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勇者はトボトボと町を歩いた。
狩人と話しただけなのに随分疲れてしまった。体力には自信がある方だったのに。
抱きかかえたウサギはのんびり毛繕いをしているのも気にくわない。どうして自分がこれほど疲れる思いをして、このウサギはのんびりしているのか。
八つ当たりだと思いながらも何だかイライラしてきたので、勇者は思い切りウサギの額にデコピンを食らわせた。
ウサギは衝撃でひっくり返り、人間には聞こえない程高周波の悲鳴を上げて悶えた。いい気味だ。
町は朝と変わらず穏やかだ。
人間達は犬と遊び、家の軒下には猫がいる。皆楽しそうに人間と家族のように振舞っている。
昔は角兎たちもあんな感じで触れ合えると期待されていたのだろうか。
この世には魔物とそうでない普通の動物がいる。
違いは簡単、魔石があるかどうかだ。
魔物とは、魔石と呼ばれる石状の構造が体表上に存在する生き物であり、普通の動物に比べて全体的に攻撃性が高く力が強いという特徴を持つ。そのため人を襲うことも多く、歴史的に見ても基本的に人間の敵であった。
勿論角兎のようにペット化される魔物もいれば、馬系や牛系魔物のように家畜として飼われる場合もあるがごく少数と言ってもいい。
それに加え、非常に長命だ。寿命らしい寿命というものはなく、基本的に怪我や病気をしなければほぼ無限に生き続ける事すら出来ると言われている。
自然界というのは厳しいもので、平均寿命は普通の野生動物よりも少し長い程度でしかない。それでも、中には妙に長生きをして力を付ける魔物が出てくる。
そのせいか否か、たまに魔王と言う魔物の王が現れることがある。魔王は突然前触れもなく現れ、周辺の魔物たちを次々に支配し、人間と戦争を始めていく。
彼に付き従う魔物たちの集団を魔王軍と呼び、魔王軍は度々人間を襲撃しては人を殺し、愉悦に浸っている。何が目的かは分からないが、ともかく人間を攻撃してくるのだから黙って殺されるわけにもいかない。人間たちはこれに対抗するために、対魔王軍専用軍隊を国中に派遣した。
勇者も魔王に対抗する軍勢の一人、いやその筆頭と言ってもいい。そういう使命を負っている。
だが、この世の大半の魔物は魔王軍に属さない野良の魔物だ。今腕の中でひっくり返ってブルブル震えているのもその一匹である。
この町の近くにある森のように、特別強い魔物が存在しない地域では魔物と普通の動物が混在して生態系を築いている。
そういう場合は魔物も動物も大して変わらず、人間にとって損か得かの1次元的な物差しで測られることになる。すると、結局生態系は人間によっていとも簡単にひっくり返されるカラクリのようなものだ。破壊して初めてその重大さに気づける、性質の悪いカラクリだ。
勇者はそのまま歩き続け、宿屋へ戻った。宿屋の受付嬢はとんでもなく不愛想で、ぼそぼそと挨拶をするばかり。
だが、その不愛想さに気づかぬほど勇者は悩んでいた。
勇者は貰った鍵を乱暴に刺し、借りた部屋のベッドにどっかりと座った。
「おい、ウサギ。いい加減に何か話せ。ここは宿部屋で、俺以外には話し声が聞こえない。ここなら話せるだろ。」
「お気遣い感謝します、勇者さん。いやはや、お疲れ様です。今後はどうする予定で?」
「特に何も決めてない。選択肢としては、このまま討伐依頼を達成するまで狼狩りをするか、代案を考えて領主に持って行くかだな。――お前は、どうすればいいと思う?」
「どういう意味ですか?」
「だから、どうやったらこの問題を解決できるかって意味だ。俺が風狼を討伐したところで意味がないんだろう?角兎を殺したとしても、絶滅させない限りはどうせまた増える。それじゃあ代案を考えなければならんだろう。」
その言葉に、ウサギは訳が分からないと首を捻った。
「どうもこうも、別に気にする必要ないんじゃないですか?だって、勇者さんの受けた依頼は『風狼討伐』でしょう?根本的な問題を解決するのは領主や町人たちがやるべきことであって、貴方様がやることじゃないでしょう?」
「……それはそうだが。」
「あの狩人も言っていたでしょう、お前は所詮余所者だと。余所者は余所者らしく頼まれたことだけやっておけばいいと思いますよ。」
ウサギはくわぁ、と大あくびをかまして見せた。
しかし勇者の顔は晴れない。
「……いや、何とかしなければならない理由がある。」
「と、言いますと?」
「面倒くさい。あんな速い狼をあと45体も倒すのが。」
勇者の瞳はどこまでも澄み切っている。
「え?いや、それ位は何とかやった方が……」
「いや、面倒くさい。暴力で何とかできるならそれでいい。暴力は得意だ。だが、索敵から始めるとなれば話は別だ。俺は戦う気が無く逃げ回る相手を探すのが一番苦手だ。」
勇者は堂々と言い放った。余りに真っ直ぐ過ぎる態度に、思わずウサギの方がたじろいでしまう。
「……そ、そうですか。自分はてっきり正義感や使命感からくるものだと思っていました。まさか私利私欲というかなんというか、個人的な事情とは……」
「その気持ちがない訳じゃ無い。が、同時にそれは自分の仕事でないことも分かっている。勇者の仕事は魔物、ひいては魔王の討伐であり、地方の自然を守る事じゃないからな。だから、こんな弱い魔物しかいない場所はとっととおさらばして、より経験値効率のいい場所に移った方がいい。」
乱暴な口調とは見合わず、勇者は以外にも理知的である。いや、理知的な理由を後付けするのが上手いという方が正しい。ウサギは耳をぺしょりと下げた。
「軽率に依頼を受けるからこんなに苦労するんですよ。」
「別に俺だってこんな依頼受けたくて受けた訳じゃねーよ。勇者は基本依頼を断れないんだ、特に貴族から直々に来た依頼はな。それにレベルが低いうちはできることも限られているし、路銀だって必要だ。」
「そういや金ないんでしたね。じゃあやっぱり角兎と風狼殺しまわってレベル上げするしかないのでは?」
「昨日で充分次のステップに進める程レベルは上がったよ、まだ低レベルでレベルも上がりやすいから。寧ろこれ以上最弱魔物を殺したって経験値効率が悪い。だからこの町から出てもっと効率いい場所に行って、新しい依頼も受けたいんだよ。」
勇者はベッドに身を投げ出し、大の字になって再びため息をついた。
「勇者って大変なんですね。」
「そりゃもう大変だ。いつかは魔王を倒しに行かねばならないんだから。」
ウサギも勇者の隣に寝そべった。この宿のシーツは決して良いものではないが、野山の地べたに比べれば大体高級品だ。
「ちょっと待てよ。お前、ウサギの癖にやたら頭がいいよな。何か名案はないか一緒に考えてくれよ。」
「えー、ウサギに天敵の駆除方法を聞くんですか?そんなのあったらとっくに私が実行してますよ。」
「なんかいい案が出たら、お前の寿命を延ばしてやるよ。今までは依頼が終わり次第お前のことを殺す予定だったが、依頼が終わった後も生かしてやる。」
「少々お待ちください、必ずや良いアイデアを出してやりますので。」
「お前って生に正直だよな。野生魔物ってそんなものか。」
「……ま、取り合えずは要因を纏めてみましょう。今回の問題は、風狼が町に降りて悪さをするようになったこと。そして、その至近要因は風狼の数が増えて森で縄張りを維持できなくなったこと。」
「そもそも風狼の数が増えた理由は、10年前に町人が捨てた角兎が増殖したことだったな。」
「そうですね、例え勇者さんが風狼を大量に討伐して一時的に数を減らしたとて、角兎が増え続ける限りはいずれまた風狼の数も増えます。さらに言えば、角兎が森の草木を食いまくるので森自体が痩せ細るでしょう。」
「いや、大体全部お前らのせいじゃないか。」
「そもそも我々を森に捨てるのが悪いんですよ。責任転嫁されても困りますぅ。」
ウサギはおどけているが、言うことは至極まともである。
ただし、10年前の所業を非難しても意味がない。責任を追及したところで、解決しなければ意味がないのだ。
「因みに風狼をむやみに討伐すると、天敵を無くした角兎の数が余計に増える心配もあります。だから、解決するなら角兎の方からですね。角兎は元々この森に居なかったので、絶滅しても問題ありません。寧ろ絶滅させるべきです。」
「やっぱり角兎討伐からか。だが、角兎はすぐにまた増殖するんだろ?なら、一時的に数を減らしてもあまり意味がないのでは?」
「一時的にでも減らせば、取り合えず時間的猶予は伸びますよ。森の植物が食いつくされるのを未来に先延ばしできますから。それを未来に永遠に延ばし続ければ、実質的な解決になります。」
ウサギの言葉に、勇者はうーんと唸った。
「つまり?」
「継続的な兎狩りこそが、この街の問題を救う方法です!」
ウサギは無理に二本足で立ち、胸を張った。