2-8
「まさか本当にこんな道があるとは。」
倒れた男の手持ちを漁るが、鍵以外は特に目ぼしいものは持っていない。仕方がないので、適当に縛ってその辺に放り投げておく。
「まだここが奴らの本拠地だと確定したわけではありません。この先に行って確認しましょう。」
「分かってる、お前も足引っ張るなよ。」
勇者は男が捻ろうとしていたドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開いた。
その先は巨大な空洞であった。
明かりはぽつぽつとついているが、暗いことに変わりはない。しかしその建材は、どこか見覚えがある石だ。
所々に人が、集まっているのが見える。大体皆顔や体を長いローブやマントで隠し、コソコソと小声で話している。
予想した通り。ここは恐らく、闇市場だ。
声高に宣伝する者もいない、無言の商談。漂うのは得体の知れぬ緊張と、打算の気配。
「売りですか、買いですか?」
ふと後ろから声を掛けられ、一瞬びくりと体が小さく跳ねる。
が、予想はできていた。振り向けば自分と同じく頭からローブを被った人影が、首を傾げてこちらを見ている。
落ち着いて返答を返す。
「……買いだ。」
その言葉に話しかけてきた人はペコリとお辞儀すると、では、と勇者を広場の奥へと促した。
広場の奥の小部屋、こじんまりとした机と椅子。勇者はその椅子に座るように促された。
対面にはローブを頭からすっぽりと被った人物が座っており、男か女かも分からない。
「今日はどういった御用件で?」
声も中性的、いや機械的で、感情が籠っていない。どうにも怪しいが、顔は完全にヴェールに隠れているから、覗くこともできない。
「商品を見に来た。」
「どういったものをご希望で?」
「……最新のものを頼む。」
非常に抽象的な指示だが、もし彼らが勇者の考える通りの人物等であるなら、これでも伝わるはず。
予想通り、その人物は傍に控えさえた使いに小声で指示をすると、使いは幾つかの小箱を取り出して勇者の目の前に置いた。
「最新のものですと、こちらになります。」
小箱を開くと、場違いな程に煌びやかな宝石が顔をのぞかせた。
一見紫に見えた石は、見る角度を変えれば青に、そして緑に変貌する。
「魔石、ですか。」
「はい。」
魔石とは、魔物の体内、或いは体表上に存在する石状の器官である。殆どの魔石は魔物の死亡時に自然と砕け散るものの、ほんの稀に砕けずに残る場合がある。
割合は万に一程度と低いことから破格の値打ちが付けられている。が、ガラスよりも脆く、少しでも研磨を入れれば一瞬にして砕け散って霧散しまう為、宝石として着飾るというよりも置物として飾ることの方が多い。
大きさは大きければ大きい程値打ちが上がる。この程度の大きさでも平民の給料が数年分飛んでいくに違いない。
だが……
「地味だな。」
勇者の言葉に、魔石を出させた人物がピクリと反応する。
勇者は金がない。当然、こんなものを買える程裕福ではない。
それ故の適当なハッタリであったが、上手く相手を騙せたらしい。
相当この商品にプライドを持っていたのか、それともこちらを随分侮ってくれていたのか、若干の揺らぎが見える。
「他のものはないのか。」
「……ええ、他はこちらに。」
その言葉に、再び使いが箱を幾つか手に取り、再び見せびらかす。
貴重な化石、有名絵師の絵画、金塊、鉱石。それぞれを勇者の目の前に並べるも、勇者は決して首を縦に振らなかった。
「思ったよりもつまらんな。」
いつもよりも低い声で、必要以上は話さない。それだけで人は圧を与えられる。
相手は手持ちの弾が尽きたらしい。動きを止め、それ以上使いのものに指示も出さなくなった。
その頃合いを見計らい、勇者はため息をつき、立ち上がった。
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部屋を出れば、扉の前に控えていた先ほどの人物が一礼をする。
来た時の様な案内はなく、仕方なく勇者は元来た道を戻り始めた。
用がないならとっとと帰れという事だろう。
実際、勇者も兎も、もうここにいるつもりは無かった。
何故なら、充分な収穫を得られたからだ。
先程見せられた商品の数々。
あれらは全て盗品だ。
ここ最近、特にここ1年近くの大規模な犯罪に関する資料を読み込んできたからわかる。
あれらは元々裕福な家や博物館、銀行から盗んだものだ。絵も石も化石も、資料の写真と瓜二つ。
『盗人がその道のマニアでもない限り、盗品は売られて初めてその価値を発揮します。大規模な犯罪組織が存在するのなら、同時に大規模な盗品売り場が存在するハズです。』
ウサギの言った通りだ。
盗品がここにあるということは、即ちここが犯罪組織のアジト、もしくは盗品売り場なのだろう。
証拠はつかめた。推測が、根拠のある事実へと変化した。
後は地上に戻り、領主に報告をするだけ。
広場を適当に観察しながら歩く。
広い地下道の壁沿いには所々に扉がある。扉の隣に控えている人間がいる為、恐らく先ほど勇者が通された部屋と同じだろう。
その扉に入らずにひそひそと話し込んでいる人影も多くいる。
商談や情報交換なら密室でするだろうし、世間話でもしているのだろう。
……時折こちらをちらちら見るような視線を感じる。
変な動きはしていないはずだが。やはり、あの商談で疑われたか。或いは、扉のすぐ外で縛られた男を発見したか。
気づいていない振りをしつつ、元来た扉に辿り着く。ここから元の場所に戻れるはずだ。
そう思い、扉に手を掛けようとした、その時。
ぽん、と肩に手を掛けられた。
振り向くと、さっきからこちらをちらちら眺めていた黒ローブの一人が、勇者の肩に手を掛けていた。
「お帰りですか?」
「ああ、そうだ。」
振り払おうとするも、意外に強く掴まれている。
「……念のため、お名前をお伺いしても?」
一瞬の静寂。ピリつく空間。
周囲の目線がこちらを見ている。肩に手を掛けた人間の双眸が勇者を捉えている。
ダメだ、バレた。
相手が剣に手を掛ける時、勇者は既に剣を抜いていた。
肩に手を掛けた人間の腹を剣で打ち、吹っ飛ばす。別の人間が駆け寄るよりも早く、取っ手へと手を掛ける。
が、いくらガチャガチャと捻ってもびくともしない。目を凝らして良く見れば、取っ手の上部に鍵穴がちょこんとついている。
「内側からも鍵かかってんのかよ!」
叫ぶと同時に、吹っ飛ばしたはずの人影がさっとこちらに流れるように近づいてくる。
短剣の一閃を身を翻して避ける。
だが、同時に他の者たちも次々と刃を抜き、包囲を狭めてくる。
全員が動きに無駄のない、手練れだ。
連携して刃を繰り出してくる。ひとつはかわし、ひとつは受け流す。しかし防ぎきれなかった一撃が頬をかすめ、ローブの端を裂いた。
振り下ろされた剣の速度は速い。もしかすれば、先日菓子屋を襲撃した人物と同等かもしれない。
1体多数、しかも相手が強いのならば余計分が悪い。
逃げるが堅実。が、逃げる先もわからない。
どうしようか、と勇者が考えていると、背後から小さな声が聞こえた。
「勇者さん、あそこの扉です。」
トントンと背を叩かれた先を見れば、1つの扉が見えた。そこだけは控えている人間がおらず、扉の作りも粗雑だ。
どうしようか。そんな迷いは一瞬にして捨て、一気にその扉へと走る。
勿論敵は逃さまいと追ってくる。そんな敵に、勇者は即座に振り向き、何かを投げつけた。
その瞬間、溢れ出る光が一気に漏れ出す。
人は物を投げられるとついそれを目で追ってしまうものだ。閃光弾は、そんな人の習性を逆手に取った武器だ。
ここは薄暗い地下道。暗闇に慣れた目ではさぞ辛かろう。
勇者が扉を破壊し進むも、後ろから迫ってくる気配はない。かなりの時間稼ぎができたようだ。
だが、のんびりしていればすぐに追いつかれてしまう。
「ウサギ、信じるからな。」
どちらにせよ、前に進むしかない。勇者は狭い道を走り始めた。
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どれほど進んだだろうか。
実際は大した距離ではないのかもしれないが、自分の感覚に確信が持てない。
暗闇は方向だけでなく、距離の感覚すら奪っていく。
進むにつれ、次第に鼻を突くような悪臭が漂い始めた。
腐った肉のアンモニア臭、ドブのような生臭さが入り混じり、呼吸すら苦しい。
それでも引き返す訳にはいかず、勇者は鼻をしかめながら歩き続けた。
やがて、前方に扉が現れる。鍵はついていない。迷わず取っ手を引き、扉を開けた。
扉を開いた瞬間、更に酷い臭いが立ち込める。
思わず顔を顰めて手を鼻にやろうとするが、その手をピタリと止めた。
部屋は広く、地下とは思えないほど天井が高い。
その中央には、見慣れぬ巨大な機械が鎮座していた。
熱を帯びたその機械は、一定の間隔でプレスを繰り返している。恐らくは、何かの金属を加工するものだろう。機械が放つ無機質な光だけがこの部屋をぼんやりと照らし、部屋の隅は闇に閉ざされている。
そのコントラストに、勇者の視線は、自然とその機械へと吸い込まれた。
「その機械が、気になるかい?」
突然背後から声を掛けられ、思わず飛びのく。
振り向けば、ガタイのいい男が1人。
「やあ、君が侵入者かい?」
一切気配がしなかった。
警戒心を強め、剣を構える。男は穏やかな顔で見つめている。
「よくもまあ、こんなところへやって来たな。相当なやり手だろう。」
勇者は先手を打つべく、剣を握りしめて突っ込んだ。だが、男はそれを軽々といなし、逆に弾き飛ばされる。
「おいおい、挨拶くらいしろよ。礼儀のなってない奴だな。」
「そこをどけ。」
「そう言われてもなあ。」
ハハハ、と笑いながらぽりぽりと頭をかく。何とも緊張感に欠けるこの男だが、隙は一切見当たらない。
纏う気配が違う。鍛え上げられた肉体、無駄のない動作、そして異質なまでの落ち着き。
まともに戦っても勝てる気がしない。
勇者が汗を垂らしながら隙を窺っていると、男がふと機械を見やりながら口を開いた。
「いいだろう、この機械。これが何か分かるかね?」
ちらりと横目で機械を見る。
「……興味ない。」
「まあまあそう言わず。これは、所謂偽貨製造機だ。」
やはりそうか、と確信をした勇者の表情に気づいたのか、男はニヤリと笑う。
「お前は気づいているんだろう?ここの盗品売り場が経験値ファームと繋がっていたことが。」
「……確証はなかったがな。」
「証拠集めをしに来たという事か。ふむ、衛兵は捜索をすっかり諦めたと思っていたんだがな。……良ければ教えてくれないか?お前がどうやってこの場所を特定したのか。」
「そんな暇はない。」
その言葉に、男はああ、と思い出したかのようにわざとらしく手を打つ。
「そうか、追手が来ているんだったな。ちょっと待ちなさい。」
そう言うと、男はどこからか通信機を取り出して何やら会話を始めた。
今がチャンスだ。
勇者は一瞬で部屋を見渡す。
男の背後に、彼が現れた扉がひとつ。恐らくあれが出口だ。
会話に集中する男の脇をすり抜け、扉に飛びつく。
取っ手を押す――動かない。引いても、変わらない。
この状況でも、男はきっちりと鍵をかけてきたようだ。
「クソッ!」
悪態をつきながら扉の端を蹴ると、グシャッという音共に扉の端が弾け飛んだ。どうやら扉の木が腐っていたようで、一部が脆くなっていたようだ。
――このまま蹴り破ればいけるのでは?勇者は再び蹴りの体制に入る。
だがその瞬間、背後から殺気が走った。
勇者は反射的に飛び退き、振り返る。
「ダメじゃないか、逃げようとしたら。」
フレイル、もしくはモーニングスターとでも言うのだろうか。頑丈な棒の先に、トゲトゲの鉄球が鎖で繋がっている武器を構え、こちらを笑いながら見ている。
「君とはじっくりと話し合いたいんだ、逃げられたら殺すしかなくなってしまうだろう?」
「……時間がないんだ、追手が来てると言っただろう。」
「安心しなさい、追手はもう追い返した。君の敵は俺だけだ。」
おそらく、先ほどの通信で「不要」と伝えたのだろう。
男の立ち位置、そしてこの対応。間違いない、こいつがこのアジトの主だ。
本気で殺すつもりなら、数で押し潰す方が確実。
それをあえてせず、己一人で挑もうとしている。
何故そんなことを?答えは決まっている。
こいつは、己の力にそれだけの自信があるという事だ。
強い者程、正々堂々とした戦いに拘るもの。或いは、真面目に戦う気等ない。ただ玩具で遊ぶような感覚で、人をつぶそうとしている。
「何、礼には及ばない。久々に頭も体も強そうな奴が来たから、楽しく話したいだけだ。」
圧倒的強者の余裕。それがただの傲慢でないことは、纏っているオーラから分かる。
「それで?何故ここに侵入してきたのか、どうやってここを知ったのか。洗いざらい話して貰おうか。」
ここで反抗しても仕方ない。
勇者は観念したように口を開いた。