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3-11

「そもそも、私の作戦には前提があります。」

「ほう?」

「あの牙イルカ達とタコが、言語コミュニケーションを取っていないという前提です。」


 赤潮の酸素不足の地へタコを追い込む。そんな珍妙な作戦を立てたウサギは、1つ付け加えるように前足を前へ出した。


「言語コミュニケーション?」

「ええ。つまり、()()です。例えば、イルカ同士は超音波で簡単な会話ができるそうです。人間の耳には聞こえませんが、狩りのときに連携を取るんです。」

「ああ、それ位なら知っている。牙イルカも同様に会話をするらしいな。だが、タコと牙イルカが会話をしないと言うのはどういうことだ?あいつ等は同じ、魔王軍魔物だぞ?」

「ほら、私達一緒に書物でタコについて調べたでしょう?その時に気づいたんですよ。タコには発声器官がないことに。」


「そんなの当たり前だろう。言葉を話すタコなんて聞いたことがない。」

「もちろんそうです。タコはもともと孤独に生きる生物で、牙イルカのように群れを作る習性はありません。でも、問題はそこではなくて。牙イルカたちは音による発声で会話をすること。つまり、その方法ではタコと意思疎通ができないんです。会話が成り立たない。だからこそ、私の作戦が成立するんです。」


 ウサギの作戦は、入り江内部の現状を牙イルカたちのせいだとタコに勘違いさせ、赤潮への警戒心を減らすこと。

「もし牙イルカたちが、入り江の様子を逐一タコに伝えられるなら、人間が魚を殺す“何か”をばら撒いたと、すぐに気づかれてしまいますから。」


「なるほど、確かに……ん?」

 一瞬納得しかけた勇者だったが、ふと疑問に辿り着き、眉を顰めた。

「でも待て。それじゃ、奴らはどうやってこの町を食糧攻めにしたんだ? タコと牙イルカは連携して人を追い詰めたはずだろう。コミュニケーションが取れないなら、そんな計画は成り立たないじゃないか。」


 町がここまで追い詰められた理由。それは確かに、タコと牙イルカの見事な連携だった。

 タコが沖の船を転覆させ、牙イルカが人を食らう。そして入り江では牙イルカが海を荒らす。二重の脅威に、町人たちは抵抗の術を失っていた。


「お前、前に言ってたよな? これだけの計画を立てるには相当な知性が必要だって。でも、それを実行するには知性だけじゃなくて、意思疎通も要るだろう。もし会話ができないなら、どうやって連携したっていうんだ?」


 その言葉を聞くと、ウサギは目をまるまるとさせ、そして嬉しそうに細めた。


「流石勇者さん、実は私も同じことを考えたんです!で、考えた結果出た結論としては、"タコと牙イルカは会話をせず、互いがもたらす利得の為に協力関係にある"という事です。」

「まあ、強力関係にはあるだろうな。魔王軍魔物だから、目的は似通っているはずだし。」

 しかし、ウサギは勇者の言葉に首を横に振った。


「いいえ、案外そうではないのかもしれません。」

「そうではない?」


「タコが魔王軍魔物であることは確実です。自らの生活を捨ててまでこの地へやってきて、わざわざ人を追いつめようとしている訳ですから。しかし、牙イルカはどうでしょうか?あいつらがやったことってなんでしたったけ?」

「さあ……ああ、船乗りを食って、入り江内部を荒らしたことだろう?」

「人を食ったのはタコが船をひっくり返したからですよね?逆に言えば、タコの侵入がない入り江内部では人を食ったという話は聞いていませんよね?」

 手元の乱雑なメモを確認するが、確かに人が入り江で襲われたという話は描かれていない。


「入り江内部で漁が出来なくなったのは、赤潮の被害に加え、牙イルカに荒らされたせいで魚が居なくなったからです。一方で、沖で漁ができないのはあのタコが船をひっくり返すせいです。つまり、あのタコさえいなければ牙イルカは人へ害をもたらすことはないのです。」

「それがなんだ?結局牙イルカが人を襲わないのは船をひっくり返せないからじゃないのか?できないことはやらずにできる奴に任せる。それは当然のことじゃないのか?」

「私もそう思いましたとも。でも、妙に引っかかって頭から離れなかったのです。……しかし、あの光景を見た時、ふと1つの可能性が頭の中に浮かび上がりました。」


「何の可能性だ?」

「牙イルカが、魔王軍魔物でない普通の魔物である可能性です。」

 その言葉に、勇者は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「はあ?どう考えたらそうなるんだ。お前も見ただろう、牙イルカとタコ型魔物が連携して人を殺そうとするあの殺意。沖で普段暮らしているはずの魔物達が住処を離れ、わざわざ人の住む里にやってきたことを。奴らが魔王軍で無かったら何だと言うんだ。」

「あのタコは魔王軍魔物で間違いありません。人を害そうとする意志が見える挙動、そして何よりこの町を追いつめようとする計画もあのタコが立てたものでしょうから。しかし一方で、牙イルカはどうも違う様に見えて仕方ないのです。」


 そんな訳ないだろ、と突き放しそうになった口を噤み、冷静に考えてみる。

「……魔王軍魔物の定義は、“人殺しを最優先する行動原理を持つ魔物”。牙イルカが人を襲っているのは確かだ。だが、もしそれが()として食らうためなら、定義には当てはまらない。問題は、あいつらが“生きるために人を襲う”のか、“殺すために襲う”のか、その違いだ。」

 勇者は腕を組み、唸った。

「とはいえ、魔物の動機なんて、言葉で聞けるわけでもないしな。どうやって判断する?」


「そうなんですよね、実際のところは聞いてみなければ分かりません。しかし、推察ならできます。勇者さん、覚えているでしょう?桟橋に並んだ、あの船を。」

「船?」

 その言葉に、勇者は自然と窓の外に目を向けた。

 快晴の空の下、陸と繋がる小型船や中型船が穏やかに波に揺れている。


「ああ、あれか。沖へ出た船は沈めるのに、岸に泊めてある船は壊さない。知性のある魔物の癖に妙な事をするってお前言っていたな。」

「はい、それです。そこからヒントを得て、私は1つのストーリーを思いついたのです。」


 あくまで推察ですよ、と念を置いてからウサギは1つ息を吸った。

「あのタコ型魔物だけが魔王軍に属していて、牙イルカたちは全くの無関係――ただの通常の魔物だったという説です。」

 勇者は沈黙を返し、話の続きを促した。


「酒場の船乗りの話では、もともとタコも牙イルカも沖で暮らしていたとか。そこから突然、人を襲い始めた。そして、生き残った船乗りを追ってこの町までやってきた。勇者さん、“共生”という言葉をご存じですか?」

「共に生きる、って意味だろ。」

「そう、他の個体と相互に助け合うことで、互いにとって利益を生み出すことがあります。タコは人を襲う為に、仲間が必要だった。幾ら強い魔物であっても、たった1匹の水棲魔物では沢山の人間に害をなすことは難しい。一方で、牙イルカは食料が必要だった。群れの仲間を食わすには沢山の食糧が必要ですから。だから、彼らは共に協力して人を襲い、食らうようになった。」


 半開きの窓から、潮の匂いを帯びた風がふっと吹き込む。勇者の頬を撫で、部屋の空気をわずかに動かした。

「牙イルカはタコの先導に従って人を追い、この町に来た。そして、豊富な魚と、人の多さに味を占めた。……タコにとっても都合がよかった。牙イルカが動けば、人間が逃げ惑う。まさに利害の一致。」

「なるほど、確かにお前の言う通り考えれば、牙イルカの行動原理は理解できた。タコがそれを利用して人を苦しめるというのも頷ける。……そうか、そう考えれば船を壊さなかった理由も説明できそうだ。」


 勇者は慎重に考えながら、言葉をぽつぽつと繋げていく。ぐちゃぐちゃに混ぜられたパズルピースを当て嵌めるように。

「船を壊せば、人が船で海へ出なくなる。それは、牙イルカの食糧を減らすことに他ならない。牙イルカの餌が減れば……牙イルカがどこかへ移動してしまう可能性がある。」

「その通りです!牙イルカの知能は高い。もし船を壊せば、“人がもう現れない”と悟ってしまう。だからタコは、船を壊さなかった。牙イルカを引き留めるために、人を食える機会があると期待させる必要があったんです。」


「人ってそんな美味しいものか?」

「さあ、珍味であったか、或いはたまたま好みだったか。それか、人の味を好む牙イルカの群れをタコが選んで導いたのか。……話を戻します。仮に私の言ったことが正しかったとしましょう。その場合、彼ら魔物はこの地に永久に居ることはありません。何故なら、想定外の出来事があったから。」


「赤潮、か。」

 ウサギは頷いた。


「赤潮によって海洋資源が激減しました。それは人間だけでなく、牙イルカにとっても致命的です。今はまだ入り江に魚が残っているかもしれませんが、やがて尽きる。さらに、タコを恐れた人間は海に出なくなる。餌のなくなった牙イルカは、この地から去るでしょう。」

「じゃあ、放っておけば解決する、ということか?」

「いずれは。牙イルカの居ないタコ型魔物単体にできることなど限られていますから。」


 時間が解決してくれる話。それは大抵の人間にとってはありがたい話である。何もしなくていいというのは気楽だ。

 だが、勇者は顔を顰めた。

「……それは、良くないな。」

「良くない?」

「ああ。依頼を達成できなくなるからだ。」


 勇者は持っていた剣を研いでいる。

「俺の依頼は“魔王軍魔物の討伐”だ。奴をきっちり殺さなければ、仕事を終えたことにはならない。」

「私の住んでいた森での依頼のように、領主に依頼変更を交渉するのは如何です?」

「いや、多分領主は応じない。魔王軍魔物は諦めが悪い。例えこの町を一度諦めたとしても、再び作戦を変えてやってくる。或いは、他の町を同じように襲いに行くかもしれない。不安の種は摘み取っておかなくてはならない以上、領主は絶対にあの魔物を殺しておきたいはずだ。角兎や風狼のような一般魔物の討伐依頼とはわけが違う。」

「ふうん、難しいんですねえ。」


 人にとっての魔王軍魔物の存在はそれだけ重いらしい。魔物であるウサギには理解ができなかったが、そういうものなのか、と無理矢理納得した。

「そうなると、時間が解決する問題が、寧ろ時間制限付きの問題になってきますねえ。」

「その前に何とか殺さなくちゃな。お前の仮説が正しければ、殺すのはあのタコだけで済みそうだから、その点は助かる。」


 暫くウサギは考え込んだ。勇者も黙って剣を研ぎ続けた。シュッシュッと金属が擦れ合う音だけが場を支配し、窓の外から穏やかな風がすり抜ける音が時たま聞こえる位だ。

「……ふむ。粗削りですが、1つの案を思いつきました。」

「またか?」

「先程の案と重ねて使える作戦です。言っておきますが、奇策中の奇策ですよ。使えるかも分かりませんし、使う機会があるかも分かりません。ですが、あのタコを絶対に討伐しなければならない以上、準備しておいて損はない。」


「奇策ってお前、さっきのも十分奇策だっただろう。」

「今度はもっとぶっ飛んだ話です。いいですか、タコを追いつめる事が出来るとしましょう。瀕死になった生き物は逃げます。幾ら魔王軍魔物とは言え、死に賭ければ一旦撤退して立て直す位の事はするはずでしょう?」

「まあ、それ位はするだろうな。あいつ知能高いらしいし。」

「でも、勇者さんは逃がさない。逃がしてはならない。そんなときに、使える案です。いいですか?もしもあのタコが戦いの途中で逃げだしたら――」

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