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再び勇者は町中に出ていた。
「そこの人たち、ちょっといいですか?」
勇者が声を掛けたのは、町の住宅街で井戸端会議をしている中年女性たち。彼女らは一瞬ぽかんと口を開けて互いに顔を見合わせたが、直ぐにこちらへ向き直った。
「勇者様!何でしょうか?」
「今、領主の依頼で風狼退治をしておりまして、情報を集めているのです。どうやら、風狼が町に下りてきたのは開墾が原因だと聞きまして。」
「まあーっ、そのことね!ええ、存じ上げていますとも。つい半年ほど前に、領主さまが森を切り開いたんですよ!新しい事業がどうとか言ってましたけど、それ以来風狼の被害が増えたって皆が言ってます。」
女性は皆互いに顔を見合わせ、ねぇ、と共感し合った。
「やはり開墾のせいで風狼が増えたのですか?開墾した土地は森全体に比べたら僅かですよね。それがここまで風狼の生態に影響を与えるものでしょうか。」
「だって、そうとしか考えられないでしょう?今まではここ何十年も風狼なんて町に下りてきませんでした。ここ最近になって変わったことと言えば、新しく森を切り開いたこと以外考えられませんもの。」
「勇者様、その通りですよ。領主さまが森を切り開くなんて言わなければ……あ、いえ、悪口ではありませんよ、おほほ!」
公には、領主に対する悪口は罰せられる。女性は慌てて口を覆い、笑って誤魔化した。
「それは難しいですね。開いた土地を森に戻すには時間がかかりますから。」
「そうでしょう、皆そう思っているのよ。だから、森にいる風狼の数を減らすしかないって皆言ってますわ。」
「それに、領主さまが今更新事業の為に建設した建物を壊すと思えないし。狩人は何故か風狼討伐に非協力的だし。」
「狩人が?」
狩人とは、その名の通り狩る人である。森の中の動物を狩り、その肉や皮、骨などで生計を立てる人のことだ。
「そうよ、やっぱり魔物討伐と言えば狩人か冒険者!この町は田舎で冒険者が来ることも少ないから、魔物は狩人に狩ってもらうしかないの。」
「でもねえ、あの狩人たち、街に下りてきた風狼は討伐する癖に、森に入って風狼の数を減らそうとはしてくれないのよねえ。私たちとしては街に下りて来る前に狩ってくれる方が有難いって言うのに。」
「きっとお金にならないからに違いないわ。風狼の肉は硬いし、不味いし、毛皮だって硬いし。……やっぱり勇者様に風狼の数を減らしてもらうのが一番ね!」
女性たちは口をはさむ暇もない程で会話を進めると、突然存在を思い出したかのように勇者に向き直った。
人は噂話に夢中になると、周りが見えなくなるもの。それは平民も貴族も変わらない。
「勇者様、お願いしますね!」
勇者は無言で微笑み、手を振ってその場を去った。
他の人にも聞いて回ったが、大体同じことを言っている。
森の開墾、痩せた狼、被害。そして、領主への僅かな反感。まあ、本来自分達を守るべき領主が、寧ろ生活を脅かしたと考えるなら自然な感情だ。表立って不満を露わにする人はそれほどいないが、どことなく言葉の裏に棘がある。
町人の中には町を削って森に帰そうと主張する人もいるが、果たしてそのコストに対して効果は見込めるだろうか?それに、一度開いた土地を森に帰すには、木々が育つ時間が必要だ。一体何十年かかるだろうか。
いや、それよりも。
――本当に、開墾のせいか?
魔物とは言え、魔王軍所属の魔物とは違い、風狼は所詮生態系の中の存在。生存競争で人を襲うことはあっても、わざわざ危険を冒して人と敵対するような魔物じゃない。
生き物が人を襲うのは、そうせざるを得ないとき。自身も追い込まれている時。
山の小さな一画を開発することが、果たしてそれだけ魔物を追い詰めるのだろうか?
今回の依頼は風狼討伐。ただ殺せば済むだけ、依頼としてはかなりシンプルだ。町人たちも問題の魔物の数を減らせばそれだけ被害が減ると信じている。
だが、本当に?自分がこの町で聞いて回った話を考えるに、本当はもっと別の要因が裏にある気がしてならない。
それを考えるのは勇者の仕事ではない。だが、――気になる。好奇心故に。
勇者は、勘が優れていると自負している。その勘が疼くのだから、きっと何か自分の知らない事情がそこにあるはず。
腕の中のウサギを見下ろす。
「そういえば、お前もあの森に棲んでいたんだったな、ウサギ。……お前は知らないのか、あの山で何が起こっているのか。」
ウサギは相変わらず腕の中でじっとしている。暴れることもできず、鳴き声を上げることも無く、ただじっとしている。
だが、人語は理解しているはずだ。今までの話を聞いて、ウサギは何と考えるのだろうか。
「狩人。」
たった一言、そう言った。
見渡すと、周囲には誰一人としていない。勇者とウサギだけの空間。
つまり、この言葉はウサギによって発されたのだ。
「おい、どういうことだ?狩人って。」
「……」
ウサギは知らんぷりをして寝始めた。ウサギの癖に狸寝入りとは、肝が据わり過ぎている。
しかし狩人、狩人か。情報集めで人と関わるのは疲れるが、落とし穴掘りよりはマシか。どうせ他にやれることもない。
「狩人を探しに行くか。」
この違和感を払拭するには、やはり狩人に会いに行くしかないのだろう。
勇者はそう考え、町中の人に狩人の場所を聞くことにした。
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「なんだあ、勇者様かい。」
おんぼろ小屋をノックすると、不愛想な男が出迎えた。この男が町で一番有名な狩人らしいが、随分年をとってもうよぼよぼだ。
「狩人の方ですね。少しお尋ねしたいことがありまして。風狼について教えて欲しいのです。」
「……勇者様が、ねえ。長くなりそうか?」
「どうでしょう、でも私の予想が正しければ、直ぐには終わらないかと。」
「チッ、入りな。」
勇者が愛想良く振舞っても、狩人の眉間の皴は寄ったままだった。
「で、何が聞きたいんだ?」
「風狼が町に下りるようになった本当の原因を聞きたいのです。森にお詳しい狩人様なら教えてくださるかと。」
「そんなもの、聞いてどうするんだ。余所者が興味を持つことじゃないし、そもそもお前の依頼は風狼の討伐だろう。この町の問題解決じゃねえ。」
どこまでも排他的で、強い口調だった。しかし、勇者はひるまない。
「勇者たるもの、この国について知っておかねばなりませんから。」
にこりとしたまま表情を変えず、勇者として満点の回答を返して見せた。
「この国について、か。そりゃあご立派なことで。勇者様は確かにお強く、こんな地の魔物なんざさぞ簡単に倒せるんだろう。戦争において魔王の手下を倒すことも容易んだろう。しかし、これは暴力で解決する問題ではない。勇者の出る幕はないんだ。」
狩人は冷たくそう言い切った。まさに"排他的"という単語を擬人化したような人間で、勇者はこういった人種に対して余り過干渉することが好きではなかった。
帰ろうかな。
そう思い、後ろを向いてその場を去ろうとした瞬間、手首に強い痛みが走った。
「……!」
危うく悲鳴を上げる所だった。
何事かと手首を見れば、胸元に抱えていたウサギがその平たい前歯で思い切り噛みついていた。
「何するんだお前、首輪してる癖に噛むな。」
いてて、と勇者は何とかウサギを腕から引きはがした。手首には噛まれた跡がうっすらと滲んでいるが、傷跡にはなっていない。恐らくかなり手加減して噛んだのだろう。
魔物ペット用首輪はあくまで人間に怪我をさせない様、魔物の攻撃性を抑止するものだ。つまり、このウサギは勇者に対して攻撃以外の目的で噛みついたということになる。
ウサギが不意に顔を上げた。その黒い眼がじっと勇者を見つめている。
そして、顔を勇者の背後――狩人の方に向けた。
勇者はため息をつき、小声でウサギだけに聞こえる様に呟いた。
「わかったよ、頑張ってみるから。」
「勇者様、何をブツブツ言っておられるのですか。そろそろ私も仕事で忙しいので、帰って頂きたいのですが。」
「貴方こそ何を言っておられるのですか。私は勇者です。国民は勇者に全面協力しなければならないことをご存じないのですか?」
「はあ?」
「勇者である私が、依頼達成のために情報提供をお願いしているのです。貴方の生活を侵害する要求ではありませんし、これを理由なく拒否することは本来許されないはずです。」
「お前、私を脅しているのか?勇者様とあろうものが?」
「いいえ、『お願い』しているだけですよ。ご協力願えますか?」
丁寧な仕草を添えながら、しかし圧掛けを忘れずに。
この姿勢は、勇者として王城で訓練していた時に身に着けた処世術だ。横暴にならない程度になら、こうやって利権を行使することが許される。
狩人は何回か口をパクパクさせ、その後黙り込んだ。
別に勇者のお願いに答えなかったとしても、罰則がある訳じゃ無い。
だが、もしそのせいで依頼の進行に影響が出たら?それが狩人のせいだと町中で噂されたら?そのリスクと自身のプライドを天秤にかけ、ようやく答えを出した。
「……分かった、何が知りたい。」
「ご協力、ありがとうございます。」
勇者は作り物の笑みを浮かべ、狩人の指さした椅子に遠慮なく座った。
「風狼の件ですが、やはりあれは単純に森を切り開いたせいではないのですね?」
「……そうだ。あの程度の区画、森全体に影響するハズが無い。ここの領主様も何度か森に研究者を寄越し、検証を重ねた上で工事をしたのだ。あいつはそこまで愚かな男ではない。」
領主をあいつ呼ばわりするとは、肝が据わっているのか、或いはそれが許される仲なのか。最も、後者には見えないが。
「それでは、何が原因なのでしょうか?」
「お前は、どう思う?何か検討はついているのかね?」
そう言われ、勇者は黙り込んだ。
風狼が町に降りるようになったのはここ数か月。
領主が森を切り開いたのは半年前だが、その影響は微々たるもの。
「……分かりません。ただ、森の開墾よりも前に何かあったのでしょうか。いやまて、確か風狼の食事って小型から中型の獣でしたよね?森の開墾があって植物が減ったとて、風狼の食事そのものは減らないはず。――いや違うな、植物が減った結果、それを食べる小型動物が減少し、その結果風狼が痩せて……いやいや、そもそも開墾は関係ないという話だったはず。」
うんうん唸りながら考え込んでみたものの、分からないものは分からない。
「まあ、思考の方向性自体は悪くないな。それではお前にヒントをやろう。お前やこの町の連中は風狼の食い物が無くなったから街に下りてきたと思っている。だがこれは半分正しく、半分間違いだ。どういうことかわかるか?」
「半分?例えば……食べるものはあるが、ありつけないとか?風狼の獲物が突然進化して風狼には捕まらない程強くなってしまったとか……」
「違う違う。だが前半は正解だ。食べるものはあるが、ありつけない。――食べるもの自体は存在し、実際殆どの風狼は食事にありつけている。だが、ありつけない個体もいるのだ。」
狩りが得意でない風狼もいるのだろうか?仮にそんな存在がいたとしても、直ぐに淘汰されてしまうのでは?今まで森から出てこなかった魔物が街に下りてくる理由にはならないのでは?
混乱する勇者を見て、狩人はため息をついた。
「答えを言ってしまおう。実は、森の中の風狼の生息数は、ここ数か月で急激に増えている。」
「増えている?食べ物にありつけないのに?一体何故?何が原因で?」
狩人はにやりと笑った。いや、嘲笑したという方が正しい。
誰を嘲笑したのかは分からない。余所者の勇者を、無知な町民を、或いは無力な自分を。
そして、狩人は突然勢いよく立ち上がり、たじろぐ勇者を責める様に指さした。――正確には、勇者の胸元にいるウサギを。
「原因はそいつだよ――お前が大事そうに腕に抱えている、その角兎だ。」