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2-5

 乗り込んできた男たちは5人。持っているのは武器だけ。

 強盗にしては荷物が軽すぎる。金やブツを入れる袋もない。となれば、狙いは金品ではなく、目的は別にある。


 勇者の判断は早かった。

 近くの店員に手をかけようとした男の武器を、勇者は無言で弾いた。反撃を許さず、柄頭で額を打つ。打たれた男は、何が起きたかも分からぬまま、静かに崩れ落ちた。


「誰だお前!」

 叫び声と同時に慌てて杖の先を向けた男が魔力を練る。が、勇者の速さには敵わない。剣を振るい、その杖ごと男の構えを真っ二つに断ち割った。

 一歩も動けず硬直した男の鳩尾を拳で穿つ。崩れ落ちる体を確認するでもなく、視線だけで残りの敵を数える。あと3人。


 そこでようやく、他の襲撃者達は勇者の存在に気づいた。

「ひい!誰だお前!こんな奴がいるなんて聞いていないぞ!」

「怯むな!あいつを倒すのが目的じゃねぇ。任務を遂行しろ!」


 男たちの視線が一斉に店の奥を捉えた。勇者もその視線を追う。

 その視線の先は、先程までのんびりと菓子を食べていた客の一人で、まだ十代後半であろう少女。

 良い生地で作られた、若い子らしい華やかな服装に包まれ、ガタガタと震えている。身なりからして良いとこのお嬢様だろう。

 その女性を見た瞬間、ボスらしき風格の男が大声を上げた。


「居たぞ! あいつだ、やれ!」

 指示が飛ぶ。狙いは彼女で確定した。


 男の一人が短剣を抜き、勇者を無視して突進する。勇者は躊躇なく横から体当たりを仕掛け、短剣の軌道を逸らす。返す刃のように数度の攻撃を避け、しつこく突き出された刃に対して、冷酷な決断を下す。

 腕ごと切り飛ばした。

 飛んだ腕が、怯えてうずくまっていた客の目の前に落ちる。客は目を剥き、無言の悲鳴の後、泡を吹いて意識を失った。


 その隙に、4人目の男が魔力を練っていた。遠距離から魔法を撃ち、女性を狙う算段だ。

 だが、魔法は放たれなかった。

 勇者の傍らにいたウサギが、突如として男の顔面に跳びかかったのだ。視界を封じられた魔法使いは集中力を欠き、詠唱に失敗する。

「何だ、意外に戦闘でも役に立つじゃないか。」

 一度集中力が切れた魔法使いははっきり言って雑魚である。一瞬にして距離を詰めると、わき腹を回し蹴りで蹴り飛ばし、その勢いで男は店の窓ガラスに頭から突っ込む羽目になった。


「さて、後はお前1人か。」

 襲撃開始から僅か数十秒も経っていない。その短い時間で仲間が全員やられたにも関わらず、目の前のボス風格の男は動じない。

「強いな……まさか、勇者か。」

「ご名答。」

 応えると同時に、勇者は踏み込み斬りかかる。男もまた、剣を抜きながら勇者の一撃を受け止めた。


 金属の軋む音。剣同士が擦れ合い、火花を散らす。鍔迫り合いが続く数秒間、勇者はわずかに顔を歪めた。

 そのまま一度剣を受け流し、後ろに下がって距離を取る。

 こいつ、強い。


 ちらりと周囲を見やる。倒れたテーブル、飛び散ったケーキ、食器の破片。祈るように縮こまる客と店員たち。

 ……やりにくい。足場は狭いし、あちこちに人質がいるようなものだ。


 男が薙ぎ払う。勇者は剣を縦に構えて受け止めるが、すぐに力を抜いて後退する。

 奴は、とんでもなく力が強い。無理に弾こうとすれば肩が外れる。

 しかし、下がりすぎれば女性を危険に晒す。適度に距離を保ちつつ、何とか隙を見て殴りこむしかない。


「勇者、か。聞く程強くないな。」

 ボスは嘲笑うように勇者の剣を押し切り、腹に蹴り込んだ。電撃のように流れる痛覚に一瞬息が詰まるが、勇者はそれを無視して跳ぶように下がった。

 奴は自分の戦闘力に自信を持っているようだ。そりゃそうか、これだけ戦えれば、普通向かうとこ敵なしだろう。


 勇者は再び勢いよく切りかかろうとして、はたと止まった。

「――いや、無理だな。」

 勇者の呟きに、ボスはにやりと笑った。

「そうか、そうだろうな。いくら天下の勇者と言えど、この俺に勝てる訳――」

「そうじゃない。」


 勇者は呼吸を1つ吐くと、一気に床を蹴った。滑る様に移動し、一気に相手の懐に潜り込む。

 接近されて慌てて剣を振った奴の攻撃をすんでのところで躱し、遅れた髪がはらはらと数本流れ落ちる。


「皆様、目を閉じてください。」

 勇者の冷静な物言いに、その場にいた店員と客は全員ぎゅっと目を閉じた。元々怯えて目を瞑っていたものもいる。

 目を見開いているのは、勇者と、ボスと、ウサギだけ。


 刹那、裂けるような音。硬い繊維を裂き、石を削るような不快な衝撃音。その直後に重いものが崩れ落ちたような、打撃音が響いた。


 その衝撃にビクッと身体を震わせた客の1人が、そっと目を開いてしまった。薄目で開いた視界の先には、真っ赤な液体。その出処を目で辿ると、先程まで暴れていたボスの身体。その頭部に当たる部分が勇者のマントで隠されており、液体の出処はそこであった。

 大理石の床に落ちる雫。反射的に吐き気を催す生臭さ。

 それが先ほどまで暴れていた男の体液だと気づいたその時、客はひゅっと喉の奥で息を鳴らした。


 その音を皮切りに、次々と周囲の人々が目を開く。様子を目の当たりにし、同様に目を見開いては口をぱくぱくとさせている。

 まずい、このままではパニック状態になる。ウサギはそう警戒した。

 だが、勇者は極めて冷静な、しかし凛とした声で言い放った。

「大丈夫、もう彼らは無効化しました。衛兵を呼んでください。」


 ---


「助かりました、勇者様。」

 衛兵が頭を下げると、勇者は人当たりのいい笑顔で首を振った。

「いいえ、人助けは勇者の務めですから。」


 あれからすぐに衛兵が駆け付けた。どうやら騒ぎを聞きつけて、周辺の住人が呼んでくれたらしい。

 最初は呆然としていた巻き込まれた人達も、次第に感情を取り戻したように泣いたり、喚いたり、怒ったりと様々だ。戦う時に細心の注意を払ったおかげか、襲撃者以外に怪我人はいなかった。


「……それで、何か情報は得られましたか?」

「そうですね、今のところ――襲撃の目的は、とある令嬢の殺害だったようです。」

 途端に脳裏に浮かぶのは、先程の男たちの視線の先に居た、若い女性。ああ、と勇者は頷いた。

 彼女は今衛兵に保護されているらしい。


「彼女、何故狙われていたんです?」

 勇者がそう聞くと、衛兵は申し訳なさそうに首を振った。

「それが……分からないのです。」

「分からない?何故?あのボスらしき奴以外は殺さず捕まえたはずですが。」

 勇者は衛兵に捕らえられた男たちの方を見る。マスクは外され、何やら喚いている。


「それが――どうも、彼らは()()()のようでして……依頼人にはただ『あの令嬢を殺せ』としか聞かされていなかったようです。唯一詳しい情報を知ってそうだった男は……その……」

 衛兵は言い難そうに口籠った。

 成程、あのやたらと強かったボス格の男だけが詳しい情報を握っていたのだろう。だが、その男は死んだ。勇者の手によって殺害されたから。

「もちろん、責めるつもりはありません。仕方のないことです。」

 勇者はため息をついた。


 雇われとは即ち、尻尾切り要因である。

 金を積まれただけのゴロツキが組織の情報など持っているはずもなく、衛兵の尋問にも知らない、分からないと繰り返すばかりだという。

 某犯罪組織の情報が出てくるかと期待したが、現実はそうそう甘くないようだ。


「また何か分かりましたら、直ぐに連絡いたします。」

 衛兵は勇者に敬礼をすると、襲撃者連中をぞろぞろと引き連れて行った。



 さて、自分もそろそろお暇しようかとその場を見渡し――不躾な視線と目が合った。

 先程まで襲撃者達に怯えていた人々。その中に、見覚えのある顔を見つけた。

 勇者を店の中に引き入れ、写真を撮っていたあの店員である。彼女は勇者と目線が合うと、ヒッと息を吸い慌てて目線を逸らし、怯えたように顔を背けた。


 先程まで向けられていた憧れの眼差しは、今や跡形もない。


 彼女の肩は小刻みに震え、唇は血が滲むほどに噛み締められていた。

 勇者と目を合わせたその一瞬、まるで“人間ではない何か”を見てしまったかのような硬直があった。


 ただの恐怖ではない。相手の輪郭すら掴めない、不気味さ。

 得体の知れぬ力に触れてしまった時の、直感的な拒絶。


 それは、傍にいた他の客や店員の視線にも現れていた。

 誰も言葉にはしない。だが、その場に漂うのは安堵と畏怖が入り混じった奇妙な沈黙。


 勇者は血塗れのマントを取り、剣を拭った。

 外に出た時に、一般人を怯えさせてはならない。

 例え彼女の勇者に対する恐怖がこれから先消えなかったとしても。これ以上、勇者に怯える人を増やすわけにはいかない。


 勇者は、大多数にとって憧れの対象でなくてはならないから。

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