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2-12

 元々、男は貧しかった。明日をどう生きるかさえも見えぬ子供だったという。

 ある日、初めて窃盗に手を染めた。盗んだ金で口にした、いつもより少しだけマシな飯。

 その瞬間、彼の中から「真面目に生きる」という選択肢は、ふっと音もなく消え去った。


 ひとりの力には限界があると知った男は、同じ境遇の孤児たちを仲間に引き入れ、徒党を組んで窃盗を繰り返すようになる。

 最初は物陰に潜み、足音さえ殺していた。だが、次第にその手口は大胆になり、手を出す先も増えていった。

 当然、町の衛兵と何度も衝突することとなる。けれど、彼らはまだ子供に過ぎなかった。勝てるはずもない。

 仲間のほとんどは捕らえられ、残った者もやがて殺された。


 男は骨の髄まで思い知ったのだ。弱いままではダメなのだと。


 住む場所すら追われ、それでもこの町を離れて生きていけるほど、彼に力も知恵もなかった。

 人の目の届かぬ場所に身を潜め、食いつなぐために畑から作物を盗む日々が続いた。


 ある日、男は奇妙なものを見た。

 城壁の際にある畜産農場のひとつが、何やら奇妙な生き物を育てているのを。

 一見牛のようだが、それにしては大きく、額に埋め込まれた奇妙な石がキラキラと光を反射している。

 町を一歩も出たことのない男でも、それが魔物であることは理解できた。


 その一家は何とも奇妙なことに、魔物を育てていたのだ。

 目的は他の酪農家と変わらず、魔物の乳や肉を売る為であった。

 しかし、当然魔物の肉はマズい。と言うか、美味しければ今頃メジャーな食文化として根付いている事だろう。

 味は「珍味」の域を出ず、ごく一部の変わり者しか買い手がつかない。当然、農場は常に貧しさに喘いでいた。


 だが、男はそこでひとつの光を見た。

 魔物といえば冒険者、冒険者といえば――鍛え抜かれた肉体、圧倒的な力。男が何よりも欲していたもの。

 魔物を狩れば、自分も経験を積み、強くなれるのではないか?仲間も共にレベルを上げれば、あの衛兵たちにだって負けない軍隊が作れるのではないか?


 行動は早かった。

 男は農場の老夫婦を訪ね、自分に魔物の育成を任せてほしいと懇願した。

 口先は達者だった。なにせ、その口ひとつで町の裏通りを支配してきたのだから。


 老夫婦は、そんな男の裏の顔など知る由もなく、熱心な若者に農場を託すことにした。

 もともと儲けにはならず、近いうちに手放すつもりだったという。ならば、未来のある若者に引き継がせよう――と。

 男は笑った。これは力を得るための第一歩だ、と。


 失われた仲間を少しずつ呼び戻し、また闇に紛れて金を掠め取る日々が始まる。

 同時に、魔物の育成技術を老夫婦から根こそぎ学び、品種改良に取り掛かった。

 目指すは、「効率」。少ないコストで最大限の経験値を得られる形質。それだけを追い求めた。


 魔物は家畜より成長が早く、繁殖力も高く、寿命も長い。

 想像よりも早く成果が出た。おとなしく、なんでも食い、図体だけは大きなウシ型魔物が生まれた。


 だが、問題も浮上した。

 どこからか情報が漏れたのか、男の行いに反対する者たちが現れた。


『魔物とて命。経験値ファームなど、己の欲のために命を弄ぶ行い。即刻、中止すべきだ』

 彼らは自分たちの事を『魔物愛護団体』だと名乗った。魔物を愛する者であり、魔物に不当な扱いをする者は許せない、と主張していた。


 だが男は知っていた。

 彼らの言葉は表向きの建前でしかない。

 本当の目的は、魔物によって力を得ようとする者――つまり自分のような「反社会的存在」が力をつけることを、阻止すること。それだけだ。


 腹が立った。

 衛兵だろうが市民だろうが、自分の邪魔をする者は、皆、敵だ。

 皆殺しにしてやろうか? あるいは拷問にかけ、その肉を魔物の餌にしてやろうか。


 しかし、それ以上の妙案を思いついた。



 男はファームの拠点を、町の中央通りの地下へと移すことを決意する。

 地下工事には金も時間もかかったが、心地よかった。かつて自分を追い出した町の中心に、今、自分の「城」を築いているという事実が、何よりも心を満たした。


 反対する住民は邪魔だった。だから、男は手下に命じ、周辺の土地を高額で買い漁らせた。

 人々は喜んで土地を手放し、自ら姿を消していった。


 そこから、男はあらゆる犯罪に手を染めていく。


 かつては恐れていた衛兵も、いまや高レベルの手下の敵ではない。何度か蹴散らしてやると、怯えたのか、もう深くは踏み込んでこなくなった。

 公的権力を恐れなくなった自分と手下達は、喜んで次々と犯罪に手を染めた。何をやってもいい、だって強い自分達を裁けるものは、この町にいないのだから。


 町の中心に拠点を築いたのも、衛兵や領主に「いずれお前らの立場は奪ってやる」という意思表示だった。

 魔物愛護団体も、内部から乗っ取ってやった。

 頭を自分の手下にすげ替え、団体を傀儡組織として利用する。

 本来は反社会勢力を止めるためにあったその団体が、いつの間にか反社の手先として動いている。どれほどの屈辱か、一度本人たちに訊いてみたいものだ。


 物を盗み、暴力で人の心を折り、偽貨で領主を揺さぶる。

 このままいけば、いずれ自分に逆らえる者はいなくなる。この町が、自分のものになる。


 男は、そう夢見ていた。


 ---


「……以上、奴から聞いた話だ。」

「そうですか。」

 実に下らない。というか、どうでもいい。

 何なら後半は聞いてすらいなかった。まあ、多分支障はない。


 領主が出してくれたコーヒーに、砂糖をたっぷり入れてかき混ぜる。疲れた時は、やはり糖分に限る。

 高級なソファーの座り心地も良く、長時間座っていても尻が痛くならない。本当なら横になりたいところだが、そこまで勝手にすると、今度は勇者の首が飛びかねない。



 ファームから何とか脱出した後、勇者はすぐに衛兵を呼んだ。

「近年世間を騒がせていた犯罪組織の拠点を制圧し、その幹部、あるいはボスと思われる男を捕らえた」と。

 衛兵たちは待ってましたとばかりに出動し、あっという間にファーム周辺を制圧した。

 その後、領主の屋敷に呼び出され、今に至る。


 地下にはまだ多くの高レベルな手下たちが残っていたようだが、衛兵が「お前たちのボスは勇者によって倒された。抵抗すれば、お前たちも同じ末路だ」と勧告すると、あっさりと武器を捨てたらしい。

 やはり、あの男が組織のトップだったようだ。よかった、あれより強いのが後から出てこなくて。


 あの男にも、それなりに色々あったのだろうが、そんなことはどうでもいい。

 結局、勇者にとって大切なのは、自分の依頼を完遂すること。相手の事情をいちいち考えていたら、頭がおかしくなってしまう。


「いずれにせよ、良くやった。勇者殿の名にふさわしい働きであった。」

「光栄です。」

 風呂で体を洗ってきたというのに、未だに血の臭いが抜けない。コーヒーでごまかしているが、匂いが混ざってむしろ悪化している気がする。

 領主も気づいているだろうが、何も言わずにいてくれている。


「これで勇者殿の仕事はこれで終わりだ。どうだ、何か報酬として欲しいものはあるかね?」

 この場合の“報酬”とは、金銭とは別の何かを指す。思った以上に良い仕事をしてくれたから、上乗せで褒美をくれるつもりらしい。

 領主は上機嫌だ。そりゃあ、散々頭を悩ませてきた犯罪組織が壊滅したとあれば上機嫌にもなろう。


 とは言われたものの、別に欲しいものなんてない。

 国中を旅して回る勇者にとって、物は基本的に嵩張って邪魔になる。贅沢も性に合わない。人と関わるのも好きではないから、特権を貰っても持て余す。

 お金が一番ありがたいが、こういう場面では金以外の物を求めるのが暗黙の了解だ。


 頭をフル回転させ、それっぽい答えをひねり出す。

「……では、伯爵様。報酬の代わりに、教えていただきたいことがございます。」

「ほう、改まって。何でも聞きたまえ。」

 報酬代わりなら、答えにくいことでも応じてくれるだろう。


「では直球でお聞きします。伯爵様――あの犯罪組織のアジトの場所を、私が報告するより前からご存知だったのではありませんか?」

「……何故、そう思う?」


 伯爵は目を細めた。表情には笑みを浮かべているが、本心は見えない。

 だが、少なくとも不機嫌ではなさそうだ。


「ずっと不自然に思っていました。伯爵様が私に依頼を出された時、“犯罪組織”の調査をしてほしいと仰いましたね。調査が全く進まず、足取りも掴めないからと。」

「それのどこが不自然なんだ?極めて妥当な依頼じゃないか。」

「では、何故“組織”自体が存在と言えたのでしょう?何の手がかりも掴めていなかったはずなのに。」


 もし伯爵が本当に何も知らなかったのなら、ここで勇者の質問の意図を正しく理解できず聞き返したことだろう。

 だが実際のところ、伯爵は口を噤んだ。ただ微笑み、指先を折り曲げて口に当てている。

 言葉を続けろ、の意だ。


「確かにこの町では、近年治安が急激に悪化しています。資料も確認しました。しかし、犯罪はどれも単発で関連性が見えません。盗み、殺人、貨幣偽造……バラバラです。目的を持った組織の仕業とは到底思えません。それに、追跡も全て失敗している。犯人側が名乗りでもしない限り、とても同一組織の犯行だとは断定できないはずです。」

 菓子屋でテロ事件を起こした連中は顔を隠していたし、手下は皆雇われだった。唯一情報を持っていそうだったリーダー格の男も死亡。

 それなのに、衛兵たちはすぐさま“あの組織”の仕業だと断定した。不自然にも程がある。


 いいや、違う。断定する材料が、あったのだ。

「予め、調査されていたのでしょう?例え正面から戦うことができなくとも、裏から人を潜入させることはできますから。その際、拠点の場所はすぐに分かるでしょう。なんたって、あれだけ広く、人の出入りも多かったのですから。」

 情報を得たいのならば、何も戦う必要はない。スパイを紛れ込ませれば済む話だ。


 あの地下通路だって、相当に広かった。勇者が潜入してすぐには気づかれなかった位だから、普段から様々な人が関わっていたのだろう。

 売る人、買う人、それを管理する人。それだけの人が居るのなら、どこからか情報が洩れていてもおかしくなかった。


「……それで?」

 領主は止めようとしない。反論もない。

 勇者は一呼吸置いて、核心を突く。


「なぜ、私に依頼したのですか? 既に伯爵様が拠点の情報を掴んでいたなら、私の出る幕などなかったはず。最初から情報を渡していただければ、討伐に乗り込むことも可能だったでしょう。」

 “仕事を増やしやがって、最初から全部教えろ”という文句を丁寧に述べてやった。


 領主は目を瞑り、何度かうんうんと頷いた。何をそんなに一人で納得しているんだと思わず噛みつきそうになるが、何とか耐える。


「……天晴だね、よく分かっている。推理も素晴らしいが、何より素晴らしいのは、それを理解しておきながらも黙って依頼を遂行したことだ。」

「どういうことでしょうか。」

「確かに私は、犯罪組織の情報を独自に得ていた。町を脅かす悪党を野放しにするつもりなど毛頭もなく、どんな手を使ってでも奴らを壊滅させる気でいたからな、当然のことだ。……だがしかし、相手を抑え込むにはちょいと障害があった。」

「……ファームですか。」

 領主は頷いた。


「連中はファームの影響で妙にレベルが高かった。衛兵では対処しきれない。特にボスの男はとんでもなく強いという噂だった。相手の居場所も正体も分かっているのに、手が出せない。そんな折に、丁度勇者殿が町を訪れたというわけだ。」

 皺の深い顔には似合わない、いたずらっ子の表情を浮かべている。


「正直初めて勇者殿を見た瞬間、落胆した。とてもじゃないが、あのボスには勝てないだろうとね。いや、責めている訳ではない。勇者殿は最近旅を始めたばかりと聞いたから、実戦経験が少なくレベルも低いのは仕方ない事だ。仕方が無いから、取り合えず形だけでも依頼を出すことにした。例えあのボスが倒せなくとも、高レベルな手下のうち何人かを仕留めてくれればそれでいい。そう思ったんだが。」

「思いがけず、私が組織を壊滅させてしまった、と。」

「嬉しい誤算だった。」


「もし私が組織を壊滅できなかった時は、どうするおつもりだったのですか?」

「そのときは、近隣の領地から軍を呼び寄せるつもりだったさ。コネはあるし、金も惜しまなかった……いや、惜しかったけどね。」

 “安く済んでよかった”という言葉が顔に書いてある。


 つまり領主は、勇者を都合よく使ったわけだ。

 他所の軍を動かすには莫大な金がかかる。そのコストを少しでも削るため、先に安価な人材――勇者を使って戦力を削らせようとした。

 そして思いがけず、その勇者が全て片付けてしまったのだ。万々歳、めでたしめでたし。


「勇者殿、改めて礼を言う。貴殿のように力だけでなく頭脳まで優秀な若者は素晴らしい。貴殿のような者と出会えたことを誇りに思う。」

「勿体なきお言葉です。」

 尊大な誉め言葉だが、彼にとっては言うだけタダである。


 使えるものは上手に使う。

 結局この領主は、どこまでもビジネスマンであった。


「それで、報酬はこの話で手打ち、ということで良いか?」

「そうですね。……あ、いや、もう1ついいですか?」

「ほう、まだ何か要求しようと?」

 領主の目が怪しく光る。


「美味しいイチゴの品種、知りません?」

「……は?」

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