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1-5

 腕の中のウサギはがくりくりとした丸い目を瞬かせ、あざとく首を傾げた。人語を理解していることを考慮しなければ、全くもって人畜無害な愛玩動物にしか見えない。

 とてもこの種が風狼に、山の環境に影響を及ぼすなどとは思えなかった。

「このウサギが原因?」

「そうだ、そいつだ。」

 しかし狩人は確信しているのか、首を大きく縦に振った。


 もう一度ウサギの顔を見るが、相変わらず黒いつぶらな瞳ですっとぼけている。何を考えているのか分からない不気味さも、そもそも喋れることを知らなければ可愛いだけの小動物。

「こんなペットとして飼われていたような弱い魔物が原因?」

「ペットとして飼われていたからこそ害悪だったのだ。この話は少し昔――10年程前に遡る。」


 狩人は、角兎の由来を語り始めた。


 元々角兎は都会の貴族が飼うペットであり、この地域には存在しなかったという。しかし、ある時商人がこれに目を付け、利益を求めて田舎の普通の平民にも売り出した。


 角兎は見た目が良い。角は宝石の様に美しく、可愛らしい小動物だ。

 町人たちは驚いた。『都会の貴族はこんなにも美しく可愛らしい動物を飼っているのか!』と。人間は老弱男女問わず可愛いものと美しいものには目が無いので、それらを兼ね備えた角兎に手を出さないはずが無かった。

 子ウサギの値段は安く、犬や猫を購入するよりも随分安かった。買わない理由がない。商人のプレゼンも上手かったことも要因の一つだろうが、ともかく皆我先にと商人から買い占めてペットブームが起こった。


 しかし、問題は子ウサギが大人になる頃に現れた。

 角兎と言うのは文字通り額から一本の角が生えているのだが、その角は歯と同じく一生伸び続けるもの。野生の角兎は木や石にこすりつけて削っているのだが、飼われているとそうもいかない。

 貴族たちは角をやすりで磨いたり丸く削っていたが、それは平民には些か手間もお金もかかり過ぎる代物であった。

 その結果、伸び放題になった角で怪我をする人が続出した。

 首輪はあくまで攻撃性を抑えるものであり、不意に角に刺さる事故までは防げない。鋭く大きな角にうっかり手を引っかければ、それだけで出血してしまう。それが幼い子であれば十分大怪我にだってなりうる。


 加えて、角兎は魔物である。

 彼らは家畜化された犬猫と違い、人に懐かない性格で自立心が強い。基本的に人間には警戒心丸出しで、人の匂いの付いた餌を食さないことも多かった。

 貴族の様に美術品或いは工芸品としての価値を見出していたなら兎も角、ほとんどの町人はペットとしてのふれあいを求めていた。人間側も懐かないペットに苛立ち、それに応じられない角兎たちはストレスが溜まり、余計に人間を警戒するようになった。


 ついでに角兎は力が強い。普通の野兎ですら後ろ足の力は強いのに、魔物となればそれ以上だ。

 飼い主に触れられることを嫌がった角兎が全力で家の床を踏み抜いたなんて話もあったくらい、人の家にはとことん合わない性分だった。



 兎も角、彼らは色々な条件から平民用ペットとしては向いていなかった。

 結果、育てきれずに沢山の角兎たちが山奥に捨てられた。


「……と、いう訳だ。」

 狩人は苦々し気に吐き捨て、手にしていた煙草に火を付けた。

 勇者は暫く口を何度か開いては閉じ、何とか言葉を絞り出そうとしていた。


「……そうですか。そんなことが――いやしかし、この町の人口もそれほど多くないので、捨てられた数としてはそれ程多くないはず。それが風狼に影響するなど――」

 狩人はそんな疑問を想定していたかのように、勇者の言葉を遮った。

「飼育費がかかるのに、何故子ウサギの値段が安かったか分かるか?彼らの繁殖力はとんでもないからだ。」


 狩人曰く、角兎は1年のうちに何度も繁殖行為を繰り返し、一度に10匹近く産むこともあるそうだ。1匹のメスは平均して1年に50匹生めるらしい。

「1年で50匹は――エグいですね。」

「そう、エグいのだ。」

 彼らは沈黙した、一匹のペアが1年に50匹生むのなら、ペアが2匹いたら?3匹いたら?それが何年も続き、子ウサギが大人になって子を産めるようになったら?

 生まれてくる数の半数が風狼に食われたとて、数を制御することはできないだろう。


「角兎は普通の野兎と比べても寿命が長いから、今のところ連中が死ぬ気配もない。森の植物が枯れているのは角兎に食われたせいだ。そして風狼の数が増えたのは、繁殖して増えまくった角兎があちこちに居た為、食料に困らなかったせいだ。」

 狩人は煙草の灰を乱暴に落とした。


「確かに言われてみれば、風狼は肉食で植物は食わない。なら、森の植物が枯れかけているのは風狼そのもののせいではなく角兎のせい……いやでも、後半はおかしいですよね?森から降りてきた狼たちは皆痩せこけていました。森に大量に食料があるのなら肥えているはずだし、わざわざ町に降りてくることも無いはず。」

 勇者の呈した疑問に、狩人はほう、と顎を摩った。


「いい目の付け所だな。だが、肉食動物は広い縄張りを持つ。特に風狼は群れ毎に縄張りの大きさが決まっている。この意味が分かるか?」

 勇者は若干の沈黙の後、ハッとしたように答えた。


「奴らは山の中に住んでいて、かつそれぞれの群れが縄張りを持っている……個体数が増えたことで必要な縄張りの数が増え、森の面積が足りなくなった?」

「そうだ、激しい縄張り争いが発生した。その結果、縄張り争いに敗れて森から追い出される個体が出てきてしまったんだ。――これがもしゆっくりとした変化なら縄張りの大きさも次第に小さくなっただろうが、余りにも急変化過ぎた。風狼の縄張りの大きさの変化が個体数の急激な増加に追い付いていないのだ。」


 再び沈黙が訪れた。勇者は何度か口を開いたが、何も言い返すことができなかった。

 そんな勇者を見てか、狩人は鼻で笑った。

「さて、そろそろ話しはおしまいだ。どうだね、勇者よ。何か良い策は思いついたか?」


 勇者は何も言えなかった。

 顔を上げると、狩人は嘲笑しながらも、どこか諦めたような顔をしていた。こんな話をしたとしても、勇者がいい案を出してくれるとは全く期待していないのだろう。

 いや、元から誰にも期待などしていないのかもしれない。魔物を殺すことしかできない勇者にも、文句ばかりの町人にも、それを放置する領主にも。そして、年老いて何もできなくなった自分にも。


 勇者は無言で立ち上がった。ウサギを腕に抱えたまま、静かに立ち上がって家の扉へと向かった。

 狩人が勇者を止める理由などなく、彼もまた無言で勇者を見送った。

 古臭い木の扉が嫌な音を立てて閉まった。

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