2-9
「最初の疑問は、犯罪組織の足取りを衛兵が全く掴めていない事だった。」
犯罪組織は狡猾で、尻尾を掴めない。調査が進まない。
そんなことがあり得るのだろうか?犯罪組織は領主が存在を脅威であるとはっきりと認識しているにも関わらず?
衛兵とて無能ではない。本気で調査に乗り出しているにも拘らず、衛兵の足取りを掴めないのはおかしい。
「それが、先日昼間の襲撃で理由が分かった。」
「ほう?」
「非常に単純だ。……相手が強くて追跡が不可能になったからだ。」
資料を見る限り、犯罪組織のものと思われる犯罪では、衛兵の死傷率が高かった。実際、お菓子屋への襲撃でも、勇者が居なければ死者も負傷者も多く出ていただろう。
「そうか、お前があの場にいた勇者か……しかし、妙だとは思わないのか?相手は衛兵だぞ?公的機関で厳しく訓練された、いわば対人戦のプロだ。そんな奴等が社会のはぐれ者如きに遅れをとると?」
「通常ならあり得ないだろう。だが、実際にはあり得た……何故なら、犯罪者側のレベルが極端に高かったからだ。」
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時は少し遡る。
宿屋の部屋で唸りながら資料を眺めるウサギの元に、勇者は少し息を荒げながら帰って来た。
「おい、言われた資料を集めて来たぞ。」
「あ、ありがとうございます!流石勇者さん、お早いですね!」
ウサギは勇者にいくつか資料の収集を依頼していた。
勇者は行動が早い。不審がりつつも、次の日のうちに領主の屋敷を訪ね、指示通りに必要なものを持ち帰ってきていた。
ただ、資料といっても大したものではない。現在、そして過去のこの町の地図だ。
ウサギはありがとうございます、と丁寧に頭を下げると、さっそく資料を読み、何度も頷いた。
只の地図に何をそんなに納得する事があるのだろうか、と思ったが、勇者には全く見当もつかなかったので、黙って奇妙な兎を眺めることにした。
「で、そろそろ何が分かったか教えてくれよ。」
勇者の暇つぶし代わりの筋トレも終わり、ウサギも疲れたのか目をぱちぱちさせている。
ある程度調べものは終わったのか、ウサギは資料を綺麗に束ね直しながら、勇者に語り掛けた。
「勇者さん、先日の襲撃の様子はしっかりと覚えていますね?」
当然だ、と勇者は頷いた。
「ああ、あの事件は大変だったな。」
「ええ、そしてあの事件で分かったこともあります。勇者さんも気づいていたでしょう、あのボス風格の男です。……レベルが、高かったのですよね?」
勇者は再び頷いた。
レベルと言う概念は、難しい。
魔物を倒せば力を得られる――それは事実だが、成長速度は個人差が大きく、一般人が少し戦ったからといって急激に強くなるわけではない。
下手をすれば、命を落とすリスクの方がはるかに高い。
目に見えて強くなろうと思えば、勇者のように特別レベルアップの恩恵を得やすい者でもない限り、年単位の修練を要する。筋トレや有酸素運動でもやる方が遥かに効果的で安全だ。
襲撃のあの時、相手が高レベルであることは勇者も当然気づいたし、ウサギも戦いを見ていて予想がついた。レベルの恩恵を受ける勇者に力で勝てるのは、同じくレベルの恩恵を受ける者だけ。
名のある職業冒険者でなければ、あの域に達することはほぼ不可能だ。犯罪者風情が、そう簡単に到達できる域ではない。
だから、勇者とウサギは予想がついた。
奴は、ファームを利用したのではないか、と。
「今回のように、毎回高レベルの人間が現場にいれば、それだけで追跡は困難になります。普通の人間に相手のレベルなど分かりませんから、複数人相手に“高レベルが紛れているかもしれない”という可能性があるだけで、その場の誰にも手が出せなくなる。」
経験値ファーム。リスクを介さず、金さえあれば力を楽に得ることができる場所。犯罪者集団は、犯罪で得た金を経験値ファームに投資し、更なる犯罪を行っていたのではないか?
そう考えると余りにも少ない需要にも拘らず、お金を持っていそうな店主の様子も納得できる。
勇者は唸った。
「その可能性は、俺も考えていた。だが根拠がない。ただの憶測にすぎない。仮に犯罪者があのファームを利用していたとしても、店側がそれに関与しているとは言い難い。“知らなかった”、“ただ客を受け入れていただけ”と言えば、罪に問うのは難しい。」
そうなれば、領主の依頼を達成できたとは言えない。
「ええ、その通りです。それだけならば。……ですが、それだけではないと私は考えています。」
「それだけでないとは?」
勇者は身を乗り出した。
「前提として、この町は比較的小さく、郊外でも衛兵達の監視の目が行きやすい。周囲は壁で囲まれ、出入りには身分証明や検査が必要となる。その上で、思い出してください。犯罪の中には、拠点――ある程度広い場所を必要とするものがあります。」
「場所が必要……例えば、盗んだものを保管しておく場所ということか?」
勇者は先ほど読み込んだ資料を思い出す。
盗まれたものは宝石から貴重な資料、印鑑や絵画等。どれも保管場所が必要になる。品物の価値を落とさないためには適切な環境を用意しなければならない以上、必要な空間はかなり大きくなる。
「だがしかし、そんなもの幾らでも誤魔化せるんじゃないか?それこそ、何食わぬ顔でその辺の建物に倉庫を作ればいい話だろう。場所が足りない場合、倉庫を幾つもに分散すれば、万一場所が割れてもリスク分散できる。」
「ええ、盗難の場合はそうなります。ですが、それだけでは済まない犯罪があります。勇者様も覚えていらっしゃるでしょう?」
勇者は少し考え、そして手を打った。
「貨幣偽造か!」
「その通り。」
この国において、共通の貨幣は大半が金属製のコインだ。
元は金や銀でできていたが、今では安い鉄や銅、ニッケルなどを混ぜた合金を使用している。
「金属製のコインを偽造するには、金属を加工する機械が必要になるでしょう。その大きさは偽造の規模によって異なりますが、このレポートに書かれた程度の規模であれば相当な大きさの機械が必要になります。金属を溶かして型入れし、模様に合わせてプレスする。その熱も音も、普通のボロい建物では漏れてしまうでしょうし、立派な建物であればあるほど、周囲の目を引きます。」
「話の流れが掴めないな、それと経験値ファームの話にどう繋がるんだ?」
「あくまで私の推測ですが……彼らの拠点は、恐らくあのファームと同様に、地下にあるのではないでしょうか。」
勇者は首を捻った。
「どういうことだ?」
「私達には、既に疑問がありました。ファームが地下にあることです。」
魔物を育てるにはスペースが必要だ。それならば、もう少し都心から離れた場で地上に魔物の農場を作った方が安く済むだろう。
にも拘らず、奴らは都心の地下にファームを立てている。何故か?という疑問だ。
「あれは、全体構造を隠しているのではないでしょうか。」
地下構造と言うのはぱっと見分かりにくい。
勇者たちも案内されたが、案内されたところだけが全てなはずがない。入り口を発見されなければそこに空間が存在することすら知る人はいないだろう。
それに、服飾店の店主が言っていた、地下で響く音が地上にも聞こえてくるという話。
あれは魔物の音ではなく、機械の音だったという事になる。
「ファームがいつ建てられたのか、資料で調べました。かつては町外れの防壁際で細々と牧場を営んでいたのに、五年前、突如として現在の地下型へと変貌しています。かつての規模では、あれだけの資金力を持っていたとは考えづらい。……ならば、背後に“資金提供者”がいると見るべきです。そしてそれが、犯罪組織だったとしたら――」
「その組織の都合の良い形に作られた可能性があるのか。」
「地下工事は大掛かりですし、工事音も鳴り響きます。アジトの建設の隠れ蓑にしたのでしょう。」
しかし、勇者は納得しないというように首をぶんぶんと振った。
「お前の言ったことはおかしい。人目を避けるために地下にアジトを作ったって話だったろう?しかし、実際は人目を大量に集めている。魔物愛護団体だ。」
魔物愛護団体は、連日のようにファームの周辺に押しかけていた。デモを張り、声を張り上げ、看板を振りかざす。あれだけの人間が集まれば、地下の存在もいずれ知られてしまうのではないか。
犯罪者が隠れるなら、人の目から離れた場所を選ぶはずだ。いくら経験値稼ぎに便利だからって、なぜ街中の地下にファームを作る必要がある?
しかし、ウサギは首を横に振った。
「それですよ。寧ろ彼らは、それを逆手に取ったのです。」
普通、人目を避ける者は、人気のない場所へと隠れようとする。暗く、静かで、誰も寄りつかないような場所。だが裏を返せば、そうした場所でうろついていれば、それだけでかえって目立つ。人の少ない場所でこそこそしていれば、見張りを置かれてしまうのは時間の問題だ。
「だから彼らは、人目を集める場所に隠れたんです。――愛護団体を利用して。」
愛護団体の面々は煩わしく、人数も多い。その上で、あまりに自分の正義に没頭している。だから、目の前に多少怪しげな人物が紛れ込んでいても気づかない。いや、むしろ勝手に“同志”だと思い込んでしまう。
さらに悪いことに、衛兵や住民たちは彼らに近づこうともしない。犯罪者ではないが、面倒な存在として避けられているからだ。カーテンを閉め、扉を固く閉ざし、視線をそらす。誰もがそうする中、彼らの中に紛れた何者かに気づく者などいない。
勇者はしばらく考え込み、唸った。確かにウサギのいう事は良い筋書きである。が、現実味を帯びているとは思えない。
「……組織の一員がアジトに入る時、団体の人間に怪しまれないか?そこまでして街中の地下に置く必要はあるか?郊外の地下じゃダメだったのか?」
「地下施設の範囲があのファーム周辺だけとは限りません。あのエリア周辺に別の入り口があるのでしょう。皆の視線がファームの方に夢中になっている間、こっそり列から抜けて裏路地にある入口へ向かえば、怪しまれない。また、街中にアジトを置けば”便利”です。盗品をすぐに隠し、偽の通貨を簡単に運び出すことができるからです。」
「……そもそもアジトなんて存在するのか?そんなもの作らずに人員を分散させ、盗品も別々の場所に隠して置けばいい。偽通貨に関しては、町の外で偽のコインを作らせ、大量に持ち込む方法もある。」
「硬貨は少なければ問題なくとも、大量ともなれば相当な重量と体積になります。町の外から入るには厳しい検査を受ける為、そこでバレてしまうでしょう。アジトがそもそも存在するかに関して言えば……正直、勇者さんの言う通り、存在しない可能性もあります。そうなれば調査もより長引くでしょう。ですから、少しでもそうでない可能性があるのなら、その可能性を確認しに行くのも悪くないかと。」
実地調査。
それは、ある意味勇者の得意分野である。
正直、余りにも突飛な発想過ぎて、信憑性はない。が、正直そんなものは確かめればいい。
もしウサギのいう事が嘘ならそれで良いし、本当なら、当人達に問い詰めればいい。
そして、現在。
幸か不幸か、その突飛な予想は当たってしまった訳である。