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3-4

 カラッと晴れた空は気持ちがいいが、ずっと外に出ていると流石に日差しがきつくなる。

 誰もいない公園の木陰に入り、勇者はようやく地に腰を下ろせた。

 収穫としては、悪くない。

 敵の正体は分かった。後はその特徴を調べて、対策を練るだけ。

 ……それが一番面倒くさいのは、やる前から分かっている訳だが。


「次は魔物について調べるか。」

 勇者は1つ伸びをすると、手にした水筒の水を飲み干した。


「勇者さん、字汚いですね。全然読めないです。」

「うるせえ、どうせお前はメモなんて見なくても全部覚えているだろう。」

「それでも確認したい時だってありますよ。……巨大なタコに牙イルカですか。」

 ウサギはうーんと唸った。


「何か知っているのか?」

「いえ全く?牙イルカは名前だけ知っている程度ですが、巨大なタコは聞いたこともありません。そもそも、魔王軍についてなら私よりも勇者さんの方が詳しいでしょうし。」

「意外だな、お前の事だから何でも知ってるかと思った。」

「私が知っているのは学んだことだけですよ。魔王軍のことなんて、正直ほとんど情報がないんです。私に限らず、普通一般人には魔王関連の情報って流れてこないものなんですよ。」

「一般人……?」

「魔王軍って、魔王が操る魔物のことですよね?確か魔王軍の魔物は人をひたすら襲うとか何とか……」


 そのまましゃべり続けようとするウサギの言葉に、勇者は頭をかいた。

「あー、わかったわかった。そこについては一から説明してやるから。なんたって、そこら辺の事情は俺が一番詳しいだろうから。」

「お願いします!」

 ウサギも勇者の肩から降り、その小さな体を地に付けた。


「まず、魔王ってのは知ってるな?魔物の王と呼ばれる存在で、人の国に攻め入って人間を根絶やしにしようとする、悪の権化だ。」

「はい、質問です!何故魔王は人を滅ぼそうとするのですか?」

 唐突な質問に、勇者は眉根を寄せた。


「何故?何故って……そりゃ、魔物の王だからだろう。」

「理由になってませんよ。そももそも魔物の王って何ですか?王というからには国があるのでしょうが、そもそもその国はどこにあるのです?」

 捲し立てる様な言い方に、やたらとキラキラ輝いているウサギの瞳。余程知識欲が強いのだろう。


「魔王が治める国は、この国の北側に存在する。魔界と呼ばれる場所で、主に魔物ばかりが住んでいる土地だ。そこは人間が住んでおらず、代わりに知性を持った魔物が治めている。」

「人が住んでいないのには何か理由が?」

「単純に住みにくいんだ。人の食べられるものが極端に少ないからな。代わりにしぶとい魔物が上手く生きている。」

「知性のある魔物ですか……そこの王が魔王と呼ばれるわけですね。そして、魔王軍というのは、魔界の軍隊という認識になりますが……」

「あー、何というか、そこはちょっと複雑でな。」


 勇者は少し黙ると、考えながらアイデアを言葉にしていく。

「魔王軍ってのは、正確には人の想像するような軍隊じゃないんだ。人が他国を責めるときの様な戦略性のある動きは見せず、端から見れば好き勝手暴れているだけに見える。だから、魔王軍という言葉から連想するような組織とは違い、実際には災害に近いかもな。ただ一見すると軍隊の様に見えるから軍と呼んでいるだけで……その実態は、ただ人間に敵対的な魔物の総称でしかない。」

「敵対的な魔物?クマや狼のような肉食魔物ってことですか?」

「いいや、違う。肉食魔物は肉を食らう為に人を殺すこともあるだろう。だが、魔王軍の魔物というのは、人を殺す為に殺す。」


 勇者は海の方を指差した。

「巨大タコの話を聞いただろう。あいつは、恐らく自然界でも一際強い力を持つ魔物だ。そんな魔物は、生きていくための手段としてわざわざ人の住処を荒らしたりはしない。沖で適当な魚を食えば食料には困らないんだから。……しかし、魔王軍所属魔物は人を殺すことが第一優先だ。人を害し、人の命を奪うことは、その魔物自身にとっての何より大事な事だ。」

「えっと、つまり、魔王軍所属の魔物は自身の命よりも人を殺すことの方が大事だということでしょうか?」

「そういうことだ。」

 頭の上にクエスチョンマークを飛ばすウサギを見て、勇者はため息をついた。


 ウサギは首を振った。

「わかりません、何故そんなことをするのですか?魔王軍魔物にとって人を殺すことは、何のメリットがあるのでしょう?」

「さあな、単純に人が減れば人の国を攻めやすくなるからじゃないか?最も、そんなことどうでもいい。俺等人類にとって重要なのは、魔王活性化中はその攻撃的な魔物があちこちに同時発生するという事だ。」

「魔王活性化というのは、魔王が人の国を攻めてくるときの事ですよね。魔王は魔物を従える術でも持っているのでしょうか……」

「多分そうだろう。なんか怪しげな洗脳術でも使って魔物を操り、人に対する攻撃性を植え付けてるんじゃないか?」


「そこまでして魔王はなぜこの国を攻めるのでしょう。生存圏を広げたいから?それにしては、戦略性がなくただ人に攻撃し続けると言うのも不思議な話ですね。――勇者様は、そんな魔王を討伐するのが役目なのですよね?」

「ああ、そうだ。この世界には定期的に魔王が生まれる。勇者が魔王を倒してから数十年後に現れることもあれば、数百年先になることもある。その時に人の国から勇者が選ばれ、こうやって冒険を経て魔王を倒しに行くのが伝統だ。」

「――あれ、でもそうなると、どうして――」


 ウサギが疑問を口にしようとしたその時、突然遠くから大きな水音が鳴った。思わず目線をやれば、大きな水柱が宙を舞っている。

 水のヴェールがはがれた時目に入ったのは、太く長い触手とその触手の先っぽに捕まった哀れなカモメ。

 あのタコだ。タコが、触手を伸ばして空中のカモメを捕まえたのだ。


 カモメは苦しそうに呻いているが、その必死な足掻きは全て無駄に終わる。

 吸盤には鋭いトゲが生えており、カモメの体を深く突き刺していた。


 逃げる術もなく、水面下へと引きずり込まれていく。

 そのまま、二度と浮かび上がることはなかった。


「……あのタコ、中々ヤバそうだな。」

「結構真剣に戦略考えないといけませんよ、これ。」



 ---


「はあ、あのタコと牙イルカについての情報ねえ。」

 情報集めと言えば、酒場だ。酒を飲むと人の口は軽くなる。

 だから、酒場には語りたがり屋がいつでも屯しているのだ。


「お前、俺が牙イルカとタコについて何か知っているとでも?」

 睨みつけるように言う目の前の半そで半ズボンの男は、部外者に対する特有の排他的な態度を取っている。疎らに居る酒場の客は、遠巻きにその様子を見るだけだ。

 このままでは話を聞くこともできないだろう。


「何故俺に声を掛けた?別の奴でもいいだろう。」

 しかし、吐き捨てられた言葉にも、勇者は諦めず愛想よく、しかし的確な答えを返す。

「それは、貴方が何よりもかの魔物について知っていると考えたからです。」

 その言葉に、男の目が細められる。


「ほう、何故そう思った?」

「まず、貴方が漁師であること自体は明瞭です。濃い日焼け、手に着いた縄の跡、ガタイの良い体つき。この町の住人は殆ど漁業に携わっているらしいですから、漁師であることは確定です。」

「それがあの魔物とどう関係がある?漁師なんて俺以外にもたくさんいるだろう。」

「ええ、勿論です。ですが、その足についた傷跡。それが付いていたのは、貴方ただ一人です。」


 はっとした男が自身の足を隠したが、もう遅い。はっきりとその足に刻まれた巨大な斑点のような傷跡が、半ズボンの先からはっきりと確認できたからだ。

「噛まれ跡や毒の跡なら兎も角、刺突の跡は滅多に見たことがありません。普通の漁師が普通に仕事をしているだけなら着くはずのない跡です。しかし、私は今日の昼頃、あのタコが吸盤から棘を出してカモメを狩っている所を見ました。貴方のその足の特徴的な傷跡は、あのタコにやられたものでしょう?」

 男の顔が歪む。盛大に舌打ちをするが、そんなことで勇者は怯まない。


「……ああ、あのタコにやられた傷だ。町の奴らは、この傷を気遣って見ないフリをしてくれてた。だが、お前は……わざわざ思い出させやがって……」

「辛いことを思い出させてしまい、申し訳ありません。しかし、どうかあの魔物を討つためどうかご協力願えますか?」

 男は暫く黙り勇者を睨んでいたが、最後は根負けしたように机をバンバンと叩いた。

「随分強引なことだ、まあ勇者様もそれが仕事だろうからな。いいぜ、あのタコについて話してやるよ。何が聞きたい?」


「あの魔物たちについての情報です。奴らを倒す為には、情報が必要ですから。何でもいい、些細なことでもいい。私に、力をくれませんか?」

「……俺の知ってることが役に立てるとは思えないがな。なんたって、俺が知ってるのは奴らの恐ろしさだけだ。」


 男は語りだした。己の目で見てきたことを、酒気の抜けない回らぬ舌で。


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