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木、木、木、土と草。たまに川。
そんな代り映えのしない情景が広がっているここは、森だ。そう、なんてことの無い森。
角兎や風狼など、魔物の中でも特別弱い、大して通常の野生動物と変わらない魔物が住む森だ。
故に、駆け出し勇者がレベルを上げるチュートリアルにぴったりだと言われている。
そんな中、勇者は付近の町で受けた『風狼討伐依頼』を達成しようと試行錯誤していた。
「ひい!前からも後ろからも来てる!私風狼に囲まれてます!このままじゃ食べられてしまいますって!早く、早く全員倒してくださぁい!」
哀れなウサギがぐるぐるとその場を走り回っている。が、どこにも逃げることはできない。
ウサギの首輪から伸びた革紐が、近くにある太い木に括りつけられているからだ。
まるで興奮した犬のように周辺を円状に走り回るが、本人はパニック状態である。
なぜなら、ウサギは沢山の風狼――風のように素早い狼型の魔物に囲まれ、今にも食われそうだからである。
「おー、流石角兎はいい囮になるな。しかも程よく騒いでくれるお陰で早速討伐対象がぞろぞろ集まってきてくれた。探しに行く手間が省けていいな、この方法。」
「ちょっと、感心している場合ですか!囮がいなくなったらこの方法破綻しますよ!」
「別に死んでもまた捕まえに行くだけだし……ま、でも角兎をわざわざ探しに行くのも手間だしな。安心しろ、暫くは殺してやらないから。」
そういうと、陰に隠れていた勇者は風狼の背後から剣で切りかかった。
風狼は皆目の前のウサギに視線が釘付けで、反応が遅れてしまった。勇者はその隙を見逃さなかった。
「はあっ!」
鋭い切り込みが風狼の頭部を吹き飛ばしていく。ようやく気付いたのか群れの数匹が振り返り、反撃に出ようとするが遅い。
勇者はすぐにバックステップを踏んで下がり、別の反応が遅かった狼に切りかかった。
キャインという悲鳴を上げて狼はひっくり返り、勇者はすぐにとどめを刺した。
風狼の群れは10匹足らず。彼らのうち2匹が一瞬にしてやられたところを見て、瞬時に己の不利さを悟ったようだ。
「ガウッ!」
群れの中で一番図体の大きい狼が一吠えすると、群れはすぐにその場から逃げようと走り出した。
が、当然タダで逃がすわけにはいかない。
狼が地を蹴って走りだそうとした瞬間、地響きと共に数匹の狼が姿を消した。――いや、消えたわけじゃない。落ちたのだ、落とし穴に。
風狼の足が速いことを聞いていた勇者は、予め罠を張っておいた。ウサギという釣り餌の周辺を沢山の落とし穴で囲っていたのだ。
風狼達の近づいてくる方向はコントロールしにくいが、逃げる方向は追いかける側がある程度調節できる。それにまんまと引っかかった数匹は、落とし穴の中で無力に藻掻くだけだった。
仲間がもう数匹やられたと察した残りの狼たちは一瞬戸惑ったものの、直ぐにその場から逃げ去ってしまった。判断が早いことだ。
仕方ないので、勇者は穴に落ちた狼たちにとどめを刺して回った。
「ふう、一丁上がりと。」
「し、死ぬかと思った。」
「大げさだな、別に噛まれたりはしていないだろ?」
「草食魔物にとっては肉食魔物に囲まれた時点で本能がびんびんに反応するんですよ。それも逃げられないとなれば、もう死と同義なんですよ。」
ウサギはぺしょりと耳をしならせ、脱力したように地面に這いつくばった。
「しかし、この調子だと依頼達成には時間かかりそうだな……」
「何匹殺さなきゃいけないんですか?」
「50匹。」
「これをあと10回以上!?ダメです、死んじゃいます止めてください。」
ウサギはバタバタと暴れまわり、全身で『嫌がっています』のポーズを取った。
「俺だってこんな面倒な方法嫌だよ。土掘らなきゃいけないし、お前煩いし。でも普通に追いかけて狩るのも面倒なんだよなあ、あいつ等とんでもなく足速いし。」
風狼が風狼と呼ばれているだけあり、彼らをまともに追いかけるのは普通の人間ならまず無理だ。
勇者は普通の人間でないとはいえ、まだ駆け出し勇者に過ぎない。風狼を何十匹も追いかけたくないというのが素直な本音である。
「あーあ、何かいい方法はないかなあ。」
「……因みにどうしてそんなに風狼を殺さなきゃいけないんですか?先ほど依頼と仰っていましたが、町の人間はどうしてそんな依頼を出したんでしょう?風狼なんて肉不味いですし、毛皮も結構硬くて使いにくいはずですが。」
「何でもその町に風狼が下りてくることが増えて困っているんだってさ。風狼は人間や家畜を食うから町中で不安が広がっているそうで、そこの領主から依頼を受けたんだよ。俺は勇者だから基本依頼を断れないし、どうせレベルアップの為に魔物を討伐していかなきゃいけないしな。」
勇者はため息をついた。
「勇者も大変なんですねえ。……そうだ、行き詰ったのでしたら情報収集しませんか?勇者さんってここ付近の出身じゃないですよね?風狼の生態やここら辺の地理にきっと疎いですよね?私の言葉を聞くまで、角兎が風狼の餌だったことを知らなかったくらいですもんね。」
「まあな。この近くの町には昨日来たところで、依頼も到着早々に受けてからこの森へ直ぐに来たんだ。だから、俺が知っているのは風狼の逃げ足がとんでもなく速いことと、町の人がそれで困っていることだけだ。」
「ならば、もっと風狼について調べてみませんか?町の人に聞いて、どんな餌を好むのかとか、被害の出る時間帯とか、そもそもどうして最近になって街に下りてくることが増えたのか、とか。」
「それを聞いて役に立つのか?」
「役に立つかどうかは聞いてから判断するんですよ。」
勇者は少し考えた。ウサギの言う事はもっともだ。
自分は風狼討伐と聞いて直ぐに飛び出してきたが、依頼達成までには時間が相当かかりそうだ。
ならば、一日くらい情報収集に時間を費やしてもさほど変わらないのではないか。それで有用な情報が得られるのなら儲けもの、位の感覚で。
「……そうだな。今日は疲れたし、毎日こんなことをしていたらあまりにも効率が悪すぎる。明日は町に戻って情報収集をしてこよう。」
「分かりました!それでは私は……」
「お前も連れて行く。もし有用な情報が無かった場合、今日の方法で討伐し続けなければいけないからな。それに、人の言葉を話すウサギなんて、珍しいからな。希少価値で高く売れそうだ。」
舌舐めずりしそうな勇者の表情を見てウサギはブルッと震えた。
が、同時に作戦通りに行ったと心の中でほくそ笑んだ。少なくとも情報収集をしている間は、さっきのような目に合わなくて済む、と。