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2-10

 勇者の推理――ウサギの推理をそのまま我が物顔で話しただけだが――を聞きながら、目の前の男は髭を摩っていた。顔はニヤニヤしているが、何を考えているかは全く分からない。

 全て話し終えると、僅かな沈黙が訪れ、そして破られた。


「ほほう、随分と素晴らしい推理だった。勇者の名に相応しい知恵よ。」

「実際、ここまで合っているとは思わなかったがな。」

 町の地下に、ここまで大規模な施設があるとは誰もが信じ難いだろう。自分だって、この目で見なければ到底信じなかった。


「ああ、()()はお前の言う通りだ。魔物愛護団体の中に犯罪組織のメンバーが紛れ込んでおり、活動と称して列に加わらせ、隙を見て地下へと入る。盗品の買い手も同じだ。衛兵達も愛護団体などバカの集まりとしか思っていないから、逆に安全なのだ。」


 男は、手にしたフレイルの鎖を指先で優しく撫でた。


「勇者よ、お前の言ったことは概ね正しい。だが、誤りもある。」

「ほう?」

「この経験値ファームを、わざわざ街の中央に置いた理由だ。“利便性”のため、などと言っていたな?だが、それは違う。」

 男は手を大きく広げ、笑った。


 「この町を裏から支配するためだ。」


 次の瞬間、男の笑いと共にその腕が振り下ろされ、鎖の先に繋がれた鉄球が風を裂いて迫った。勇者は即座にしゃがみ込み、頭を低く伏せた。刹那、重厚な音を伴い、鉄球が頭上を掠めていく。

「ほう、反応は悪くないな。」

 鉄球は素早く男の元へと戻り、床に傷を付けながら減速する。こすれ合う高い金属音が、不快な音楽を奏でる。


 フレイル。鉄球と鎖を組み合わせたあの武器は、扱いが極めて難しい。

 鎖の軌道を読み切り、力を殺さず振り続けるには熟練と膂力が必要だ。さらに、その攻撃距離は中途半端。遠距離からの魔法や弓には弱く、近接戦では取り回しが悪い。


 だが、この男はしっかりとその特徴を使いこなしていた。


「最初はお前の様に剣を振り回していたんだがな、飽きてしまった。どうも簡単すぎてな。」

 勇者の剣は、相手の攻撃範囲に比べれば短い。相勇者は機を見て間合いを詰めようとするが、男は一歩先を読んでいるかのように後退し、常に安全圏を保ち続ける。鉄球の軌道は広く、だが的確だ。大振りに見せかけた一撃は、すべて勇者の頭部や関節などの急所を狙っている。


 何より、彼はレベルが高い。鍛え上げられた肉体が、それだけで威圧感を放っている。


「勇者よ、お前の力はそんなものか?……いや、俺が強くなり過ぎたのか。」

 防戦一方となった勇者は、やむなく転がるようにして回避を繰り返しながら、少しずつ壁際に追い詰められていく。


 部屋自体は広いが、なんせ偽貨製造機とかいうデカい機械が部屋の大部分を占めているのだ。動きにくいったらありゃしない。


「……お前、こんな機械があるところでそんなもの振り回していいのか?」

「あ?ああ、この偽貨製造機か。別に構わない、こんなもの金があればいくらでも作れるからな。」

 その言葉に嘘は無い様で、勇者が機械の方へと近寄っても、奴はそのまま武器を容赦なく振り回した。

 勢い余った一撃が機械のレールを削り、部品を振動で弾き飛ばす。機械のコンテナに詰まっていたであろう金属の平たい塊が、幾つかパラパラと落ちる。


 その幾つかが勇者の方へ飛び、腕に当たる。鋭くはないが、それでも鈍い痛みが走った。

 反射的にキャッチすると、それはまだ刻印されていない、無地のコインだった。


 恐らくこの機械は、円形に整えた金属片に後から偽の刻印を施す造幣機なのだろう。

「こんなに大量に作って、何をしようってんだ。」

 思わず独り言のように呟く。


 偽貨は所詮偽貨。

 本物の通貨に使われるような高度な細工はできず、よくよく確認すれば一般人でも十分見抜ける。

 そんなものを幾ら作ったところで、実際の金にはならないというのに。


 その疑問に答えるように、男は笑った。

「偽貨自体に大した価値はない。ただ、取引をする時に俺等の影がちらつけばそれでいい。」

 意味が分からない、と首を捻る。


「つまりは、パフォーマンスだ。俺たちは、いつでもこの町を混乱に陥れられる――そういう“示威行動”ってやつさ。」

「目立ちたいということか?わざわざこんなこそこそと隠れる様な真似をしておきながら?」


「さっき言ったろう。俺等の目的は、この町を裏から支配する事。一般人からは目の付かない場所で金に目が眩んだ領主や役人どもを、震え上がらせること。この偽貨は、その前哨戦に過ぎない。」

 陽動。そんな言葉が、ちらりと脳裏をよぎる。


「やっぱり、目立ちたいってことじゃないか。」

「まあ、ざっくり言えばそうなるか。」


 勇者が剣を握りしめたタイミングを狙い、再び鉄球が横に薙ぎ払われる。足元を狙った、下段の攻撃だ。

 床を蹴り、宙に身を浮かせる。まるで大縄跳びを飛び越えるかのようにそれを躱し、空中で剣を逆手に握り直す。そして、男の頭上めがけて、鋭く刺突を放つ。


 唐突な上からの攻撃に、男はわずかにたじろぐ。握っていた鉄棒を思わず引き戻した。

 その動きに引っ張られ、鉄球も軌道を変えて男のもとへ戻ってくる。

 だが、遅い。質量のある鉄球は、戻る速度が鈍い。それに比べれば、重力に任せて落下する勇者の一撃の方が遥かに早かった。


「……は、中々やるじゃないか。」

 流石に、仕留めさせてはくれなかった。


 勇者の剣が深々と刺さるその寸前、男は身を捻り、胴を逸らす。何とか腕を大きく切り裂いたものの、生憎当たったのは左手。

 武器を握りしめているのは右手だから、大したアドも取れていない。


「悪いね、少し本気を出させてもらおうか。」

 男は笑うと、武器の鎖を握りしめ、力を込める。

 いや、込めているのは力ではない。魔力だ。


 魔法使いの専売特許のように思われがちだが、近接戦闘の使い手もこれを武器に込め、攻撃力を底上げすることがある。

 そう、丁度男が今やろうとしているように。


 男のフレイルが淡く赤く輝き始め、次の瞬間、それは炎を纏った。

 金属の武器が燃えることなど、本来あり得ない。が、あれは武器に魔力を纏わせ、その魔力を炎へと変換しているのだ。

 あれは良くない。当たれば一発お陀仏だし、当たらなくても掠れば火傷を負う。


 ダメだ、これ以上相手してはならない。

 勇者の視線が一瞬だけ、先ほど蹴破ろうとした扉へと向いた。その動きで、男も意図を察する。


「まさか、逃げようってんじゃねぇだろうなぁ!」

 炎を纏った鉄球が空気を切り裂き、逃がさまいとこちらへすっ飛ばす。質量の塊が音を置き去りにし、こちらの頭蓋骨を割る勢いで飛んでくる。


「逃げなきゃこっちだってやってられねーよ!」

 勇者はさっと身を躱す。


 もしここが何もない空間であれば、掠めただけで髪が焼け焦げ、皮膚が爛れていたことだろう。

 だが、そうはならなかった。勇者は空間を活かした。奴が偽貨製造機と呼んでいた、偽貨製造機――あの巨大な金属の塊を、盾代わりに使ったのだ。


 重く鈍い音が鳴り響く。金属と金属が正面衝突し、火花が散る。

 それでも、あのフレイルは機械よりも幾分か固い素材でできていたらしい。コンテナの一部が陥没し、鉄球がめり込むように突き刺さる。


「おい!――クソ、面倒なことしやがる。」


 男が歯噛みしている、その隙を勇者は逃さなかった。

 助走をつけ、一気に扉へと体当たり。先ほどの一撃で構造が脆くなっていた扉は、悲鳴のような音を立てて粉砕された。


「逃がすか!」

 鬼の形相で男はこちらを睨みつける。未だ機械に埋まっている鉄球を、力づくで引き抜いた。


 するとその瞬間、コンテナがぐらりと傾いた。

 当然だ、先程の衝撃でコンテナは破損している。その上で、一度埋まった鉄球を引き抜けば、更にその壁を破壊し、中身を外へ引きずり出すことになる。

 中に詰められているのは、金属塊。1つ1つが小さくとも、それが大量にあれば、凶器と化す。


 高い金切り声を上げるように、大量の無地のコインがコンテナの外へ次々と飛び出してくる。数千、数万。雪崩のように、男の身体へと一斉に降り注ぐ。

「……ッ!クソッ、クソッ!」

 呻き声が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはその姿すらも、金属の洪水に埋もれて見えなくなった。


 勇者は後ろを振り返らず、ただ真っ直ぐその部屋の先へと走り抜けた。



 扉の先は薄暗い廊下であった。

 どこへ行くかも分からず、取り合えずあの部屋から離れるように歩いていく。と、突然聞きなれた高い声が響いた。


「勇者さん!こちらです!」

 前方、声が響いた。聞きなれた高い声。

 廊下の中央で、ウサギが大きく両手(前足)を振っていた。

「ウサギ!」



 あの男と対峙した瞬間、勇者は既に悟っていた。

 このまま戦い続けてはならない。相手は強い。戦い続ければ、高確率で負けてしまうだろう。

 仮にこちら側が優勢になったとしても、男は敗北を悟った瞬間、手段を選ばずに再び追手に勇者を追跡させるだろう。

 ここは巨大な地下迷路。出口が分からない以上、逃げ場はない。


 だから、ウサギを放った。

 推理を話して男を引き付け、背後に隠れていたウサギを密かに外へ出したのだ。元々ウサギは勇者のローブの下に隠れていたから、男はウサギの存在に気づいていない。

 勇者は仮にも強者の類である。男はそんな強者から目を離せず、その後ろからこっそり足音を消して闇に紛れるウサギの姿を認識できなかった。


 勇者の背中から離れたウサギは、状況と己の役目をしっかりと理解していた。そのまま男に気づかれることなく部屋の隅の闇を経由し、勇者が蹴破ろうとした扉へ向かった。


 腐った木製の扉は、その下部が損傷している。人が通れないような小さな隙間でも、ウサギなら通れる。

 そのまま1匹部屋の外へ先に出ると、地上への出口を探した。


 その間、勇者は男と会話を続け、時間稼ぎをする。何も、無駄にペラペラ話していた訳ではない。

 こちらには男の様な余裕はないのだから、その分戦略で勝たねばならない。


「見つけたか?」

「ええ、見つけましたよ。」

 ウサギは目の前の扉を指差し、勇者の背後へと回った。

 鍵はかかっているが、特別分厚い扉ではない。余程頑丈で分厚いものでなければ、多少時間を掛ければ蹴破れる。それが、扉というものだ。


「行くぞ。」

 勇者は息を吸い込み、数歩後ろに下がり、そして前方へ渾身の力を込めてダッシュ。勢いのまま肩を扉に押し当てると、扉がガタリと大きく揺られ、中央に大きな亀裂が入る。


 いける。

 二度、三度、繰り返す。

 五度目、ついに扉は耐え切れずに真っ2つに裂け、奥へと吹き飛ぶように開かれた。勢い余って前に倒れ込むも、すぐに立ち上がる。


 その瞬間、鼻腔を突く異臭が意識に追いついてきた。


「予想通りですね。」

 かつて嗅いだことのある、あの嫌な臭い。

 そして――視界に広がる、異様な光景。


 部屋いっぱいに寝そべる、魔物たち。

 角が削がれ、牙を抜かれ、この異変すら感じ取れない、家畜化された魔物達の群れだった。

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