ俺には無関係の話だがな。……上手く領主にプレゼンすれば説得できそうだ。」

 勇者はにやりと笑みを浮かべた。


 ---


「ほう、つまりむやみに風狼を討伐すれば山の環境は寧ろ悪化すると。」

「その通りでございます。」

 領主は口上の立派な髭を触り、首を垂れた勇者を見下ろした。


 結論が一度纏まれば、勇者の行動は実に早かった。

 あの後宿屋で一晩過ごし、翌朝には領主の屋敷に突撃する行動力には流石のウサギもひっくり返るほど驚いた。


 この町の領主は男爵の地位にある貴族であるが、勇者には非常に好意的であった。勇者のアポ無しの早朝訪問にもにこやかに応じ、自室での対談に応じてくれる程には。

 しかし領主にありのままを説明すると、領主は何とも言えぬ渋い顔をした。


「それが真であったとして、勇者殿はどうしてそれを私に進言したのだ?この町出身でもない其方がわざわざこの街の為にそこまで調べた理由が分からぬ。」

「勿論、この地域に住む人々の為に進言したまでです。この地に来てから私は多くの事を学びました。そこに暮らす人々の苦悩を、彼らの望みを聞きました。実際に被害にあう人々、危険に怯える人々、その問題について知りながらも手出しができない人。そう言った人たちの為に立ち上がりたいと思ったのです。」

 流石、国の中心部で生まれ育ってきただけあって外面を取り繕うのが上手い。勇者は今、どこからどう見てもこの町の行く末を憂う勇気ある若者だ。

 その若者に心を動かされたのか、領主は何度も頷いた。


「そうか、勇者殿がそう言うのであれば私も動かざるを得ないだろう。しかし、実際そう上手く行くのかね?」

「やらねば上手く行くこともありません。このままでは衰退するだけでしょう。」

「それもそうか。確かに、私には風狼の被害という一面しか見えておらず、角兎のことなど知りもしなかった。」


 領主は顎鬚を撫でた。

「それをついこの間来たばかりである勇者殿が見つけたのは、やはり民を助けようと志し、交流したおかげか。」

「ええ、私もここの町に住む人々から聞かなければ気づきませんでした。」

「分かった、君の通りにしよう。」


 勇者はほっと心をなでおろした。全て上手く行った、これで風狼討伐依頼は有耶無耶になるだろう。またあんな重労働はしなくて済む。ああ、助かった。

 しかし、領主は言葉を続けた。

「それでは、追加で君に頼みたいことがあるのだが、いいかね?」

「はい、何でしょう。」

「依頼についてだが、風狼討伐に加えて角兎討伐もお願いしていいかね?」


 勇者は一瞬固まった。

「はい?」

「いや、君の言う通りなら角兎も討伐すべきだろう?」

「そうですが、追加で、でしょうか。先ほども申し上げました通り、風狼討伐は寧ろ山の生態系を乱す恐れが……」

「そうだ、だが短期的に見れば風狼の被害を抑えることも重要だ。という訳で、追加で角兎の討伐を頼む。そうだな、角兎は100匹程度討伐して貰おう。」

 これで全て解決した、と言わんばかりに領主は満足げに笑った。

 勇者はくらくらした。追加で角兎100匹?風狼も合わせて150匹?いや、この間5匹討伐したことを考えても145匹?


 数字が頭の中でぐるぐると回転し、何度も木霊する。当初の依頼の3倍?え、今からそれだけ討伐しに行くの?

 しかし、勇者に選択肢はない。だって、さっきあれだけ見え張ったところだし。今更できませんなんてどの口が言えようか。

「謹んでお受けいたします。」


 深々と頭を下げ、呆然とする頭で何とか退出した。

 度々すれ違った使用人は皆勇者を見て怪訝な顔をするのであった。

 勇者だけでなく、何故か腕に抱えた兎までもが真っ青な顔しているのだから。


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