2-13
「おかえりなさい!どうでした?」
ワクワクと勇者を見つめるウサギの目の前で、勇者は紙袋をプラプラと振った。
「貰って来たぞ。」
「やったー!」
ウサギは駆け回る。狭く古い宿屋の一室を、空気の抜ける風船のように跳び回っている。
壁や床に穴が開く前に手で掴んでやめさせても、ウサギは嬉しそうに空中で体をぴょこぴょこさせていた。
「美味しいイチゴ、貰って来たんですよね?早く下さいな!」
「わーったよ、直ぐに出してやるから。……感謝しろよ、お前の言う通り、領主に報酬として事の真相と美味いイチゴを要求してやったんだから。」
「流石勇者さん、交渉事において貴方の右に出るものはおりません!」
そう、あの話は全てウサギから聞いた話である。
一休みしてから領主に呼び出される際、ウサギに呼び止められて先程の話を仕込まれたのだ。どうせ領主に会いに行くのなら、事の真相を聞いてきてくれ、後序にイチゴ貰ってきてくれ、と。
当然、ウサギの話を聞くまで領主の言葉に疑念など抱いていなかった勇者は驚いたが、何とか上手くやった。
「お前の言う通り、あの伯爵は何もかもお見通しだったよ。」
「でしょうね、そうでなければ勇者さんにあんな依頼出さないでしょうし。」
全く、人使いが荒い事で。勇者はため息をつく。
「他にも色々話を聞いたぞ。……あの菓子屋で女性が殺されそうになったのは、彼女の父親が組織に関わっていたかららしい。その父親は組織のお陰でこの町で莫大な財産を築いたものの、肥大化していく組織に怖気づいて関係を断ち切ろうとしたようだ。」
「それで組織の反感を買って、娘さんを見せしめに殺そうとした訳ですか。失敗に終わって良かったですね。」
「そうだな。そして、その父親のような奴は少なくない。犯罪組織には様々な人間が関わっていた。犯罪の実行犯だけでなく、依頼をする者や盗品を売る者、それを止める立場にありながら看過する者……勿論脅されて仕方なくやっていたという奴もいるだろうが、どちらにせよ罪からは逃れられない。」
あの組織はボスの強さと統率力で成り立っていたようなものだ。それを失えば、一気に体制は崩れる。衛兵達は上手く調査を進めていくだろう。
「後は、魔物愛護団体と地下施設についてだな。」
魔物愛護団体は、トップが反社会的勢力と関わっていたことが明るみに出たことで、解体される運びとなった。
ファームも封鎖され、地下の大通路には頑丈な扉が設けられ、今後は公的な施設――備蓄庫や緊急避難所として再利用される予定だという。荒廃を許せば、再び無法者の温床になる。それを防ぐための策だ。
また、ファームには勇者の手を逃れた魔物が何匹も生き残っていたらしい。魔物は処分されそうになったものの、有志の人によって引き取られ、遠く離れた田舎で穏やかに暮らす道が与えられた。
その有志の中には、かつて愛護団体に所属していた者の姿もあったという。
「その人達は、元は団体の理念に共感して団員となったものの、そのやり方に不満を持っていたらしくてな。今回の件で団体が解体されて以降、今度は自分達の思う正しいやり方で魔物を守ろうとしてるんだとよ。」
あの愛護団体とは、一枚岩ではなかった。
例え犯罪組織に利用されていたとしても、その構成員は殆どが一般人だ。その中には、真に魔物を愛する人もいたのだろう。
「……まあ、魔物と言えど、一般人にとってみれば動物と大差ない生き物ですからね。寧ろ偏見という点で語るなら、勇者さんの方が偏った思想を持っていると言えるでしょうし。」
「いやお前、あの愛護団体の事毛嫌いというか、理解できないって言ってたじゃないか。」
勇者の言葉に、ウサギは首を振った。
「あれからずっと考えてきたんですよ。」
「何を?」
「人間が魔物を愛する理由について、です。」
ウサギはずっと疑問であった。何故人は、自分に全く関係のない生き物――何なら害になりえる生き物を愛し、守ろうという団体を設立したのか。
そして、何故そのような団体に賛同者が多くいたのか。
結論から言えば、前者の謎は組織のボスの自供で解けた。あの団体の成り立ちとしては、元々反社が利用しようとしていたところを嗅ぎつけて止める為に設立されたものだった。
証拠もなく、正規の手段で訴えることもできなかった彼らは、自分たちで「倫理」の枠組みを作り出し、秩序を守ろうとしたのだ。
彼らに魔物への愛情があったかは不明だが、少なくとも、人間社会に貢献しようとはしていた。
もしも、魔物愛護団体が彼ら犯罪組織に対抗出来ていたら。もしも、ああなる前に他の人々の心を動かし、ファームを止めることができていたなら。
今頃、犯罪組織による被害はもう少し少なかっただろう。
「それに、あの愛護団体が解体された後も、真に魔物を愛している人は活動を続けるのでしょう?今回の件で団体への視線は厳しくはなりますが、同時に、今後同じことが発生しないよう社会に監視の目を光らせる社会的役割も得ることでしょう。そうなれば、魔物の為の行動が人間の為ともなるのです。」
「何が言いたい?」
「もしものことを考えていただけですよ。ただ、人とは複雑な社会を構成する生き物で、一見表面上は無意味に見えた行動も案外合理に叶っている部分があるんですね。理解できないからと遠ざけるのではなく、背景や構造含めて理解しようとする方が賢明なのかと勉強になりました。」
私もまだまだ勉強すべきですね、とウサギは反省したように目を瞑り、腕を組んでいる。
「……そういうもんか?結果的にあの団体は犯罪者に利用されていたし、俺にはまだ理解できないが。」
「新しいものが受け入れられにくく、利用されやすいのは仕方のない事ですね。これを機に、改善されて行けばいいのですが。……ところで勇者さん、その紙袋ですが……」
ウサギの短い腕が我慢できないとばかりに勇者の方へと伸ばされる。
「ああ、仕方ないな。痛む前に食べなきゃなんねーし。」
紙袋の中からごそごそと取り出されたそれは、まごうことなき宝物。少なくとも、ウサギにとっては。
「イチゴ!え、こんなに大きいの、食べていいんですか?」
「……ああ、領主がくれた。」
良いイチゴの品種を領主に聞いたところ、戸惑いながらも使用人に命じ、その場で高級なイチゴを袋1つ詰めて貰えた。丁寧な事に、生産者の名刺が一緒に入っている。
しかし、あの隙の無い伯爵たる男が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているところは中々面白かった。明日には、「勇者はイチゴ好き」なんて噂が町中に広がってるかもしれない事実は、面白くないが。
「貴族が食うような高級品だ、本来は畜生風情が食べられるもんじゃねーんだぞ。今回はお前のお陰で助かったからご馳走するだけで……ってか、昨日からずっと気になってたんだが、お前、どうしてあの地下で方向が分かったんだ? ほら、潜入後にバレて脱出しようとしたとき、内側から鍵がかかってて出られなかったろ。あの時、お前、確かに俺をファームの方向へ誘導してくれたよな?」
「ああ、それは事前に地図を見ていたからです。潜入した建物とファームの位置関係を把握して、地下でも常に自分の位置を頭の中で更新してたんですよ。……あとは、ファームのある方向がやたら臭かった、ってのもありますけどね。」
ウサギは既にイチゴを口いっぱいに詰め込んでいる。先日の戦闘のせいで口に着いた赤い汁が若干グロテスクに見えてしまうが、あくまでイチゴの汁である。
「空間把握能力どうなってんだ……ま、有難いけどさ。」
「お褒めに預かり光栄です~。さっすがお貴族様のイチゴ!甘くて最高です!」
何も考えていなさそうな顔でイチゴを食む姿は人懐っこく、まさに野生を失ったペットだ。どう見ても普通の角兎よりもずっと愛玩動物に向いている。
「……お前、変わってるよな。」
「勇者さんに言われたくはないです~。」
「それもそうか。」




